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18.きみ
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「私、アルジェンを応援するわ」
「やった! ありがとうダリア!!」
アルジェンは再びとった私の手を、包み込むようにした。
「わたし、ぜんっぜん王妃を務められる行儀作法がわからないので、よければダリアから学んでいきたいです!」
「うむ、アルジェンを侍女と蔑むことない人選に難儀していたんだ。おれから、正式に依頼したい、ダリア殿」
「国王陛下からの、ご依頼だなんて……」
パスコヴィラダ公爵夫人、の立場にあるというのは、国王から直接の頼みごとをされてもおかしいことではない。
これは、今の私の責任のひとつ──
「ダリアを巻き込まないで」
刺々しいシリルの声が、割り込んだ。
表情も険しい。
シリルが国王とアルジェンへ向ける眼差しは怖くなる。
私は、勇気を出して一歩前に出て彼を制した。
「私、巻き込まれていないわ。自分で決めて飛び込むのよ。国王陛下、お話をお受けします。二人に幸せになってほしいから」
太陽とたんぽぽみたいな笑顔になる二人に対し、シリルは渋面だ。
ゲストルームを退室して、並んで歩き出した途端、彼は苦々しく呟く。
「君がアルジェンの教育係を引き受けるなんて……」
「私、彼女のこと気に入ったの」
血筋にとらわれない、知らなかった考え方をする彼女が。
アルジェンの進む姿から、……もっとはっきり、この胸のざわめきの正体がわかるかもしれない。
「あなたは……アルジェンが嫌い?」
「そこまでじゃない。ただ……彼女に関わると、常識って、なんだっただろう? と衝撃を受けることが多すぎて。苦手なんだ」
(シリルが、手を焼くこともあるのね)
「それに、サンヴルタンは国王なんだ。それは変わらない。もしアルジェンが王妃にでもなったら……あの二人が国のトップになる」
「面白そう! パワフルな国になりそうね」
「本気でそう思う?」
「ダメかしら」
シリルが、深いため息を吐く。
「僕は今宰相補佐の立場にいるけど、やがて宰相になる。そのとき……あの二人の下だったら、と思うと」
「あ……」
それは、ちょっと大変そう。
「叡星の加護があっても、やりきれる気がしないよ」
シリル、苦労人になるのかしら。
そのときは夜に温かいお茶でも出して労いたい。
と思って、そんなことできないと気づく。
私は──そのころにはシリルの妻をしていない。
彼の手元に子どもを残して、去ってしまっているのだから。
乾いた風に吹かれたみたい。ひどく、心細い。
私は、前を行くシリルの背中を追う。
今はまだそれがふさわしい。彼と、結婚した身として。
˚˙༓࿇༓˙˚
勉強のために使った本を閉じて、机に灯したランプの光を眺める。
今日は、目から鱗だったわ。
血筋に、縛られず生きていくことができるのね。
くだらないと、考えて生きていく選択肢もある。
考えに没頭しすぎていた。
気づけば、夜の時間になっていて、いつのまにか入室していたシリルが私の後ろに立っていた。
「根をつめて、勉強しすぎじゃない?」
「もう終わっていたわ。考えていたのはべつのこと」
「なに考えていたの?」
「私は、もっと自由に考えて生きられるんじゃないかって」
こめかみに柔らかな触れ心地。
シリルのキス……ぞくりと、背筋が甘く粟立った。
「あなた……」
「アルジェンの影響だね? 血統主義について考えていたってところか」
「うん……。あなたはどう思ったの? 血筋って大事……かしら」
「それは君はよく知っているだろう?」
ランプの光を遮って伸びた手が、私の喉元を撫でる。
「僕は、必要ならあんな約束を取り付ける人間だって」
──子どもさえできれば、自由にしていい。
シリルは、私の血を引いた子どもがいれば、それでいい。
変わりないのね。
私がいなくても。
私がどういう人間だろうと。
これまで、それでよかった。
離婚できるから。
理解がある『夫』だって、期間限定でいいことを喜びもした。
でも、今の私は、あなたが血筋になんかこだわらない人であってほしかった。
それなら、こうやって過ごす理由も、そもそも……結婚することだってなかったのだけど。
一人きりになる身が寂しいのかしら?
