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6.公式発表とその裏側
しおりを挟む勇者であるライオネル王子が仲間たちとともに人類の宿敵魔王を倒したという朗報は、瞬く間に王国中に知れ渡った。
彼ら勇者一行は王国中を凱旋。王都の民たちも歓声と熱狂とともに彼らを迎え入れた。
魔王を倒した勇者一行であったが、尊い犠牲もあった。
王子を守るためその盾となり犠牲になった魔法騎士の最期の話は、人々の涙を誘った。
我が国の危機を救うため召喚された聖女は、勇者一行をよく守り魔王を倒す一助となった。彼女は自分の役目は終わったと、あり余る魔力と神聖力を使い自分の祖国へ還った。
彼女はこの国を去るまえに、人々のために平和と幸福を祈ったという。
今はもういない魔法騎士と聖女の名は、王国史の誉れとして燦然と輝き続けるだろう。
魔王討伐の旅は終わり、人類は脅威に打ち勝ったのだ!
魔王を討伐し生還した王子と公女は、国中の人々の祝福を受け華燭の典をあげた。
こうして王国に平和が訪れたのだ。
◇ ◆ ◇
ライオネル王子は、毎晩あの日の夢を見るようになった。
彼の婚約者だった聖女が、暗い暗い魔峡谷の谷底へ落ちる瞬間のその顔を。
嘲るような……あるいは泣きだしそうな。
呪詛を紡いだ唇は禍々しく……けれどその顔はひどくうつくしいと感じた。
汗びっしょりになって目覚め、頭を抱えて思い悩む。
あのときの自分の判断は正しかったのだろうか。
何度も何度も思い返しては、自問自答を繰り返している。
聖女が訴えたように、あの村辺りで彼女を解放するべきだっただろうか。
魔王討伐のため、古い魔法を用いて異世界から召喚した聖女。
まさか、あんなにうつくしい少女が現れるとは思ってもいなかった。
艶やかな黒髪はまっすぐで、彼女のこぶりの顔をさらさらと彩っていた。
いつもどこか困ったように笑うその顔を、満面の笑みにしてあげたかった。
召喚魔法は古代人の使用していたもので、今では失われた魔法の一種。
召喚された者をもとの世界へ送り返す魔法はない。
故郷に帰れないと知り、心細いと呟く少女の細い肩を抱きしめて、王子はリンを守ると誓った。
魔王討伐の旅のさなか。
幼馴染みの魔法騎士が死んだ。
彼の死がつらいと公女に泣きつかれた。彼女を慰めているうちに、なぜか彼女を抱いていた。
旅の間中、禁欲を余儀なくされていたからだろう。魔王を討伐後、張りつめていた気持ちが解放されたこともあいまって、公女の誘惑に抗えなかった。
もともと公女アイリーンは血が近すぎるという理由で王子の婚約者候補から外されていた。
だから、公女のことはそういう相手にしてはいけなかったのに。
魔が差した。
「月のモノがこないの。妊娠したみたい」
公女にそう相談されたとき、王子は戸惑った。
公女を妊娠させておいて、彼女を娶らないわけにはいかないではないか!
身分を考えれば正妃に据えなければならない。ほかの貴族どもの手前、公女を愛妾になどしたら王家の信用問題になる。
リンとの婚約は破棄し、公女と結婚する。
これが最善だと解っているが、王子の婚約者は召喚された聖女だと公表済みだった。
その聖女と結婚しないだなんて、国民たちはなんと思うだろうか。
旅から帰還してみれば王子の結婚相手が違うなんて、醜聞以外のなにものでもない。
それに。
リンとの婚約を破棄したら、彼女はきっとすぐにほかの貴族の男が攫っていくだろう。
なんせ、あのうつくしさ。
さらに、この国の人間はだれも持っていない神聖力を扱う稀有な聖女。
性格も穏やかで純粋無垢。人を疑うことをしない清廉さ。
それでいて博識で、異世界の知識はこの国に有益であるに違いない。
男ならだれもが欲しがる要素が聖女リンを彩っている。
王子はどうしてもリンを自分の目の届かない場所においておきたくなかった。
自分のいないところで他の男を夫とし、幸せに笑っているなんて許せなかった。
そうするくらいならば殺してしまおうと思った。
だって、愛していたから。
「あの子は魔峡谷に落としましょう」
公女の提案に戸惑いをみせたのは、ほんの数瞬だった。
まさか彼女があんな呪詛を撒き散らしながら身投げするとは思ってもいなかった。
あのとき彼女はさまざまな呪詛のことばを叫んでいたが、ただのことばを述べていたに過ぎない。
魔導具を着けられた状態の彼女からは、魔力の発動も神聖力の波動すらも感じなかった。
聖女リンの発した呪詛のことばの数々は、ただの悪あがきに過ぎないのだ。
そのはずなのに。
