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デッドストック扱い? それでもメンテは必要です 2
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シェミズ家の離れは、急ピッチで修繕作業を終え、若夫婦の新居になっていた。これまでセルチェが住んでいた倹しい部屋とは対照的で、部屋数も調度品も十分な、立派な建物だ。その離れの、午後の柔らかな陽光差し込む居間で、セルチェとエルマは向かいあって座っていた。
紅茶のカップを置き、ため息をつく。そんなセルチェに、険しい顔をしたエルマが顎をしゃくった。
「それで、どういうことなの? 説明して」
いつになく真剣な顔をしているエルマに気圧され、セルチェは腿の上でぎゅっとスカートを握った。
「実は、式場の見学に行ってから、全然バハラットと会う機会がなくて、今日までちゃんと話す時間もなかったの。忙しい、忙しいって言われて、引っ越しのときもお手伝いさんたちが来てくれただけで、バハラットは来てくれなかった」
彼は、ほとんどここに帰ってこないし、帰ってきても深夜。いつも疲れた顔をしていて、言葉少なに書斎にこもり、そのまま朝まで出てこない。一緒に食事をしたのは、いつ以来だろう。目に見えてやつれてきていて、それも心配だった。
しかし。セルチェがバハラットに「体のためにも少し仕事を減らしたほうが」と忠告したところ。
「ソーアンが国璽の複製を作りすぎて本物がわからなくなったから、解呪しないといけない」
「王城の修復作業の現場で、ソーアンが重量物を運ぶゴーレムを召喚したら、他の作業員には使いこなせなくて逆に破壊してしまった。邪魔になってるから撤去の準備をしなければいけないんだ」
「ソーアンが作った微小魔力で金属の強度を上げる改良魔法陣の権利申請で、農具のメーカーから、代替品が売れなくなるからと嘆願が届いて、調整しなくてはならなくて」
……などと、つらつらと理由を並べたて、取り合ってもらえなかった。
「それでね。恥ずかしながら『あなたはソーアンのお母さんなの? 私の夫なの? そんなに好きならソーアンと結婚すればいいじゃない』って、八つ当たりをしてしまって」
あのときの、困った顔のバハラットが忘れられない。セルチェは深く息を吐いた。
心配な気持ちが暴走しすぎて苛立ちに変わったのだが、彼に蔑ろにされているという被害者意識があったことも認めざるを得ない。それで自室に逃げ込んだ後、猛烈な自己嫌悪に襲われたのだった。
不安で仕方がなかったのもある。明日にせまった結婚式。そこに参加する四百近い人達のうち、百人以上のシェミズ家の「重要人物」の名前と顔を覚え、肩書を把握して挨拶するという試練があるのだ。
他にも、入場や各種挨拶など、バハラットと一緒に練習したいことがたくさんあるのに、今の所なにひとつできていない。ああいう経緯があって結婚したのだからこそ、せめてしっかりやり遂げなければという気持ちが強いからか、不安も強くなっていた。
それを打ち明けられるはずの一番身近な人物と、まったく会話にもならないのは、苦しかった。
「ああー、やっちゃったね……。まあ、気持ちはわかるけど。でもそれでなんで浮気になるわけ」
「うん。私、兄さんに連絡したのよ。もうちょっと、バハラットが家に帰れるように気遣ってほしいって。そしたら、兄さんが、バハラット毎日定時で仕事上がってるって」
「うーんだからって早計じゃない?」
「じゃあやっぱり、あれかな。私と結婚したの後悔してて、家に帰りたくないとか。最近、痩せてきてるのも、そのせいかな。悩んでて……あんなお金出すんじゃなかったとか、思ってたら、私、どうしよう。謝っても謝りきれない」
「いや、それは確かめてみないとわからないでしょ」
「直接聞くの? ねえバハラット、定時に上がってなにしてるの、もしかして家帰りたくないの、って?」
「だっていつかは聞かなきゃいけないじゃん。傷が浅いうちにはっきりさせておいた方がいいんじゃないの」
「うううーいやだあああ」
涙声になったセルチェを見て、エルマが深いため息をついた。
「しゃーないわねえ。とりあえず、探りだけ入れてみよう。ソーアンの言うことなんてどうせ信用ならないんだし。というかあんただって、それわかってるよね? うちの旦那の言葉が紙より軽いってこと。それに振り回されてどうすんの。弱りすぎでしょ、しっかりしなさいよ」
棚に置かれた水晶玉を掴んで持ってくるエルマに向かって、セルチェは小さくうなずいた。
「うん……。エルマ、ありがとう。なんか、強くなったね」
「ならざるを得ないわ、おかげさまで。さてさて、ちゃんと繋がるかしらね。仕事中だったらあとでにしましょ」
