虹の向こうの少年たち

十龍

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《20》

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 ジャロリーノがシンフォニーに連れられて部屋を出るときだった。
 シンフォニーは壁にかけられていた仮面を一つ手に取った。
 目の部分を隠す、艶やかな石膏の様な白い仮面だ。
 内側には柔らかい布がはってある。
「ジャロリーノ様、これから奴隷たちの寝室に向かいます」
「し、寝室?」
 生々しく、それでいてリアルに聞こえた。
「はい。今いるこの階は謂わば公共の場です。綺麗に着飾り、お客様をお迎えする場。寝室というのは、奴隷たちが暮らす場です。そして、未来のご主人様候補にみてもらう場。……、そこでは未来のご主人様は、顔と身分を隠さなければいけません。ですので、その階に着いたら、この仮面で目元をお隠しください」
「ふぅん、分かった」
 ジャロリーノがそれをつけようとすると、
「ここではまだ大丈夫ですよ」
 と、シンフォニーは仄かに楽しそうに言うのだ。少しだけライア兄様を思い出した。


 廊下はやはり甘い香りに満たされている。
 けれど先ほどまでの沢山の人影は消えていた。
 ジャロリーノとシンフォニーの足音が響き渡るくらい静かだ。
「……静かだな」
「夜の始まりですから」
「黒鳥宮の閉館時間かなにか?」
「閉館……ある意味、開館です、ね。……、ほとんどの奴隷が自室にいると思いますよ。あ、ジャロリーノ様、私は性奴隷ではありませんが、かつてはお付き奴隷を志望していましたので、その期間には何人かのお相手をいたしました」
「味見というやつ?」
「はは。それよりも少しだけ先に進みました。味見の後にも通ってくる場合があります。お試し期間みたいなものです。体の相性、性格の相性、そうゆうのを試すんですよ。お互いに」
「互いに?」
「はい。主側に決定権があるのですが、奴隷側には拒否権があります。特にサーリピーチ様には絶対拒否権がありますから、いくら主側が求めても、サーリピーチ様がダメといったらダメなんです」
 可憐な女性に見えていたが、黒鳥宮の主であり奴隷王と言ったところか。
「どういった場合にサーリピーチは拒否権を発動するんだ?」
「暴力や差別、尊厳を傷付ける恐れがある場合。あとは身分差ですかね」
「身分差」
「奴隷にも位があるのですよ。血統書です。黒鳥宮に集まる奴隷は血統書付きがほとんど。その血統書にも緻密な階級があり、また、本人の容姿の評価が加わり、さらに持っている資格や能力、才能などが加算され……身分が決まります。主側の人間にその奴隷を持つ資格があるかどうかを、サーリピーチ様が判断するのです。私は、『伯爵家当主以上に相応しい』という階級です。伯爵家当主の上は公爵家、しかし直系に限り家督継承権二位以内。もしくは個人で爵位侯爵以上を保有していること、……など、細々規定があります」
「…………それでは……、主候補が限られてくるんじゃ」
「はい。あまりにも位が高いと、持ち主が見つかりませんね。…………先ほどいたポラリスカノンは奴隷王の子。しかも容姿も優れておりますから、本来は四王家の王に仕えるか、王太子付きとして幼いころに王宮で暮らしていてもおかしくはないのですが」
「……なぜ王子に付かず、今もまだここにいるんだ?」
「運……でしょうか。王子様とは、年が少し離れておりますから。……お付き奴隷は、幼少期に選ばれることが多いですし」
 なるほど、とジャロリーノは納得しかけた。王子はジャロリーノより一つ年下であり、ポラリスカノンは年上だ。
 アフタやシェパイの奴隷は皆同い年。
 しかし、ジャロリーノが記憶する限り、王子にはお付きの奴隷がいなかった気がする。
「味見は誰でもできるのですよ、ジャロリーノ様」
「ん?」
「味見だけなら、分不相応な貴族でも出来るのです。特に性奴隷ならばね。手に入らない奴隷も、味見できるなら味わいつくそう、そう考える貴族は沢山います。味見されつくされた性奴隷は貰い手が見つかりにくい。主が見つからず、娼館送り。ジャロリーノ様、黒鳥から出てしまえば、サーリピーチ様の拒否権が薄まるのですよ」
「そうなのか」
「なくなる訳ではないですが。しかしそうなると、位の低い貴族でも、位の高い奴隷を手に入れることが可能になるのです。ポラリスカノンについて、私は単に性奴隷であることが嫌なだけだと思っているのですが、どんな主候補が来ても付奴隷になるのを拒んでいた時期がありましたので、過去に分不相応だと言われた候補の中に想い人がいたのではないかと、噂されています」
「ポラリスカノンは、娼館に行ってその貴族から買われることを待っている、と?」
「私はそのようには思いませんが、そうゆう方法もあるので」
 話をしている間に、大きな扉の前についた。
「エレベーターで上階に行きます。中に入りましたら、仮面をお付けください」
 エレベーターが到着したランプが灯った。