旅の途中でリンがさまざまな話をしてくれた。
その中でも興味深かったのは『ことばが力をもつ』という考え方だ。
なんでも、古代からニホンジンにはコトダマが操れるのだとか。
コトアゲして、言ったことばが本当のことになる力を操れるのだとか。
だから今でも不吉なことや死を連想するようなことを『忌みことば』といって避けるようにしているのだとか。
そんな世界で生きてきた彼女が、狂ったように言い放った『呪い』。
魔力も神聖力も発動していなかったが、彼女は「コトアゲした」と言いきった。
そして自分から谷底へ飛び込んだ。
呪いを完成させるために。
王子の胸には今も、一抹の不安とともになんとも言えぬ薄気味悪さが去来している。
彼の正妃アイリーンの腹の中で、胎児は順調に生育している。
◇ ◆ ◇
王子妃アイリーンは怯えていた。
晴れがましい凱旋を果たし、王子と結婚し念願の王子妃となった。
すぐに懐妊が発表され、王宮は慶事づくしだといまだに祝賀ムードが漂っているにもかかわらず。
理由はわかっている。
あの忌々しい召喚聖女が死の間際、苦し紛れに叫んだことばの数々のせいだ。
あれが気になって仕方がないのだ。
だが、あのとき聖女はアイリーン特製の魔導具を着けていた。
彼女が魔力も神聖力も発動できなかったのは、アイリーン自身がよく分かっている。
だから『呪い』なんてない。
理性ではそう判断を下せても、感情が『薄気味悪い』と訴えているのだ。
聖女リンは不思議な雰囲気を纏った少女だった。
あの子ができると言えば、なんでも叶った。
だからこそ、目ざわりでしかたなかった。
アイリーンが長いこと望んでいた『王子の婚約者』という地位をやすやすと手に入れながらも、家に帰りたいなどと泣くその性根が大嫌いだった。
だから、魔王討伐の旅にむりやり同行した。
王子と聖女の仲が進展しないよう聖女のお世話係に徹した。
接してみれば、聖女リンは平凡な少女だった。
あまりにも平凡で、公女が気にするような者ではないと思えた。
だからこそ、その存在自体が許せなかった。
リンを抹殺すると決めたが、念のために魔力を封じる魔導具を着けさせた。
魔峡谷に落ちて助かった人間などいないとはいえ、運良く一命を取り留めるかもしれない。
リンがそうなったら、あの強力な神聖力をもって自分自身を回復させてしまうだろう。
万が一、億が一にもそのようなことにならないよう、念には念を入れ彼女に魔導具を着けた。
リンは異常に悪運が強いと感じていたから。
そんな聖女リンが身を投げるまえ、苦し紛れに放ったことばにアイリーンは苦しめられている。
自分のお腹の子から呪ったとリンは言っていたが、はたしてそれは成就するのか、否か。
アイリーンの腹は日ごとに膨れていく。
闇雲に怯え、聖女リンの本当の最期を他者に知られるわけにはいかなかった。
表面上は平静を装いつつ、けれど内心ではひどく怯え、苦しみながら日々を過ごした。
十月十日が経ち。
一昼夜苦しんだ末に、王子妃は子を産んだ。
王宮中……いや、国中が待ち望んだ嬰児は男の子だった。
五体満足で生まれたその子は、生まれたばかりにもかかわらず、背中に青いアザが刻まれていた。まるで、ひどく殴打されてできた傷跡のように。
産婆は戸惑った。
自分たちはなにもしていない。
なのに、なぜこの嬰児に打撲痕があるのだろうか。
産湯を使い嬰児の身を清めても、そのアザは消えない。
恐る恐る王子妃へ嬰児の背中を見せた。
アイリーンは驚愕に息を呑んだ。
彼女には、それが谷底へ落ちたリンからのメッセージのように思えたのだ。
脳裏に聖女の声がこだまする。
『赤子の肌に、それとわかるアザがあるだろうさ! その子が滅びの象徴!
王家を、おまえたちを破滅に導く幼き使者だ!』
あの呪いは実現したのだ!
「なんて不吉なっ! その子を殺して! もうわたくしの前に連れてこないで!」
悲鳴のような声を発したアイリーンは、それ以降我が子を見ようともしなかった。
困ったのは嬰児を取り上げた産婆たちである。
すぐさま王子へ報告したのだが、その嬰児の背中にアザがあるという事実を伝えた途端、王子も顔色を変えた。そして人知れずその子を始末するようにと命じた。
こうして。
王家は秘密を抱え、待望の世継ぎの子は死産だったと公表された。
王宮からの正式発表の数ヶ月まえ、ひとりの戦士がひっそりと縊死したが王子がそれを知ることはなかった。
※次話ラスト!※
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