偽りオメガの虚構世界

黄金 

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43 目覚め

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 頭が重い。
 瞼を開けるのすら重力を感じる。
 プルプルと瞼を震わせていると、ぼんやりとした視界に見知った影がかかる。
 
「起きたか?」

 口を開こうとして動かなかった。

「四年以上眠っていたんだ。寝ていてもストレッチなんかはさせていたが、リハビリに時間が掛かるだろう。」

 そりゃまた、起きる前提で入院させてたんだ?
 暫くすると医師がやってきて色々見ていった。衰弱が酷いのでまずは健康になる事と、リハビリが必須だと言われて面倒臭くなった。

 漸く視界が広がり皓月さんを見るが、首を動かすのも億劫だ。
 はぁ…と息を吐くと、やたらと綺麗で凛々しい顔にジッと見つめられる。

「もう寝るなよ。」

 皓月さんの前にスクリーンを出した。
 喋れないなら文字を出せばいい。

『仁彩に自分が悪いように言ったでしょ?』

「………何か言ってたのか?」

『何も。人を責めるような子じゃないし。自分を悪く言って相手を同情させようなんて、アンタらしくない。私達は幼馴染でもないし、私には元々家族もいない。社会的な立場も戸籍すらもなかった。番もアンタが逆に成れと言っていた。嘘つきはいけないよ。』

「いつの間に調べたんだ?本当の事は言えないだろう。」

 ふぅっと息を吐いた。ほんと、喋れないって不便だな。
 確かに父親は人体実験されてた人で、雫に振られた腹いせに仮想空間に拉致して記憶障害残したとかは言えないかもね?だけど、そこは適当に濁せばよくない?
 二人が番になったのも私が嵌めたのに、正直に言ってくれてもよかったのに。

「番になったのは事実だ。抑えれなかった私の責任だろう。」

 表情を読んで否定された。いや、ピアスの制御停止されたのに何言ってんだろう。

『今度私から説明しとく。』

「言わなくていい。」

 返事はしない。絶対説明してやる。

「識っ!」

 知らん顔した。
 今度は皓月がはぁと溜息を吐く。

「とにかく言うな。お前が動くとややこしくなる。それから世話役に史人をつける。毎日来させるから何かあれば彼に言うといい。」

 皓月が少し後ろを見た。
 ドアのところに史人が立っていた。
 爽やかにニコリと笑っている。
 人を無理矢理連れ帰った高校生。

『別の人は?』

「お前は人見知りが激しい。史人なら面識もあるし身内の事情に少し触れているから接しやすい。」

 嫌だなぁと言う顔をしてみたが決定事項のようだ。
 皓月は今日はもう帰ると言って立ち上がった。
 忙しいのだろうが、目が覚めると聞いて待っていたのだと言う。
 
「また来る。史人、頼んだぞ。定期報告も入れておくように。」
 
 目配せをして帰って行った。
 相変わらず卒の無い動きだ。


「よろしくお願いします。雲井識さん。」

『よろしく。』

「リハビリも手伝いますね。あ、イカと里芋の煮っ転がしの作り方練習しておきますね。」

 本気で作るつもりだろうか…。
 でも何でそれが強制帰還のコマンドにしてあったんだろう?

「皓月さんが識さんの好物だって言ってましたよ。この前仁彩を送って行った時もご馳走になりました。なかなか渋い好みですね。」

 和食は好きなんだ。
 研究所で育っていた時、和食はあまりなかった。ハンバーグとかエビフライとか子供の好きそうなメニューはあったけど、煮物とか酢の物とかあんまりなくて、雫がご飯を作ってくれた時美味しかったのだ。
 雫は私の事を忘れたのに、今でも和食を作っているのだなと思うと嬉しかった。

「あ、再度確認なんですけど、『another  stairs』作ったの識さんで間違い無いんですよね?」

 『another  stairs』?一瞬考えて、あのゲームかと思い出す。
 
『あれは、大学退学した時なんか仕事しろって言ったから、困らせる為に作ったやつ。これ売ってよって出したら、凄く顔が引き攣ってて面白かった。』

 史人も何とも言えない顔をした。
 今でこそ雲井皓月の代名詞とも言える『another  stairs』だが、それが無ければまた印象が違う。そもそもゲーム会社では無いのだ。

「結構子供っぽいですね。」

 素直な感想を史人が述べる。
 識の顔がムッとした。

『仕方ないだろう?私は殆ど十三歳まで仮想空間で育ったようなものだったんだ』

 スクリーンに出された文字を読み、史人の笑顔が固まった。
 仮想空間に入れるのは十六歳から。これは『another  stairs』に限ったことではなく、フィブシステムそのものの決まりだ。
 識の名前は雲井識。雫さんと結婚したから雲井性なのかと思ったが、何か別の事情がある?たった一人で『another  stairs』を作った人間だ。神業とかいうレベルでは無い。
 有り得ないのだ。
 これは、掘り下げるべきでは無いと史人は判断した。

「つまり十三歳ぷらす四年と少しの間寝ていたんですね?じゃあ今お幾つでしたっけ?」

 チラリとベット上の電子掲示板を見る。
 雲井識、男性、アルファ、年齢三十五歳。

「うーんじゃあ実際現実にいたのは今の俺と大して変わらない年数ということですね?成程、子供っぽい筈です。」

 識はカチンときた。
 
『うるさいね!大人は敬うものだよ!』

 史人は綺麗な顔で怒っている人をみる。
 今はやつれて痩せこけているが、一緒にフリフィアに入った時は綺麗な男性だった。
 もう少し膨よかになったら綺麗な人なのだろう。