 ___________
 _____
 ___


 ジャロリーノの知る限り、王宮であるスワン宮にはエレベーターはない。
 ネイプルス城もそうだが、はるか昔からある古城は歴史的価値や文化的価値があり、近代的な改装ができなくなっている。
 奴隷の城である黒鳥宮もそうだと思うのだが、ジャロリーノが乗り込んだエレベーターはまさしくエレベーターであった。最新式なのか、上昇してゆく感覚はほとんどない。
 内装も絢爛豪華である。
 しかし、緩やかに明かりが落とされてゆくのだ。
 だんだん薄暗くなってゆくにつれ、壁から蝋燭のような色合いの明かりが放たれる。
 そして上昇が止まった時には、妖艶な雰囲気にと変わっていた。
「ドアが開いてしまいます、早く仮面を」
 慌ててジャロリーノは仮面をつけた。
 仮面のリボンを後頭部で結び終えたのと同時に、エレベーターの扉がゆっくりと開いた。
 その先に伸びている廊下は、やはり薄暗く、そして今までよりもずっと甘い香りがした。


 廊下に施されている装飾は、黒を基調としたものだった。まさしく黒鳥といっていい妖艶さだ。
 灯りはどこも蝋燭で、間隔が遠く、そこかしこに暗闇ができている。
「窓がないんだね」
「ありますよ。そのうちたくさん出てきます。それと、……あそこのカーテンは、連れ込み部屋ですので、時折声などが漏れてきますが、どうかお気になさらず」
「……連れ込み部屋?」
「はい。すれ違って気に入った奴隷などを、貴族の方たちが連れ込んで味見をする場所ですよ」
「……」
 ジャロリーノは、ベルベットのような質感のカーテンを凝視した。
「……主従の可能性がない奴隷と貴族でも使用可能ですので、自室に呼ぶよりもそこで済ませることのほうが多いですね」
「……えっと、……、」
「私がお連れするのは、私の自室です」
 それを聞いてわけもなく安心した。
 シンフォニーに半歩ほど下がって廊下を進んでゆく。
 確かに窓が現れた。
 しかしジャロリーノの思っていた窓とは違った。天井まで届くほど大きな窓の向こうには、寝室と思しき部屋があるのだ。
「……」
「この部屋の主は不在のようですね。別室にいるのでしょう。気が向けば、廊下から見える部屋に出てくるのではないでしょうか。もしくは誰かの予約があるのかもしれません」
「……予約、」
「ご主人様候補が来るのかも」
「なあ、……さっき言ってた、ある意味開館っていうのは、……」
「夜になると裏門が開きます。ジャロリーノ様がいらっしゃった表門は、限られた人物にしか開かれません。多くの貴族は夜に裏門からやってくるのです。先ほど使ったエレベーターではなく、細い階段を上ってやってきます。エレベーターの横に隠し扉があったのはお気づきになりましたか?」
「いや、全然」
「この階の通路には、いくつもの隠し扉があります。裏門から入ると、そのいずれかにつながる扉を案内されます。何度来ても、前回と同じ階段を案内されることはありません」
「ややこしいんだね」
「一介の貴族ごときにこの黒鳥宮の全容を知られるわけにはいかないというのと、古来からのまじないかなにかがあるそうですよ」
「奴隷は予約制なのか?」
「いえ、ご主人様候補とサーリピーチ様にみなされた者だけが、特定の奴隷を特定の時間だけ、借りることができるのです。いくら貴族が気に入っていても、サーリピーチ様に認められなければただの貴族です」
「そうゆうものなのか」
「はい。そうゆうものです」
 寝室が見世物となっていることにジャロリーノは驚いたものの、大きな窓が見えたと思えばその先には必ず寝室があるものだから、だんだん慣れてきた。

