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第30話 騙し討ち

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 降伏を促す文を送ってから数日後。グランバルトに軍を置いていたバラギットの元に、ライゼルから降伏を受諾するとの文が届いた。

「あのライゼルが降伏、か……。まあ、そりゃそうだよな。本拠地を落とされた挙句、この数の兵じゃ降伏したくもなるわな」

 クックックとバラギットが笑みを浮かべていると、ローガインが口を挟んだ。

「閣下、わかっておられるとは思いますが……」

「ああ。もちろん殺すよ。あれほどのキレ者、生かしておくと後々面倒だからな……。とっとと首をはねるに限る」

 自分の想定をはるかに上回る知恵の数々には舌を巻いたが、結局はこれまでだ。

 策では覆せない圧倒的な兵力での蹂躙を前に、さしものライゼルも万策尽きたのだろう。

 こちらの提示した降伏条件に食いつかざるを得ないほど、ライゼルは追い詰められているということだ。

「それと、ライゼルの首を獲り次第、町の者は皆殺しにしろ。……女子供に至るまでな」

「それでは約束を違えることになりますが……よろしいので?」

「構わないさ。事が始まる頃には、ライゼルはこの世にいない。……死人との約束を守るほど、俺も愚かじゃないんでね」

「まったく……悪いお人だ」

「そんな俺に味方するアンタも、相当な悪党だろ」

 察するに、開拓地の連中はライゼルを相当慕っているのだろう。

 であれば、ライゼル亡きあと生かしておけば、こちらに反乱を起こしかねない。

 それならば、先んじて排除した方が間違いない。

 バラギットはそう判断した。

 ライゼルが降伏した後の方策を練っていると、バラギットの家臣が前に出た。

「バラギット様! 南東より砂煙が!」

「お、来たのかな? 思ったよりもずいぶん早かったが……」

「いえ、それが……」



「おらぁああああああ!!!!!!」



 咆哮のような声と共に、遠目から吹き飛ばされた兵が宙を舞う。

「なんだ、あれは……」

「砂煙の中から現れた兵が、我が軍を強襲しております!」

「なんだと!?」

 控えていた兵を伴って戦場となった場所に出ると、バラギットは目を疑った。

 獣人たちが率先して戦っているのはもちろんのこと、先頭で戦っている者の鎧には見覚えがあった。

(あの鎧、たしか兄上の……)

 自分の兄が着用しており、兄の死後はライゼルに相続されたものだ。

 この場にそれを着ている者がいるということは、答えは一つしかない。

「まさか、ライゼルが奇襲したのか!?」





 先頭に立って暴れるアナザに、オーフェンが叱咤の声を挙げた。

「こらアナザ! あまり前に行くな!」

「そんなこと言われても、前に出ないと手柄取れないっすよ~」

「お前が着ているのはバルタザール家に代々伝わる、家宝の鎧なのだぞ。傷でもついたらどうする!」

 出陣の前に、装備を整えるべく、倉に置いてあった武器や鎧を自由に使わせていいと言った。

 その結果、アナザが選んだのは、バルタザール家に代々伝わる鎧だったわけだが……

「鎧なんて使ってナンボ、傷ついてナンボでしょ」

「脱げ!!! 今すぐに!!!!!」

「酷いっすよ! 倉庫にある武具、適当に使っていいって言ってたじゃないっすか!」

「だからって家宝を持ち出すやつがあるか!」

 敵兵の相手をしながら、オーフェンが怒鳴りつけるのだった。





 目の前の光景が信じられず、改めて確認する。

 あの鎧、間違いない。

 バルタザール家に代々伝わる家宝の鎧だ。

 それを着ているということは、この場にライゼル攻め寄せてきたということに他ならない。

(バカな……ライゼルは降伏するはずじゃ……)

 と、そこまで考えて気がついた。

(バカか、俺は……)

 そもそも、ライゼルが降伏するという話自体が罠だったのだ。

 降伏という罠でこちらの油断を誘い、逆に奇襲を仕掛ける。

 それこそがライゼルの本当の策だったのだ。

 第一、こちらがライゼルを騙そうとしているのなら、当然、ライゼルとてそれを警戒するはずだ。

 それを、警戒もなく二つ返事で降伏を申し出る時点で、もっと警戒するべきだった。

(クソ……まんまとしてやられたぜ……)

 奇襲されたとはいえ、まだ勝ち目はある。

 バラギットの知るライゼルは、剣も魔法もろくに使えない、無能な男だったはずだ。

 おそらく、自分の策が綺麗にハマり、調子に乗って前に出てしまっているのだろう。

「ライゼル……。まだまだ若いな……」

 頭はキレるが、まだまだ青い。

 大将ならば後ろに構えて万に一つも傷を負わないようにするべきなのだが、ライゼルの場合は前に出てきてしまっている。

 若者にありがちなのだ。自身の力を過信し、能力以上の舞台に上がってこようとすることが。

 普段なら可愛げもあると笑うところだが、これも戦だ。その隙を存分に突かせてもらおう。

 バラギットが自身の周りに控える兵に告げる。

「あいつが大将首だ。……討ち取ってこい!」

 そう言って、最前線で暴れるアナザを指すのだった。





(なーんか俺にばっか兵が群がってるなぁ)

