貴方たちの悪意は倍にしてお返しします

翡翠と太陽

文字の大きさ
67 / 89

61.過去に愛した人

しおりを挟む
 先程の騒ぎで、店の前には案内係が待機していた。

 「お待ちしておりました、フォンベルト侯爵令嬢様」

 「ありがとう、無礼な者が現れてお騒がせしたわね。あなた、今のやり取りは見ていたかしら?」

 案内係は、どう答えて良いものか視線が定まらず、

 「はい、女性の声が聞こえたものですから、すぐに出てきました…」

 「そう、それなら良かったわ。お願いがあるの。あなたが今、この場で見て聞いたことを詳細に記録しておいて欲しいの。あなたの字で、日付けも時間も記録しておいて欲しいわ。ご面倒お掛けしてごめんなさい。あとであなたに私から御礼を届けさせます」

 案内係は、女性の争うような声だったので、それを見たことを咎められると思っていたが、そうではなかったことに安堵した。

 しかし、高位貴族の、しかも聖人である侯爵令嬢に不思議なことをたのまれたが、もちろん断れるわけがない。

 「かしこまりました。ご用命通り作成致します」

 そして、そのままリチャードのいる個室に通された。ジュリも一緒だ。
 前回同様、私をエスコートする訳でもなく、私が座るのをただ眺めている。

 「ユリアナ、随分と遅かったな、王族の私を待たせるなんて、やはり君は聞いた通りだ。それに…その、護衛は外で待たせるんだ、二人きりが良い」

 背後からまたジュリの殺気を感じたが、ジュリに目配せすると、あからさまにリチャードを睨みつけ、退室した。

 「なっ、なんだあの護衛、不敬だぞ」

 「殿下、失礼致しました」

 私は気持ち頭を下げて、貼り付けた微笑みでリチャードを見た。

 「殿下…?ユリアナ、なんだか最近雰囲気が変わったな?」

 最近?あなたとはもう何ヶ月もまともにお会いしてませんけど?

 「なぜ手紙を寄越さない?いつもなら孤児院や街に行くのに誘ってきただろ?」

 「まあ、殿下。殿下はどこぞの令嬢ととても親密なご様子で、大変お忙しいかと存じましたので、私からはご遠慮させていただいておりました。それが何か?」

 リチャードは面食らった顔を、今度はすぐに歪ませ、

 「何か、だと?私と私の最愛を嫉妬して、散々嫌がらせをしているだろう!それでも今日はお前の誕生日だから、こうして会ってやってるんだぞ!」

 こんな男に恋していたなんて…恥ずかしくなるわ。

 「私の最愛…ですか。殿下、私たちは表向き婚約者同士です。その私に、堂々と不貞を宣言するとは、随分と覚悟が決まっておりますね?クスクス 
 しかし、嫌がらせというのは聞き逃がせません。殿下の最愛とは、シャルルアン·ゴルドー伯爵令嬢のことでございますか?」

 リチャードは今度は顔を真っ赤にさせ、

 「そ、そうだ!私たちは運命の出会いをしたんだ!お前なんか入る隙間もないくらい私たちは親密な関係なんだ」

 「私は先ほど、初めてシャルルアン·ゴルドー伯爵令嬢にお会い致しました。彼女が無礼にも私に声を掛けて来たので、遅くなりましたが。
 ご令嬢も私に、初めまして、と仰っていましたよ?その私が、どうして彼女に嫌がらせを?
 しかも、嫉妬というのは、私が殿下をお慕いしていて初めて成立する感情です。
 私は殿下を少しもお慕いしておりませんので、嫉妬はあり得ません。
 それに…初めてお会いする彼女に、嫉妬で嫌がらせ…は、普通に考えればあり得ませんわよね?」

 リチャードは赤くなっていた顔を、今度は赤黒くさせ巻くし立てた。

 「ふ、ふざけるな!お前がシャルルに嫌がらせをしている証拠は揃っているんだぞ!それに、お前は俺のことが好きだろ!?嫉妬だよ、お前は嫉妬でシャルルに嫌がらせをしているんだ!」

 恋をするって、相手の愚かなところを見ないようにして、自分の中で勝手に美しくしているのだわ。恋って恐ろしいわね。

 そしてこの人は、運命の人という言葉に周りが見えなくなって、冷静さも無くしているわね。怖いわ。

 「殿下、私たちは王命による政略的婚約です。そんな関係性のなか、殿下が伯爵令嬢に夢中になって、不貞行為をしている… 婚約中にそんな不義理をする男を愛せると思いますか?本当に?」
 