鳥肌が立ちそうにうすら寒い。
服を着込むだけで和らぐと思えない。
胸の中まで、埋め合わせてくれるもの──彼の温もりなら、きっと。
「シリル様」
彼のすべらかな頬に指を這わせる。
冷たい肌。
それに欲の熱を灯したい。
「しましょうか」
シリルの瞳が揺れた。彼の心を私が震わせたことが、仄暗く嬉しい。
「君は……時折、とても残酷だね」
「……そう?」
「そんな誘い方をするなんて。僕の心を弄んで」
シリルが、私の髪を掬い上げて唇を寄せた。
「でも、受けよう。ベッドの中で僕しか知らないダリアになってもらう」
˚˙༓࿇༓˙˚
豪奢な天蓋の下で、私とシリルは裸で絡みあう。
「はぁ……、ん、ん」
そらした私の喉を、指先が撫でていき、シリルが耳元で囁く。
「誤魔化せないから。君から誘ってきたのは、何かの憂いを払うためだね」
「……っ」
「自由になったその後の心配でもしたのかな。……こんなに僕を求めているのに」
「……っ!」
胸の尖りを、骨ばった手が掠める。びくりと、肩を揺らしてしまった。
「ダリア。君は……僕との子づくり自体にも溺れているよね?」
「そんな、はず……ない」
鼻を鳴らせば、シリルの手が私の頤で扇のように広がる。
捕らえてしまおうとするみたいだった。
「ねえ……君にとって、僕はまだ自由の『種馬』のまま?」
「種馬なんて……そこまで、酷くは……」
「じゃあ、なに? こんな行為を共有する僕は、君にとって何かな?」
言葉に詰まった沈黙ごと、シリルは私を抱き寄せる。
「やった! ありがとうダリア!!」
アルジェンは再びとった私の手を、包み込むようにした。
「わたし、ぜんっぜん王妃を務められる行儀作法がわからないので、よければダリアから学んでいきたいです!」
「うむ、アルジェンを侍女と蔑むことない人選に難儀していたんだ。おれから、正式に依頼したい、ダリア殿」
「国王陛下からの、ご依頼だなんて……」
パスコヴィラダ公爵夫人、の立場にあるというのは、国王から直接の頼みごとをされてもおかしいことではない。
これは、今の私の責任のひとつ──
「ダリアを巻き込まないで」
刺々しいシリルの声が、割り込んだ。
表情も険しい。
シリルが国王とアルジェンへ向ける眼差しは怖くなる。
私は、勇気を出して一歩前に出て彼を制した。
「私、巻き込まれていないわ。自分で決めて飛び込むのよ。国王陛下、お話をお受けします。二人に幸せになってほしいから」
太陽とたんぽぽみたいな笑顔になる二人に対し、シリルは渋面だ。
ゲストルームを退室して、並んで歩き出した途端、彼は苦々しく呟く。
「君がアルジェンの教育係を引き受けるなんて……」
「私、彼女のこと気に入ったの」
血筋にとらわれない、知らなかった考え方をする彼女が。
アルジェンの進む姿から、……もっとはっきり、この胸のざわめきの正体がわかるかもしれない。
「あなたは……アルジェンが嫌い?」
「そこまでじゃない。ただ……彼女に関わると、常識って、なんだっただろう? と衝撃を受けることが多すぎて。苦手なんだ」
(シリルが、手を焼くこともあるのね)
「それに、サンヴルタンは国王なんだ。それは変わらない。もしアルジェンが王妃にでもなったら……あの二人が国のトップになる」
「面白そう! パワフルな国になりそうね」
「本気でそう思う?」
「ダメかしら」
シリルが、深いため息を吐く。
「僕は今宰相補佐の立場にいるけど、やがて宰相になる。そのとき……あの二人の下だったら、と思うと」
「あ……」
それは、ちょっと大変そう。
「叡星の加護があっても、やりきれる気がしないよ」