 そのうち、窓辺の椅子に座って本を読む美しい少年のいる部屋に出くわした。
 彼は少し驚いたようにシンフォニーを見て、シンフォニーは小さく手を振り返していた。
「今のは?」
「私がご主人様候補を連れて歩いているのを見て驚いたのでしょう。お付き奴隷ではなく、近衛奴隷として進路を決めていたものですから」
「それにしても綺麗な男の子だった」
 アフタレベルに美少年だった。シンフォニーもそうだけれど、黒鳥宮の奴隷は、国家の財産として守ってしかるべきレベルだと思った。
「ジャロリーノ様。傍に奴隷がいるときに、他の奴隷を褒めるような発言はマナー違反ですよ」
「……、すまない」
「いいえ」
 シンフォニーの目つきが本当に怒っていた様に見えた。少し怖かったが、そのあと、妙にむずがゆい気分になった。
 そのあともちらほらと主のいる部屋があった。
「まだ夜の時間が始まったばかりですから、不在者が多いですね。部屋にいてもくつろいだ姿のものばかりですし。お帰りの頃には、もっと煌びやかな雰囲気をご覧いただけると思うのですが」
 シンフォニーは苦笑いを浮かべながらそう言った。
 空の部屋と、主のいる部屋。
 窓の向こうに誰かがいると、嬉しく思えてくるのはなぜだろう。
 空の部屋ではなく、カーテンのしまっている部屋もあった。
 そこからは、かすかに喘ぎ声のようなものが漏れてきてていた。
「大丈夫、防音ですから。ここの子はちょっと声が大きんですよ」
 などとシンフォニーが言う。
 大丈夫ってなんだ。
 自分の顔が急激に熱を持ってゆく。仮面は目元しか隠れていないから、真っ赤になってゆく顔は周りからわかるだろう。いくら薄暗いと言ってもだ。
 傍にいるのがシンフォニーだけで助かった。


