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72:現れた黒幕とマイペースな残虐鬼
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その後、クレアたちは、ミハルトン家へ到着した。
事前に連絡していたにもかかわらず、出迎えは一人もいない。
クレオからクレアになったからかもしれないが、それでも迎えぐらいはよこすはずだ。
門の前には警備の者さえおらず、しんとしている。
「変だな。勝手に入るか」
クレアはさっさと門を開け、ミハルトン家の屋敷の庭へ侵入した。
アデリオは堂々と、サイファスとマルリエッタは戸惑いながら、ハクは誰にも見られないようこっそり中へ足を踏み入れる。閑散とした庭にも人の気配がない。
途中で新しい建物があったが、あれがクレオの愛人が住んでいる場所なのだろうか。
だが、そこにも誰かがいる様子はなかった。
「なんだ、全員屋敷の中か?」
まっすぐ屋敷に直行したクレアは、勝手に扉を開けて入っていく。
正面玄関の前に広がる階段を上ろうとしたとき、不意にキラリと光るものが飛んできた。
それはクレアのすぐ目の前の欄干に突き刺さる。
「おいおい、ずいぶんな歓迎じゃねえか。執事長さんよぉ」
クレアが視線を上げると、階上に予想通りの人物が立っている。
第一王子やサイファスと同じ年齢くらいの、黒髪に、赤茶色の瞳を持つ背の高い青年。
エイミーナを襲う指示を出した、執事長だ。
銀縁の眼鏡の縁を持ち上げた彼は、クレアを見て不敵に笑う。
「伯爵はどこだ? クレオは?」
「この屋敷は、僕が制圧しました。あなたを待っていたんですよ、クレオ……いや、今はクレアでしたか」
「馬鹿げた真似をしでかした理由を聞いても?」
「あなたには理解できないでしょうね。どう足掻いても、伯爵の子供になれない僕の気持ちは」
話をしている間に、クレアは屋敷内の気配が増えていることに気づく。執事長の手駒だろう。
自分の優位を確信している執事長は、クレアを見下ろして口を開いた。
「ずいぶんと、物騒な奴らを集めたみたいだな」
「何を言っているんです。皆、僕たちの腹違いの兄弟ですよ? 彼らはいずれもミハルトン伯爵の実子です。認知されず、日の目を見られなかった者たちばかりですが」
同じ家で暮らしながら、実子として大事に育てられるクレオを目にし、複雑な気持ちになったのはクレアも一緒だ。
「本物のクレオがいなくなって僕は、ようやく自分たちにも伯爵の目が向くのではないかと期待したのです」
「影武者の俺や、次のクレオがいただろう?」
「そうですね。でも、あなたは、所詮ただの影武者でしかなかった。伯爵だって、そう扱っていたでしょう? 問題は、今のクレオだ……あの無能が実子面して伯爵をたぶらかし、僕らに偉そうに命令してくるのは耐えられない!」
執事長の言葉は、少し前までのクレアの言葉だった。
なんだかんだ言って、クレオを演じる間は、親である伯爵に必要とされているのだと思った。
自分にそんな可愛らしい部分があることにビックリだが、隙あらば返り咲こうとしていたクレアは、確かにクレオの地位に執着していた。新しく現れた弟のクレオを脅威に感じていた。
今考えれば、伯爵や周囲に必要とされる居場所を手放したくなかったのだろう。
執事長は、クレアより前から使用人としてミハルトン伯爵に仕えていた。おそらく、伯爵が屋敷の下働きに手を付けたのだ。
初めから、最もミハルトン伯爵に近い場所にいた子供。すぐ傍にいながら、一度も顧みられなかった子供。
実子の扱いをされたことはなく、使用人としてしか存在できなかった。
クレア以上に、思うところがあったに違いない。
誰よりも父の愛情を欲しがり、下働きから一転、執事長にまで上り詰めたというのに。
そして、ついに溜まった不満が爆発してしまったのだろう。
「ねえ、クレオ……いや、クレア。僕に味方しませんか? 悪いようにはしませんし、あなたのためになる提案ですよ?」
「執事長、提案と脅しの違いを辞書で調べてみろ。それに、俺を味方に付けて何をする気だ?」
「ミハルトン伯爵には、引退してもらい、今のクレオにも消えてもらいます。あなたと僕たちで、共にミハルトン家をもり立てていきましょう」
「俺をクレオに返り咲かせて裏から操る気か? だが、それもエイミーに子ができるまでだろうな。父親が誰になるのかは知らないが、男子が生まれれば俺は用なしだ」
さっさと消されるに違いない。
「本当に、あなたは昔から可愛くない」
「ほっとけ」
しかし、ピリピリした二人の会話に割って入る声があった。
黙って事の成り行きを見守っていたサイファスだ。
「異議あり!! クレアは可愛いよ!!」
後ろではマルリエッタが大きく頷き、同意を示している。
「……何やってんだ、お前ら」
