〈完結〉ある日予告も無しに赤紙が届いたんですが

江戸川ばた散歩

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『なあ高村、お前今、何処に居る?』

 低い声が問いかけてくる。

「え、あ…… 今、……帰ったとこ」

 そうか、と短く答えると、数秒間が空く。

「おい、佐久田」
『高村』

 いつもより凄みのある声に、思わず「あ、はい」と俺は即座に返してしまう。
 空いた方の掌を置いていたポストの冷たさが妙に心地よい。

『十分…… いや、十五分。お前、今からそこ動くな。部屋に居ろ。いいな。今から俺、そっちへ行く』
「行くってお前……」 

 ぶっ、と通話の切れる音。
 俺はあくびをした猫の様な顔で携帯を閉じた。
 そのままアパートの階段をがんがん、と音をさせながら上っていく。
 身体のあちこちに変に力が入っている。
 けど発散どころが無い。
 仕方が無いから足に一気に。がんがんがん。
 そして頭の中はやはりまだ大混乱しているらしい。
 ドアを開けることさえままならぬ。
 まず別の鍵を入れ、次に鍵穴とチャイムを間違え、三度目にようやくドアを開けることができた。
 後ろ手に閉めて、ようやくほっとすることができた。
 荷物と上着を放り出し、カーペットの上に手足を投げ出して、ごろりと寝ころぶ。
 ああ天井が回っている。
 目眩? 
 違う。
 ただびっくりしすぎただけだ。
 あまりにも唐突に。
 天井の揺れ幅が次第に小さくなっていくのを確かめると、俺はあらためて佐久田と交わした会話の意味を考えた。

 赤紙が来た。
 俺もだ。

 飛び起きる。

 おいおい、アイし合ってるカップルの所に赤紙は来るんだろう? 
 まず俺のところへ来た。
 その時点で、相手は奴だ、ということになる。
 まあそれはいい。
 奴が俺をアイしているかどうか、は…… とりあえず棚に上げて置く。
 でもやっぱりあり得ない。
 絶対間違いだ。
 間違いに決まってる。
 そう言い切れるだけの事情がある。
 そうだ。
 何と言っても、俺達は壁越しに分けられてはいないじゃないか。
 奴と俺は幼なじみだった。
 幼稚園の入園式で奴が俺の髪を引っ張って泣かせて以来の。
 つまりはご近所だ。
 以来、奴と俺は小中高と同じ学校に通ってきた。
 ランドセル背負ってお手々つないで小学六年間。
 横並びで自転車で突っ走り、中学三年間。
 そして「家が近いから」という理由でお互いのランクを無視して通った高校の三年間。
 無理して入った俺はそこで中の下。
 余裕で入った奴はいつもトップクラスだった。
 そう言えば、奴が黒縁眼鏡を掛けだしたのもその頃からだ。
 無闇に黒くて固い癖毛にそれは濃すぎる、きつい、と皆からは不評だったが、奴は笑って流した。
 俺は何も言わなかった。
 似合っていると思っていたからだ。
 背が急に伸びだした頃。
 ……ああそうだ、この頃だ。
 佐久田のことをただの幼なじみでも、友人というだけでもなく、「好きだ」と自覚したのは。
 わわわわわ。
 思わず両頬に手を当てる。
 熱い。
 熱いぞ。
 思い出したら、急に恥ずかしくなってきた。
 慌てて俺は立ち上がり、赤紙の封筒をテーブルに放り出すと、キッチンの流しで慌てて顔を洗う。
 ぶるぶる、と振って熱を冷ます。
 ……そう言えば、クラスや部活が違うことはあっても、登下校が一緒になることも多かった。
 休みとなれば、何かとつるんで遊んでいた。
 そして今もまた、同じ大学に通っている。
 住処も決して遠くない。飛んで三分、歩いて五分といったところだ。
 週末になるとどちらかの部屋で動画を徹夜で見るのも日常茶飯事だ。
 そんな時にはメシも作り合う。
 ただし俺の作る方が多い。
 奴曰く「美味い」んだそうだ。
 料理に関しては俺はカンがいいらしい。
 誉められると悪い気はしない。
 いや、奴に喜んでもらえるのが嬉しくて、ついつい気合いが入る様になった。
 そして気が付いたらレパートリーがずいぶんと増えていた。
 俺の部屋には鍋やら調理器具、時には調味料やら香辛料がどんどん増えていった。
 ちなみにその大部分は奴が「百均にこんなのあったぜ」と言って持ち込んだものだ。
 目玉焼き型やら調味料入れ、ゆて卵切り、ハーブの小瓶と言ったものが決して広くないキッチンの棚にどんどん増えていったのは見物だった。
 あれ? 
 そう言えば最近俺の部屋に来る回数の方が多いのはそのせいか? 
 そう考えると微妙な気分になる。
 奴の目的はメシか? 俺か?
 いやいい。ともかくメシ目当てだろうが何だろうが俺の部屋にやって来るんだから。 
 それにしても十分? 十五分? 
 歩いて五分の所で何手間取ってんだ。
 うろうろとキッチンを歩き回る。
 うろうろぐるぐる。

 果たして十五分後、さっきの俺と負けず劣らず、がんがんと階段を上る音が耳に届いてきた。
 ぴんぽんぴんぽん、と奴は恐ろしい勢いでチャイムを押すと、ドアの前で怒鳴った。

「おい高村! ちゃんと居るか!」

 そんな大きな声で。
 慌てて俺はドアを開ける。
 何やら大きなバッグを持っている。そう言えば、今日大学で見たのとは違う格好だ。
 着替えたのだろうか。

「……い、居るよ…… 入って」
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