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61.過去に愛した人
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先程の騒ぎで、店の前には案内係が待機していた。
「お待ちしておりました、フォンベルト侯爵令嬢様」
「ありがとう、無礼な者が現れてお騒がせしたわね。あなた、今のやり取りは見ていたかしら?」
案内係は、どう答えて良いものか視線が定まらず、
「はい、女性の声が聞こえたものですから、すぐに出てきました…」
「そう、それなら良かったわ。お願いがあるの。あなたが今、この場で見て聞いたことを詳細に記録しておいて欲しいの。あなたの字で、日付けも時間も記録しておいて欲しいわ。ご面倒お掛けしてごめんなさい。あとであなたに私から御礼を届けさせます」
案内係は、女性の争うような声だったので、それを見たことを咎められると思っていたが、そうではなかったことに安堵した。
しかし、高位貴族の、しかも聖人である侯爵令嬢に不思議なことをたのまれたが、もちろん断れるわけがない。
「かしこまりました。ご用命通り作成致します」
そして、そのままリチャードのいる個室に通された。ジュリも一緒だ。
前回同様、私をエスコートする訳でもなく、私が座るのをただ眺めている。
「ユリアナ、随分と遅かったな、王族の私を待たせるなんて、やはり君は聞いた通りだ。それに…その、護衛は外で待たせるんだ、二人きりが良い」
背後からまたジュリの殺気を感じたが、ジュリに目配せすると、あからさまにリチャードを睨みつけ、退室した。
「なっ、なんだあの護衛、不敬だぞ」
「殿下、失礼致しました」
私は気持ち頭を下げて、貼り付けた微笑みでリチャードを見た。
「殿下…?ユリアナ、なんだか最近雰囲気が変わったな?」
最近?あなたとはもう何ヶ月もまともにお会いしてませんけど?
「なぜ手紙を寄越さない?いつもなら孤児院や街に行くのに誘ってきただろ?」
「まあ、殿下。殿下はどこぞの令嬢ととても親密なご様子で、大変お忙しいかと存じましたので、私からはご遠慮させていただいておりました。それが何か?」
リチャードは面食らった顔を、今度はすぐに歪ませ、
「何か、だと?私と私の最愛を嫉妬して、散々嫌がらせをしているだろう!それでも今日はお前の誕生日だから、こうして会ってやってるんだぞ!」
こんな男に恋していたなんて…恥ずかしくなるわ。
「私の最愛…ですか。殿下、私たちは表向き婚約者同士です。その私に、堂々と不貞を宣言するとは、随分と覚悟が決まっておりますね?クスクス
しかし、嫌がらせというのは聞き逃がせません。殿下の最愛とは、シャルルアン·ゴルドー伯爵令嬢のことでございますか?」
リチャードは今度は顔を真っ赤にさせ、
「そ、そうだ!私たちは運命の出会いをしたんだ!お前なんか入る隙間もないくらい私たちは親密な関係なんだ」
「私は先ほど、初めてシャルルアン·ゴルドー伯爵令嬢にお会い致しました。彼女が無礼にも私に声を掛けて来たので、遅くなりましたが。
ご令嬢も私に、初めまして、と仰っていましたよ?その私が、どうして彼女に嫌がらせを?
