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第1章 狩人から冒険者へ

第1話 クビ

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「ゼル、お前はアスティラ公爵家には要らん。シーサーペントも狩れん狩人は早く出て行け!!」

 俺は今朝アスティラ公爵様の執務室へと呼ばれ、所謂クビを言い渡された。
 11歳の時からアスティラ公爵家に世話になってはや5年、最近狩場が変わり、やっと慣れてきた所だった。

「そ、そんなあんまりでございます!!」
「黙れ!! お前も分かっているだろう! 昔は獲物をすぐに取って来ていたが今はどうだ?」

 アスティラ公爵様の言う事も最もだ。俺は最近、獲物を仕留められていない。

 昔はそこらにいるホーンピッグやデストロイカウ、3年前には永久凍土の洞窟にいるアイスドラゴン等を何十体と、公爵様の命令で狩りに行った。
 その他にも色々な命令をされて、沢山の獲物を捕まえた。

 しかし、今年に入って5ヶ月。捕まえた獲物はたった10匹。

「…何も言えぬではないか。最近では王城にも食料を献上出来ていないのだ!! さっさとこの屋敷から出て行け。役立たずが」

 冷淡で威圧感のある言葉が俺に圧し掛かる。
 公爵様はこの国でも随一の食通で有名である。その為多くの魔物、珍しい食材を手に入れると王城へと献上し、印象をよくしているのだ。
 
「ま、待ってください!! 私が抜けたら狩人は誰がやるんですか!?」
「それはもう決まってある。王都でも有名なAランクパーティー、シーファングがウチの専属となる」

 Aランクパーティー。冒険者の中でも上位に位置する実力を持ち、経験豊富とギルドに認められなければなる事が出来ない、天才の集まり。

 そこが公爵家の専属となると、完全に居場所がない。

 どうしようもない…か。

「ふん! どうやら自分の立場がよく理解出来た様だな。最初は良い狩人がいると聞いて雇ったがとんだ期待外れだったな! 早く荷物を纏めて出て行け!!」
「お世話に…なりました…」
「ハハッ!! もうお前の顔を見なくて済むというだけで、胸が空く様だ!!!」

 アスティラ公爵様を見ると高笑いをし、早く行けとでも言う様に手を払う。

 俺はこれからどうすれば…。

 言われた通り部屋から出て、あまりのショックにフラフラとしながらも自室を目指す。

 此処の月の給金は10万ゴールド。とんでもない大金だ。
 毎日、柔らかいパンが食べれるし、週に1回は外食をしても問題ない。さらに言えば月に1回遊びに行っても足りるぐらいの金額を貰える。

 しかし、これが俺の地元であれば別だ。月に良くて3万ゴールド。毎日食事できる日の方が少ない。これでは生きれる者も生きれない。

 だから金を稼ぎ、村の皆んなに寄付する為、力をつけ、技術を磨き、公爵様に目を掛けて貰う程の実力をつけた。

 でも結局はクビだ。

 情けない……そうだ。最後にお世話になったゴルドフさんに挨拶してから出て行こう。

 ゴルドフさんは狩りが終わった後、よく飯に連れて行ってくれた人だ。俺はこの人から魔物の上手な捌き方、女のモテ方、何なら体術もそれなりに教えて貰った。解体の師匠であり、男の師匠でもあり、俺の体術の師匠でもある、器のでかい良い人だ。

(お別れなんて…寂しいな)



 執務室から出た俺は地下にある厨房に来ていた。

「え? ゴルドフさんが居ない?」
「あぁ、そうだよ。娘さんが病気に伏してしまったんだとよ」

 そんな!? 大変だ!!

「おい、待て…どこに行く気だ?」
「ど、何処って…ゴルドフさんの家に…」
「お前はもう公爵家とは何も関わりのない人間だ。俺達の大事な料理長の下に行かせると思ってんのか?」

 もう、先程の事がここまで広まっているのか。俺が狩人を辞めされた事が。
 この料理人の目が語っていた。ちんけな平民が料理長に話しかけるなと。

 前々からこの兆候はあった。料理長であるゴルドフさんと仲良く話していると、遠くから舌打ちが聞こえてきたり、ヒソヒソと俺の悪口を話している人もいた。だがまさかここまで嫌われているとは思ってなかったな…。

「…分かりました。では伝えて置いて下さい。お世話になったと…」

 男は何も言わず、此方を睨むだけで扉を閉めた。

 公爵様の命令で、今すぐ此処を出ないといけない。時間は掛けられない。お世話になった人に一言声も、急な事で手紙も書く事が出来ない。

(ゴルドフさん…本当に…本当にお世話になりました)

 厨房に向けて、深く、長く礼をするとゼルは踵を返す。

 後悔の念がないかと言われれば、あると言わざるを得ない。もっと自分が上手く今の環境に慣れていたら、もっと公爵様を説得できる様な達者な口であったら、もしかしたら此処から追い出される事はなかったのかもしれない。

 自室に戻ると、自作の弓、ナイフ、服等を鞄に詰めていく。公爵家に元々あった物はなるべく持っていかない様にしながら準備を進める。

 30秒後。

「ありがとう。世話になった」

 5年間世話になった部屋にお礼を言った後に、窓から部屋を出る。
 今は早朝。門前では執事やメイドが庭園の掃除、手入れを行なっている筈だ。執事やメイド達に嘲笑を浴びた上に此処を追放される、そんな嫌な気持ちで此処を追放されたくない。

 3階の自室から飛び降り、アスティラ公爵家を囲う壁を垂直に駆け上る。
 そしてゼルは公爵家を出て行った。



 アスティラ公爵家を出た後俺は、街のベンチで項垂れていた。

(これからどうしよう…)