 襲い掛かる兵を難なく切り伏せ、アナザが首を傾げる。

 全体の指揮を執るアニエスや、切込み隊長となって道を切り開くフレイよりも、なぜか自分にばかり兵が集中している気がする。

 不思議ではあるものの、武功が稼げるのなら、それに越したことはない。

「ちょうど手柄欲しかったとこなんで、じゃんじゃんかかってくるっすよ~」





 前線で暴れるライゼル・・・・の姿を見て、バラギットが固まった。

「なんだ、あれは……」

 襲い掛かる兵を斬りつけ、投げ飛ばし、時には攻撃をいなしてカウンターまで決めている。

 あれだけの数の兵を苦も無く捌くなど、バラギットが知るライゼルではありえないことだ。

 以前、屋敷で鍛錬していた時とはまるで違う、人が変わったような動きだ。

「あれが、ライゼルの真の力だというのか……!?」

 と、そこまで考えて気がついた。

 考えてみれば、おかしなことではない。

 これまでのライゼルは暗愚を装い自身の才覚を隠してきたのだ。

 そのライゼルが、どうして自身の武力も隠していないと言い切れる。

 むしろ、自身の智謀も隠していたのだから、武勇も隠していたと考える方が自然だ。

 それにしても、と思う。

 前線で暴れるライゼルは、多数の兵を相手に、果敢に応戦するどころか、積極的に道を切り開いていると言っていい活躍をしている。

 これだけの腕前、おそらくAランク相当の冒険者に匹敵する実力を備えていると見て間違いないだろう。

「……………………」

 驚異的だ、と思った。

 バラギットを上回る謀略に、Aランクの冒険者相当の武力。そして決死の奇襲を敢行できるだけの統率力と人望。

 それらを持った男が、自分の敵として立ちはだかっているのだ。

 ライゼルの力、野放しにしていては逆にこっちがやられかねない。

「今この場であいつを討ち取れ。……全力で!」





 長旅を終え、バラギットに占領された本拠地が見えてきたところで、ライゼルは息をついた。

「ようやくグランバルトが見えてきたぞ」

 長い旅だった。

 カチュアのおかげで不自由しなかったものの、一人で勝手に降伏するというのは、やはり精神的に来るものがある。

 とはいえ、既に決めたこと。

 バラギットにも降伏する旨の手紙を送ってしまった時点で、ライゼルの降伏は揺るがないだろう。

「では、さっそくお屋敷に向かいましょう」

「ああ」

 ライゼルとカチュアがグランバルトの市街地に入ると、どこからか剣戟や叫ぶような声が聞こえてきた。

「ん? なんか騒がしいな……」

 グランバルトを制圧したということは、領内をほとんど制圧したと言っても過言ではない。

 それこそ、そこら辺に散らばる盗賊か、ライゼルの構える開拓地くらいしかまともに戦える者しかいないだろう。

 盗賊ならば圧倒的な数の差があるバラギットの軍に挑もうなどとは思わない。

 開拓地の軍も、ライゼルが勝手に降伏しようとしている時点で、ここまでやってきて戦う理由はない。

 いったい、誰が……

 遠目に観戦しようとしたところで、オオカミ獣人特有の頭が見えた。

 見慣れた毛並み。間違いない。あれは……

「大将!? 大将じゃないですか!」

「フレイ!? なんでここに……」

 ライゼルの姿を認めると、バラギットの軍をかき分けて、獣人の大群がライゼルに迫ってきた。

 よく見ると、その中にはアニエスやオーフェン、シェフィにアナザの姿まで見える。

「ライゼル様! よくぞご無事で……」

「おいオーフェン、なんだこれは。なんで皆してここにいるんだよ」

「それは……」

「ライゼル様、オーフェン殿、ひとまずここは退きましょう。……まもなく敵の第二波が来るかと」

 ライゼルとオーフェンの間にアニエスが割って入ると、二人に退却を促す。

「アニエス! お前まで……」

「殿《しんがり》は私が引き受けます。皆さんは早く!」

 アニエスが剣を抜き、態勢を立て直そうとしている兵に向き直る。

「わたしも残ります! アニエスさんにばかり負担はかけられませんから!」

「シェフィ嬢の言う通りだぜ! 御前試合でいいとこ見せられなかったからな……今度こそ、大将にいいとこ見てもらわなきゃな!」

「シェフィ、フレイ……」

 シェフィとフレイがアニエスの隣に立つ。

「うへ~、これ俺も残らなきゃいけない流れっすか? まあ手柄増えるならいいっすけど」

 なぜかバルタザール家の家宝の鎧を着たアナザが前に出る。

「アナザまで……」

 自分の利益しか考えてなさそうなアナザまで、この場の殿を引き受け、ライゼルを逃がそうとしてる。

「おわかりですか、ライゼル様。……ここにはライゼル様の命を犠牲に、自分だけ助かろうという者などいないのです」

「オーフェン……」

 さっきから何の話をしてるんだ?

 そう思いつつ、黙って続きを促す。

「ですからライゼル様。どうかご自身の命と引き換えに、我らを助けようなどと思わないで頂きたい! ……皆、とうの昔にライゼル様のために命を捨てる覚悟ができているのですから」

 何の話だかさっぱりわからないが、ここは話を合わせておくとしよう。

「……お前たちの覚悟、よくわかった」

 アニエスやフレイたちの前に出ると、ライゼルが声を張り上げた。

「お前たちがここまで来てくれたこと、誇りに思う! だからこそ、お前たちの命をこんなところで散らせたくはない」

「ライゼル様……」

「大将……」

「必ず生きて帰れ! ……以上だ」

「「「うおおおおお!!!!!!」」」

 ライゼルの激励に獣人たちが湧き立つ。

 自分はただ降伏しようとしただけなのに、なぜこんなことになっているのだろう。

 そう思いながら、ライゼルはその場の流れに身を任せるのだった。

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