 広い黒鳥宮で、左右互い違いに窓がある。
 窓のある間隔は遠く、おそらく奴隷たちの本来の生活を送る部屋が広いのだろうとわかった。
 そしてところどころに談話室のような広間があり、そこでは仮面をつけていない青年たちがなにやら楽し気に会話をしていた。ジャロリーノを見て会話をやめ、姿勢を正して礼をしてくる。それに戸惑いつつ手を振ってこたえると、シンフォニーが歩みを速めてしまったので、慌てて追いかけた。
 談話室のような場所以外にも、廊下には壁をくりぬいてできた様な小さな部屋や、柱の陰にある長椅子など、カーテンで区切ることができる空間がある。
 連れ込み部屋の一種なのだろう。
 その場所を見つけるたびに、ジャロリーノはつい顔を伏せた。
 そして、カーテンのしまっている場所もあり、そこからは物憂げな声やきしむ音が聞こえてきたり、カーテンが大きく揺れたりもしているのだ。
 広い黒鳥宮。
 廊下は緩やかに曲線を描いている上、曲がり角が幾つもある。今いる場所が一体どこであるのか方向感覚が分からなくなってくる。
 ネイプルス城も人を迷わせる構造だ。グロウ城も地下に小さな部屋が無数に存在する迷宮だ。
 王宮も、表は豪勢な大部屋や回廊が威風堂々と存在しているが、王族が生活する場所は試練の扉と揶揄されるほどに同じデザインの扉が連続していて、慣れたものですら、帰るためどの扉を開ければいいのか分からなくなるのだ。
 古城というのは、そういった仕掛けがあるものらしい。
 しかしさすがに目が回りそうだ。シンフォニーの部屋はまだだろうかと、ジャロリーノは切実に願った。
 そのシンフォニーがふと足を止めた。
 やっと、そしてついに部屋に付いたのかとジャロリーノは緊張した。
 しかしどうやら違ったようだ。
 大きな窓の前に立ち、明かりのついていない空の部屋を見ている。
「どうかしたのか?」
「あ、いえ。……、ポラリスカノンの部屋なのですが……戻っていない、……ようですね」
「奥の部屋にいるのではなく?」
「不在の印が出ているので。ああ、……奴隷の間での合図ですよ。それで分かったんです」
 数分しか会っていないが、知った顔の奴隷の寝室を覗き込むというのはなんだか落ち着かないものだ。
 しかも性奴隷の寝室だ。
 きれいに整えられた大きなベッドと、柔らかそうな大きな枕。
 枕元の水差しなんかも、意味深に見える。
「……寝室って、どの奴隷も部屋もそれぞれ違う内装なんだな」
「はい。自分で好きなように変えられるのです。家具なんかも。予算が毎月与えられているので、私物や消耗品も自由に買えますね。黒鳥宮の奴隷になれば、毎月の予算授与はもちろん、勉強や資格を取ったり稽古事もすべて無償ですから、高級奴隷はここを目指すんですよ。就職先もきちんと世話をしてもらえますしね。……ポラリスカノンは、もしかしたら娼館送りになるかもしれませんが、それでも一般人は入れないような超高級娼館でしょう。おそらくネイプルスの管轄の娼館だと思いますし、もしかしたら、住まいは黒鳥宮で、月内数日限定の通いになるかもしれませんね。超好待遇だと思います」
「……ネイプルスって娼館の管理もしてるんだ。知らなかったよ」
 自分の家なのに、恥ずかしい限りだ。
「奴隷を管理できる娼館は、ネイプルスの許可がなければ運営できませんから。逆に言えば、最底辺の一般市民が身売りをする娼館は、ネイプルスの管轄ではないです。グロウの管轄かもしれません」
「なぜ?」
「そうゆうところは、違法薬物の温床です。グロウが目を光らせて取り締まっていると思いますよ。薬物はグロウの管轄です、勝手に売買されて気分が悪いでしょうから。……グロウは反社会組織と相性が悪いのですよ。ネイプルスやダンとは違って」
 ダン家は武器商人を仕切っている。武器商人が取引する相手には当然反社会組織がいる。だからダン家と反社会組織は持ちつ持たれつなのだ。
 部屋を離れるとき、シンフォニーが少しがっかりしたように見えた。
 もしかしたら二人は、特別な関係なのだろうか。
 ふと、ジャロリーノにそんな考えがよぎった。
「……、シンフォニーはポラリスカノンとは仲が良いのか?」
「え? なんでですか?」
「いや、ずいぶんポラリスカノンのことを話すものだから」
「あ。これは、大変失礼いたしました」
「別にいいんだけど。シンフォニー自身より、ポラリスカノンのほうばかり詳しくなってゆくよ」
「あ……、」
「仲が良いなら、……一緒のご主人様に付きたいとか思ったりするんだろうか」
「ジャロリーノ様。なにか誤解をされていませんか。私とポラリスカノンはどんな関係でもありませんよ。同じ主にお仕えするとしたならば、協力し合って支えてゆく所存ですが、お互いの主が敵対していたならば、主の剣先となり殺しあうことも厭いません」
 思ったよりも物騒な答えが返ってきた。
「いや、そんな怖い覚悟を求めたわけじゃないんだけど……」
「ジャロリーノ様、私たちはそのように教育を受け、その様に生きることを受け入れ、その様に生きることを誇りだと思っているのです。主をかばって命を落とすことは本望でもあります。その様に思えぬ者を主には選びません。ですから、拒否権があるのですよ」
「……、そ、う……」
「はい」
 シンフォニーはにっこりと笑った。覚悟を決めるのは主の側のほうなのだ。


