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第2章 異世界勇者

幕間-3 親の心子知らず

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ユーテリア王国のアンドリュー国王は今2つの問題に頭を悩まされている。

1つは三大国の一つであるレムリア皇国を僅か1/5の兵力で打ち破ったドラン連邦国である。しかし、その後は何の反応も見せず、それが却って不気味さを感じている。

「エリックよ、ドランの動きはどうだ?」

「いえ、やはり何も動きはありません。」

国王の懐刀である宰相のエリック。王国内でも切れ者として知られる彼であるが、動きを見せない相手の手の内は読みようもない。

「情報の収集はどうなっている?」

「はっ、最低限の人員を残し可能な限り人手をドランへと割いておりますが、未だ有益な情報は上がってきておりません。」

「うむ・・・仕方あるまい。可能な限り迅速に頼むぞ。それとレムリアの情報もだ。」

「はっ!」

アンドリューは現在、ドラン連邦国とレムリア皇国の情報を最優先で収集している。
前者は自国への脅威として、後者は自国への利益の為である。

元々が小国のドラン連邦国は今回の戦争に異世界勇者の力を借りて勝利した。戦争には勝ったがレムリア皇国程の大国を統治する人手など足りるはずが無い。

必ずその統治が及ばない地域が出来るはずと踏んだアンドリューはある程度の税と引き換えで実効支配できる領地を増やそうと画策していた。


「ドランとて手に負えずに荒廃するだけの街よりも、幾らかだけでも税が入る方が良いだろう。」


そう考えるのが当然ではあるがアンドリューには領土に対する懸念もある。


強力な勇者を兵力として持つドラン連邦国ならではであるが、それは今まではどの国も手が出なかった魔物の領域を解放し新たな領土として獲得することである。

今まで誰の手も入ってない場所ならば良い資源が多く眠っているだろう。それを手にされると益々国力を蓄えられる。


「しかしこればかりは止めようがないな。」

「ですが国王、ただでさえ人が足りない状態で更に新しい領土まで手を出すでしょうか?他国に真似が出来ない以上、準備を整えてからでも良いはずです。」

「む、それもそうか・・・。結局は今のうちに手を打たねばこれからはドランの一人勝ちとなる。それを防ぐ為にも今は情報が欲しい。どんな情報でも良い、エリックよ頼んだぞ!」


「はっ!全力で取り組んでおります!必ずや良い知らせをお持ち致します!」


今までは国王の期待に応え続けてきたエリックであるが、王都の貴族が戦争の準備もせず私利私欲で動いていた一件によりアンドリューより叱責を受ける羽目になっている。
二度続けて国王の期待を裏切る訳にはいかないとエリックは今寝る間も惜しんで情報収集に明け暮れているのであった。





二つ目の悩みは可愛い末娘リリーについて。



彼女が待てど暮らせど帰ってこないのである。


確かに約束通り手紙は来る。しかしどれも「元気でいる」程度の薄っぺらい内容のみである。かつて誘拐されかけた事もあり長く王都から離れていると心配で仕方ないのであった。

普段なら手の空いた者が居れば様子を見に行かせるところであるが、今は自分が命じた情報収集の為に人手など余るはずもない。


「今までならどれだけ長くとも二ヶ月程で帰っておった。今回はもう三ヶ月目だぞ。最初の頃の手紙にはエリスの病気が治ったので元気になったら一緒に遊ぶ為に長く居たいなどと書いてはいたが・・・」


「リリー殿下にとってバダックは英雄のようなものですからなぁ・・・。その奥方とも非常に仲が良かったと聞きます。なかなか別れ辛いのでしょう。」


「う~む、仕方ないかのぉ。」








などどいう会話が王都でなされているなどとはつゆ知らず、今日も元気にリリーは走り回っている。


「きょ、今日こそ!」


空飛ぶ絨毯で星を見に行った日以降、毎日のように「また行きたい」と繰り返すリリー。「ああいうものはたまに行くから楽しいんだ」とクラウドが何度言っても聞かなかった。
遂にリリーはバダックまで巻き込んでしまうが、バダックも思うところがあったらしい。

