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【とある転生者の大誤算~というか、本来ならこうなるんじゃね?という話】

前編

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《ヒロイン、マリア・カーペンター》

 
 
 廊下の角を曲がろうとしたとき、女生徒の集団にぶつかった。
 バランスを崩したあたしは、無様ぶざまにも転んでしまったけど、ぶつかった相手を見て驚いた。
 
「わぁ、悪役令嬢のグレース・フォーサイスだ……」

 超美人! 超スタイルいい!

 でも彼女とぶつかるイベントなんてなかったよね、と思い直したあたしは慌てて逃げた。彼女と知り合うのは王子と出会ってからでないと!

 取り巻き令嬢のモブがなんだかブーイングしていたけど、どうせモブの言うことだしどうでもいい。
 とりあえず、今は温室にいるはずの先輩のところへ行かなきゃと、あたしは走り始めた。数分後に廊下は走るなと先生に怒られたけど構わない。だってその自由奔放さが王子たち攻略対象者の注目を浴びるんだもん。

 天真爛漫で自由奔放。明るい性格で心優しい少女。それがあたし、マリア・カーペンター。ゲームアプリ『恋アナ』の主人公ヒロイン
 攻略対象者は王子、騎士団長の息子、宰相の息子、隣国からの留学生、商会の息子と数多い。どうせなら出来る限りスチルゲットしたいもん! この時間のどこに彼らが現れるのか、スケジュール調整が難しいんだから大変なのよ。
 だってゲーム期間は一年しかないんだからね!
 てきぱき進めないとね!

 なんて、思っていたら。
 悪役令嬢とぶつかったあのとき側に居たモブ令嬢のひとりが、教室まであたしを訪ねて来た。

「明日の放課後、グレース様のサロンにご招待しますわ。ぜひともお越しくださいませ」

 優雅にそう言って去っていったけど。
 明日の放課後? 明日は騎士団長の息子のダン・ウェイマスとの語らいがある日だよ。
 あと留学生のアンヘル・フェートンか、商会の息子のルイ・チャタムのどっちかと会ってポイント稼がないと! 逢瀬の回数が高くないと見れないスチルがあるから、大変なんだよ? 悪役令嬢の呼び出しなんてイベントあったかなぁ~。なかったはずなんだけどなぁ。だってまだ王子との出会いイベント済ませてないし。学年が違うとそれだけで大変なんだからね!

 ……というわけで、悪役令嬢の呼び出しは無視しよう。
 どうせ彼女とは王子と仲良くなったら関わるんだもん。
 肝心の断罪は一年後だし、まだ時間はある!
 早々に関わる必要なんてないない!

 なんて思ってマル無視してた。
 なんと次は正式なお茶会の招待状が来ちゃった! グレースの侍女だと名乗る女性から手渡しされたそれは、ちゃんと白いキレイな封筒に入ってて、封蝋? っていうの? 赤い蝋燭で固めてなんかハンコみたいの押されてて、なんかいい匂いがした! 周りの女子がきゃーきゃー言って、凄い凄いってあたしを褒めるのっ! で、みんながすっごく中身を見たいっていうから封筒を手で破って中身を確認したら、これまた綺麗な便箋にお茶会の招待っていう内容だった。今度は一週間後。

 まじか! この悪役令嬢、どんだけあたしに関わりたいんだろう。

 ……違う。これはもしや、悪役令嬢も転生者パターンなんじゃないの? だからあたしと仲良くなって断罪はしないでねって意思表示なんじゃない?

 あーはいはい、そういうことですか。
 うーん。でもどうしよう、迷うなぁ。ぶっちゃけあたしが狙っているのは逆ハーレムルートなんだよね。
 逆ハーか、王子ルートが悪役令嬢にとって最悪の断罪になるルート。悪役令嬢としては、あたしがどのルートを選択するか知りたいんだろうなぁ。
 これ、どうしようね。返事を書くべきなのかなぁ。もうちょっと日が近づいたらちゃんと考えよう。悪役令嬢だけど、今はまだ何も悪い事されてないし、彼女との共闘もアリっちゃ有りかな。
 まぁ、それもこれも彼女本人と会ってから決めよう!

