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4 虎穴に入らずんば虎子を得ず

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(ラフェド視点)


 若にnewレーニャ様を紹介した所、それはそれは喜んでくださっていたようだ。

 私と旦那様は、拒絶される事も覚悟していたため、レーニャ様を抱きしめる若の様子にホッと肩をなでおろし、2人の邪魔をしたらいけないと、旦那様と静かに部屋を出た。
 
 そのままひと足お先に、食事の部屋へと向かい、2人が来るのを待つことに。

 本物のレーニャ様ではないとわかっていながらの、若のあの様子から考えるに、きっとその存在が恋しかったに違いない。

「……旦那様、今回は正解だったようですね」

「そうだな……受け入れるか拒絶するか、半々だったが、受け入れてくれてよかった」

「本当ですね、それにしても若はやはり、レーニャ様を愛しておられたのですね……我々の前であのように熱烈な抱擁をされるとは……」

「それな、私も驚いていた、レオポルトにあんな熱い一面があったとは……いいものを見た」

「あの様子なら、次の連合会のパーティーは若とレーニャ様にも参加して頂きますか? いつまでも顔を見せないと、よからぬ詮索をする者が出てきております」

「……そうか……来月だったか? もう少し2人の様子を見て、問題なさそうなら参加させるか」

「かしこまりました、そのように」


 そんな会話をしていた所に、若とレーニャさんが2人仲良く手を繋いで、食事の部屋へいらっしゃった。

 それだけでも驚かされたのだが……その後だ。

 若がっ若がっ……旦那様がいらっしゃるにも関わらず、レーニャ様に笑いかけ、膝の上に乗せたまま食事を始めてしまったではないか。

 その場にいた屋敷の者達は、皆、この屋敷始まって以来の衝撃の光景の目撃者となったのだった。

 旦那様も若達の様子に大変ご満悦で、いつもより酒が進んでいたようだ。










 翌朝、私はいつものように若の寝室を訪れ、起床のお時間を伝えようとした。

 しかし、若の寝室が今では夫婦の寝室となっていた事を思い出し、慌てて引き返そうとしたが、起床の時間を知らせないわけにはいかない。

 さて困ったぞ、と悩んでいると……。


「若っ! レーニャ様がお戻りってマジっすか?!」


 ドタバタと無遠慮に若の寝室に乗り込んできた者がいた。

「……っノーランさん! 今はマズイですっ!」



 私が止めた所で時すでに遅し……。

 寝室の奥のベッドのある所まで、その素早い脚でズカズカ入って行ってしまった。


 そしてそこで我々が見た物は……。


「っなぁ……ラフェド……あれ……まさか若とレーニャ様?」


 若が就寝時に上着をお召にならない事はいつもの事だが、さすがに今のレーニャ様とお眠りになる際は、何か羽織るだろうと思っていた。
 ……が、どうやらそうではなかったらしい。

 若の逞しい身体は横を向き、何かを大事そうに抱えていらっしゃる。

 ノーランさんと共に、起こさぬようにそっと覗き込めば、若の腕の中には黒豹の耳のついたレーニャ様がすやすやと眠っていらした。

 と、同時に我々は見てはいけない物を見てしまう。


「(っひぃっ)」
「っ!」

 声にならない声をあげたその理由は……。
 すでにお目覚めだった若と、目が合ってしまったからである。

 若はその腕の中で眠るレーニャ様を起こすな、とばかりに我々を睨み、人差し指を口元に添え、“今すぐ出て行け”と声を出さずにおっしゃった。


 私とノーランさんは、脱兎の如く若の寝室から逃げ出し、その脚で2人で朝食を食べにダイニングへと急いだ。





「なぁ、どういう事だよ、マジでレーニャ様が戻って来たのか? それで若と寝てたのか?」

「……そうとしか見えませんでしたよね?」

 若や旦那様が事実を話す前に、私が話すわけにはいかないので、自分も知らない、とばかりに今はとぼけておく。

 と、そこにペイスさんとティルさんもいらした。

「なぁ兄貴達っ! 聞いてくれよ、俺等今、若の寝室で信じらんねぇもん見たんだけど!」

 ペイスさんとティルさんは、若よりも年上で落ち着いていらっしゃるお二人なので、ノーランさんのように騒いだりはしないだろう。


 ところが……ノーランさんが寝室で見た物をそのまま伝えると、お二人の表情が一変した。

「ノーラン、それは本当か?! 本当に若は、レーニャと?!」
「ペイス、どうする、赤飯か?」
「いや、まずは祝盃だろ?」
「朝からか?」

 もしかして、お二人は戻られたレーニャ様と若が無事に初夜を迎えられ、つがいを得られたと思っていらっしゃるのだろうか?

