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 ルヴィアナは張り切ってキッチンに行った。

 クッキーの種を作り、今回は子供向けにジャムを乗せたりナッツの刻んで種に混ぜたりして何種類かのクッキーを作る。

 途中で厨房で食事の支度をするシェフに睨まれながらも、何とかキッチンの隅でクッキーを焼く。

 そこに庭師のガロークが来た。彼は50代くらいのがっしりした人で顔つきもいかつかった。

 でも前世でヤクザの世界を知っているルヴィアナに取ったら何でもない事だった。


 「あの…お嬢様ですか?」

 「ええ、ガロークさん?」

 「はいそうです。何か聞きたいことがあるとかで…ですがお嬢様のような方がキッチンで何を?」

 ガロークは驚いていたが、さらに今度は心配そうにルヴィアを見た。

 結婚がうまくいかなかった事を知っているのだろうか?ふいにそんな考えが頭に浮かぶ。

 まあ、令嬢がキッチンで何かを作るなどということはこの世界ではありえない事ですから…



 ルヴィアナは真正面からガロークに向かってはっきりと答える。

 「私?気分を変えようと思ってお菓子を作ってますの。ガロークも食べてごらんなさい。はい」

 ルヴィアナがガロークに出来上がったジャムの乗ったクッキーを差しだす。

 「お嬢様がこれを俺に下さるんで?」

 ガロークは豆鉄砲でもくらったのような顔で立っている。

 「ええ、そうよ。甘いものは嫌いですか?」

 「いえ、そうではなくて…はい、いただきます」

 大きな体格の男が体をすくめる。


 ガロークは改めて両手を付けているエプロンで手をきれいにするとクッキーを受け取り口に入れた。

 「これ、お嬢様が作られたんで?うまいです。ジャムが口の中で…ああ、こんなうまい菓子は初めてです」

 ガロークの顔が子供みたいにほころぶ。


 「そう?良かったわ。あの…それでマーサから聞かれました?」

 ルヴィアナは言いにくいが思い切って聞いてみる。

 「あっ、はい。そのお話でしたら、修道院には前に仕事で行った事があって、庭木の仕事なんですが…修道院にはお祈りをするところや修道女たちの住居、生活施設などがありましたが、それが何か?」

 「あっ。あの…修道院には養護施設はないのですか?クッキーせっかく作ったのでその子供たちに持って行きたいと思ってるんですけど」

 「養護施設は街にある教会に会ったと思いますけど…」

 そうですか…修道院に養護施設がある訳ではないんですね。ガロークに聞いて良かった。

 「ガロークは修道院にはどうやって行けばいいのですか?そこまでの道順が分かるのですよね?」

 「お、お嬢様がどうして修道院に?行くつもりなんですか?」

 「いえ、そうではないけど…養護施設にお菓子を持って行こうと思ったの」

 思わずガロークの顔が強張る。

 「お嬢様がそんな事を…」



 「いいじゃないですか。学園にいた頃に、貴族のご婦人方がそんなボランティアなどをされていると伺ったことがありますから、善い行いはするべきでしょうガローク?」

 「それはもちろんですが…でも、奥様はご存知なのですか?」

 さらに心配そうに顔を傾けて来る。

 もう、この屋敷の人間はみんなお母様の顔色を気にするんだから!

