蓬莱皇国物語Ⅵ~浮舟

翡翠

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 慌ただしい年末年始が終わり、薫たちは再び紫霄学院へと戻って来た。すぐに生徒会で引き継ぎが始められた。 

 薫は月耶を副会長に指名し、幸久には養父である雅久と同じ、会計を一任する事にした。月耶は薫の学友として、今は幸久と特別室の隣に戻った。 

 生徒会人事で三日月のたっての願いで候補の中から、美馬 梓みま あずさという生徒を書記にした。三日月の様子から何か訳があるらしい……と、薫の生徒会人事を耳にした朔耶は思うのだった。まだ在校中の時にも三日月は常に、梓を自分の側に置いていた記憶がある。 

 彼はちょっと陰りのある表情の温和しい少年だった。いつも何かに怯えているようにも見えた。彼は現在、副会長である密の部屋にいる。密は柏木 克己の暗示下にあったとして、罪にとりあえずは問えないとされて学院に戻って来ていた。 

 梓も密かも一人で部屋に置けない……と三日月が主張しての結果だった。 



 そして……理事室に長与 秀一教諭が呼ばれた。三日月から依頼があった、彼を『暁の会』の対象にする為の面接だった。 

「お呼びでございますか」 

 本来は武と夕麿の為に整えられた部屋に、外部理事長の任にある清方が座っていた。 

「座りなさい」 

 秀一が座るのを待って清方は三日月の申請について説明した。 

「あなたの身元引受は久我 周が申し出ています。もちろん、このまま学院で教諭として働き、週末や長期休暇に外に出る…でも構いません。外に出て新しい生活をする事も可能です。教諭を続けたいならば、幾つか紹介も出来ます」 

 秀一は明らかに戸惑っていた。 

「あの…少し考えてから、返事をしてもよろしいでしょうか」 

「もちろんです。私も長い間、閉じ込められていた人間なので、あなたの戸惑いや不安はわかります。結論が出ましたら、こちらに連絡を」 

 秀一は清方が差し出した名刺を手に理事室を辞した。すぐに携帯を出して、三日月にメールをした。 

『今夜、お会いしたい』 と。 

 すぐに時間を指定する返信が来た。 



 夜…秀一はいつものように、三日月の部屋に訪れた。 

「どうしました?」 

「今日、護院 清方さまがいらっしゃいました」 

「ああ、来てくださったのですね」 

 三日月はソファに座り、秀一はフローリングに正座している。穏やかな笑みを浮かべる三日月の膝に、縋るようにして心に浮かんだ言葉を口にした。 

「三日月さま…私をお捨てになられるのですか?それならば私は外へ出るよりも、死ねとご命じください」 

 最初は三日月に薬を盛られ、半ば陵辱されるように抱かれた。酷い生徒だと思った。

 だが知ってしまったのだ、三日月が抱えている孤独を。サディスティックな性癖は本人が望んだものではない。苦しみながら抗えない衝動に身を焦がしていた。恋愛の対象が実の兄である事も、三日月を責め苛んでいた。

 彼を救いたい。

 彼を癒やしたい。

 酷い仕打ちを受け脅迫されて続けていた関係が、秀一の中で愛情へと変化したのはいつだったのだろう。

「私は早期入学を導入した大学へ進みます。従ってここにいるのは、あと半年足らずです」

 三日月の言葉に秀一は頷いた。

「あなたを残して出て行きたくないのです」

「三日月さま…でも、でもあなたは朔耶さまを」

「兄は周先生と幸せに暮らしています。今はもう、それで良かったと思うのです」

 自分の目の前から朔耶を奪って行った周を、憎めれば苦しまなかった。だが周が朔耶を本当に大切にしているのを見て、ゆっくりと憎しみが消えた。周もまた、叶わぬ想いに涙した事があったと、清方に聞かされたからかもしれない。けれども紫霄を出て、一人で生きていく勇気はなかった。