 リチャードは赤くなった顔を段々と青くさせ、本来の表向きの冷静さを取り戻してきた。

 「…私は第三王子だぞ?結婚までの間に自由にするくらい、なんの問題もない地位だ。そんな程度で私を愛せないなんて、婚約者としては失格だ」

 まあ!願ったりだわ。もちろん婚約解消は死に戻った時点で前提だし。
 それにしても、結婚まで自由に…って、婚約式でした誓約も覚えていないのかしら。
 こんな男を本気で愛していたなんて…恥ずかしくて泣きそう。

 「そうですか。そもそも王家からの打診を、こちらが受けたかたちの婚約です。私からも、侯爵家からも、殿下を望んだことは、ただの一度もございませんよ?」

 「…なっ!お前…」

  歪めた顔が白くなり、額には汗が浮いてきている。

 ここにきてリチャードは、色々と考えを巡らせ始めた。

 まさかユリアナが、私を少しも愛していないとは思ってもいなかった。
 だとすれば、シャルルアンの言う嫉妬で嫌がらせを受けているという話も成立しないのか。

 シャルルアンにのめり込み、何度も愛を交わした。
 先の事は深く考えず、ユリアナを正妻にして働かせ、シャルルは愛妾にしようかくらいには、ぼんやり考えてはいたが、果たしてそんな事は可能なのか…?


 「これを…誕生日の、贈り物だ」

 私はその箱を見て、吹き出しそうになってしまった。前回とまったく同じ箱だったから。確か側近に買わせて、中は何か知らないと言ってたわね。

 「まあ殿下、最愛との愛に忙しい中、私のためにわざわざありがとうございます」

 私はその小箱をさっと奪うようにして取ると、リチャードに中が見えないように蓋を開けて、

 「殿下、これが誕生日の贈り物なのですね…」

 と、さも悲しそうな顔で呟いた。

 「…?そうだが、私の選んだ物が気に入らないのか!?」

 「いえ、そうではなく、これはどのように使えば良いのでしょうか?」

 「……そ、それは、その、髪に飾っても良いだろ…?」

 「髪に… わかりました。ありがとうございます」

 馬鹿ね。万年筆をどう髪に飾るのかしら?あとで側近に聞いて冷や汗でもかけばいいわ。

 「殿下、他にご用がなければ、私は失礼させていただいてよろしいですか?これから家族と、私の誕生日の晩餐の準備もありますので」

 リチャードが僅かに目を見開く。
 家族という言葉に反応しているのだろう。この男は私のお父様に嫌われるのを恐れているから。

 それなのに、どうしてお父様が溺愛している私を蔑ろに出来るのかしら… 人生ってわからない事がたくさんね。

 「お、お前が先に帰るのか!?その贈り物は、私からと侯爵に言っておけよ?」

 「ええ、わかりました。殿下からの贈り物は、髪に付ける素敵なものだった、と伝えておきます。では失礼致します」

 そう私が言った途端、個室の扉が開きジュリが入って来た。
 そしてまた、リチャードを激しく睨みつけた。

 リチャードがわかりやすく怯えているので、

 「ジュリ、行きましょう?」

と、ジュリに手を出すと、ジュリはその恐ろしく怒りのままの表情を柔らかく変え、

 「はい、お嬢様」
と言って、私の手を掴みエスコートしてくれた。


 その場に残されたリチャードは、ユリアナが護衛に向けた微笑みを見た。

 決して短くない期間、婚約者同士として過ごしてきた。
 その間、ユリアナに落ち度は無かった。
 学院では首席で、聖人として過酷な役割を担い、婚約者としても完璧だった。

 すでに聖人という爵位を叙爵し、国王に並ぶ爵位であり、国から毎年少なくない額の金を生涯受け取ることができる。
 結婚して私が王族から籍を抜いても、一生遊んで暮らせる程だ。

 私は間違えたのか…まさかユリアナが私を愛していないなんて。
 それに…ユリアナはあんな風に、はっきりと何かを言うような気質だったか…?

 あの護衛に向ける穏やかな微笑み、あれはついこの前まで私に向けていたのに…!