しかも、嫉妬というのは、私が殿下をお慕いしていて初めて成立する感情です。
私は殿下を少しもお慕いしておりませんので、嫉妬はあり得ません。
それに…初めてお会いする彼女に、嫉妬で嫌がらせ…は、普通に考えればあり得ませんわよね?」
リチャードは赤くなっていた顔を、今度は赤黒くさせ巻くし立てた。
「ふ、ふざけるな!お前がシャルルに嫌がらせをしている証拠は揃っているんだぞ!それに、お前は俺のことが好きだろ!?嫉妬だよ、お前は嫉妬でシャルルに嫌がらせをしているんだ!」
恋をするって、相手の愚かなところを見ないようにして、自分の中で勝手に美しくしているのだわ。恋って恐ろしいわね。
そしてこの人は、運命の人という言葉に周りが見えなくなって、冷静さも無くしているわね。怖いわ。
「殿下、私たちは王命による政略的婚約です。そんな関係性のなか、殿下が伯爵令嬢に夢中になって、不貞行為をしている… 婚約中にそんな不義理をする男を愛せると思いますか?本当に?」
リチャードは赤くなった顔を段々と青くさせ、本来の表向きの冷静さを取り戻してきた。
「…私は第三王子だぞ?結婚までの間に自由にするくらい、なんの問題もない地位だ。そんな程度で私を愛せないなんて、婚約者としては失格だ」
まあ!願ったりだわ。もちろん婚約解消は死に戻った時点で前提だし。
それにしても、結婚まで自由に…って、婚約式でした誓約も覚えていないのかしら。
こんな男を本気で愛していたなんて…恥ずかしくて泣きそう。
「そうですか。そもそも王家からの打診を、こちらが受けたかたちの婚約です。私からも、侯爵家からも、殿下を望んだことは、ただの一度もございませんよ?」
「…なっ!お前…」
歪めた顔が白くなり、額には汗が浮いてきている。
ここにきてリチャードは、色々と考えを巡らせ始めた。
まさかユリアナが、私を少しも愛していないとは思ってもいなかった。
だとすれば、シャルルアンの言う嫉妬で嫌がらせを受けているという話も成立しないのか。
シャルルアンにのめり込み、何度も愛を交わした。
先の事は深く考えず、ユリアナを正妻にして働かせ、シャルルは愛妾にしようかくらいには、ぼんやり考えてはいたが、果たしてそんな事は可能なのか…?
「これを…誕生日の、贈り物だ」
私はその箱を見て、吹き出しそうになってしまった。前回とまったく同じ箱だったから。確か側近に買わせて、中は何か知らないと言ってたわね。
「まあ殿下、最愛との愛に忙しい中、私のためにわざわざありがとうございます」
私はその小箱をさっと奪うようにして取ると、リチャードに中が見えないように蓋を開けて、
「殿下、これが誕生日の贈り物なのですね…」
と、さも悲しそうな顔で呟いた。
「…?そうだが、私の選んだ物が気に入らないのか!?」
「いえ、そうではなく、これはどのように使えば良いのでしょうか?」
「……そ、それは、その、髪に飾っても良いだろ…?」
「髪に… わかりました。ありがとうございます」
馬鹿ね。万年筆をどう髪に飾るのかしら?あとで側近に聞いて冷や汗でもかけばいいわ。
「殿下、他にご用がなければ、私は失礼させていただいてよろしいですか?これから家族と、私の誕生日の晩餐の準備もありますので」
リチャードが僅かに目を見開く。
家族という言葉に反応しているのだろう。この男は私のお父様に嫌われるのを恐れているから。
それなのに、どうしてお父様が溺愛している私を蔑ろに出来るのかしら… 人生ってわからない事がたくさんね。
「お、お前が先に帰るのか!?その贈り物は、私からと侯爵に言っておけよ?」
「ええ、わかりました。殿下からの贈り物は、髪に付ける素敵なものだった、と伝えておきます。では失礼致します」
そう私が言った途端、個室の扉が開きジュリが入って来た。
そしてまた、リチャードを激しく睨みつけた。
リチャードがわかりやすく怯えているので、
「ジュリ、行きましょう?」
と、ジュリに手を出すと、ジュリはその恐ろしく怒りのままの表情を柔らかく変え、
「はい、お嬢様」
と言って、私の手を掴みエスコートしてくれた。
その場に残されたリチャードは、ユリアナが護衛に向けた微笑みを見た。
決して短くない期間、婚約者同士として過ごしてきた。
その間、ユリアナに落ち度は無かった。
学院では首席で、聖人として過酷な役割を担い、婚約者としても完璧だった。
すでに聖人という爵位を叙爵し、国王に並ぶ爵位であり、国から毎年少なくない額の金を生涯受け取ることができる。
結婚して私が王族から籍を抜いても、一生遊んで暮らせる程だ。
私は間違えたのか…まさかユリアナが私を愛していないなんて。
それに…ユリアナはあんな風に、はっきりと何かを言うような気質だったか…?
あの護衛に向ける穏やかな微笑み、あれはついこの前まで私に向けていたのに…!