「まあまあ、それより必要なものは俺に言ってくださいね。何かいるなら買ってきますから。代金は後払いで貰います。ちゃんと明細も出しますね。」

『はあ?そんなの面倒臭いじゃないか。口座使えるように連動させるから適当に使ってよ。』

 識のスクリーンの隣に勝手に史人のスクリーンも出てきて、口座が勝手に増えている。
 しかも桁がおかしい。無茶苦茶多い。

「…………………。」

 まあ『another  stairs』の開発者なのだから、きっとその使用料が自動的に入っているのだろう。一人の人間が一生に使う額ではないが。
 それをたかが一介の高校生に自由に使えと渡すとは!

「今度俺が常識を教えてあげますね?」

 何で?と不思議そうにしている識に、ニコニコと史人は笑った。
 識の顔の両側に史人の両腕が降ろされ、真上から真っ直ぐに見下ろして言い切られる。

「お子様だからですよ、ファントムさん。」








 皓月は別の階にいる入院部屋に向かった。
 廊下の途中で識月が待っていた。

「黙って待たなくても連絡していいんだが?」

「そろそろ通る頃だろうと思ったので。識さんは今後どう対応したら?」

「とりあえずはリハビリに時間が掛かる。大学に行きたいなら行かせるし、仕事をしたいならさせよう。」

 識月は頷いた。
 識月としては何故自分と似たような名前なのか気になるのだが、あの人から自分の名前はとってあるのだろうか?
 名前の由来など気にしたことも無かったが、フリフィアの仮想空間を壊した手腕は只者では無い。
 聞こうか聞くまいか悩む。

「識は引き取った子供だ。思い入れがあるからついお前にも一文字入れたんだ。」
 
 唐突にそう教えられ、識月は狼狽えた。まさか識月に名前をつけたのが父親とは思っていなかったのだ。

 そんな識月を皓月はそっと見る。
 相変わらず実の父に対して線を引いている。
 皓月が忙しくて関われなかったのもあるが、母親が識月にベッタリで影響が大きいのもある。
 皓月達は今、妻で有り母で有る女性がいる部屋へ向かっていた。

「私が薬を飲ませよう。」

「……………ですが、久しぶり会って興奮するのでは?」

 母の精神状態は末期だと言われていた。
 病院に通わせ続けていたが、恐らく心を戻らせれるのは皓月だけ。その皓月は母を治してやるつもりはない。
 
「流石に息子にはさせられない。」

 辿り着いた病室の前に立つと、ドアは自動的に開く。
 
「久しぶりだな。」

「…………っ皓月!」

 彼女はもうベットから立ち上がれないくらいに衰弱している。起きていたのかベットは座れるように上半身の部分を上げてあった。
 精神の均衡が崩れ、身体まで出ていた。
 眠りについた識の時よりも酷い。
 そうならない為の方法は分かってはいたが、自分は雫を守ると決めている。
 彼女を守れば彼女の家もついてくる。
 守る事は足枷になる。
 
 彼女は同志だった。
 識達アルファの子供達に行われていた人体実験を止めさせる為の同志。
 彼女の家は政界に強かった。
 動いていた皓月に一緒にやろうと政略結婚を持ち掛けたのも彼女の方。
 番はお互い好きな人となろうと言ったのも彼女の方。
 それが方便だったのか本気だったのかは、もうわからない。
 雫と番いになった時、番解除を迫られつい突き放したが、後悔はしていない。解除する事など出来ないのだから。

「体調が悪いと聞いた。この薬を飲むといい。」

 錠剤をパキッと出して水と一緒に渡す。
 彼女はありがとうと嬉しそうに飲み干した。
 これが母に与えられる最後の優しさになるのかと、やるせない気持ちで識月は見ていたが、こればかりはもう覆せない。
 守るものの為に切り捨てるものがある。

「まあ、どなた?」

 母は識月に漸く気付いた。
 識月はにこりと笑う。
 うつらうつらと眠る母は、恐らくもう目覚めない。





「外で待ってても良かったんだぞ。」

「いえ、もう最後でしょうから。」
 
 自分は父に付くと決めてしまった。母の生家は力を奪われ失い追い詰められていくだろう。

「俺が仁彩を選ばなかったら、どうするつもりで?」

「ん?どうもしないな。お前と俺が対立し、仁彩には違うアルファをあてがってみるだけだ。」

 …………仁彩に違うアルファを?
 識月の表情が若干険しくなる。
 それを見て皓月は少しだけ目を細めた。

「ま、それは無いとは思ったがな。」

「……………何故?」

「だってお前は仁彩の周りを無意識に排除したじゃないか。」

「………っ!?」

 識月の驚愕した顔に皓月はおかしそうに笑った。
 無意識だろうかとは思っていたが、本当に無意識だった。
 無意識に仁彩に近付く人間を選別したし、何ならこれならいいかと思ったのもオメガの湯羽鳳蝶だけ。
 選別し過ぎだろう。

 識月は自分の行動を思い返しているのか、フラフラと壁に寄り掛かり、片手を突いて考え込んでいる。
 ………本当に、自分の息子とは思えない。
 呆れ混じりに識月を見る皓月は、この時ばかりは父親の顔になっていた。
















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