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第1章 初恋の彼は、私の運命の人じゃなかった
Ep.52 再出発の証
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明け方、いつもより小一時間程早く、目が覚めた。まだ外も暗いし二度寝してもよかったけど、何となく寝付けなくてリビングに向かう。ガラス製の扉から灯りが漏れていることに気づいて中を覗くと、紅茶を飲みながらパラパラと本を捲っているガイアの姿が見えた。
(こうして見てみると、ガイアってやっぱカッコいいなぁ……)
淡いオレンジ色のランプの光の中で静かに佇んでいるイケメンの姿は目の保養だ。ドキドキしつつも邪魔しないようこっそり観察してたら突然ガイアが顔を上げた。
「そんな所から覗き見か?趣味悪いぞ、どうせなら隣で見ろよ」
呆れたような、でも楽しそうな表情のガイアが頬杖をつきながら手招きをする。小走りで駆け寄って隣に腰かけた。
「これ、サフィールさんがくれたアルバム?見せて見せて!」
「駄目だ、見たって面白いような物じゃないだろ」
「えーっ、じゃあガイアはなんで今見てたのよ」
「あの若作りじいさんが何ページかに分けて魔術のコツのメモを挟んでくれてたからそれ回収してただけだ」
「そんなこと言って、本当は懐かしいなとか思いながら見てんでしょー。ちょっとだけ見せて、ね!」
「駄、目、だって言ってんだろ!」
彼の膝に置かれているアルバムを取ろうとしたけどサッと取り上げられてしまった。『どうしても見たけりゃ奪い返してみな』と挑発される。受けてやろうじゃないの!
そして、30分後。
「もー駄目!ガイア、反応速度速すぎ……!」
「当たり前だ、現役騎士を舐めるなよ?」
結果は惨敗。疲れ果てたのと落胆したままガイアの膝に突っ伏した。チラッと上を見上げれば、端正な顔がよく見える位置だ。じぃっとみていたらガイアもこちらを向いたので、バッチリ目があった。
「……どうしても、駄目?」
「ぐっ……!」
膝に乗っかったままおねだりしたら、胸を押さえたガイアがバッと顔を背けた。
「くそっ、上目遣《それ》いは卑怯だろ……!」
「え?今何か言っ……きゃっ!」
急にどうしたのかしらときょとんとした私の頭にボンと本が乗せられる、アルバムだ。
「見ていいの!?」
「……あぁ。だからこの体勢止めてくれ、心臓に悪い……!」
はーいと気の抜けた返事をしつつ、起き上がっていそいそとアルバムを開く。どれどれー……?
「あっ、これ丁度私と会ったときの年齢だよね!可愛いなぁ~」
「はいはい、よかったな」
サフィールさんが残してくれたらしい魔術の指南メモを読み込みながら御座なりに答えるガイア。さらっと揺れた彼の長い髪をちょっとだけ、触ってみた。
「ん?どうした?」
「ううん、なんでもないよ。ただ、こうしてみると昔のガイアはずーっと短髪だったんだなと思って」
半分くらいまで一気に見たけど、どの写真のガイアも総じて髪は短かった。丁度開いていたページを見せながら言えば、自身の長い髪を掬い上げて『確かにそうだな』と彼も頷く。
「王都では男も高位な者は長髪が多いって事で伸ばしたに過ぎないし、そもそも伸ばした切っ掛けだって『私の騎士になるならば、相応の身なりを心がけなさい』と……、ーっ」
そこまで言ってガイアは言葉を濁したけど、それを彼に命じたのが誰かはわかってしまう。背中でひとくくりにされたその髪を指先でサラサラと撫でながら、またアルバムに視線を落とした。
「今のサラサラで女性顔負けの長髪も素敵だけど、出会った頃の短い髪も男の子らしくていいよね。私はどっちも好きだな!」
「……っ、あぁ、ありが……『だからこのアルバムしばらく貸してください!』ってお前、さてはそっちが本音だな!?」
怒ったガイアに奪われそうになったアルバムを抱えてきゃーっと逃げ回って、結局指を鳴らしたガイアの風の魔術で彼の膝上に捕まった。
「ちょっと!魔法は反則!!」
「よく言う、子供の頃はあんなにはしゃいで見てたくせに。ほら、返せ!」
「えぇ~……」
「……あんまりわがまま言うならスチュアート伯爵に頼んでお前が幼い頃の思い出話を片っ端から集めるからな」
「お返しいたします!!!」
ズバッと潔く両手でアルバムを差し出す。ガイアは呆れたように、ケラケラと笑った。
「ほら明日は休みだし、昨日の疲れだってまだ抜けてないだろ。悪ふざけしてないでもう少し寝とけ」
「はーい、ガイアもちゃんと休んでね?」
「わかったわかった、ほら、部屋に戻れ。何なら俺が運ぼうか?」
「じっ、自分で行きます!!」
魔力で運ばれるにしても物理《だっこ》で運ばれるにしても心臓に悪すぎる!もうと怒った顔をしつつリビングから飛び出すセレンの姿に笑いながら、ガイアはそっと自らの髪に触れた。
「そうか。これはもう、必要ないよな……」
少し仮眠をとって、いつもより遅い時間に目覚めて。いつも通り向かった洗面台にはガイアが先に立っていた。その後ろ姿に寝ぼけ眼で『たくましい背中してるなぁ』とか思って、ハッと意識が覚醒する。
「がっ、ががっ、ガイア!?どうしたの!!?その髪!!!!!」
そう、ガイアの背中はいつも、彼のシャンプーの宣伝女優顔負けの美髪で覆われていてほとんど見えなかったはずだ。なのに、今はそれがシャツから透けた鍛えられた体躯までしっかり見えている。しかも、床に散らばったこの黒髪は……!
