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7 ユネという少年

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 昨日は決定的な場面を見逃してショックだった。
 ソマルデさんには俺にはまだ早いと言われてしまい、十八歳で成人済みなのにそれはないだろうと文句を言うと、夫と初夜すら済ませていない人間が、その夫の浮気現場を見るべきではないと主張されてしまった。
 いや、俺は前世年齢入れるとなかなかの年齢ですけどね!?知識だけならいっぱいありますけどね!?とは言えない。性行為は前世も合わせて確かに経験がないので、大人しく引き下がってしまった。
 いいじゃん、セックスした事なくても、そういう知識はあるんだし、見るくらいいいじゃん!それが例え夫の浮気現場でも!

「できればエジエルジーン様とは夫婦関係を営んでいただきたいものですが…。」
 
 ソマルデさんの言葉に俺は身震いした。
 え?漫画のように主人公ラビノアがやってたようなセックスを俺にやれと?お花飛ばしてキラキラと悶えろと?あのキラッキラの旦那様と!?

「ムリムリムリムリっっ!」

 そんな恐ろしい事出来ません。きっと何も起きずに気絶する。
 ソマルデさん、そんな溜息吐かないで!

「エジエルジーン様がユンネ様が苦しんでいる時に何もやらなかったのは理解しております。そんな者に愛情が湧くはずありませんよね。」

 違う意味に取られてそうだな?俺が無理というのは、男とやるのが無理だという事なんですけど~~~?
 でもこの世界ってBLの漫画だからか男が妻になるし、妊娠もあるらしい。らしいというのは主人公ラビノアが結婚出産するとこまで読んでないからで、流石にどうやって子供産むんですかとはソマルデさんに聞きにくかった。恥ずかしい。

「俺は離婚するつもりですよ。」

 エジエルジーンは主人公ラビノアが好きになるんだよ。そして悪妻ユンネは嫌われて、裁判所通して離婚しちゃうんだ。離婚した後のユンネがどうなったのかは知らないけど、それだけ領地で嫌われたユンネがいい人生を歩んだとは思えない。
 俺は出来るだけユンネが後から戻って来ても大丈夫なように、下地を作っておきたいんだ。
 平民のユネとしてソマルデさんと田舎でのんびり暮らすのが夢だ。

「この老いぼれが連れとは大変申し訳ないのですが、離婚後もついて参りますのでご安心下さいね。」

 イケオジのソマルデさんが背筋を伸ばして真っ直ぐに俺を見てくれる。

「はい、よろしくお願いします。」

 だから旦那様と別れても大丈夫だ。






 
 夜も更け、静かな部屋に外から虫の声が響く頃に、騎士団長室の部屋をノックする音が響いた。
 気配はない。
 だがこの感覚には覚えがあった。

「どうぞ。」

 エジエルジーンが入室を促すと、音もなく扉が開いて滑り込む人影が現れる。
 本当に感心する。
 年老いてもソマルデの体感は全く衰えない。

「夜分遅くに失礼致します。」

 エジエルジーンは走らせていたペンを置いて、座ったままソマルデに向き合った。
 
「構わない……。そうやって来るということは、この前の夜会の事か?」

 ソマルデは薄っすらと笑った。
 本来ソマルデという男はこういう男だ。いつも冷たい笑顔を貼り付けて、背筋を伸ばし、他人を威圧することも、言葉巧みに懐柔する事も平気でやる。
 およそ心が無いのではないかと思えるくらいに、平坦な男なのだ。
 エジエルジーンの事を世の中では冷静冷淡と言っているらしいが、自分より余程ソマルデの方が冷たい。
 だがここに孫とやらを連れて現れた彼は、ユネに朗らかな笑顔で話していた。ユネの前では一切この表情は見せない。