困ったような顔で笑いながら「すまんなぁ、クラウド殿。何とかならんか?」と言われ、ならばとクラウドは条件を出した。


「リリーちゃんがトント村に居る年の近い子供とかけっこをして5人に勝つこと(ただし、仕事中の子供にかけっこを挑んではいけない)。」


星を見に行くのも良いが少しは身体も動かさなきゃいけないと言い出したクラウド。
リリーへ手のひら大の板切れ5枚を渡し、かけっこで勝ったらその子供から手形を貰うように言った。

その日より、その四角の板切れは四方の隅の一つに小さな穴を開け紐を通した状態でリリーの肩からさげられ、服には常に手形を押す用に墨を持ち歩いている。

そして一週間後の現在、板切れには4枚まで手形が付いている。リリーは残り1枚の手形を求めトント村中を走って対戦相手を探しているのであった。





「ふ~、ようやく一息つけるや。」


家の掃除を終わらしたルークが外の風に吹かれながら身体を休めている時にそれは起こった。


「・・・みぃ~つぅ~けぇたぁ~!」


いま、村の子供の間では一つの話題で持ちきりである。

それが仕事の合間に休んでいると現れてかけっこを挑んでくる見慣れぬ少女の話題である。更にはいつの間にか村にはその少女にかけっこで勝つと良いことがあるなどと言う噂までたっていた(後にクラウドの仕業と判明)。
ちなみにその少女には村の中で「猪少女」などという異名が付いているのだが、それを知ったクラウドは聞かなかったことにしている。


「げっ!」


およそ王女として産まれてから、人に話しかけて「げっ」などと言われたことは無いが今のリリーは気にもしない。


「しょっ、勝負!」


「あちゃ~、見つかっちゃった・・・。」


白羽の矢はルークに突き立った訳であるが、ルークはクラウドから絶対に守れと言われていることがある。


『遊びは真剣だからこそ面白い』そう言うクラウドは事情を知るルークとタニアが勝負を挑まれても真剣に相手をするように言ってあった。


「かけっこはしても良いですけど、真剣勝負ですよ?」


「あ、あ、当たり前!」


その後始まったかけっこはゴールまで約50m。手に汗握るデッドヒートの末、まさに鼻差でリリーが勝利を収めた。



「や、やった!やったーーっ!!」


おそらくは自分の力だけで何かを成し遂げた事など初めてなのだろう。人見知りの少女がやったやったと叫びながら人目もはばからずその場で飛び上がって喜んでいる。


その日の夕方、クラウドの前には5つの手形が並んでいた。


「おぉ、意外に早かったな。どれどれ、アビィちゃんにノエルちゃん、ハンスくんにヴァンくんに・・・、んん?はっはははっ、何だルークも負けたのか!?」


クラウドやマーサ婆さん、タニアに大笑いされる中、赤くなったルークが座っている。と言っても3歳年上のリリーと接戦だったルークの足は決して遅くは無い。


フンフンと鼻息荒く得意満面のリリーは早速行こうと言い出した。


「今夜行こう!」


「ええっ?早速か?」


「もうバダックにも言ってきたもん!」


「マジか!仕方ないなぁ。」


結局リリーの頑張りに押し切られ2回目の夜空の散歩となる。

日が暮れてからやって来たバダックとリリーの横にはエリスもついている。どうやらバダックもエリスから「次はいつやるのか?」とせがまれていたらしい。


「皆余程楽しかったんだろう、すまんなクラウド殿。」


そう言うバダックも今夜は酒瓶を持参していた。


「・・・それは?」


「いや何、流石にあれ程の絶景はなかなかお目にかかれないからな!次に機会があれば、星空を肴に一杯やりたいと・・・」


はぁ~っと溜息をついたクラウド。どうやらメンバーの中で気が重いのは自分だけのようである。その理由は出発前に言われたマーサ婆さんの言葉であった。




「分かってるだろうね?人様の子供を預かっておいて、前みたいに遅い時間なんぞに帰って来たって家には入れんさね!その時は外で一晩立っときな!」



しかし、無情にも目の前で広がる光景は酒盛りする気満々のバカップルもとい夫婦と念願の星空鑑賞にテンションが跳ね上がっているリリー。

いくらマーサ婆さんに言われたからと言っても、初めて自分だけで頑張ったリリーの事を思うとさっさと帰るなどとてもでは無いが言えるものでは無い。


「うぅ、嫌な予感しかしねぇ・・・」



全くもってヒドい話であった。


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