4 / 6
第4話 すれ違い
しおりを挟む
勘違い、とはなんだろう。
結婚式までもう時間がない。早くユランを止めなければいけないこの状況で、回りくどい言葉遊びをしている時間など残されていない。
「私は魔法の鏡ですよ。何でもお見通しです。勘違いなどではありません!」
「幼い頃と言えば、私が熱を出す度にこっそり私を訪ねてきて、看病をしてくれたご令嬢がいた。しかしその時は彼女に素直に礼を伝えることもできなかった」
「ご令嬢……? 看病?」
「私が素直に自分の気持ちを伝えないどころか、私の置かれた境遇から彼女に冷たく接してしまった。その挙句に、こんな辺境の地まで呼び寄せてしまったんだ。全ては私の我儘だ。彼女が私のことを嫌っていることを重々承知していたのに」
「えと、じゃあ『好いてもない人』と結婚するというのは、ユランではなくて私の方って言う意味?」
「……私の方?」
おっと、どうしよう。口が滑ってしまった。
私は昨日のようにゴホンと咳払いで誤魔化すと、もう一度鼻をつまむ。
「ユラン・ジークリッドよ。とりあえず結婚式はちょっと延期したらどうかな」
壁の向こうからの返答はない。
「ユラン?」
……。
「ユラン・ジークリッド!!」
私が壁に向かって大声を出したその時、私の背後、クローゼットの扉の向こうでカチャッという音がした。
誰かが私の部屋の扉を開けたようだ。
(うわっ! クローゼットの中から突然ウェディングドレスの新婦が出てきたら、大声出して驚かれちゃう。どうしよう……)
私は自分の口に手をあてて、その場で足を抱え込んで縮こまった。
扉の向こうで、コツコツという足音が響く。
両開きの扉の隙間から漏れていた部屋の光が、何者かの人影で遮られた。
そしてしばしの沈黙の後、クローゼットの扉がギイっと開かれる。
「……エレノア?」
「うわっ!」
逆光で顔は見えないけれど、間違いなくユランの声だ。
ユランはクローゼットに入って来て、何も言わずに私のもたれかかる壁に手をついた。ギシッという音がしてユランの部屋の鏡が押され、壁の向こう側の光がユランの顔を照らす。
「そういうことか」
「ごめんなさい。ユランが私のこと大っ嫌いなのに結婚する羽目になったのかと思って、どうにか穏便に結婚を白紙にできないかと……」
「誰がエレノアのことを嫌いだと?」
「ユランが……でしょ?」
ユランは座り込む私を見下ろして、はあっとため息をつく。
そして私に手を差し出すと、ウェディングドレスが崩れないように慎重に、クローゼットの外に手を引いて行く。
先ほどブーケを置いたテーブルの横の椅子に私を座らせ、ユランもその隣に座った。
「ドレスも薔薇も、よく似合っている」
「あ、ありがとう。実は自分でもそう思ってたの」
「エレノアは勘違いしていたようだが、私が君のことを好いていないというのは誤解だ。君の方が私のことを嫌っているのだと言ったんだ。おかしな話を聞かせてしまいすまなかった」
「ううん、私が勝手にクローゼットに入って、あんなバカな真似をしたんだもの。ごめんなさい……」
初めはほんの出来心だった。
でも、私の言ったことは本心だ。
これまで何年も我慢してきたユランには、幸せになる権利がある。
ゼルマお姉様が改心してユランの元に戻って来てくれることはないだろう。でもユランは前途有望で若くて素敵で魅力的な人だ。辺境とは言え王国にとって重要な領地を任されて、国王陛下からの信頼も得ている。
きっとユランにふさわしい女性は他にいくらでもいる。
八年間も側にいながら女として興味すら持ってもらえなかった私と結婚したんじゃ、ユランは一生恋も愛も知らないまま人生を送ることになってしまうじゃないか。そんなの可哀そうだ。
結婚式までもう時間がない。早くユランを止めなければいけないこの状況で、回りくどい言葉遊びをしている時間など残されていない。
「私は魔法の鏡ですよ。何でもお見通しです。勘違いなどではありません!」
「幼い頃と言えば、私が熱を出す度にこっそり私を訪ねてきて、看病をしてくれたご令嬢がいた。しかしその時は彼女に素直に礼を伝えることもできなかった」
「ご令嬢……? 看病?」
「私が素直に自分の気持ちを伝えないどころか、私の置かれた境遇から彼女に冷たく接してしまった。その挙句に、こんな辺境の地まで呼び寄せてしまったんだ。全ては私の我儘だ。彼女が私のことを嫌っていることを重々承知していたのに」
「えと、じゃあ『好いてもない人』と結婚するというのは、ユランではなくて私の方って言う意味?」
「……私の方?」
おっと、どうしよう。口が滑ってしまった。
私は昨日のようにゴホンと咳払いで誤魔化すと、もう一度鼻をつまむ。
「ユラン・ジークリッドよ。とりあえず結婚式はちょっと延期したらどうかな」
壁の向こうからの返答はない。
「ユラン?」
……。
「ユラン・ジークリッド!!」
私が壁に向かって大声を出したその時、私の背後、クローゼットの扉の向こうでカチャッという音がした。
誰かが私の部屋の扉を開けたようだ。
(うわっ! クローゼットの中から突然ウェディングドレスの新婦が出てきたら、大声出して驚かれちゃう。どうしよう……)
私は自分の口に手をあてて、その場で足を抱え込んで縮こまった。
扉の向こうで、コツコツという足音が響く。
両開きの扉の隙間から漏れていた部屋の光が、何者かの人影で遮られた。
そしてしばしの沈黙の後、クローゼットの扉がギイっと開かれる。
「……エレノア?」
「うわっ!」
逆光で顔は見えないけれど、間違いなくユランの声だ。
ユランはクローゼットに入って来て、何も言わずに私のもたれかかる壁に手をついた。ギシッという音がしてユランの部屋の鏡が押され、壁の向こう側の光がユランの顔を照らす。
「そういうことか」
「ごめんなさい。ユランが私のこと大っ嫌いなのに結婚する羽目になったのかと思って、どうにか穏便に結婚を白紙にできないかと……」
「誰がエレノアのことを嫌いだと?」
「ユランが……でしょ?」
ユランは座り込む私を見下ろして、はあっとため息をつく。
そして私に手を差し出すと、ウェディングドレスが崩れないように慎重に、クローゼットの外に手を引いて行く。
先ほどブーケを置いたテーブルの横の椅子に私を座らせ、ユランもその隣に座った。
「ドレスも薔薇も、よく似合っている」
「あ、ありがとう。実は自分でもそう思ってたの」
「エレノアは勘違いしていたようだが、私が君のことを好いていないというのは誤解だ。君の方が私のことを嫌っているのだと言ったんだ。おかしな話を聞かせてしまいすまなかった」
「ううん、私が勝手にクローゼットに入って、あんなバカな真似をしたんだもの。ごめんなさい……」
初めはほんの出来心だった。
でも、私の言ったことは本心だ。
これまで何年も我慢してきたユランには、幸せになる権利がある。
ゼルマお姉様が改心してユランの元に戻って来てくれることはないだろう。でもユランは前途有望で若くて素敵で魅力的な人だ。辺境とは言え王国にとって重要な領地を任されて、国王陛下からの信頼も得ている。
きっとユランにふさわしい女性は他にいくらでもいる。
八年間も側にいながら女として興味すら持ってもらえなかった私と結婚したんじゃ、ユランは一生恋も愛も知らないまま人生を送ることになってしまうじゃないか。そんなの可哀そうだ。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
252
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる