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Princess of Beauty

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「これから、どこへ行くんですか」

 自分を抱えて優雅に歩く秀一に、不安そうな表情を美姫が向けた。

 外には、既に大勢の取材陣が押し寄せていることだろう。もしかしたら、裏口にもいるかもしれない。

 私たちは、とんでもないことをしてしまったんだ。

 不安が押し寄せる中、秀一は意味深な笑みを浮かべて美姫を見つめた。

「私たちの行く所と言えば、あそこしかないでしょう?」
「ッッ」

 秀一の言葉に美姫はハッとし、思わず顔を赤らめた。

 辿り着いたのは、廊下の奥の部屋。秀一は壊れ物を扱うかのようにゆっくりと美姫を下ろし、手の甲に口づけた。
耳まで真っ赤にした美姫は、ドキドキする心臓の響きに立っていられないほどクラクラした。

 鍵を差し込み、秀一がスッと扉を開けた。

「さぁ、どうぞ」

 壁一面、鏡張りの部屋。以前と変わらず、フローリングに白い革張りのベンチシートが置かれた殺風景な空間が広がっていた。

 秀一とここで踊り、愛を交えた記憶が鮮明に蘇る。

「今頃マスコミ連中は、私たちのフェイクを乗せた黒澤の運転する車を必死に追い掛けているはずです」

 秀一はそう言うと、鏡にピタリとつけられたベンチシートに腰掛けた。

「騒ぎが収まるまで、ここで待っていましょう」

 秀一に言われ、美姫はしずしずと歩み寄る。彼の隣に座ろうとした美姫の手を秀一が引き寄せ、自身の胸に抱き寄せる。

「もし美姫が来られなかったらと……不安で、堪りませんでした。もし、心変わりしたらと思うと……居ても立ってもいられなかった。
 貴女が来てくれて、本当によかった……」
「秀一、さん……」

 小さく震える秀一の背中に、美姫は腕を回した。

 秀一の震える声が彼の胸の奥から響いてくる。心臓の鼓動が、耳に直接伝わって来る。

「本当は……貴女を取り戻す自信など、ありませんでした。いつも不安を抱き、貴女を再び失う恐怖に怯えていた。
 貴女がこの障壁を越えられないのではと、諦めかけた時もありました」

 明かされる秀一の本心に、痛いほど美姫の胸が締め付けられた。

「ウッ……長い、間……待たせてしまって、ごめ……なさい。
 もう、迷いません。秀一さん、貴方を心の底から愛しています」

 美姫は誓いを胸に、秀一の背中に回した腕をきつく抱き締めた。

 秀一が美姫の肩に手を置き、真っ直ぐに瞳を覗き込む。レンズ越しに見える潤んだライトグレーの瞳が揺れ、美姫の視線が吸い込まれる。

「Ты моё счастье......(貴女は、私の幸せです)」

 ロシア語で愛の言葉を告げ、秀一の美麗な顔が寄せられた。

 愛しく、慈しむように重ねられる唇。重なった唇から、温かな愛情が満ち溢れる。
 穏やかで、優しく包み込む深い愛情……秀一のメールから感じたのと、同じ想いが伝わってきた。

 美姫の黒髪に、秀一の長く美しい指先が触れる。

「乱れてしまいましたね」

 指が差し込まれ、髪の毛を梳いていく。その指先の感触に、美姫の背筋がゾクゾクと震えた。

「ぁ……」

 小さく声を上げた美姫に、秀一が髪の毛の束を手に取り、口づけた。

「ここに来るまでに、何があったのですか?」
「ッ……」

 秀一の質問に、美姫は答えることを躊躇した。大和はきっと、秀一には知られたくないはずだ。

「美姫?」
「は、い……」

 だが、秀一の前で隠し事など出来るはずがなかった。
 
 美姫から事の次第を聞いた秀一は、短く息を吐いた。

「貴女も、羽鳥大和も……甘いですね」
「え?」

 見上げた秀一のライトグレーの瞳が、妖艶に煌めく。

「私があの男の立場だったら、そんな生温いことはしません。貴女を手錠にかけ、四肢をベッドに縛り付け、部屋から一歩も出さない。
 絶対に他の男の元になど、行かせません」

 本当に、秀一さんならやりかねない……

 恐ろしいと思う一方で、そんな秀一に堪らなく惹かれてしまう。毒に侵されている。

 秀一の愛情は大和以上の執着で、美姫を縛り付ける。けれどそれはまた、秀一そのものを縛り付けてもいる。彼は、美姫の存在によって生かされ、輝くのだ。

 そんな秀一を、美姫は愛しく思ってしまう。
 それは、二人だけにしか理解しえない愛なのかもしれない。

 ーーそして、二人だけ理解できればいいと、思った。

 美姫は大和のことを思い出し、胸が絞られた。

 大和は、今どうしているだろう。
 本当に、前に進むことが出来たのだろうか。

 そんな思いが過る。

 大和の心は、大和にしか分からない。
 大和を救えるのは、自分自身なのだ。

 美姫にはただ、彼の幸せを祈るしか出来ない。

「大和が、これを渡してくれました」

 美姫はジャケットのポケットから離婚届を出し、秀一に見せた。

 秀一は離婚届を手にし、証人の欄に凛子の名前が書かれているのを見てハッとした。それから、丁寧に折り畳むと美姫に渡した。

「けじめをつけなければ、いけませんね」
「はい」

 美姫は固い表情で頷いた。明日の記者会見のことを思うと、胃が重くなるのを感じた。

 怖い。でも、ちゃんと向き合わなくちゃ。
 私と秀一さんの、未来の為に……

 思い詰めたような表情の美姫に、秀一が労わるように声を掛けた。

「美姫、大丈夫ですか?」
「えぇ。
 これから先、何があろうと……秀一さんと乗り越えると決めましたから」

 固い決心を胸に、美姫は秀一を見つめた。
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