 リチャードは、己の行いが、愚かな行為だと薄々気が付いてはいたが、シャルルアンとの欲に溺れ、見ないふりをしていた。

 それが今になって、とても危うく、到底許されることのない行いだったのではと思い始めていた。



しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです

鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。 理由は―― 「王太子妃には華が必要だから」。 新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。 誰もが思った。 傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。 けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。 「戻りません」 彼女は怒らない。 争わない。 復讐もしない。 ただ――王家を支えるのをやめただけ。 流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。 さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。 強いざまあとは、叫ぶことではない。 自らの選択で、自らの立場を削らせること。 そして彼女は最後まで戻らない。 支えない。 奪わない。 ――選ばれなかったのではない。 彼女が、選ばなかったのだ。 これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。

山田 バルス
恋愛
 結婚三年目の春、エマは伯爵家の夫アンドレオから突然、側室を迎える話を告げられる。子をなせなかったことを理由に、彼女は僅かな補償のみで離縁された。妻として過ごした三年間は「無価値だった」と突きつけられ、エマは貴族社会から静かに切り捨てられる。  また実家の父母の墓参りに行くと、当主になっていた兄に離縁金を奪われてしまう。  大ピンチのエマには、秘密があった。なんと彼女は幼少期に前世の記憶を思い出していたのだ。  かつて観光地で石を磨き、アクセサリーを作り、人に喜ばれる仕事をしていた人生。何も持たない今だからこそ、もう一度「自分の手で生きる」ことを選び、あの人が住む商業国家スペイラ帝国へ向かう決意をする。  国境への道中、盗賊に襲われるが、護衛兵ロドリゲスの活躍で難を逃れる。彼の誠実な態度に、エマは「守られる価値のある存在」として扱われたことに胸を打たれた。  スペイラ帝国では身分に縛られず働ける。エマは前世の技術を活かし、石を磨いてアクセサリーを作る小さな露店を始める。石に意味を込めた腕輪やペンダントは人々の心を掴み、体験教室も開かれるようになる。伯爵夫人だった頃よりも、今の方がずっと「生きている」と実感していた。  ある朝、ロドリゲスが市場を訪れ、エマの作ったタイガーアイの腕輪を購入する。ところがその夜、彼は驚いた様子で戻り、腕輪が力を一・五倍に高める魔道具だと判明したと告げる。エマ自身は無意識だったが、彼女の作るアクセサリーには確かな力が宿っていた。  後日二人は食事に出かけ、エマは自分が貴族の妻として離縁された過去を打ち明ける。ロドリゲスは強く憤り、「最悪な貴族だ」と彼女と一緒になって怒ってくれた。その気持ちが、エマにとって何よりの救いだった。彼は次に防御力を高める腕輪を依頼し、冒険者ギルドで正式な鑑定を受けるよう勧める。  翌日、冒険者ギルドで鑑定を行った結果、エマの腕輪は高い防御効果を持つことが判明。さらに彼女自身を鑑定すると、なんと「付与特化型聖女」であることが明らかになる。聖女が付与した魔道具は現実の力として強く発現するのだ。  価値がないと切り捨てられた人生は、ここでは確かな力となった。スペイラ帝国で、聖女エマの新しい人生が、静かに、そして輝かしく始まる。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

【完結】最愛から2番目の恋

Mimi
恋愛
 カリスレキアの第2王女ガートルードは、相手有責で婚約を破棄した。  彼女は醜女として有名であったが、それを厭う婚約者のクロスティア王国第1王子ユーシスに男娼を送り込まれて、ハニートラップを仕掛けられたのだった。  以前から婚約者の気持ちを知っていたガートルードが傷付く事は無かったが、周囲は彼女に気を遣う。  そんな折り、中央大陸で唯一の獣人の国、アストリッツァ国から婚姻の打診が届く。  王太子クラシオンとの、婚約ではなく一気に婚姻とは……  彼には最愛の番が居るのだが、その女性の身分が低いために正妃には出来ないらしい。  その事情から、醜女のガートルードをお飾りの妃にするつもりだと激怒する両親や兄姉を諌めて、クラシオンとの婚姻を決めたガートルードだった……  ※ 『きみは、俺のただひとり~神様からのギフト』の番外編となります  ヒロインは本編では名前も出ない『カリスレキアの王女』と呼ばれるだけの設定のみで、本人は登場しておりません  ですが、本編終了後の話ですので、そちらの登場人物達の顔出しネタバレが有ります  

処理中です...