「あぁ、おはよう。散らかして悪いな、掃除は自分でするから」
「う、うんおはよう。掃除は別に良いんだけど!き、切っちゃった、の……?」
「あぁ、もう必要ないからな」
ガイアが明るく笑って、すっかり短くなった自身の髪先をつつく。丁度アルバムの写真と同じ、出会ったあの頃と同じ長さだ。
「あの日の記憶を奪われて、道を間違えた俺はもう居ない。もう、他人の言葉に踊らされて趣味でもない長髪を維持する必要はない。自由に生きると、決めたから」
『だから、ここから再出発にしよう』とガイアが真っ直ぐな声音で言う。頷く私に、ガイアが聞いた。
「どうだ?どこか変か?」
「ううん、昔よりもっと、もーっと素敵!!」
一瞬呆けて、ガイアが笑う。と同時に、洗面所を使いに来たソレイユとスピカがガイアを見て驚きの声を上げた。
「おはようございます……って、ガイアスお兄様!?そのお髪はどうなされたのですか!!?」
「あー、王都では恋に破れた際に長髪の人間は決別の為それをバッサリ切り捨てるそうですね。(姉上に)フラれて王都に帰るんですか?」
「「えーっ!ガイア、帰っちゃやーっ!!」」
「だーっ、もう朝から騒がしいな!別にどこにも行きやしねぇよ。それにフラれてもいないわ!」
ルカとルナに抱きつかれて怒ったガイアから、からかうみたいに皆がきゃーっと悲鳴を上げて逃げていく。やっぱり私の兄弟だなぁと、私も声を上げて笑って、この日は朝から、皆でたくさん、笑った。
『どこにも行かない』と言った彼の言葉が、ほんの数日で破られてしまうことも知らずに。
~Ep.52 再出発の証~
『過去《ナターリエ》の鎖はもう要らない。自らの手で絶ち切って、さぁ、新しい未来へ』
(こうして見てみると、ガイアってやっぱカッコいいなぁ……)
淡いオレンジ色のランプの光の中で静かに佇んでいるイケメンの姿は目の保養だ。ドキドキしつつも邪魔しないようこっそり観察してたら突然ガイアが顔を上げた。
「そんな所から覗き見か?趣味悪いぞ、どうせなら隣で見ろよ」
呆れたような、でも楽しそうな表情のガイアが頬杖をつきながら手招きをする。小走りで駆け寄って隣に腰かけた。
「これ、サフィールさんがくれたアルバム?見せて見せて!」
「駄目だ、見たって面白いような物じゃないだろ」
「えーっ、じゃあガイアはなんで今見てたのよ」
「あの若作りじいさんが何ページかに分けて魔術のコツのメモを挟んでくれてたからそれ回収してただけだ」
「そんなこと言って、本当は懐かしいなとか思いながら見てんでしょー。ちょっとだけ見せて、ね!」
「駄、目、だって言ってんだろ!」
彼の膝に置かれているアルバムを取ろうとしたけどサッと取り上げられてしまった。『どうしても見たけりゃ奪い返してみな』と挑発される。受けてやろうじゃないの!
そして、30分後。
「もー駄目!ガイア、反応速度速すぎ……!」
「当たり前だ、現役騎士を舐めるなよ?」
結果は惨敗。疲れ果てたのと落胆したままガイアの膝に突っ伏した。チラッと上を見上げれば、端正な顔がよく見える位置だ。じぃっとみていたらガイアもこちらを向いたので、バッチリ目があった。
「……どうしても、駄目?」
「ぐっ……!」
膝に乗っかったままおねだりしたら、胸を押さえたガイアがバッと顔を背けた。
「くそっ、上目遣《それ》いは卑怯だろ……!」
「え?今何か言っ……きゃっ!」
急にどうしたのかしらときょとんとした私の頭にボンと本が乗せられる、アルバムだ。
「見ていいの!?」
「……あぁ。だからこの体勢止めてくれ、心臓に悪い……!」
はーいと気の抜けた返事をしつつ、起き上がっていそいそとアルバムを開く。どれどれー……?