 今までは狩人の腕を上げれば、お金が舞い込んで来ると思っていた。実際、公爵様に目を掛けて貰ったが世間はそう甘くない。
 狩人を雇う物好きはそう居ない。村などでは重宝されるが、街ではほぼほぼ冒険者に依頼をすれば何でも解決する。此処では狩人とは無職と変わらない。

「…冒険者か」

 ゼルの口から1つの単語が繰り出される。

 冒険者。街でのお使いから、人的被害をもたらす魔物の討伐まで、依頼を受けて報酬を貰う職業。

(冒険者になってみるのもアリ…か)

 しかし公爵家を追い出されたというステータスは、何か悪い事をしたのではないか、何か問題があるのではないかと言う色眼鏡を掛けられてしまう。つまり、自然と話に尾ひれがついて仕舞う。

 これでは冒険者になるにしても、足枷になる。

 この街…いや、国にいてもすぐに追放された事が広がって支障をきたすだろう。

 とりあえず、この国を離れるか。

 ゼルは、ベンチから立ち上がると足早に公爵家の領地であるフーゼンを出た。





「ふぅ。やっと着いた」

 道すがら襲ってきた魔物を狩り、食事をしながら進んだ結果、隣の国まで1週間も掛かってしまった。

 ようやく着いた国、アルベイルで俺は急いである所に向かった。

「うっ!! い、いらっしゃいませ…ご宿泊ですよね…?」
「…はい」
「5000ゴールドになります。ちゃんとシャワーも付いておりますので…お早めに…」

 何故こうも宿の受付の人にシャワーを勧められているか、それは昨日襲われたサイレントカメレオンの返り血の所為である。

 サイレントカメレオンはその名の通り、音も立てずに近づき、色も変化させる事が出来る厄介な魔物である。

 就寝中に襲われた為反応が遅れてしまったが、近くで反撃してしまい、返り血が全て自分に掛かるという失態を犯してしまったのだ。

 近くに水場は無かったし、水も残り少なかった為、そのまま来たのだが、血が乾いて予想以上の激臭を放っている。
 早くこの血を洗い流さないと自分の鼻が曲がりそうだ。

 急いで受付にお金を渡して、宿の階段を登る。

「…ねぇ、さっきの人…」
「あぁ…あれはとんでもないな…」
「あ、なんだよ?」
「「アマンダみたいに返り血がベットリ!!」」

 宿の備え付けの厨房前に置かれた丸いテーブルを3人が囲み、此方を見て笑っている。

(やっぱり目立つよな。早く此処に来て良かった)

 そんな事を思いながらゼルは、急いで部屋へと向かい、シャワーを浴びる。

 血を綺麗に流し終わった後、汚れた服は風呂に浸け、代わりの平凡な服を着て宿から出る。

 …さっきは急いでてあまり気づかなかったけど、こっちの国は活気づいているんだな。

 まぁ、予想はついてたけど。

 冒険者の様な格好をした者が多く存在し、笑い声や怒鳴り声、客引きをする声などが彼方此方から聞こえる。

 此処の国は"冒険者の国"とも呼ばれている国だ。
 周辺には高レベルの魔物が多く存在して、過酷な環境、高水準な戦闘技術があると噂の国なのだ。

 他にも行ける国はあった。だけど俺は此処に来た。

 狩人の技術しかない俺が稼ぐ為には此処しかないと思ったのだ。

「よし、じゃあ行ってみるか。ギルドに」

 ゼルは小さく呟くと、冒険者ギルドへと向かった。



 *

 早朝の依頼の争奪戦が終わり、ギルドの中は閑散としていた。

「ねぇ、聞いた? 明日"天上の宴"が西の森の氷土竜の群れの素材を持ってくるらしいよ?」
「え!? 嘘でしょ!? 私明日彼氏とデートなのにー…」

 隣に居るショートカットがよく似合うミラが、頭を抱えて唸っている。
 確かに、群れって事は残業は確定だからね…気持ちは分かるけど、そんな態度に出さないでよ…私の気分まで下がるじゃない。

「氷土竜の群れって事は奥まで行ったのですよね…流石世界に名を轟かせているだけはありますわ…あの中で唯一の男、セン様は狙い目ですね…」
「こら、ゼシカ。そういう事思っても口に出さない」

 ウェーブの掛かった色気漂うゼシカに関しては"天上の宴"の唯一の男性であるセン様を狙っていると、涎を垂らしている。
 一応、誰も居ないとは言え今は仕事中。もう少し集中して欲しいわ。

 ギィッ

 そんな事を思っているとギルドの入り口から扉が開く音が聞こえた。

 私は音が聞こえた瞬間、背筋を伸ばし、口角を上げる。ふと隣にいる2人を見ると、先程とは打って変わって完璧な受付嬢の姿をしていた。

(全く…貴方達は…)

 少し呆れるが、表情には出さない様に気をつけて入り口に気を配る。

(ってあれ?)

 入って来たのはこの国では珍しい黒髪の青年、いや少年だった。

 この国では相当な実力者ではなければ、冒険者になる事は出来ない。

 その為、若くても25歳ぐらいのお兄さんしか此処に来ることはないんだけど…どう見ても15歳前後の少年。
 此処に来たと言う事は依頼をしに来たのかな? 高ランクの魔物の討伐となると、相当な金額になるけど大丈夫かなー…?

 そんな事を考えているうちに、黒髪の少年は私の目の前まで来ていた。

 そして、少年は私が声をかける前に口を開いた。

「冒険者になりたいんですけど」
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