 「ガローク、私はもう大人ですよ。そのような事母上に聞くまでもありません。御者に頼めば連れて行ってもらえるかしら?」

 「はい、教会は街の中心にありますしそれに修道院は丘の上に見えますから誰でもわかります。それに道は一本道なので…」

 聞かれるガロークは困りながらも色々教えてくれた。


 「ガローク、もうひとついかが?今度はナッツが入っているクッキーです。あっ、私がこのようなことを聞いたのは内緒ですよ」

 ルヴィアナはにっこり笑ってガロークにナッツクッキーを差しだした。

 ガロークは黙って受け取ると嬉しそうにキッチンから出て行った。

 買収成功!と言ったところかしら…


 そしてマーサに明日馬車で教会にある養護施設に出かけると話した。

 もちろん御者に頼んでもらうようにも、母上には内緒にすることも約束させた。

 「ですがお嬢様。教会に行くならお話して行かれたほうが、黙ってお出かけになるなど奥様が知られたらどんなにご心配されるか…」

 「そうね。では教会に出かけると言って出かけます。でも子供たちにお菓子を渡すことは内緒にして。それならいいでしょうマーサ」

 「ええ、それがよろしいです。では明日。お休みなさいませお嬢様」

 「ええ、マーサありがとう。お休みなさい」

 ルヴィアナは心を決めた。明日、修道院に駆け込むつもりだ。



 *************



 翌日、ルヴィアナとマーサは馬車に乗り込んだ。 

 「ルヴィアナ、良かったわ。少しは元気が出たようで安心しました。教会に行った後は今日はゆっくり街で楽しんでいらっしゃい」

 ミシェルは出掛けるルヴィアナに優しく声を掛けた。

 「ええ、そうしますお母様。ありがとうございます。では行ってきます」

 ルヴィアナは、元気よく母に手を振った。



 馬車は街の教会を目指し始める。

 そして教会の前でルヴィアナは馬車を下りた。マーサも続いて下りる。

 「イアン、あなたは先に帰っていいわよ。私は教会でお祈りを済ませたら街で買い物をしますから…そうね。午後4時にまたここにきてちょうだい」

 「はい、わかりました。お気を付けてお嬢様」

 御車のイアンはすぐに納得して帰って行った。



 「では、お嬢様、教会に行きましょう」

 「ええ、お祈りがすんだらマーサは待っていてください。私は養護施設に行ってきますから」

 「いえ、大丈夫です。私はお嬢様がそんな事をしたと話すつもりはありませんから。どうぞ安心して下さい」

 困りました。マーサについて来られると修道院に行けないわ。

 「マーサ、私、お腹が痛いです。ここで少し待っていて下さい」

 ルヴィアナはお手洗いに行くふりをして急いで教会を出た。



 乗合馬車のあるところは知っている。急いで乗り場に一人で行くとそこで馬車を頼むことにする。

 「修道院までお願い出来るかしら?」

 「はい、わかりました。若いお嬢さんが修道院に、どんな御用で?」

 乗合馬車にいた御車は中年の男でルヴィアナを見ると上から下までいやらしい目でじとりと見つめた。

 途端に背中がすくむ。きっとこんな時代。貴族のお嬢様が一人でこんな馬車に乗り込む事などないのかも知れない。

 でも、こうするしか修道院に行く手立てはない。

 

 「知り合いに会いに行くんです。何か?」

 ルヴィアナはいきがった高校生にでもなった感じで片脚を前に踏み出し肩をいからせ、そのにやけた男を睨みつける。

 それは何だかヤクザが睨みを利かせるみたいに思えた。

 はぁ、こんな所で…

 「いえ、そうですか…さあ、すぐに出発しますから」

 男は何も見ていないとばかりに顔を背けるとすぐに馬車を出発させた。

 ルヴィアナは馬車の中でほっとする。そして気分を変えようと窓から外を眺める。

 

 馬車はしばらくすると街を抜けて小高い丘を目指し始めた。

 丘の中腹辺りに来るともう、家は一軒もなくなった。

 何やら寂しそうなところですね。こんなに人気のないところだったとは…

 ここでいきなり馬車を停められでもしたらどうしよう。

 さっきの格好だけの凄みなど男の手にかかれば何の効力もないだろう。

 そんな心配をよそに馬車は真っ直ぐ修道院を目指していた。



 馬車は修道院の門をくぐると入り口の前で止まった。

 「着きましたよ。お客さん」

 御車は御者台から下りようともせずそう告げた。

 「ありがとう」

 そう言ってひとりさっさと馬車を下りると代金を男に渡した。

 男はお金を受け取るとすぐに鞭を馬に浴びせた。すぐに馬車はそのまま門を出て行った。

 これでもう帰る手立てはなくなったのだ。

 いいじゃない。これで気持ちはすっきりして、屋敷に帰ろうなんて思わなくて済むんだもの。

 はっと顔を上げて周りを見回す。

 そこには美しい庭が広がっている。そこにレンガらしい作りで字型に建物が建っていて奥には教会の鐘が見えていた。

 少し気持ちが落ち着いた。

 そしてルヴィアナは入り口のチャイムを鳴らす。



 しばらくしてシスターの姿をした女性が現れる。

 「何か御用でしょうか?」優しい微笑みにほっとしたかのようにルヴィアナは言った。

 「修道院に入りたいのですが…」

 「そうですか…ですがまずマザーとお話をして頂かなければなりません。それに修道女になるには半年間ここで働いてから決めることになると思います」

 えっ?予想外の答えに言葉に詰まる。

 でも、引き返すわけにはいかないわ。

 「ええ、お願いします」

 「ではご案内しますね」

 ルヴィアナは後ろをついて歩きながらもまだ驚きを隠せない。修道女ってすぐになれるわけじゃないのね。

 半年も…もしお母様が連れ戻しに来たらどうしましょう?

 一抹の不安を抱えながら今はシスターの後をついて行くしかなかった。

 もう後には引けないですもの…

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