「左様でございます。貴方には侯爵夫人がいらっしゃいます。あの様な人目のある場所で、年頃の者に手を出すなど言語道断。」

 やはりあの時殺気を飛ばしたのはソマルデかと納得する。
 肌に刺すような鋭い気を、いとも容易く特定の人物に当てれるものは少ない。

「…………そうだな。どうかしていた。」

 認めるとソマルデはそれでいいとばかりに頷いた。

「ユネにも毒です。」

「ああ、お前にしては珍しいな。可愛がっているのか?スキル持ちであの年頃なら大変だろう。」

「いえ、ユネはあれでも強いのですよ。おおむね逃げ足に特化してはいますが、スキルを活かした戦い方が得意なのです。」

「『複製』を戦闘に?」

 表情の読めない笑顔を貼り付けているソマルデからは、それ以上は話さないという意思が感じられた。
 ここは騎士団だ。戦闘に関してはそのうち分かるだろうと諦める。

「お尋ねしても宜しいですか?」

「構わない。」

 許可するとソマルデは一拍置いて口を開いた。

「侯爵夫人はどうされるおつもりですか?」

 ソマルデは長く侯爵家に仕えた人間だ。エジエルジーンの剣の師匠でもあるので、普通の使用人とは近さが違う。
 二人きりになれば必ず聞かれると思っていた。

「……裁判所を通して離婚しようかと思っている。」

「会われないのですか?」

「今領地に行く暇がない。金銭面ではこちらで騎士として働いている分を補填しているから領地には影響ないと思っている。あとはユンネと離婚し多少立て直せばいいだろう。」

 ソマルデの瞳が奥深くまで覗き込むように私を見ていた。
 何か言いたい事があるのだろうか。

「何かあるのか?」

 この男は忠誠心があるわけではない。支払われた給金に対して対価として自身の能力を活かして働く男だ。
 侯爵家の為に、エジエルジーンの為に言っているとは思えなかった。
 では何の為に?

「一つだけご忠告申し上げます。一度領地に帰られれば理解出来ます。では…。」

 それだけ言うとソマルデは勝手に出て行ってしまった。
 一応この黒銀騎士団に入団したからには私が上司なのだがな。
 あの目は誰かに仕えているのか?
 
「領地か……。」

 いずれ帰らなけれならない。これでも当主なのに五年以上帰っていないのだ。放置しすぎていると自分でも分かっている。
 机の中には悪妻ユンネの最近の様子が書かれた手紙が入っている。それを読むとどうにも気がすすまないのだが。

「会うとしても夏は無理だな…。」

 夏は動ける季節だ。近隣諸国の動きも活発になりやすい。
 行くなら冬だろう。
 その時に、決着をつけよう。








 あまり眠れず眠い頭で早朝の訓練を終わらせると、道具の片付けを行うユネがいた。そしてユネを補佐しながら一緒に道具を抱えるソマルデもいる。
 年老いても体格的にソマルデの方が力があるのだろう。ユネは細いので抱える模擬刀の数はソマルデより少なかった。
 それを周りのものが揶揄い、ユネが何か言い返しているようだ。
 朗らかに笑うソマルデの表情は、昨夜とは打って変わって好々爺のようだ。
 ユネも血の繋がりはなくてもよく懐いている。
 十八歳と資料には書いてあったが、いつも笑っているような細目は幼く見えた。
 周りもその雰囲気と顔でついつい甘やかすようだ。
 現にワトビ副官まで一緒になって歩いている。
 
 近付いて行って群れている騎士達を追い払うように声を掛けた。

「早く片付けないと昼食を食い損なうぞ。」

 ソマルデは近付いていたのが分かっていたのか平然としていたが、急に声を掛けられたユネはびっくりしていた。
 と言っても肩が飛び上がったので分かっただけで、やはりその細目は笑っているように見えて表情が掴めない。

「エジエルジーン団長が下に話し掛けるなんて珍しいな。」

 騎士達が散らばって行く中、ワトビが言い返して来た。

「お前達こそ珍しく固まってるじゃないか。」

「はは、確かにな。何となくこの二人は目立つんだよ。」

 この二人とはソマルデとユネの事だ。どちらも騎士と言うには少し異色な二人だった。
 ソマルデを見て、ソマルデの隣に立つユネを見る。
 ふわふわとした短い灰色の髪が、柔らかそうだなと言うのが第一印象だった。
 こんな髪を見た事がある。
 かなり前に、………そう、あの日婚姻の署名をした時に、自分の前で机に向かって書いていた幼い子供の髪と似ていた。
 小さな頭が上がって、まだ幼い高い声で「これでいいですか?」と聞いて来たことだけ覚えている。
 だが顔は全く覚えていなかった。
 とにかくあの時は急いでいたのだ。
 幼い妻の相手をしている余裕がなかった。
 そうか、ユネはあの幼い妻に似ているのか。
 年も同じくらいだ。
 こんな子供を領地に一人で置いて戦地に行ってしまったのだ。
 そう思ってしまうと、このユネという少年の事が気がかりになってしまった。
 