 シンフォニーは、自分に対してどのように思っているのだろう。
 ジャロリーノはそう考え、つい先ほどの行為を改めて思い返した。恥ずかしい、そして情けないことに、体も思い出したのか、わずかに興奮し始めた。
 視線の先に映る連れ込み部屋に、生唾を飲んだ。
 はしたない。
 こんな淫らな自分を、シンフォニーは主にしたいと思ってくれているのだろうか。
 自信がない。
 けれど、あんな、口で性器を含んでくれるような行為もしてくれた。部屋にも呼んでくれる。
 だから悪い印象ではないはずだ、と思いたい。思いたいが、ただの味見なのかもしれない。
 きっと、味見は主側だけでなく奴隷側にもあるのだ。
 この貴族はどんな感じだろう、と試してみることだってあるのだ。この黒鳥宮の奴隷にはそれくらい許されている気がする。
 そう考えて、ジャロリーノはほんの少しだけ前を歩くシンフォニーを、かなり気に入ってしまているのだと気付いた。
 シンフォニーになら、味見、されたい。
 味見だけじゃなく、気に入ってほしい。主に選んでほしい。
 でも、自分は変態だから、味見されたら嫌われてしまうかもしれない。
 それに、同性愛者の主なんて気持ち悪いのではないだろうか。
 主従関係には性的な関係が当然あるとはいえ、同性愛的な見方をされるのは抵抗があるのではないだろうか。
 それに、自分には好きな人がいるし、代わりにされていると思わないだろうか。シンフォニーもそうだが、自分も。
 シェパイの代わりにしたくない。
 でも、もしも味見の時にシェパイのことを思い出したら、それから行われる行為が全部シェパイと重なってしまわないだろうか。
 それはイヤだ。
「ジャロリーノ様? どうされました?」
「……、あ……なんでも、……ない」
「……私の部屋に入るのは、……もしかしてお嫌でしたでしょうか?」
「いや、そうじゃないんだ」
「もしも、私に悪いと思って無理をされているのであれば、どうぞ仰って下さい」
「そうじゃない。そうじゃないんだよ。俺は、じゃなくて僕は、シンフォニーの部屋に行きたいと思ってるけど……、その……、会って一時間も経ってないしな、……とか、いいのかな、とか……その、いや、さっき会ったばっかであんなことしたけど、……」
「ジャロリーノ様……。……、あのですね、ジャロリーノ様、私は、」
 シンフォニーが何かを訴えようとしたときだった。

『ああっ』

 どこからか声が聞こえた。
 当然ながら男の声だが、それが妙に艶やかで、ぞくっとしたのだ。
 ジャロリーノは無意識のうちに動きを止め、息を飲んだ。
 これは、男の喘ぎ声だ。
 どきどきと心臓が高鳴ってゆく。
 近くにカーテンの閉じられた空間があった。
 連れ込み部屋だ。
 カーテンが激しく揺れている。耳を澄ませると、必死になって声を殺しているような荒い息遣いが聞こえる。
 そして、その声に隠れるように、もう一つの声も聞こえる。何を言っているのかは分からないけれど、その低い声がすると、喘ぎをこらえきれずに切ない声がカーテンの隙間から漏れ出してしまうのだ。
 男の、それも決して可愛らしい声というわけでもないのに、劣情を掻き立てるような嬌声だった。
 カーテンが僅かに開いている。
 クッションが床からみ出している。行為の激しさに転げ落ちたのだろうか。
 一体、この声の主がどんな奴隷なのか気になった。
 カーテンが、開いている。
「ジャロリーノ様、行きましょう」
「う、うん」
 もっと聞いていたいと思ってしまっていた。
 できることなら覗き込んでみたい。そんな卑しい欲望さえも生まれていた。
 最低だ。さっさとこの場から消えてしまいたい。
 逃げ出すという言葉がぴったりだ。ジャロリーノは足早にその前を通り過ぎた。
 けれど、ジャロリーノは足を止めた。
 自分の意思とは無関係だった。
 足が勝手に止まったのだ。
 そして、背中の筋肉が〈いつものように〉動く。
 
 いつものように、こう思った。

 やっと見つけた。
 
 いつものように。
 なにを?

 いつものように背中が動き、ジャロリーノは振り返った。

 いた。

 そう嬉しく思ったのだ。

 なにを見つけ、なにがいたのか。

 疑問はすぐに晴れた。

 ジャロリーノの目が瞬時にとらえたのは、父の姿だったからだ。
 父が、男を組み敷いている。
 男の足を開き、激しく腰を振り、綺麗に盛り上がった胸筋に口づけを繰り返している。
 組み敷かれているのは、ポラリスカノン。
 父に穿たれ、とろけた瞳で、小さく嬌声を上げ続けていた。
 

 続く。

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