シリル、苦労人になるのかしら。
そのときは夜に温かいお茶でも出して労いたい。
と思って、そんなことできないと気づく。
私は──そのころにはシリルの妻をしていない。
彼の手元に子どもを残して、去ってしまっているのだから。
乾いた風に吹かれたみたい。ひどく、心細い。
私は、前を行くシリルの背中を追う。
今はまだそれがふさわしい。彼と、結婚した身として。
˚˙༓࿇༓˙˚
勉強のために使った本を閉じて、机に灯したランプの光を眺める。
今日は、目から鱗だったわ。
血筋に、縛られず生きていくことができるのね。
くだらないと、考えて生きていく選択肢もある。
考えに没頭しすぎていた。
気づけば、夜の時間になっていて、いつのまにか入室していたシリルが私の後ろに立っていた。
「根をつめて、勉強しすぎじゃない?」
「もう終わっていたわ。考えていたのはべつのこと」
「なに考えていたの?」
「私は、もっと自由に考えて生きられるんじゃないかって」
こめかみに柔らかな触れ心地。
シリルのキス……ぞくりと、背筋が甘く粟立った。
「あなた……」
「アルジェンの影響だね? 血統主義について考えていたってところか」
「うん……。あなたはどう思ったの? 血筋って大事……かしら」
「それは君はよく知っているだろう?」
ランプの光を遮って伸びた手が、私の喉元を撫でる。
「僕は、必要ならあんな約束を取り付ける人間だって」
──子どもさえできれば、自由にしていい。
シリルは、私の血を引いた子どもがいれば、それでいい。
変わりないのね。
私がいなくても。
私がどういう人間だろうと。
これまで、それでよかった。
離婚できるから。
理解がある『夫』だって、期間限定でいいことを喜びもした。
でも、今の私は、あなたが血筋になんかこだわらない人であってほしかった。
それなら、こうやって過ごす理由も、そもそも……結婚することだってなかったのだけど。
一人きりになる身が寂しいのかしら?
鳥肌が立ちそうにうすら寒い。
服を着込むだけで和らぐと思えない。
胸の中まで、埋め合わせてくれるもの──彼の温もりなら、きっと。
「シリル様」
彼のすべらかな頬に指を這わせる。
冷たい肌。
それに欲の熱を灯したい。
「しましょうか」
シリルの瞳が揺れた。彼の心を私が震わせたことが、仄暗く嬉しい。
「君は……時折、とても残酷だね」
「……そう?」
「そんな誘い方をするなんて。僕の心を弄んで」
シリルが、私の髪を掬い上げて唇を寄せた。
「でも、受けよう。ベッドの中で僕しか知らないダリアになってもらう」
˚˙༓࿇༓˙˚
豪奢な天蓋の下で、私とシリルは裸で絡みあう。
「はぁ……、ん、ん」
そらした私の喉を、指先が撫でていき、シリルが耳元で囁く。
「誤魔化せないから。君から誘ってきたのは、何かの憂いを払うためだね」
「……っ」
「自由になったその後の心配でもしたのかな。……こんなに僕を求めているのに」
「……っ!」
胸の尖りを、骨ばった手が掠める。びくりと、肩を揺らしてしまった。
「ダリア。君は……僕との子づくり自体にも溺れているよね?」
「そんな、はず……ない」
鼻を鳴らせば、シリルの手が私の頤で扇のように広がる。
捕らえてしまおうとするみたいだった。
「ねえ……君にとって、僕はまだ自由の『種馬』のまま?」
「種馬なんて……そこまで、酷くは……」
「じゃあ、なに? こんな行為を共有する僕は、君にとって何かな?」
言葉に詰まった沈黙ごと、シリルは私を抱き寄せる。
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