 いや、それは違う……っと喉元まで出かかったその時だった。


「……朝からずいぶん賑やかだな……食事が済んだら、4人で俺の書斎に来てくれ、話がある」

 現れたのは、若だった。

 昨夜も遅くまで書斎にこもられていたのに、ずいぶんとスッキリとしたお顔をしていらっしゃる……よく眠れたのだろうか?



 そして私達は急ぎ朝食を済ませ、若の書斎へと向かう。








「話とは、レーニャの事だ……ラフェド、後、説明を頼む」

 えっ!? 私ですか若! なんだか今日は私の扱いが雑ですよ! まさか、寝室に入った事、怒っていらっしゃいますか?

 内心動揺しながらも、私は御三方に事情を説明した。






「……つまり、その人間をレーニャの影武者にした、と? それで子供が出来ない事を理由に1年後、離婚するのか?」

 さすがペイスさん、すぐに旦那様の計画を理解されたようだ。

「偽物との結婚生活もいいが、どうせ離婚するなら、早めに次の相手見つけておけよ?」

 ティルさんは決してせっかちなわけではなく、ただ純粋に若の子供を世話したいだけなのだ。

「でも、ただの影武者なら寝室のベッドの中でまで演技する必要あります? 大事そうに抱きしめてらっしゃいましたよね、若」

「……」
「……」
「……」
「……」

 ノーランさんのひと言で、その場が凍りつくも、沈黙を破ったのは、若だった。


「偽物だが本物と同じように接するつもりだ……それに……今日のようにいつ誰が入ってくるかわからんからな」

 若が私とノーランさんに鋭い視線を向ける。

「「……っ! (ひぃっ)」」




「……ラフェド、レーニャを呼んで来てくれ……紹介しておく」

「かしこまりました」








 私は逃げるようにレーニャ様を呼びに行き、移動中にざっと状況を説明すると、すでに、若とこの話しが済んでいたのか、レーニャ様は案外普通だった。

 普通、人間がネコ科の上位種3人に会うとなれば、怯えるか緊張するものなのに……。


「ジャガーにピューマにチーターでしたよね、誰が1番速……っではなく、なにか気をつけた方がいい事はありますか?」

 と、こんな事まで聞いてくる余裕まであるようだ。

「そうですね、皆さんお優しいですが年長者として敬うべきなのは、ジャガーのペイスさんとピューマのティルさんでしょうか……お二人はアラサーとアラフォーでいらっしゃいます」

「チーターのノーランさんは? お若いのですか?」

「ええ、ノーランさんは私の3つ下ですので、21歳です」

「……ラフさんは24歳なのですか、そちらににびっくりしました……レオさんより年上だったのですね」

「そうなりますね(ニコリ)」


 それにしても……レーニャ様は私の知る所での人間らしくないというか何というか……初めからそうだったかリーベルス家の屋敷の中でよくもまぁこんなに落ち着いていられるものだ。

 緊張感や警戒心が全く感じられない。

 話しをしていると、言葉の端々に教養を感じる事もあるし、なにより、オンとオフの切り替えが完璧だ。

 これだけ利口なのに、捨てられるだろうか……?

 ……まさか、前の飼い主の所は、捨てられたのではなく、逃げ出したのか? だとすれば、彼女は脱走人間となるが……そもそも、マイクロチップは埋め込まれていないのだろうか?
 
 まぁ、マイクロチップが義務化されたのは数年前の事だから、それ以前の生体にはついていない事が多いと聞く。

 あまり詮索すると、警戒されて逃げ出されてしまうかもしれないので、あまり根掘り葉掘り聞けないのが歯がゆい。




 ○○●●


(ルカ=レーニャ視点)