「私にも…一緒に生きてくださる人が欲しい。そう思った時、真っ先に浮かんだのがあなたの顔でした。 

 長与先生、あなたが一番に私を理解してくださいました。私はあなたを酷い方法で言いなりにしたのに…… 

 私と共に生きてくださいませんか。あなたとならば私は、本物の愛を育んでいけると思うのです。私にあなたの人生をください」 

 決して熱く胸を焦がす恋ではない。でも三日月にとって、一番側にいて欲しいのは秀一だった。 

「私で…私のような者でよろしいのですか」 

「あなたでなければ誰がいると言うのです」 

 真っ直ぐな三日月の瞳には、嘘や偽りの光はなかった。 

「私で…私のようなものでよろしければ。あなたさまのお側に置いてください」 

 三日月の手を握り締めて、秀一は身を震わせて泣き出した。この気持ちが通じる日が来るとは想像した事はなかった。彼の孤独な眼差しは、いつも兄 朔耶に向けられていたのだから。 

 ただただ、彼の心が少しでも癒されるように。その為ならば自分の立場は、性奴でも下僕でもペットでも良かった。三日月は秀一のそんな献身に、気付かないふりをして来た。その方が互いの幸せだと思っていた。 

 けれどもいつの間にか三日月は、彼が必要になっている事に気付いたのだ。だからこそ、雫に願ったのだ。 

「学院には申し出て、許可をいただいています。先生はこの部屋で私の卒業まで、一緒に暮らしていただきます」 

「はい」 

 秀一の瞳が歓びに輝いた。 

「その前にスクールリングを交換しましょう」 

 既に学生でなくなって、数年。紫霄の教諭たちは何故か、スクールリングを着け続けている者が多い。まるで学院に閉じ込められる呪縛であるかのように。




 一方、特別室に帰って来た薫と葵は、御園生の賑やかさを思い出して寂しく感じていた。しかも、葵の体調が未だに回復していない。極端に食欲が低下し、一人になるのを極度に嫌がる。夜はうなされて飛び起き、再び眠るのを恐れた。清方がカウンセリングに通っているが、大学に出席出来ないでいる。

 心配した薫が許可を取り、葵を特待生の授業や生徒会へ一緒に連れて行動した。夜は処方された精神安定剤で眠るには眠るが、今度は食欲がもっと低下する。

 ゲージに閉じ込められた状態で、腐敗していく死体と過ごした数日。葵が証言した那波が落とした携帯を、布団のシーツを引き裂いて作った紐で手繰り寄せた話。死体と過ごす恐怖と戦いながら、葵は懸命に助けを求める為の努力をしたのだ。誘拐されてから、飲食は一度もしていなかった。

 一度、那波はベッドから起き出した。寒いらしく、エアコンを操作して温度を上げた。床暖房が入っていた為、十分に室温は高かったにも関わらず。

 シャツとスラックスになっても、汗がじんわりと浮かび上がった。脱水症状の苦しみと戦いながら葵は携帯を手にした。だから雫が出た電話に、救いを求める言葉しか紡げなかった。雫の声を聞きながら、意識が遠くなったのが最後の記憶だった。

 怖かった。一人になると、閉じ込められた恐怖が戻って来た。大学に行く為には車に乗らなければならない。紫霄に戻って来た時のように、多人数ならば何ともなかった。だが大学へ行く為には、自分と警護警官と運転手しかいない。

 あの時と同じになってしまう……考えただけで怖かった。呼吸が苦しくなる程の恐怖が湧いて来た。薬も処方されてはいるが恐怖はすぐに葵の心を満たした。薫が寄り添ってくれるだけが、今は救いであり安らぎだった。

 けれど薫は守るべき存在であるという想いが葵を悩ませる。武と1歳しか違わず、元々皇家の血が身に流れる夕麿と葵の感覚の違いはそこにあった。しかも薫はどちらかというと、受動的な性格である。武のように突然、飼い猫が虎になるような部分はない。どこまでも子犬なのだ。だから不安げな顔で、薫は葵の側にいる事しか出来なかった。 

 薫は薫なりにやつれて行く葵が心配だった。夜中にうなされ、悲鳴を上げる葵。食事もほとんど喉を通っていない。清方にも周にもいろいろ相談するが、時間が必要だとしか言わない。困り果て、悩んだ挙げ句に薫は、武に電話をかけた。 