 ……そう思ってとりあえず放置しちゃった。
 それが悪かった。ここにはスマホが無かったからすっかり忘れていた。忘れていたことにも気がつかなかった。頭の中のスケジュール帳には、いつどこで攻略対象者と会うべきかっていうのは事細かに記載されているけど、それ以外はポンコツだったあたし。

 悪役令嬢に誘われていたお茶会。
 思い出したのはそれが終わり一週間以上経過してからだった。

 やばいとは思ったけど、悪役令嬢グレース・フォーサイスからの接触はそれ以降無かった。
 だから、あたしは安心して(?)攻略対象者たちと、いかに効率よくポイントを稼ぐか、に重点をおいて毎日を楽しんだ。
 悪役令嬢とのイベントは攻略対象者と仲良くなった後半からだからね。あと半年は先だし!
 みんな笑顔であたしを待っていてくれたし!
 ラッキースケベもあったし!
 これからポイントをガンガン稼いでもっと仲良くなるぞー!




 ◇◇◇◇◇◇


《悪役令嬢、グレース・フォーサイス》



 出会いがしらの興味深いひとことがわたくしの耳に木霊する。
 今、彼女はなんといったのかしら。

 あくやくれいじょう。
 悪役令嬢。
『悪役』というからにはお芝居の演目なのかしら。
 令嬢が悪役。
 令嬢というのは物語の主人公である王子様に守られる人物、もしくはその王子様に愛を請われる人物だと認識していたけど、違う側面もあるのかしら。
 ……耳に新しく、実に興味深いこと。
 しかもその悪役令嬢とやらにわたくしのフルネームが付随された、ということは。

 わたくしが、悪役令嬢?

「あなた! なんてこと言いだすの⁈ なんという無礼!」
「不敬です! 今すぐ謝りなさいっ!」

 わたくしと行動を共にしていた令嬢が、血相を変えて怒鳴った。
 淑女がそうコロコロと表情を変え怒鳴るなんて
 そうは思うけれど、それもこれもぜんぶ彼女たちの優しさゆえのこと。
 わたくしに対して不敬を働いた学生を庇うためだ。

 わたくしは公爵家が一女グレース・フォーサイス。
 皆にかしずかれ、わたくしの機嫌ひとつで相手の首が飛ぶ立場にある。もちろん、それは比喩ではない。物理的に。
 少しでもわたくしの意に添わぬことがでないよう、哀れな下々の者がでないよう、おとなしく波風立てずに生活しているのだけど。
 ……下々の人間から考えれば横暴、ということになるのかしらね。
 だからこそ、悪役令嬢などと言われてしまったのかしら。どちらにしてもとても興味深い人間であることは間違いない。

「あの子、初めて見たわ。どこの人間か、おまえ知っていて?」

 側に控える侍女に問えばカーペンター男爵の庶子マリアだという返事。最近転入してきたのだとか。
 だから、なのね。
 あの子、廊下を走って逃げていってしまったわ。貴族令嬢が走る、なんて珍しい。

「走る、なんて……悪漢に襲われたときか、家が火事にあって逃げるときか……あるいは、何か悪さをしているのが咎められ暴かれたくないから逃げるときか。……そのくらいしか思いつかないのだけど。
 ターニャさま、あなたはどう思われまして?」

 先程はあの子の為に怒っていたターニャ嬢だけど、わたくしの問いに小首を傾げてしばらく考えたあと、意見を述べた。

「良からぬことを企んでいたのかもしれません。それが後ろめたくて逃げたのでしょう。あるいは――、“お花摘み”の時間が迫っていたのかも」

「まぁ」

「ターニャさまったら」

 わたくしの取り巻きを兼ねた護衛の女生徒たちに笑顔が戻る。

「妙なことを口走っていましたわね。あくやくれいじょう、と聞こえましたわ」

 とても興味深い女生徒に出会ったわたくしは、ターニャ嬢に伝令役をお願いして、明日の放課後わたくしのサロンでお茶会をする、是非とも出席してちょうだいと伝えた。





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