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9.指の記憶
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朝、目が覚めるごとに身体に残る余韻に、自分を抱きしめる。
シリルは朝抱きしめてくれないから。
(恋愛小説と、現実ってちがうわ。私とシリルは恋愛感情がない夫婦だから納得できるけど)
子どもを残すまでの、期間限定の存在。
一時の妻の私に、あんな優秀な人が執心する要素はないわよね。
淡白な朝を過ごし、一言で出ていくシリルを見送って、私も今日の予定に意識を移す。
『パスコヴィラダ公爵夫人』に、ぜひお近づきになりたいという奥方たちからお茶の招待を受けていた。
シリルは「断っていいよ」と言ってくれた。
でも、それは彼の仕事に障りが出ると思う。
子どもができるまでだし、その間くらいなら、シリルのお荷物にならない努力がしたい。
貴族学院を卒業して以来、お茶会の機会もなかったのが、ちょっと不安。
最近の流行でお作法が変わっていたら、粗相になるし。
(うまく、振る舞えますように)
祈って、私は『公爵夫人』に用意された豪奢なドレスを侍女に着せてもらう。
「素晴らしいですわ、奥様。赤い髪に薄青のドレスがよく映えて『夢かわいい』とはこれです!!」
最近、私専属でつけられた侍女のフィン。彼女はしょっちゅう私の容姿を過剰に讃えた。
フィンこそ、羨ましくなる明るい茶髪、小さくて丸い顔に丸い眼をして家庭的な雰囲気と、栗鼠を思わせる可愛らしさを備えている。
こんなかわいい子に褒められるほうが、照れてしまうわ。
「そう……?」
「はい!! ダリア様はフィンの自慢です! 自信を持って行ってきてください」
本当は、自信どころか緊張で倒れそう。でも、フィンはこの館で唯一の味方に思っているくらい、親しみを感じる子だから、私は精一杯、胸を張って馬車に乗り込んだ。
˚˙༓࿇༓˙˚
お呼ばれしたお茶会は、シリルの上司であるフィフタージュ王国宰相ペンネ公爵の奥方が開かれるもの。
訪れたペンネ公爵邸は、たっぷりとした敷地の真ん中に石造りの堂々とした屋敷だ。
奥に温室や噴水が見え隠れしていた。庭の娯楽性を重視しているみたい。愉しみ好きな館の主人の気性を想像してしまう。
玄関で来訪を告げれば、奥からオフホワイトのドレスを着た佳人が歩み寄ってきた。
「ようこそ、パスコヴィラダ夫人。お会いするのを楽しみにしておりましたが、これはあら、まあまあ!」
ペンネ夫人は、マニョリアという名前の印象に合う、黒髪緑目の匂い立つようなご夫人だ。
女性としての成熟が感じられる。
一瞬、いすくんでしまいそうな圧力を受けたけど、そのあとは妙に熱を込めて迎えられた。
お庭の席についてからも、ペンネ夫人含む同席した五人の奥様方からの視線が突き刺さるよう。
(シリルの結婚相手って、そんな注目されるものなのかしら)
真顔だった同席の奥様方は、ペンネ夫人が目配せするとすぐに口元を緩ませた。
「……! 社交界でお目にかかったことがなかったので、驚きましたわ」
「パスコヴィラダ夫人は、我が国の尊き血をお継の方だけあって、お姿に神聖さが滲み出ていますわね」
(またそれ! 血筋のお話はもういいのに……)
イヤなところにお話が向くと、警戒で、手を握りしめる。
「水精霊の血がなせる技ですわね、神秘的で高貴なお顔立ちですわ」
「これは見目麗しすぎて、社交界に出なくて正解ですわ。大変なことになったでしょう」
「もしかして、パスコヴィラダ公爵のご希望でお控えになっていて? 式の日取りといい、お二人の婚姻は早くから決まっていたのではなくて?」
「パスコヴィラダ公爵も、さぞダリア様のことを強く望まれたのでしょう。これだけの華ですもの」
場の雰囲気は貶されるほうに向かわなかったけれど、操縦不能なほうに行ってしまったわ。
夫人たちは口々に私とシリルの結婚の話で頷きあっている。
(なんで、シリルの意向がどうかまで話に出てきてしまうの!)
彼は王家からの勧めを受けて突然結婚しただけですって!
