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しおりを挟む栄太は、それまであまり利益を出せないでいた馬淵の不動産会社を引き継ぎ、一気に業績を上げた事で、馬淵家の義兄弟を差し置いて時期当主へと推挙された経緯がある。
つまり、ベータでありながらも確かな経営能力がある所を義父へアピールして、実力でその座を奪い取ったワケだ。
栄太がどういう手法で、馬淵コーポレーションを短期間で黒字変換する事に成功したのか?
それは、自己売買を中心に行うデベロッパーであった。
不動産会社の業績を一気に上げるにはいくつか方法があるが、栄太が選んだのは最もハイリスク・ハイリターンの手法だったのだ。
不動産は、安く仕入れて高く売る転売方式だと、短期間で相当な額を稼ぐことが出来る。 単純計算だが、1億円で仕入れた物件を1億1000万円で売れば、1000万円の利益だ。これが仲介だと3%しか取れないので、利益はわずか300万円だ。
転売は自社でリスクを取る分、利益額が仲介よりも大きいのである。
幸い、政府の方針で低金利政策が敷かれていたので資金は調達しやすい。
それ故、馬淵コーポレーションは仕入れた土地にマンションを建て、それを売買する事で巨額の収益を上げることが出来た。
※行き場を失っていた個人投資マネーが貸家経営に流入していたので、マンション売買は追い風に乗り業績はうなぎ登りだったのだ。
こうして、経営は短期で軌道に乗せる事に成功させたのだが――――ここに来てついに、不動産バブルを警戒した政府によって総量規制が始まり、融資の締め付けが始まってしまった。
その上、駅周辺開発を見込んで建てた大規模マンションが……その肝心の駅開発が、なんと一駅前の駅に選定されてしまい、馬淵コーポレーションは大打撃を被る羽目になっていた。
◇
「社長っ! 本気で言ってるんですか!? 」
事務所中に鳴り響く、株主や銀行からの電話対応に忙殺されながら――――しかしその最中に退室しようとする栄太に、右腕と信頼している部下の吉川から厳しい声が上がった。
「とにかく、今はこれ以上傷口が広がらないように方々に根回しをするべきでしょう! 後、何とか駅開発の再選定をしてもらうよう、国土交通省の村上先生や玉越先生、それに市街地再開発事業に携わる関係各所へ懇請しないと!! 会社更生法の手続きに馬淵コーポレーションが着手したと、そんなデマまでネットニュースに上がっているんです。即座にそちらも手を打たないとっ! 」
まずは社長自らが率先して動かないと、火消しにはならない。
それは、充分解かっている。
だが今は、とにかく栄太にも譲れない理由がある。
奏が――――愛しい栄太の番であるオメガが、もしかしたら妊娠するかもしれない可能性があると知らされたのだ。
この5年、発情期が来るたびに何度も抱いては、失望の繰り返しだった。
オメガ男体は、人工受精して子を宿す事は不可能だ。
※近年増加している犯罪に人身売買がある。それに絡めた事件で、女体より手に入りやすい男体を捕らえて、まるで家畜のように受精させようとする事件が枚挙に暇がないワケであるが、その方法で実際に子が産まれたとは聞いた事がない。
しかし、あの奏が――――嘘など言うはずがない。
奏が『可能性がある』と言い切るだけの根拠が、必ずある筈だ。
ならば栄太はそれを信じて、一刻も早く奏の元へと行かなければならない。
「社長! 」
鋭い声が、栄太の背中へと突き刺さる。
「オレもベータです。ここに居る全員が、社長と同じベータです!! 」
「――」
「だから社長が、アルファが独占しているこの業界で快進撃を続けて来た事が――――それがどれだけ苦難な事だったのか、社員一同よく知っています」
「吉川……」
「社員一丸になって、これまで心血を注いでここまで成長させてきた馬淵コーポレーションを、ここに来て見捨てるつもりですか!? 」
痛烈な言葉に、栄太の足は止まった。
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