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29.シリルを求めて2
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近くに行けないのなら、改善もしようがない。
一夜、あんなにも近くにあったシリルのそばに、いけない。
私はため息をついて、俯きがちに一人だけで使う夫婦の寝室に戻った。
心の壁が、どんどん高くなる。
考えが堂々巡りに入りかけた夜半、パスコヴィラダ家に国王からの伝令が入った。
『ダリア殿! アルジェンが、王城に帰ってきた』
ついては、明日は戦勝祝いにアルジェンの教育係として参加を希望する旨が記されていた。
(アルジェン! よかった! 無事帰ってきたのね!)
アルジェンの無事が嬉しい。
でも……一瞬湧き上がった利己的な思いに気づき、私は自己嫌悪に陥った。
(これで、明日はシリルと一緒に王城に行けるわ……だなんて)
今は純粋に友だちの帰還を喜ぶべきなのに。
なんて、浅ましいの。
˚˙༓࿇༓˙˚
迎えた翌朝、私は鼓動が速まる胸を抑えて、馬車の前に立った。
これなら、シリルも避けようなく私と空間を共有するしかないから。
この機会に状況を改善したい。
『子どもをつくって、私を自由にしてくれるんじゃないの、約束が違うわ』と言う? それとも、単に『一緒の部屋で過ごしたい』と伝える?
ドキドキと胸の音がうるさいと思ったら、少し、気分が悪い。
「ダリア? 君……顔色が悪いよ?」
「え?」
「アルジェンの式典は午後からだ、君まで早くから王城にいる必要はない」
シリルは懐から出した帳面をパラっとめくる。予定を確認しているみたい。顔をしかめたあと、苛立つように言う。
「……僕はこれで出なきゃならない、けど、君はもう少し落ち着いてから別の馬車でおいで」
「そんな……! そんな、いや……」
「!? 君らしくもない……。聞き分けのないことを言わず、ね?」
そこまで諭されてしまっては、引くしかない。
私は濡れた小動物のようにしょぼりと、一度寝室に戻る。
シリルの去る、馬車の音を聞きながら。
フィンにも心配されたけれど、私は王城に行かないと……行きたい。
だから、ひと休憩と言ってお茶をもらったあと、今度こそ馬車に乗り込んだ。
王城では、城下に近い一の郭からお祭り騒ぎになっていた。
市中の人も入り乱れて、花や紙吹雪を散らし、それは風に巻き上げられて青空に吸い込まれていく。
通されたいつものゲストルームで、姿見の前に立つ。
祝賀用のドレスの裾を広げれば、幾重にも重なったクリーム色のフリルが揺れた。
包装されたお菓子の気持ちよ。
見栄えのために、上半身を締めているから、少し息苦しい。
(緊張する……、大勢の人前に『パスコヴィラダ公爵夫人』として出るのは、結婚式以来かしら)
侍従たちが、ホールの扉を恭しく開き、私を祝宴会場に通した。
瀟洒な音楽が流れ、貴族たちが集っているのだけれど、同時に制服姿の騎士たちも行き来している。
賑やかで、楽しい会場だけど、シャンデリアの明かりが妙に眩しくて、目を刺す。
「──ダリア。来たんだね」
シリルはすぐに私に気づいたみたい。素早く隣に立って、私を一瞥する。
「まだ顔色が悪いよ? 無理を押して来たんじゃないの? すぐに帰ったほうが……」
「そんなことない。平気だから」
あんなに連日すげなくしたくせに、今になって帰れと?
すぐに私のところに来てくれたと思ったのに、たまたまかしら。私をそんなに自分のいるところから離したいの。
ムッとして答えて、私はシリルから意識を逸らすことにした。
壇上に、アルジェンが立っている。
「ダリアー! よくきてくれました! わたしは、やってきましたよー!!」
私に向かって手を振ってくれるアルジェン。
でもブレストプレートに身を包んだ凛々しいその姿って……。
シリルのため息混じりの呟きが耳に届く。
「あれ、もう聖女っていうか……ね……」
「「ジェネラル!! アルジェンさまーーー!!」」
大岩を割ったような怒号に、私はつい耳を塞いでしまった。
騎士団の人たちが、アルジェンが槍を掲げポーズをとるたび、熱狂している。
「聖女の威光!! ……神技!」
切り裂くような、凛々しいアルジェンの声に、割れ鐘のような喝采が続く。
「破壊的攻撃力! アルジェン将軍!!」
「聖女の圧! ……滅波!」
「圧倒的武力!! アルジェン将軍!」
「よーしっ!聖女大成功ですよーーー!!」
「一生ついていきます! アルジェン将軍ーーー!!」
「……あの子は聖女聖女言っているけれど、あれどう見ても『軍人』だよね」
「うぅ……」
くらっとするのは落胆から?
きっと、アルジェンは大活躍したんだろう。
ただ、聖女の奇跡という神聖さや奇跡じゃなく、物理力でやってきたのね……。
私は、アルジェンにお祝いを言おうと、壇上まで歩いて行こうとして──
あら、変だわ。腰から上がついてこないで滑るような。
上を向いてもいないのに、シャンデリアが見える……
「ダリア!!!」
優しい腕が背に当たって、支えられたけど……だめ、どんどん、意識が……
「ダリア! ダリアっ!!……しっかり……っ」
焦ったシリルの声が遠くから聞こえる。
大好きな、あたたかさが、やっと私を包んでくれる……。
(シリルが、抱きしめてくれるなら……)
それに満足して、すべてが途切れる。
一夜、あんなにも近くにあったシリルのそばに、いけない。
私はため息をついて、俯きがちに一人だけで使う夫婦の寝室に戻った。
心の壁が、どんどん高くなる。
考えが堂々巡りに入りかけた夜半、パスコヴィラダ家に国王からの伝令が入った。
『ダリア殿! アルジェンが、王城に帰ってきた』
ついては、明日は戦勝祝いにアルジェンの教育係として参加を希望する旨が記されていた。
(アルジェン! よかった! 無事帰ってきたのね!)