〔薫、どうした?〕

「葵の事で…」 

〔わかった。状態は一応聞いている〕 

 武の言葉にホッとして、涙が溢れて来た。 

「葵を…助けて…あげたいの…」 

〔そうだな。それはお前にしか出来ない事だと思う〕

 電話の向こう側の武は、少し沈んだ声になった。夕麿も事件に巻き込まれて、ひどいPTSDに苦しんだ話は聞いている。 

「武兄さまは…どうしたの?」 

〔俺は……〕 

 武が言いよどむ。10年前の事を思い出していた。 

 夕麿を抱く。その想いに武が至ったのは皮肉な事に、慈園院 司と星合 清治に凌辱されかけた記憶からだった。あれは夕麿の心を動かす為だったとわかっても、味わった恐怖や絶望が消えた訳ではなかった。何よりも夕麿に見られた事は、武の様々な想いを打ち砕いた。 

 だからあの時、自分の存在を消してしまおうとした。心を満たした絶望より、カッターナイフのもたらすだろう痛みの方が、あの時の武には救いに感じられたのだ。けれど夕麿は武を抱き締めてくれた。薬が与える懊悩を穢らわしいと泣く武を、大丈夫だと囁き続けてくれた。武が意識を失うまで。その後に夕麿に背を向けられた期間があったけれど、それでも何とか立っていられた。 

 あの時の自分の気持ちを見て…多々良に凌辱された夕麿の気持ちを考えたのだ。きっと夕麿は自分から離れようとする。うっかりその手を放したら、夕麿は生きるのを止めてしまう。だから武は今度は自分が夕麿を抱き締める事を選んだのだ。もとよりそんな経験は一切なかった。知っているのは夕麿が自分をどのように抱くのかだけ。拙い自分の行為では夕麿は救えないかもしれない。その時は一緒に死のうと覚悟しての行為だった。 

〔俺や夕麿の時とは違う。だが葵は今、お前に縋りたい筈だ。 

 薫、覚悟が出来るか?自分から行動して、葵の為に今までと違う事をするのを〕

 武の声はどこか痛々しい響きを持っていた。そこに彼らの10年の想いや苦悩が、全て入っている気がした。 

 二人は嘆き悲しみ苦しんだ日々があった。周囲を巻き込んでしまう恐怖。互いを求めながら、自らの状態ゆえに苦しむ。それは薫にも葵にもわからない事だった。武にすれば薫と葵には、そんな想いはさせたくはなかったのだ。

〔今回の事は…俺のミスだ。俺が使う車は不在中は誰にも使用させないように、命じておくべきだった〕

「だ・か・ら!兄さまの責任じゃないって言ってるでしょう?私はそんな事を聞きたくないの!」

〔あ…そうだったな〕

 薫のそういう部分を羨ましいと思う。

〔薫、葵を抱け〕

「え?」

〔いつもはお前が抱かれる、そうだな?〕

「うん」

〔それをお前がやるんだ〕

「うそ…そんな事出来ないよ」

 薫はいつも周囲に対して受け身だ。逆をやれと言われても元々そういう思考が出来ない。

〔葵は今、お前には触れられる状態ではない筈だ。だが触れ合う事で癒される心もある。俺は少なくとも、夕麿を死なせずにすんだ〕

「私に…出来る?」

〔俺だってお前と大差なかったぞ?〕

 電話の向こうで武が笑う声にホッとする。

〔抱かれてるんだから大体はわかるだろう?『カーマスートラ』も見たんだよな?〕

「見た…けど…」

 思い出して頬が熱くなる。

〔恥ずかしがっている場合か〕

 また笑い声が響いて来た。

「武兄さまの意地悪」

〔悪い悪い。失敗を覚悟でやってみろ。葵がお前の気持ちを理解するなら、必ず導いてくれるさ〕

「…葵、嫌がらないかな?」

〔多分、大丈夫だと思うけど?義勝兄さんと雅久兄さんに逆転しろとは、さすがに俺も言わないけどな〕

「え~!?」

 電話の向こうで武が大笑いをしている。結婚式の御披露目の時にも、緊張している薫を笑わせてくれた。それが武の優しさだとわかる。優しさを得る為に武は何を犠牲にして来たのだろう。