「騎士団には慣れたのか?」

 そう尋ねると、ワトビが珍しげな表情で私を見た。
 尋ねられたユネもまさか気を遣われると思っていなかったのか、ポカンと口を開けていた。

「え?えっと、はい、だいぶ慣れました!」

 ほやっと細目を垂らしてニコッと笑った。
 思わず笑ってしまう。
 小動物だ。何というか癒し系だろう。他の団員達が構う理由もわかる気がした。

「もうじき、白銀を交えて合同演習がある。気を引き締めて頑張るように。」
 
 そう告げると、「はいっ!」と元気よく返事が返って来た。
 少し照れているのか頬がほんのり赤くなっている。
 突然上司に声を掛かられれば緊張もするのだろう。
 それではな、と言いながらワトビを連れて離れた。


「本当に珍しいな、団長が下の奴に声援を送るなんて。」

 そうだなと返事をしながら、何となく領地に置いて来た幼い妻を思い出した。今の悪妻として名を轟かせている侯爵夫人ではなく、綿毛のような頭の小さな少年を。

「ああ、何となくな。」

「だろう?俺達も何となーくユネに構っちゃうんだよなぁ。あの細目に癒される。」

 ワトビの言う事には一理いちりあった。
 ほやっと笑う表情を思い出し、また笑ってしまう。

「何だ、思い出し笑いか?」

「あの細目は確かに、癒されたな。」

「あの子は斥候だし近くに置いていいんじゃないか?何かあったら索敵させればいいし、訓練を見ればすばしっこいから逃げ足も早い。」

 なるほど、騎士団はどうしても剣技重視で力のある者を採用しがちな所為か、斥候として使える身軽な騎士がいなかった。

「考えとこう。」

 となるとソマルデも孫可愛さに一緒にくると言いそうだ。あんな可愛がり方は見た事がない。幼い頃私も剣を習っていたが、あんな表情も甘さも一切無かったぞ?
 だがソマルデは純粋に強い。年老いてもその強さは群を抜いている。足も早いのでユネを守る盾になるだろう。
 ならば二人側においても問題ない。
 そう結論付けて、エジエルジーンは今後の人事変更を思案し出した。






 エジエルジーンがそんな事を考えているとは知らず、ユンネは悶えていた。
 場所は模擬刀を片付けに来た用具倉庫だ。

「ソマルデさんっ、見ました!?旦那様が少し微笑んだんですよ!萌えますよね!?」

「燃えるんですか?燃やして来ましょうか?」

「え?なんか違うもえを言ってませんか?違いますよ!萌えです!萌え萌え~ですっ!無茶苦茶美しかったです。」

「あれはユンネ様の夫なのですから、身分を明かして仲良くすれば、ずっと鑑賞出来ると思われますが?」

 ん?鑑賞?
 模擬刀をガランガランと片付けているソマルデさんの返事がやや冷たい。
 この特別感を一緒に味わって欲しかったのに、ソマルデさんの旦那様に対する評価は低かった。
 黒銀騎士団長エジエルジーンは、氷の騎士団長と言われる程笑わない人物なのだ。
 漫画でもそうだったし、現実でもそうだ。
 漫画では、主人公ラビノアを愛し心から守ろうと決心したエジエルジーンが、徐々に微笑むようになっていく。それもラビノア限定でってところがまた良かった!

 あれ?さっき微笑まれたの俺?
 ……………きっと主人公に出会った事で性格が柔らかくなったんだな!
 あの微笑みは神だ!天使だ!後光が差している!

「えっへへ~~!次が楽しみぃ~。」

 次の話は白銀騎士団長アジュソー・リマリネだ!

 りきむ俺に、ソマルデさんは溜息を吐いた。












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