呆れるクレアを、サイファスは後ろから優しく抱きしめる。
二人の前には、武器を構えたアデリオとマルリエッタが立った。
事前に連絡していたにもかかわらず、出迎えは一人もいない。
クレオからクレアになったからかもしれないが、それでも迎えぐらいはよこすはずだ。
門の前には警備の者さえおらず、しんとしている。
「変だな。勝手に入るか」
クレアはさっさと門を開け、ミハルトン家の屋敷の庭へ侵入した。
アデリオは堂々と、サイファスとマルリエッタは戸惑いながら、ハクは誰にも見られないようこっそり中へ足を踏み入れる。閑散とした庭にも人の気配がない。
途中で新しい建物があったが、あれがクレオの愛人が住んでいる場所なのだろうか。
だが、そこにも誰かがいる様子はなかった。
「なんだ、全員屋敷の中か?」
まっすぐ屋敷に直行したクレアは、勝手に扉を開けて入っていく。
正面玄関の前に広がる階段を上ろうとしたとき、不意にキラリと光るものが飛んできた。
それはクレアのすぐ目の前の欄干に突き刺さる。
「おいおい、ずいぶんな歓迎じゃねえか。執事長さんよぉ」
クレアが視線を上げると、階上に予想通りの人物が立っている。
第一王子やサイファスと同じ年齢くらいの、黒髪に、赤茶色の瞳を持つ背の高い青年。
エイミーナを襲う指示を出した、執事長だ。
銀縁の眼鏡の縁を持ち上げた彼は、クレアを見て不敵に笑う。
「伯爵はどこだ? クレオは?」
「この屋敷は、僕が制圧しました。あなたを待っていたんですよ、クレオ……いや、今はクレアでしたか」
「馬鹿げた真似をしでかした理由を聞いても?」
「あなたには理解できないでしょうね。どう足掻いても、伯爵の子供になれない僕の気持ちは」
話をしている間に、クレアは屋敷内の気配が増えていることに気づく。執事長の手駒だろう。
自分の優位を確信している執事長は、クレアを見下ろして口を開いた。
「ずいぶんと、物騒な奴らを集めたみたいだな」
「何を言っているんです。皆、僕たちの腹違いの兄弟ですよ? 彼らはいずれもミハルトン伯爵の実子です。認知されず、日の目を見られなかった者たちばかりですが」
同じ家で暮らしながら、実子として大事に育てられるクレオを目にし、複雑な気持ちになったのはクレアも一緒だ。
「本物のクレオがいなくなって僕は、ようやく自分たちにも伯爵の目が向くのではないかと期待したのです」
「影武者の俺や、次のクレオがいただろう?」
「そうですね。でも、あなたは、所詮ただの影武者でしかなかった。伯爵だって、そう扱っていたでしょう? 問題は、今のクレオだ……あの無能が実子面して伯爵をたぶらかし、僕らに偉そうに命令してくるのは耐えられない!」
執事長の言葉は、少し前までのクレアの言葉だった。
なんだかんだ言って、クレオを演じる間は、親である伯爵に必要とされているのだと思った。
自分にそんな可愛らしい部分があることにビックリだが、隙あらば返り咲こうとしていたクレアは、確かにクレオの地位に執着していた。新しく現れた弟のクレオを脅威に感じていた。
今考えれば、伯爵や周囲に必要とされる居場所を手放したくなかったのだろう。
執事長は、クレアより前から使用人としてミハルトン伯爵に仕えていた。おそらく、伯爵が屋敷の下働きに手を付けたのだ。
初めから、最もミハルトン伯爵に近い場所にいた子供。すぐ傍にいながら、一度も顧みられなかった子供。
実子の扱いをされたことはなく、使用人としてしか存在できなかった。
クレア以上に、思うところがあったに違いない。
誰よりも父の愛情を欲しがり、下働きから一転、執事長にまで上り詰めたというのに。
そして、ついに溜まった不満が爆発してしまったのだろう。
「ねえ、クレオ……いや、クレア。僕に味方しませんか? 悪いようにはしませんし、あなたのためになる提案ですよ?」
「執事長、提案と脅しの違いを辞書で調べてみろ。それに、俺を味方に付けて何をする気だ?」
「ミハルトン伯爵には、引退してもらい、今のクレオにも消えてもらいます。あなたと僕たちで、共にミハルトン家をもり立てていきましょう」
「俺をクレオに返り咲かせて裏から操る気か? だが、それもエイミーに子ができるまでだろうな。父親が誰になるのかは知らないが、男子が生まれれば俺は用なしだ」
さっさと消されるに違いない。
「本当に、あなたは昔から可愛くない」
「ほっとけ」
しかし、ピリピリした二人の会話に割って入る声があった。
黙って事の成り行きを見守っていたサイファスだ。
「異議あり!! クレアは可愛いよ!!」
後ろではマルリエッタが大きく頷き、同意を示している。
「……何やってんだ、お前ら」
呆れるクレアを、サイファスは後ろから優しく抱きしめる。
二人の前には、武器を構えたアデリオとマルリエッタが立った。
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