「わかった。頑張ってみる」

〔ああ、大丈夫だ。お前たちなら分かり合える。お前ならきっと葵を癒してやれる。自分を信じろ、薫〕

「うん。ありがとうございます、武兄さま」

〔兄として当然の事だ、気にするな。

 じゃあな〕

「うん、忙しいところをありがとうございます」

 通話を切ってみると何だか胸のモヤモヤが少し晴れた気がしたが、今度はドキドキが止まらなくなってしまった。


 その夜……二人はいつものように入浴し、いつものようにベッドへ入った。

 帰寮してからずっと葵は、薬を飲んで眠ってしまう。肌を重ねるどころか、抱き合って眠る事すらなかった。だから薫は彼が入浴している間に、服用している安定剤や眠剤を隠してしまった。

 傍らで葵が戸惑った声を上げる。薬をどこかに置き忘れたと思ったのか、ベッドから出て行こうとする。

「ダメ!」

 葵の手を掴んでベッドに引き戻した。

「薫…?」

 組み敷かれてもっと戸惑う。薫は勇気を出して、葵のパジャマのボタンを外し始めた。

「あの…薫…私はその…今は…」

「葵は黙って、そのまま寝てて。私がするのだから!」

 抱かれる時とは違う羞恥心と不安を振り払うように叫んだ。剥き出しになった葵の胸はすっかり痩せていた。けれども透けるような白い肌はとても美しかった。手で壊れ物に触れるように白い肌を撫で回す。

「葵…好き…大好き…」

 不安げな表情が薫をも不安にする。

「葵…いや?私に触られたくない?」

 嫌だと言われたらどうして良いのかわからない。泣き出したいのを我慢する。

「薫…そんな顔をしないでください」

 手を伸ばして頬に触れると、零れ落ちた涙で指先が濡れた。

「葵、葵、愛してる。お願い、私を嫌わないで」

 自分が苦しむのを見て薫も苦しんでいたのだと葵はやっと気付いた。

「どうしてあなたを嫌いになれるでしょう、我が君。誘拐されたのがあなたでなくて良かったと、私は本当に思うのです」

「葵…」

「続けてくださいませ」

「うん」

 ああ、そうだった。あのゲージの中で一人目覚めた時、薫が一緒でなくて良かったと思ったのだ。彼でなく自分で良かったと。PTSDの与える苦痛や恐怖に、大切な事を忘れていた。

 薫の唇が白くて細い首を移動する。

「ああ…薫、そこ、もっと強く…」

 それに応えるようにチリリッと痛みが走った。薫の指が躊躇いながら桜色の乳首に触れる。最初はそっと。次は大胆にギュッと。

「ンあ…」

 嬌声に勇気を与えられた薫は、反対側を口に含んだ。舌先でペロリと舐めてみる。

「ああ…薫、吸って…」

 吸ってみると不思議な甘さが口に広がった。男にはどうしても母乳は出ない。ごく稀に乳癌になる男性がいる。だから乳腺がないわけではないが…それでも不思議だった。夢中になって吸って味わっていると、もどかしくなった葵が脚を絡ませて来た。

「葵?」

「そこばかり…もう許して…」

「あ…ごめんなさい」

 欲望に張り詰めたモノは、耐え切れずに蜜液を垂らしていた。いつもは自分の中に挿れられているモノを、しみじみと見てしまう。

「薫…お願いです。どうか無理はしないで」

 ジッと見詰めたまま動かない薫。やはり無理なのではないかと心配して、思わず声を掛けてしまった。半分身を起こした葵に笑みを向けた後、薫は徐に欲望のカタチを示しているモノを根元から舐め上げた。

「ひッ…あぁ…あン…」

 突然の刺激に天を仰いで、悲鳴のような嬌声を上げた。

「ダメ…やめて…」

 葵は今まで一度も、薫にこういった行為を求めた事がない。いくら互いに呼び捨てする仲になっても、薫は尊い皇家の人間なのだ。徹底した教育を受けている葵にとって有り得ない行為だった。

 武と夕麿の場合は、武の身分が未だ知られない内だった。夕麿の方が身分が高い状態だったのだ。だから最初抱く側のみだった夕麿が、武に口淫を求めるのに違和感はなかった。そこが薫と葵は違ったのだ。

