【R18•完結】「子どもさえできれば自由にしていいから」と言った夫が執着溺愛して離婚してくれません

紀ノこっぱ

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30. ひとりにしない★

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 額に、冷たい手が当たる。
 頭が重くて、反応したくても体が動かなくて。
 それを何度か繰り返して、やっと瞼を開けることができた。
 最初に目に入ったのは、心配そうなシリルの顔。

「ダリア……っ! 起きた……よかった」
「あなた……──んっ」

 シリルの腕に抱きすくめられる。

 あまりに力が強いから、息が苦しくなる。
 わずかに息を詰めたことを彼に気取られた。
 力が、ゆるむ。

「ごめん……っ、ダリア、体調は? 医師は睡眠不足や貧血だって言っていたけれど……」
「え、ええ……そうかも」
「そうかも……って」

 覗き込んできたシリルと目が合って、びっくりした。
 ライラックの瞳が潤んで、ゆらゆら映る光が揺れている。

「……心配したんだ。すごく。もし君がこのまま目を覚まさなかったら、どうしようって」

 ぎゅっと、手に力が加わる。
 私、ずっとシリルと手を繋いでいたの?
 気を失っている間も、ずっと。

「いやね、単なる寝不足よ。そんな……大げさなものじゃないの」
「寝不足……? 夜、休めていないの?」
「……あなたが、いないと……寝つきにくくて」
「え……?」

 シリルが、何度も瞬きする。
 形のいい喉仏を一度上下させ、言葉を選んでいる。

「僕がいないから、だって?」

 コク、と静かに頷いた。
 あんなに言ってやりたいと思ってきた文句は別のものになってしまった、固まって出てこない。

「夜は僕と居たいって思ってくれている?」
「そうよ」

 大きく息を吐いて肩を下げ、シリルは微笑む。

「じゃあ、今夜は君のそばにいる。ひとりにしないから」

 一緒にいられる? 今度こそ。
 空虚だった心にホワホワと温かな雪が降る。私って、なんて単純なの。

「じゃあ、帰ろう。僕たちの家に」
  
 シリルはすぐに馬車を支度させて、家へ戻ることになった。
 アルジェンや国王に悪いと思えば、シリルは「二人とも君の体調第一っていうから、大丈夫」と請けあう。

「あ、あの? これは……?」

 シリルは、馬車の中でも私を抱きしめる気みたい。
 膝の上に乗せて、肩を抱く。

「いいから。暖かくしたほうがいいからね。こうやって僕にもたれて、温かさを感じて……」
「や、あ……」

 胸に耳をつけて、シリルの心臓の音が聞こえる。
 少し、速い。
 見上げるシリルの顔は、冷静そのもの。いつもの美しさのまま。
 ゆっくり一度だけ、まばたきして、ますます鼓動を速くした。
 トクトク、トクトク、馬車の揺れとシリルの心音に落ち着いてしまって、私は大きくあくびする。

 気がついたら寝室で、ベッドでシリルに抱きしめられていた。
 そんなに、寝不足で睡眠が必要だったかしら。

 私を起こさずに運んでくれたのね。

「……おかえりなさい」

 私のところへ、帰ってきてくれた。
 そんな思いが口からこぼれ、受け取ったシリルは背を撫でてくれた。

「眠って疲れは取れた?」
「ええ、ありがとう」

  夜の静けさが、部屋を包んでいた。
 シリルの腕の中で身じろぎして、彼をじっと見つめる。
 ふと、そうしたくなって。
 私は自分からシリルの頬に唇を当てた。

「どうしたの……。倒れるくらい疲れが溜まっていたんだから、休まなきゃ」
「……平気みたい。あんなに寝ていたから、もう目がさえちゃって、眠れそうにないわ」
「でも……」
「寝付けるようにしてくれる? あなたが」
「!?」
「眠れていなかった責任を取って」

 ごく、とシリルが喉を鳴らす音が、静かな寝室に落とされる。

 耳元の髪をさらさら掬い上げ、シリルは私に問いかける。

「ほんとうに、いいの?」

 いつもは、ここで聞き返したりしないのに。恥ずかしくなって、私は黙ってコクリと頷くだけした。

「君の体を労わりたいのに……また君はそんなふうに僕を煽って……知らないよ?」


 ˚˙༓࿇༓˙˚


 片脚をあげて、大きくひらいたあわいに、シリルの下腹が押しつけられる。

「ぁあん!」

 深いところを抉られて、腰の奥にきゅうっと力が入った。

「くっ……」

 足首をつかむシリルの手に力が入る。
 私を見下ろす彼は、ひどく気持ちよさそうで、朦朧とする己を覚ますように、一度頭を振るから、金髪が揺れて、汗が散った。
 呼吸を落ち着けた彼は、足首から手を離し、身を沈ませて私の顔に近づく。

「いい匂い……君の、肌の匂いが好き。落ち着く……そそられて、もっと欲しくなる」
「ぁ、んんっ!!」
「だめだな……君に惑わされっぱなしだよ」

 とちゃとちゃと、ブランケットの下から水音がして、時折、淫らな精の匂いが立ち上る。

「ああ! あ! やああ!」

 頭が真っ白になる。シリルとの一体感が強くて、ぜんぶ彼に馴染んで支配されているような。

「ああっ! もう……私っ、シリル……シリルっ──!」

 極まったその時、シリルの動きがぴたりと止まった。
 目を細め、福音でも得たというように、恍惚に満ちた微笑みをする。

「言った……! 今君は……僕の名を、呼び捨てにした──」
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