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第8章 将軍夫婦の結末
第71話 将軍夫婦の別れ4
しおりを挟む「ちっ……」
デュランダルが眉をひそめる。彼の眉間にぎゅっとしわが寄った。
彼は浅い呼吸を繰り返す。
「……デュラン様……?」
夫の様子がおかしいことに気づいたフィオーレの瞳が揺れる。
しばらくすると、彼の呼吸が落ち着いてきた。
デュランダルが、フィオーレに向かって伸ばした手をふっと降ろす。
そうして、彼女の前に立つと、彼は睥睨した。
「女がついてくるとか……足手まといなんだよ――」
初めて出会った頃のような低い声音を発した夫に、フィオーレはびくりと震えた。
「あ……足手……」
彼女の声が震えた。
「たった今、かつてのエスト・グランテは滅び、新生エスト・グランテへと生まれ変わった。国が一度滅んだ段階で、オルビス・クラシオン王国との約束も、もう無効だ――」
彼にそう言われ、フィオーレの顔が歪む。
「つまり、もう俺たちは夫婦じゃない――所詮、政略結婚だったんだ――ここでお前とも、もうお別れだ――」
「そんな……! 国が滅んだからって、そんな簡単に夫婦の誓いが破られるなんてこと――」
「まだガキのお前には分からないだろうが……約束なんて、簡単に破られる……大人の世界なんて、そんなもんだ――」
フィオーレはデュランダルにすがりつく。
「嫌です、デュランダル様……! 私は離れません……!」
見下ろしたままのデュランダルは、彼女の顎を掴んだ。
いつもフィオーレのことを壊れ物のように大事に扱ってくる彼にしては、荒い所作だ。
「俺の身体がそんなに良かったか――?」
彼の言葉に、フィオーレは首を横に振る。
「違う――違います――身体がどうとかじゃなくて――」
「――初めて抱かれた男だから、執着してるだけなんだよ……所詮、若い頃の一時的な感情だ……国に帰れば、すぐに俺のことなんか忘れて、他の男を好きになる――」
フィオーレは叫んだ。
「そんなこと、絶対にありえません! デュランダル様! 一人で抱え込まないで! 夫婦だから、ちゃんと相談して二人で頑張っていきましょう! 私が長生きできる方法を一緒に探してくれるって言ったじゃないですか――!」
だけど、彼の返答は無常だった。
「一緒に探す約束もなしだ……」
彼に否定され続けても、フィオーレはなおも食いついた。
「嫌です……! そんなに泣きそうな顔で言われても、私は信じません――!」
デュランダルの肩がぴくりと震えた。
「デュランダル様、お願いです……! どうか私も――」
「連れて行け――」
デュランダルが、フィオーレの背後に立つイリョスへと声をかけた。
イリョスはフィオーレの腕を掴む。
「行きますよ――姫様――新生エスト・グランテが、オルビス・クラシオン王国と友好関係になるかどうかは分かりません」
「離して、イリョス! 嫌! デュランダル様――!」
少年騎士イリョスに引きずられるようにして、フィオーレはデュランダルの元から引きはがされていく。
将軍デュランダルが、妻のフィオーレを愛していることは、騎士達の全てが知るところにある。
将軍が無理をして振舞っていることに、彼らも気づいていた。
「嫌です! デュランダル様! お願いです! そんな顔をした貴方を置いて、国に戻ることなんてできません――お願いです、デュランダル様――デュランダル様――!」
けれども、何度叫んでも、彼女の叫びが彼に届くことはなかった――。
デュランダルは唇を噛み締め、愛する妻だった女性の姿が消えるまでずっと見つめ続けていた。
「フィオーレ……こうでも言わないと、お前は絶対についてくると言って引かなかっただろう――」
だが、お互いのために今はこれが最善の道だと、彼は信じている。
デュランダルは手を開く。
掌の上の金の指輪――妻の瞳と同じ色のそれを、彼は見つめた。
紫色の瞳が揺れる。
「俺はお前に生きていてほしい――それが俺のわがままだったとしても――」
そうして、彼女を見送った後、かつての国王と将軍も、エスト・グランテの王城から姿を消したのだった。
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