「あっ、これ丁度私と会ったときの年齢だよね!可愛いなぁ~」
「はいはい、よかったな」
サフィールさんが残してくれたらしい魔術の指南メモを読み込みながら御座なりに答えるガイア。さらっと揺れた彼の長い髪をちょっとだけ、触ってみた。
「ん?どうした?」
「ううん、なんでもないよ。ただ、こうしてみると昔のガイアはずーっと短髪だったんだなと思って」
半分くらいまで一気に見たけど、どの写真のガイアも総じて髪は短かった。丁度開いていたページを見せながら言えば、自身の長い髪を掬い上げて『確かにそうだな』と彼も頷く。
「王都では男も高位な者は長髪が多いって事で伸ばしたに過ぎないし、そもそも伸ばした切っ掛けだって『私の騎士になるならば、相応の身なりを心がけなさい』と……、ーっ」
そこまで言ってガイアは言葉を濁したけど、それを彼に命じたのが誰かはわかってしまう。背中でひとくくりにされたその髪を指先でサラサラと撫でながら、またアルバムに視線を落とした。
「今のサラサラで女性顔負けの長髪も素敵だけど、出会った頃の短い髪も男の子らしくていいよね。私はどっちも好きだな!」
「……っ、あぁ、ありが……『だからこのアルバムしばらく貸してください!』ってお前、さてはそっちが本音だな!?」
怒ったガイアに奪われそうになったアルバムを抱えてきゃーっと逃げ回って、結局指を鳴らしたガイアの風の魔術で彼の膝上に捕まった。
「ちょっと!魔法は反則!!」
「よく言う、子供の頃はあんなにはしゃいで見てたくせに。ほら、返せ!」
「えぇ~……」
「……あんまりわがまま言うならスチュアート伯爵に頼んでお前が幼い頃の思い出話を片っ端から集めるからな」
「お返しいたします!!!」
ズバッと潔く両手でアルバムを差し出す。ガイアは呆れたように、ケラケラと笑った。
「ほら明日は休みだし、昨日の疲れだってまだ抜けてないだろ。悪ふざけしてないでもう少し寝とけ」
「はーい、ガイアもちゃんと休んでね?」
「わかったわかった、ほら、部屋に戻れ。何なら俺が運ぼうか?」
「じっ、自分で行きます!!」
魔力で運ばれるにしても物理《だっこ》で運ばれるにしても心臓に悪すぎる!もうと怒った顔をしつつリビングから飛び出すセレンの姿に笑いながら、ガイアはそっと自らの髪に触れた。
「そうか。これはもう、必要ないよな……」
少し仮眠をとって、いつもより遅い時間に目覚めて。いつも通り向かった洗面台にはガイアが先に立っていた。その後ろ姿に寝ぼけ眼で『たくましい背中してるなぁ』とか思って、ハッと意識が覚醒する。
「がっ、ががっ、ガイア!?どうしたの!!?その髪!!!!!」
そう、ガイアの背中はいつも、彼のシャンプーの宣伝女優顔負けの美髪で覆われていてほとんど見えなかったはずだ。なのに、今はそれがシャツから透けた鍛えられた体躯までしっかり見えている。しかも、床に散らばったこの黒髪は……!
「あぁ、おはよう。散らかして悪いな、掃除は自分でするから」
「う、うんおはよう。掃除は別に良いんだけど!き、切っちゃった、の……?」
「あぁ、もう必要ないからな」
ガイアが明るく笑って、すっかり短くなった自身の髪先をつつく。丁度アルバムの写真と同じ、出会ったあの頃と同じ長さだ。
「あの日の記憶を奪われて、道を間違えた俺はもう居ない。もう、他人の言葉に踊らされて趣味でもない長髪を維持する必要はない。自由に生きると、決めたから」
『だから、ここから再出発にしよう』とガイアが真っ直ぐな声音で言う。頷く私に、ガイアが聞いた。
「どうだ?どこか変か?」
「ううん、昔よりもっと、もーっと素敵!!」
一瞬呆けて、ガイアが笑う。と同時に、洗面所を使いに来たソレイユとスピカがガイアを見て驚きの声を上げた。
「おはようございます……って、ガイアスお兄様!?そのお髪はどうなされたのですか!!?」
「あー、王都では恋に破れた際に長髪の人間は決別の為それをバッサリ切り捨てるそうですね。(姉上に)フラれて王都に帰るんですか?」
「「えーっ!ガイア、帰っちゃやーっ!!」」
「だーっ、もう朝から騒がしいな!別にどこにも行きやしねぇよ。それにフラれてもいないわ!」
ルカとルナに抱きつかれて怒ったガイアから、からかうみたいに皆がきゃーっと悲鳴を上げて逃げていく。やっぱり私の兄弟だなぁと、私も声を上げて笑って、この日は朝から、皆でたくさん、笑った。
『どこにも行かない』と言った彼の言葉が、ほんの数日で破られてしまうことも知らずに。
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