リチャードは、己の行いが、愚かな行為だと薄々気が付いてはいたが、シャルルアンとの欲に溺れ、見ないふりをしていた。
それが今になって、とても危うく、到底許されることのない行いだったのではと思い始めていた。
「お待ちしておりました、フォンベルト侯爵令嬢様」
「ありがとう、無礼な者が現れてお騒がせしたわね。あなた、今のやり取りは見ていたかしら?」
案内係は、どう答えて良いものか視線が定まらず、
「はい、女性の声が聞こえたものですから、すぐに出てきました…」
「そう、それなら良かったわ。お願いがあるの。あなたが今、この場で見て聞いたことを詳細に記録しておいて欲しいの。あなたの字で、日付けも時間も記録しておいて欲しいわ。ご面倒お掛けしてごめんなさい。あとであなたに私から御礼を届けさせます」
案内係は、女性の争うような声だったので、それを見たことを咎められると思っていたが、そうではなかったことに安堵した。
しかし、高位貴族の、しかも聖人である侯爵令嬢に不思議なことをたのまれたが、もちろん断れるわけがない。
「かしこまりました。ご用命通り作成致します」
そして、そのままリチャードのいる個室に通された。ジュリも一緒だ。
前回同様、私をエスコートする訳でもなく、私が座るのをただ眺めている。
「ユリアナ、随分と遅かったな、王族の私を待たせるなんて、やはり君は聞いた通りだ。それに…その、護衛は外で待たせるんだ、二人きりが良い」
背後からまたジュリの殺気を感じたが、ジュリに目配せすると、あからさまにリチャードを睨みつけ、退室した。
「なっ、なんだあの護衛、不敬だぞ」
「殿下、失礼致しました」
私は気持ち頭を下げて、貼り付けた微笑みでリチャードを見た。
「殿下…?ユリアナ、なんだか最近雰囲気が変わったな?」
最近?あなたとはもう何ヶ月もまともにお会いしてませんけど?
「なぜ手紙を寄越さない?いつもなら孤児院や街に行くのに誘ってきただろ?」
「まあ、殿下。殿下はどこぞの令嬢ととても親密なご様子で、大変お忙しいかと存じましたので、私からはご遠慮させていただいておりました。それが何か?」
リチャードは面食らった顔を、今度はすぐに歪ませ、
「何か、だと?私と私の最愛を嫉妬して、散々嫌がらせをしているだろう!それでも今日はお前の誕生日だから、こうして会ってやってるんだぞ!」
こんな男に恋していたなんて…恥ずかしくなるわ。
「私の最愛…ですか。殿下、私たちは表向き婚約者同士です。その私に、堂々と不貞を宣言するとは、随分と覚悟が決まっておりますね?クスクス
しかし、嫌がらせというのは聞き逃がせません。殿下の最愛とは、シャルルアン·ゴルドー伯爵令嬢のことでございますか?」
リチャードは今度は顔を真っ赤にさせ、
「そ、そうだ!私たちは運命の出会いをしたんだ!お前なんか入る隙間もないくらい私たちは親密な関係なんだ」
「私は先ほど、初めてシャルルアン·ゴルドー伯爵令嬢にお会い致しました。彼女が無礼にも私に声を掛けて来たので、遅くなりましたが。
ご令嬢も私に、初めまして、と仰っていましたよ?その私が、どうして彼女に嫌がらせを?