 葵はただ薫を慈しんで抱いた。薫は受け入れるだけだった。それ以外が存在するとは思っていなかった。

「どうして?」

「あなたは…そんな事をしては…」

「葵、それ私の身分がどうのって事?怒るよ?」

 そう言いながら葵のモノを持ち上げて口に含んだ。

「ダメ…ああ…そんな…許して…」

「誰に許して欲しいわけ?」

 口を放して言って再び含んだ。

「あぁはあ…薫…」

 諦めたように再び身を横たえた葵は、素直に与えられる感覚に身を委ねた。

「ン…あン…ああ…そこ…」

 薫は反応を見ながら自分がいつも、されているのを思い出してなぞらえた。

「ああッ…薫…も…放して…あッ…」

 イきそうになって懸命に、薫を引き離そうとする。口腔に吐精はしたくない。だが薫は押しのけようとする葵の手を強い力で引き剥がした。

「薫! ダメ…ああ…お願い…あッ…あぁああッ!」

 ドクドクと止める事も出来ずに、薫の口腔に欲情を吐き出してしまう。薫は戸惑う様子も見せずに喉を鳴らして飲み込んだ。

「不味~い!」

 顔を上げた薫の口から、一番に発せられた言葉がこれだった。どうしよう…と思っていた葵が吹き出した。

「だから止めたでしょう?」

「だって…ねぇ、葵。いつも私のを飲むけど、平気なの?」

「平気ですよ?愛しいあなたのものですから」

 優しく微笑んで答える葵に、薫は尊敬すら覚えてしまう。誰かを好きになり大切に守りたい。そんな感情を教えてくれたのは、葵だった。優しくて綺麗で、たくさんの大切な事を教えてもらった。

「葵、大好き」

 そう言って手に潤滑用のジェルを乗せた。

「ああ…」

 葵の口から小さく声が漏れた。両手で顔を覆ってしまう。

 蕾をしばらく撫で回してから、薫は意を決して指を中へ挿れた。

「ン…」

 異物感に葵の腰が逃げる。追い掛けるようにしてもっと深く挿れた。

「葵の中…柔らかくて、熱い」

 その言葉に顔を覆ったまま首を振る。羞恥に声も出ない。

 薫も必死だった。指を増やして中を探す。感じる場所があるのはわかっていたから。

 中をかき回される感覚に葵は必死に耐えた。抗う声をあげれば、薫は拒絶されたと感じるだろう。

 彼が何をしているのかはわかっている。知識だけは持っていた自分でも、最初は見付けるのに時間が掛かった。何度か触れる行為を繰り返して、ようやくその場所がわかったのだ。

 恋愛の感情も閨事も存在すら知らずに育った薫が今、懸命に自分の出来る事を信じているのだ。耐えなくでどうする。

「葵…葵…気持ち悪い?ごめんなさい、待ってね」

 異物感に慣れて快感に変わるまで、不快感しか感じないのは薫にもわかっている。だから見付けたい。葵を感じさせたい。

 ………どれくらい時間が過ぎたのか。長かったのか…さほどでもなかったのか。

「あッ!そこッ!ああッ!」

 葵が突然叫んで大きく仰け反った。

「ここ?」

 指を曲げてもう一度、その部分に触れて確認する。

「ひィッ!ああッ!」

 ガクガクと震える身体に、薫が嬉しそうに微笑んだ。

「薫…も…お願いです…来て…」

 息も絶え絶えの葵に懇願されて薫は頷いた。葵の両脚を折り曲げた。

「痛かったら、ごめんなさい」

 その言葉と共に葵を貫いた。

「ひァアアアッ!」

 両手で枕を握り締めて、悲鳴をあげながら大きく仰け反った。灼熱の楔に身体が戦慄く。

「葵、葵、大丈夫」

「大…丈夫…です」

 その言葉と一緒に、瞳から涙が零れ落ちた。

「葵?ごめんなさい、痛いよね?」

「違うんです…薫」

「え?」

「嬉しくて…あなたに、抱いていただけるのが…嬉しいのです、薫」

「葵…」

 次々と溢れて零れ落ちる涙と共に、恐怖も苦しみも不安も自分の中から消えていく気がした。簡単にPTSDが消えてはしまわない。わかっていても薫の熱は自分の中も心も満たしていく。