「この度、1年という期間限定ではございますが、レーニャ・リーベルスを演じる事になりました、ルカ・ヒイラギ、20歳、人間です、宜しくお願いします」


 私はネコ科の猛獣さんのお耳がついた男性3人の前で丁寧に挨拶をしました。

 ジャガーにピューマ、チーター……

 残念なから、外見的特徴だけでは種族は判別できそうにありません……仕方ない、見た目と名前で覚えましょうかね。


 ラフさんの紹介によれば……アラサーのジャガーことペイスさんは、インテリ眼鏡のアダルトなイケメンでした。
 続いて、アラフォーのピューマことティルさんは、ちょい悪オヤジ風、そして、ジャックナイフのようなキレキレギラギラの若者が、チーターのノーランさんでした。
 よし、覚えました。



 それから少し話しをしただけだが、駿足兄貴達はラフさんの言っていたとおり、ヤクザとは思えないほどに、とても気さくで楽しい方々でした。

 私が自分の立場をしっかりとわきまえて行動していれば、仲良くしてくれそうな気がします。


 ただ、ペイスさんとティルさんは私と歳が近い人間を飼っているそうで、今度紹介すると言われましたが、私は今は絶賛コスプレ中なので恥ずかしいので、遠慮したいです。



 ひと通り顔合わせが済むと、レオさんに呼ばれました。
 彼は自分の太ももをぽんぽんと叩いています。

「レーニャ、おいで」

 このメンバーの前では演技をする必要はないのに、不思議でしたが、レオさんは一応私の飼い主でもあるので、言う事を聞きましょう。

 私は、一人掛けのソファーに座るレオさんの太ももにちょこんと腰を下ろしました。

 すると、私を支えるようにレオさんの腕と尻尾が私の腰に回されます。


「……なんだよ若、それにレーニャも……それじゃ妻じゃなくて、ペットにしか見えないぞ」

 ティルさんのそのひと言に、私は初めて動揺しました。

「っ?!」

 マズイです、妻に見えないと言われてしまいました。

「まぁ、妻を可愛がるのとペットを可愛がるのとじゃ、見た目は同じだが、お前ら2人はなんだ……主従関係に見える、男女の色気が足りんな」

 なんですと?!

「……まぁまぁ、お二人はまだ、顔を合わせて2日目ですから」

 ラフさんがフォローしてくれるも、これではいけません。

「すみませんティルさん、男女の色気はどうやったら出ますでしょうか? 仕事である以上、早急に本物の夫婦に見えなければなりません」

「ん? そんなの手っ取り早く、ヤッちまえば、ちったぁ雰囲気でるだろ」

「ヤッちまうとは、やはり性行為でしょうか? ですが、そもそも獣人と人間とでは、許されるのですか?」

 私の知る所では普通、ペットと性行為はしないはずです……それに、いくら耳と尻尾が生えているとはいえ、私の身体は人間のままです。

「許されるも何も、俺らのシマでも嬢が人間だけの風俗店が繁盛してるくらいだからな、いいんだろうよ」

 人間だけの風俗店?!

 あ、つまり、ペットって、そういう意味のペット……という可能性も……バター犬的なあれでしょうか。

「(ゴクリ)……ならば、私は早急にレオさんと性行為をして男女の色気を纏う必要があります、いかがでしょうかレオさん」

 私は、レオさんの太ももの上で彼の目をじっと見つめ、返事を待ちました。


「……勘弁してくれ……ティル、レーニャをからかうな」

 ……あれ? からかうな? 私はからかわれたのでしょうか。

「からかってねぇよ、全部本当の事だぜ? なぁ、ペイスもそう思うだろ?」

「……まぁ、でもまだ初日だし、仕方がないんじゃないか?」


 仕方がないでは片付けられません。
 私とレオさんが初日でも、レーニャさんとレオさんはすでに結婚してひと月以上が経過しています。

 私とした事が……忍者失格です!