エルマが水晶玉で呼び出したのは、懐かしい顔だった。
白金の髪を緩く巻き、宮廷魔術師のローブを纏った美女――ユランが水晶玉に映し出される。バハラットと同じ職場の彼女なら、なにか知っているかもしれない。
紅茶のカップを置き、ため息をつく。そんなセルチェに、険しい顔をしたエルマが顎をしゃくった。
「それで、どういうことなの? 説明して」
いつになく真剣な顔をしているエルマに気圧され、セルチェは腿の上でぎゅっとスカートを握った。
「実は、式場の見学に行ってから、全然バハラットと会う機会がなくて、今日までちゃんと話す時間もなかったの。忙しい、忙しいって言われて、引っ越しのときもお手伝いさんたちが来てくれただけで、バハラットは来てくれなかった」
彼は、ほとんどここに帰ってこないし、帰ってきても深夜。いつも疲れた顔をしていて、言葉少なに書斎にこもり、そのまま朝まで出てこない。一緒に食事をしたのは、いつ以来だろう。目に見えてやつれてきていて、それも心配だった。
しかし。セルチェがバハラットに「体のためにも少し仕事を減らしたほうが」と忠告したところ。
「ソーアンが国璽の複製を作りすぎて本物がわからなくなったから、解呪しないといけない」
「王城の修復作業の現場で、ソーアンが重量物を運ぶゴーレムを召喚したら、他の作業員には使いこなせなくて逆に破壊してしまった。邪魔になってるから撤去の準備をしなければいけないんだ」
「ソーアンが作った微小魔力で金属の強度を上げる改良魔法陣の権利申請で、農具のメーカーから、代替品が売れなくなるからと嘆願が届いて、調整しなくてはならなくて」
……などと、つらつらと理由を並べたて、取り合ってもらえなかった。
「それでね。恥ずかしながら『あなたはソーアンのお母さんなの? 私の夫なの? そんなに好きならソーアンと結婚すればいいじゃない』って、八つ当たりをしてしまって」
あのときの、困った顔のバハラットが忘れられない。セルチェは深く息を吐いた。
心配な気持ちが暴走しすぎて苛立ちに変わったのだが、彼に蔑ろにされているという被害者意識があったことも認めざるを得ない。それで自室に逃げ込んだ後、猛烈な自己嫌悪に襲われたのだった。
不安で仕方がなかったのもある。明日にせまった結婚式。そこに参加する四百近い人達のうち、百人以上のシェミズ家の「重要人物」の名前と顔を覚え、肩書を把握して挨拶するという試練があるのだ。
他にも、入場や各種挨拶など、バハラットと一緒に練習したいことがたくさんあるのに、今の所なにひとつできていない。ああいう経緯があって結婚したのだからこそ、せめてしっかりやり遂げなければという気持ちが強いからか、不安も強くなっていた。
それを打ち明けられるはずの一番身近な人物と、まったく会話にもならないのは、苦しかった。
「ああー、やっちゃったね……。まあ、気持ちはわかるけど。でもそれでなんで浮気になるわけ」
「うん。私、兄さんに連絡したのよ。もうちょっと、バハラットが家に帰れるように気遣ってほしいって。そしたら、兄さんが、バハラット毎日定時で仕事上がってるって」
「うーんだからって早計じゃない?」
「じゃあやっぱり、あれかな。私と結婚したの後悔してて、家に帰りたくないとか。最近、痩せてきてるのも、そのせいかな。悩んでて……あんなお金出すんじゃなかったとか、思ってたら、私、どうしよう。謝っても謝りきれない」
「いや、それは確かめてみないとわからないでしょ」
「直接聞くの? ねえバハラット、定時に上がってなにしてるの、もしかして家帰りたくないの、って?」
「だっていつかは聞かなきゃいけないじゃん。傷が浅いうちにはっきりさせておいた方がいいんじゃないの」
「うううーいやだあああ」
涙声になったセルチェを見て、エルマが深いため息をついた。
「しゃーないわねえ。とりあえず、探りだけ入れてみよう。ソーアンの言うことなんてどうせ信用ならないんだし。というかあんただって、それわかってるよね? うちの旦那の言葉が紙より軽いってこと。それに振り回されてどうすんの。弱りすぎでしょ、しっかりしなさいよ」
棚に置かれた水晶玉を掴んで持ってくるエルマに向かって、セルチェは小さくうなずいた。
「うん……。エルマ、ありがとう。なんか、強くなったね」
「ならざるを得ないわ、おかげさまで。さてさて、ちゃんと繋がるかしらね。仕事中だったらあとでにしましょ」
エルマが水晶玉で呼び出したのは、懐かしい顔だった。
白金の髪を緩く巻き、宮廷魔術師のローブを纏った美女――ユランが水晶玉に映し出される。バハラットと同じ職場の彼女なら、なにか知っているかもしれない。
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