「薫…薫…動いてください。もっと、もっと…あなたを感じさせて…」

 両腕を伸ばして薫の首に絡める。

「うん」

 不安と喜びが混じったような笑みが薫の顔に浮かんだ。

「あなたが時間をかけてくださったから、余り痛みはありません」

「うん」

 それでも薫は恐る恐るといった感じで、葵の顔を見ながらゆっくりと動き始めた。角度を変えて感じる場所を探しながら。

「ぁッ…ああ…ぅン…」

「葵…葵…」

 初めての行為に引きずられそうになる。

「あッ!」

 一際高い嬌声と同時に体内が収縮する。薫は思わず息を詰まらせた。

「………あ…ここ?」

 ふと我に返って問い返す。頬を紅潮させた葵が頷く。

「薫、愛してます」

「葵…私も愛してる」

 唇を重ね合いながら、薫は再び動き出した。

「ン…あッ…ひィッ…ああッ…」

「葵…葵…中…凄い…気持ち…イイ…」

「ダメ…も…イく…薫…イかせて…一緒に…あなたも…」

「うん…イって…私も…もう…ダメ…」

「薫…薫…イく…ああああぁッ!」

「葵!」

 引きずられるように、葵に続けて薫も吐精した。乱れた息で笑みを交わす。

「葵、大丈夫?」

「薫…そればっかり。私がした時、そんなに辛かったのですか?」

 葵が少し拗ねたように言う。

「違うよ!私は…何も知らないから」

「私も知識だけでしたよ?」

 笑い声をあげる葵に、薫はホッと胸を撫で下ろした。

「ねぇ、薫。どうして私を抱いてくださったの?」

「え!?あの…武兄さまに相談したの」

「武さま!?」

 それで葵も納得した。武と夕麿の話は一応、清方から聞いていたからだ。

 傍らで眠ってしまった薫を見て、葵はスマートフォンを手にした。夕麿にメールを書く。今回の顛末を説明して、その為に武が辛い記憶を思い出してのではないかが心配だった。何が次の発作の引き金になるかわからない。それを心配して夕麿に謝罪した。

 返信はすぐに返って来た。

『お心遣いを感謝いたします。どうか武さまの事は私にお任せください。葵さん、あなたは今は自分の事を大切になさってください。薫さまのお為にもそれが一番であると私には思えます。

 PTSDはこちらが望まない形で姿を現します。私は回復するのに何年もの時間を必要としました。武さまのご愛情がなかったならば、私は恐らく今でも苦しみの中にいたでしょう。

 薫さまとの愛を大切になさってください。武さまも私も出来得る事は何でもさせていただきますが、一番はお二人が愛情を深めて行かれる事であると思います。

 どうか薫さまのお為に焦らずに治療を続けられますように』

 痛みを経験した夕麿だからこそ紡げる、思い遣りと愛情に満ちた内容だった。

 葵は感謝の返信をしたあと、メールをもう一度読み返して涙した。心の治療は一朝一夕では終わらない。清方にも告げられた事だった。でも、本当の意味で理解していなかったのかもしれない。

 薫を心配させないようにという想いが逆に、薫を苦しめていたのではないか。年上だから。些細な事で素直にもっと、薫に自分の感覚を伝えるべきであったのだと。受け止められないような幼さは、もう卒業しているのだと知ろうもしなかった薫は薫なりに懸命に、自分を助けようとしてくれていたのだ。そう想い至ると愛しさがこみ上げて来る。一途に直向きに自分に愛情を抱いてくれる姿に今更ながら感謝する。

 そして思い出したのは学院内で、誓いに使われている武と夕麿の相聞歌だった。あれは今、自分が感じているような気持ちで、詠まれたものではなかったのだろうかと。

 あれは10年前の桜の季節に詠まれたもの。二人は16歳と17歳。武は薫の年齢だったが…夕麿は今の自分よりも年下だった。痛ましい事件に巻き込まれ、その分、大人になるしかなかった彼を思う。

 強くならなければ。薫と共に歩いて行く為に、二人とも強くならなければいけない。武と夕麿が穏やかに生きて行けるようにする為にも、自分たちが強くなって二人に助力出来るようにならなければ。

 二人の為に。愛する薫の為に。そして何よりも自分自身の為に。

 強くなって生きる。与えられる道しか歩いて来れなかった葵が、本当の意味で自分の道を見出した瞬間であった。

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