そこまでは打ち明けられず、言わなかったけれど。
「古の水精霊の面影を今の世に思い出させてくれる方、目で楽しませてもらって幸運ですわ」
慣れていない私を気遣ってくれる、優しい人たちだ。
ただ、このあとみんな「さぞパスコヴィラダ公爵は奥様を溺愛されているのでしょうね」とか「溺愛の新婚生活、羨ましいですわ」と言われて肩身が狭かった。
実情は、昼に関しては溺愛とは程遠い、無味乾燥だもの。
そこから、話は横滑りして奥様方の惚気エピソードが始まって驚きよ。
このお茶会のメンバーは、フィフタージュの貴族とは思えないくらい旦那様と愛し合われていて、膝に乗った状態でティータイムを過ごし、お菓子を食べさせてもらうとか、毎朝抱きしめられながらキスの時間をたっぷりとるから朝の用意が遅れるとか……。
信じられない。
そういうことをするのが一般的な人に囲まれて仕事しているはずのシリルは、私にそんなことしてきたことないわ。
世間を知って、お茶を味わう感覚がおかしくなったみたい。舌にのる紅茶は、苦々しい。
シリルは朝抱きしめてくれないから。
(恋愛小説と、現実ってちがうわ。私とシリルは恋愛感情がない夫婦だから納得できるけど)
子どもを残すまでの、期間限定の存在。
一時の妻の私に、あんな優秀な人が執心する要素はないわよね。
淡白な朝を過ごし、一言で出ていくシリルを見送って、私も今日の予定に意識を移す。
『パスコヴィラダ公爵夫人』に、ぜひお近づきになりたいという奥方たちからお茶の招待を受けていた。
シリルは「断っていいよ」と言ってくれた。
でも、それは彼の仕事に障りが出ると思う。
子どもができるまでだし、その間くらいなら、シリルのお荷物にならない努力がしたい。
貴族学院を卒業して以来、お茶会の機会もなかったのが、ちょっと不安。
最近の流行でお作法が変わっていたら、粗相になるし。
(うまく、振る舞えますように)
祈って、私は『公爵夫人』に用意された豪奢なドレスを侍女に着せてもらう。
「素晴らしいですわ、奥様。赤い髪に薄青のドレスがよく映えて『夢かわいい』とはこれです!!」
最近、私専属でつけられた侍女のフィン。彼女はしょっちゅう私の容姿を過剰に讃えた。
フィンこそ、羨ましくなる明るい茶髪、小さくて丸い顔に丸い眼をして家庭的な雰囲気と、栗鼠を思わせる可愛らしさを備えている。
こんなかわいい子に褒められるほうが、照れてしまうわ。
「そう……?」
「はい!! ダリア様はフィンの自慢です! 自信を持って行ってきてください」
本当は、自信どころか緊張で倒れそう。でも、フィンはこの館で唯一の味方に思っているくらい、親しみを感じる子だから、私は精一杯、胸を張って馬車に乗り込んだ。
˚˙༓࿇༓˙˚
お呼ばれしたお茶会は、シリルの上司であるフィフタージュ王国宰相ペンネ公爵の奥方が開かれるもの。
訪れたペンネ公爵邸は、たっぷりとした敷地の真ん中に石造りの堂々とした屋敷だ。
奥に温室や噴水が見え隠れしていた。庭の娯楽性を重視しているみたい。愉しみ好きな館の主人の気性を想像してしまう。
玄関で来訪を告げれば、奥からオフホワイトのドレスを着た佳人が歩み寄ってきた。
「ようこそ、パスコヴィラダ夫人。お会いするのを楽しみにしておりましたが、これはあら、まあまあ!」
ペンネ夫人は、マニョリアという名前の印象に合う、黒髪緑目の匂い立つようなご夫人だ。
女性としての成熟が感じられる。
一瞬、いすくんでしまいそうな圧力を受けたけど、そのあとは妙に熱を込めて迎えられた。
お庭の席についてからも、ペンネ夫人含む同席した五人の奥様方からの視線が突き刺さるよう。
(シリルの結婚相手って、そんな注目されるものなのかしら)
真顔だった同席の奥様方は、ペンネ夫人が目配せするとすぐに口元を緩ませた。
「……! 社交界でお目にかかったことがなかったので、驚きましたわ」
「パスコヴィラダ夫人は、我が国の尊き血をお継の方だけあって、お姿に神聖さが滲み出ていますわね」
(またそれ! 血筋のお話はもういいのに……)
イヤなところにお話が向くと、警戒で、手を握りしめる。
「水精霊の血がなせる技ですわね、神秘的で高貴なお顔立ちですわ」
「これは見目麗しすぎて、社交界に出なくて正解ですわ。大変なことになったでしょう」
「もしかして、パスコヴィラダ公爵のご希望でお控えになっていて? 式の日取りといい、お二人の婚姻は早くから決まっていたのではなくて?」
「パスコヴィラダ公爵も、さぞダリア様のことを強く望まれたのでしょう。これだけの華ですもの」
場の雰囲気は貶されるほうに向かわなかったけれど、操縦不能なほうに行ってしまったわ。
夫人たちは口々に私とシリルの結婚の話で頷きあっている。
(なんで、シリルの意向がどうかまで話に出てきてしまうの!)
彼は王家からの勧めを受けて突然結婚しただけですって!
そこまでは打ち明けられず、言わなかったけれど。
「古の水精霊の面影を今の世に思い出させてくれる方、目で楽しませてもらって幸運ですわ」
慣れていない私を気遣ってくれる、優しい人たちだ。
ただ、このあとみんな「さぞパスコヴィラダ公爵は奥様を溺愛されているのでしょうね」とか「溺愛の新婚生活、羨ましいですわ」と言われて肩身が狭かった。
実情は、昼に関しては溺愛とは程遠い、無味乾燥だもの。
そこから、話は横滑りして奥様方の惚気エピソードが始まって驚きよ。
このお茶会のメンバーは、フィフタージュの貴族とは思えないくらい旦那様と愛し合われていて、膝に乗った状態でティータイムを過ごし、お菓子を食べさせてもらうとか、毎朝抱きしめられながらキスの時間をたっぷりとるから朝の用意が遅れるとか……。
信じられない。
そういうことをするのが一般的な人に囲まれて仕事しているはずのシリルは、私にそんなことしてきたことないわ。
世間を知って、お茶を味わう感覚がおかしくなったみたい。舌にのる紅茶は、苦々しい。
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