しかも、嫉妬というのは、私が殿下をお慕いしていて初めて成立する感情です。
私は殿下を少しもお慕いしておりませんので、嫉妬はあり得ません。
それに…初めてお会いする彼女に、嫉妬で嫌がらせ…は、普通に考えればあり得ませんわよね?」
リチャードは赤くなっていた顔を、今度は赤黒くさせ巻くし立てた。
「ふ、ふざけるな!お前がシャルルに嫌がらせをしている証拠は揃っているんだぞ!それに、お前は俺のことが好きだろ!?嫉妬だよ、お前は嫉妬でシャルルに嫌がらせをしているんだ!」
恋をするって、相手の愚かなところを見ないようにして、自分の中で勝手に美しくしているのだわ。恋って恐ろしいわね。
そしてこの人は、運命の人という言葉に周りが見えなくなって、冷静さも無くしているわね。怖いわ。
「殿下、私たちは王命による政略的婚約です。そんな関係性のなか、殿下が伯爵令嬢に夢中になって、不貞行為をしている… 婚約中にそんな不義理をする男を愛せると思いますか?本当に?」
リチャードは赤くなった顔を段々と青くさせ、本来の表向きの冷静さを取り戻してきた。
「…私は第三王子だぞ?結婚までの間に自由にするくらい、なんの問題もない地位だ。そんな程度で私を愛せないなんて、婚約者としては失格だ」
まあ!願ったりだわ。もちろん婚約解消は死に戻った時点で前提だし。
それにしても、結婚まで自由に…って、婚約式でした誓約も覚えていないのかしら。
こんな男を本気で愛していたなんて…恥ずかしくて泣きそう。
「そうですか。そもそも王家からの打診を、こちらが受けたかたちの婚約です。私からも、侯爵家からも、殿下を望んだことは、ただの一度もございませんよ?」
「…なっ!お前…」
歪めた顔が白くなり、額には汗が浮いてきている。
ここにきてリチャードは、色々と考えを巡らせ始めた。
まさかユリアナが、私を少しも愛していないとは思ってもいなかった。
だとすれば、シャルルアンの言う嫉妬で嫌がらせを受けているという話も成立しないのか。
シャルルアンにのめり込み、何度も愛を交わした。
先の事は深く考えず、ユリアナを正妻にして働かせ、シャルルは愛妾にしようかくらいには、ぼんやり考えてはいたが、果たしてそんな事は可能なのか…?
「これを…誕生日の、贈り物だ」
私はその箱を見て、吹き出しそうになってしまった。前回とまったく同じ箱だったから。確か側近に買わせて、中は何か知らないと言ってたわね。
「まあ殿下、最愛との愛に忙しい中、私のためにわざわざありがとうございます」
私はその小箱をさっと奪うようにして取ると、リチャードに中が見えないように蓋を開けて、
「殿下、これが誕生日の贈り物なのですね…」
と、さも悲しそうな顔で呟いた。
「…?そうだが、私の選んだ物が気に入らないのか!?」
「いえ、そうではなく、これはどのように使えば良いのでしょうか?」
「……そ、それは、その、髪に飾っても良いだろ…?」
「髪に… わかりました。ありがとうございます」
馬鹿ね。万年筆をどう髪に飾るのかしら?あとで側近に聞いて冷や汗でもかけばいいわ。
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リチャードが僅かに目を見開く。
家族という言葉に反応しているのだろう。この男は私のお父様に嫌われるのを恐れているから。
それなのに、どうしてお父様が溺愛している私を蔑ろに出来るのかしら… 人生ってわからない事がたくさんね。
「お、お前が先に帰るのか!?その贈り物は、私からと侯爵に言っておけよ?」
「ええ、わかりました。殿下からの贈り物は、髪に付ける素敵なものだった、と伝えておきます。では失礼致します」
そう私が言った途端、個室の扉が開きジュリが入って来た。
そしてまた、リチャードを激しく睨みつけた。
リチャードがわかりやすく怯えているので、
「ジュリ、行きましょう?」
と、ジュリに手を出すと、ジュリはその恐ろしく怒りのままの表情を柔らかく変え、
「はい、お嬢様」
と言って、私の手を掴みエスコートしてくれた。
その場に残されたリチャードは、ユリアナが護衛に向けた微笑みを見た。
決して短くない期間、婚約者同士として過ごしてきた。
その間、ユリアナに落ち度は無かった。
学院では首席で、聖人として過酷な役割を担い、婚約者としても完璧だった。
すでに聖人という爵位を叙爵し、国王に並ぶ爵位であり、国から毎年少なくない額の金を生涯受け取ることができる。
結婚して私が王族から籍を抜いても、一生遊んで暮らせる程だ。
私は間違えたのか…まさかユリアナが私を愛していないなんて。
それに…ユリアナはあんな風に、はっきりと何かを言うような気質だったか…?
あの護衛に向ける穏やかな微笑み、あれはついこの前まで私に向けていたのに…!
リチャードは、己の行いが、愚かな行為だと薄々気が付いてはいたが、シャルルアンとの欲に溺れ、見ないふりをしていた。
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