「つかぬ事をお伺いしますが、人間と獣人とでは、つがいシステムは関係ないのでしょうか?」

 私の予想では、関係ないからこそ、獣人が人間風俗に通い繁盛していると思うのですが……。

「ああ、関係ないぜ、人間は発情期もないし、フェロモンも出ないからな」

 やはりそうでしたか。
 ならば安心。


「レオさん、今夜、準備して待ってますので宜しくお願いします……皆さん、私はこれで失礼します、夜に向けて準備がございますので!」

「おい、俺はひと言もっ! ……」


 私はレオさんの言葉を最後まで聞かずに部屋を出ました。








 忍者の修行にはもちろん色仕掛の類いもありますので、私も知識はあります。

 しかし、残念ながら実践の経験はありません。

 男性を悦ばせるテクニックは完璧なのですが、穴は未開通なのです。

 お師匠様はそれは好きな人の為に未開通のままにしておきなさい、と言っていましたが、私は未開通のまま一度目の人生を終えてしまいました。

 大事にした所で仕事に支障が出るくらいであれば、喜んで開通させたいと思います。




 私は、クライアントであるレオさんに迷惑をかけられないと思い、手っ取り早く開通を手伝ってくれる殿方を探す事にしました。


「ねぇ、昼間でもやってる人間の男がいる風俗店を教えてほしいの」

 私はリーベルス家の屋敷のエントランスにいるコンシェルジュ的な紳士獣人にレーニャさん仕様で聞いてみました。

 リーベルス家の人ならば、きっとご存知でしょう。

「に、人間の風俗店……で、ございますか? レーニャ様がご利用に?」

「違うわよ、紹介してって頼まれたの、私にはレオがいるから必要ないわ」

 ……こんな感じでしょうか。

「さようでございますか……では何店かリストアップしてお渡ししますね」

「ええ、早くしてちょうだい、時間がないの」

 ……ヤクザの娘なら、きっとこんな感じでしょう。




 人間の風俗店のリストをゲットした私は、すぐさま屋敷を出ました。


 タクシーを拾い、一番屋敷から近い店へ向かいます。

 30分ほどで店のある繁華街へ到着しタクシーを降りました。
 初日に旦那様から上限設定のクレジットカードをもらっていますので、それで支払いを済ませて、いざ風俗店へ。


「……Honey、ここですね」

 店の前で店名を確認していると、後ろから声をかけられました。

「あれー? お姉さん、こんな昼間っからどこ行くの?」

 貴方こそ、こんな時間にキャッチでしょうか?

「お構いなく」

「つれへんなぁ、俺、この辺初めて来たんよね、お姉さんは?」

「そう……私には庭みたいなものよ、じゃ、頑張ってね」

 ごめんなさい、嘘です、早くどこかへ行ってください。

「そうなん、丁度ええわ、案内してくれへん?」

 やっぱりそうきましたか、勘弁してください、私はこれから大事な開通式なのです。

「……他をあたってくれない? 私、今から用事があるの」

「……人間の男買うん? お姉さん、つがいの匂いせぇへんし、独身なん? 俺でよければ満足させよか?」

 私を獣人だと思っているのでしょうが、獣人に開通してもらったらつがいになるのでは?

 私はここでようやく男性の顔を見ましたが、男性は覗き込むように私の顔を見ていました。

「……」

 やっぱり……そりゃ獣人ですよね……。
 大きく先の尖った獣耳が生えています……犬科でしょうか?

「っあれ? ……あれれ?! ……あ、でも獣人だからちゃうか……」

「……?」

「ごめん勘違いやっ! 俺、二週間くらい前に、お姉さんそっくりの人間の男の子拾って病院に預けたんよ、そんで昨日お迎えに行ったんに、実は女の子だったぁ~言うて、おまけに飼い主が迎えにきたぁっ言われて、ガッカリでさぁ」


 ……え?

「……もしかして、空から降ってきた少年?」

「っえ? ……なんで知ってんの?」

 その犬科の獣人は、急に真面目な顔をしました。

「……あ、いや、病院に知り合いがいて……」

「……ふぅーん、そうなんや……個人情報ガバガバなんね、あの病院」

 ……病院の方々、営業妨害してすみません……。

「……お姉さんは、豹かなんか?」

「ええ、そんな所よ、貴方は犬科よね?」

「俺は見てのとおり、狼よ」

 獣人がわからないです、犬科が猫科と性行為をしようとするのはありなのでしょうか?
 ちょっと聞いてみましょうかね。

「猫科と犬科じゃ相性が悪いわ」

「大丈夫大丈夫、ピル飲めばつがいも種族も関係あらへんっ俺、上手いよ? 俺、お姉さんタイプなんよ、その気の強そうな感じ、たまらんわぁ」

 そ、そうなのですか!
 種族やつがいを回避出来るピルがあるのですね?! 勉強になりました!

「人間なんかやめて、俺にせえへん?」

 ……駄目駄目駄目っ、開通式が獣人相手ってのは、さすがにちょっと怖いです。

 それにたしか、犬科は亀頭球というコブが登場するのではなかったでしょうか。

「遠慮するわ、じゃぁ、楽しんでね」


 私は狼さんから逃げるように、そのまま目的の店の中へと足を踏み入れました。


 
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