アルジェンの無事が嬉しい。
でも……一瞬湧き上がった利己的な思いに気づき、私は自己嫌悪に陥った。
(これで、明日はシリルと一緒に王城に行けるわ……だなんて)
今は純粋に友だちの帰還を喜ぶべきなのに。
なんて、浅ましいの。
˚˙༓࿇༓˙˚
迎えた翌朝、私は鼓動が速まる胸を抑えて、馬車の前に立った。
これなら、シリルも避けようなく私と空間を共有するしかないから。
この機会に状況を改善したい。
『子どもをつくって、私を自由にしてくれるんじゃないの、約束が違うわ』と言う? それとも、単に『一緒の部屋で過ごしたい』と伝える?
ドキドキと胸の音がうるさいと思ったら、少し、気分が悪い。
「ダリア? 君……顔色が悪いよ?」
「え?」
「アルジェンの式典は午後からだ、君まで早くから王城にいる必要はない」
シリルは懐から出した帳面をパラっとめくる。予定を確認しているみたい。顔をしかめたあと、苛立つように言う。
「……僕はこれで出なきゃならない、けど、君はもう少し落ち着いてから別の馬車でおいで」
「そんな……! そんな、いや……」
「!? 君らしくもない……。聞き分けのないことを言わず、ね?」
そこまで諭されてしまっては、引くしかない。
私は濡れた小動物のようにしょぼりと、一度寝室に戻る。
シリルの去る、馬車の音を聞きながら。
フィンにも心配されたけれど、私は王城に行かないと……行きたい。
だから、ひと休憩と言ってお茶をもらったあと、今度こそ馬車に乗り込んだ。
王城では、城下に近い一の郭からお祭り騒ぎになっていた。
市中の人も入り乱れて、花や紙吹雪を散らし、それは風に巻き上げられて青空に吸い込まれていく。
通されたいつものゲストルームで、姿見の前に立つ。
祝賀用のドレスの裾を広げれば、幾重にも重なったクリーム色のフリルが揺れた。
包装されたお菓子の気持ちよ。
見栄えのために、上半身を締めているから、少し息苦しい。
(緊張する……、大勢の人前に『パスコヴィラダ公爵夫人』として出るのは、結婚式以来かしら)
侍従たちが、ホールの扉を恭しく開き、私を祝宴会場に通した。
瀟洒な音楽が流れ、貴族たちが集っているのだけれど、同時に制服姿の騎士たちも行き来している。
賑やかで、楽しい会場だけど、シャンデリアの明かりが妙に眩しくて、目を刺す。
「──ダリア。来たんだね」
シリルはすぐに私に気づいたみたい。素早く隣に立って、私を一瞥する。
「まだ顔色が悪いよ? 無理を押して来たんじゃないの? すぐに帰ったほうが……」
「そんなことない。平気だから」
あんなに連日すげなくしたくせに、今になって帰れと?
すぐに私のところに来てくれたと思ったのに、たまたまかしら。私をそんなに自分のいるところから離したいの。
ムッとして答えて、私はシリルから意識を逸らすことにした。
壇上に、アルジェンが立っている。
「ダリアー! よくきてくれました! わたしは、やってきましたよー!!」
私に向かって手を振ってくれるアルジェン。
でもブレストプレートに身を包んだ凛々しいその姿って……。
シリルのため息混じりの呟きが耳に届く。
「あれ、もう聖女っていうか……ね……」
「「ジェネラル!! アルジェンさまーーー!!」」
大岩を割ったような怒号に、私はつい耳を塞いでしまった。
騎士団の人たちが、アルジェンが槍を掲げポーズをとるたび、熱狂している。
「聖女の威光!! ……神技!」
切り裂くような、凛々しいアルジェンの声に、割れ鐘のような喝采が続く。
「破壊的攻撃力! アルジェン将軍!!」
「聖女の圧! ……滅波!」
「圧倒的武力!! アルジェン将軍!」
「よーしっ!聖女大成功ですよーーー!!」
「一生ついていきます! アルジェン将軍ーーー!!」
「……あの子は聖女聖女言っているけれど、あれどう見ても『軍人』だよね」
「うぅ……」
くらっとするのは落胆から?
きっと、アルジェンは大活躍したんだろう。
ただ、聖女の奇跡という神聖さや奇跡じゃなく、物理力でやってきたのね……。
私は、アルジェンにお祝いを言おうと、壇上まで歩いて行こうとして──
あら、変だわ。腰から上がついてこないで滑るような。
上を向いてもいないのに、シャンデリアが見える……
「ダリア!!!」
優しい腕が背に当たって、支えられたけど……だめ、どんどん、意識が……
「ダリア! ダリアっ!!……しっかり……っ」
焦ったシリルの声が遠くから聞こえる。
大好きな、あたたかさが、やっと私を包んでくれる……。
(シリルが、抱きしめてくれるなら……)
それに満足して、すべてが途切れる。
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