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67.元伯爵家当主
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「ああ、お前か。顔を見て思い出したぞ。言われてみたらいたかもな、学院時代に、お前のような奴が。同級だったとはな?ハハハハ!忘れていたことを謝るよ?」
目の前のソファーにドカッと座り、足をゆっくり組んだベンジャミン·フォンベルト侯爵は、目の前の縛られている男を見ると、その男の目を逸らすことなく優雅にお茶を飲んだ。
ゴルドー伯爵夫妻は、伯爵邸に突然訪れた第二王子ライナルト殿下に、呆気なく捕縛された。
そのまま王宮に連行されると、真っ直ぐ応接室に誘導され、そこにあった椅子と共に縛られた。
自分のこれからの運命は、薄々想像はついた。恐らく斬首による処刑だろう。
あの侍女に闇魔術を使うことを指示し、フォンベルト侯爵とその娘に地獄の苦痛を味合わせたかった。
闇魔術の本を拾ってきた従業員の男は、とっくに始末した。
口封じ出来たと思っていたら、あの野郎、酒場でペラペラと喋っていたとは…!
ユリアナに闇魔術を掛けたところまでは上手くいったのに、あの侍女め、裏切りやがったのか。
「ゴルドー、随分と恐ろしいことをしてくれたな?私の愛する娘に」
ベンジャミン·フォンベルトは穏やかな微笑みを浮かべていた。このベンジャミンの微笑みが殊更に恐ろしかった。
学院時代から、飄々として何を考えているのか分からない男だった。
誰とでも適度に距離を置いて、特定の者とだけ親しくすることもなく、揉め事を起こすこともなかった。
「いや、ベンジャミン、その久しぶりだな。あれは私の指示ではない。あの侍女が、勝手にやったことだ。私が、そんな恐ろしいことをするわけがない」
ゴルドーのこめかみに冷たい汗が流れる。
「何か勘違いしていないか?誰がお前に私の名を呼んで良いと許可した?お前は私の友人でもなければ、同僚でもない。さっきまで、顔も忘れていた、たまたま同級生だっただけの男だ。ああ、同級生だけではないな、罪人の、というのも付け加えないとな?ハハハ!」
心臓が感じたことのない拍動を繰り返し、呼吸も意識しないとできないような息苦しさを感じる。
「す、すまない。フォンベルト…侯爵、私は誓ってあなたを害するようなことはしていない…!」
フォンベルト侯爵は、ふんっと鼻で笑うと、
「ゴルドー、お前が私や私の愛する娘に何をしたか、何をしようとしたか、それを今ここで弁明する必要はない。お前の明らかな罪を、していないなどと言うお前のくだらない戯言を聞くくらい、無駄な時間はない」
この部屋に入って来た時から浮かべている穏やかな微笑みはそのままだが、瞳には、目の前の愚かな男を射殺すような怒りが含まれている。
「で、ですがっ、実際に魔術を使ったのは、あの侍女でございます」
「そうだな、それは間違いない。私もその事実を聞いた時は、その女がどうすれば、もう殺してくれと泣き叫ぶような始末の仕方をしようか、考えたよ。でもな、人の話は聞いてみるものだ」
そう言うと、フォンベルト侯爵はまたゆっくりとお茶の入ったカップを持ち上げ、口に付けた。そのカップ越しに目の前の男を見る視線は、殺してやると言っているとしか思えなかった。
「街の病院の院長から聞いたんだよ。聖人に治療の依頼をしたが、来れないときがあるようだ、討伐や救護院での仕事がお忙しいのでしょうと。
そんなはずはない、ユリアナは病院の依頼には必ず行っていた。
それに、討伐が長引くときは、事前に病人の家に行き、治療をしてから討伐に行っていた。それも無償でだ。陛下にも許可を取っていた。
我が娘の慈愛の精神は素晴らしいだろ?自分の時間を犠牲にし、病人の治療をするのだぞ?しかも無償でだ。本当に愛おしい優秀な娘だよ。お前もそう思うだろ?
それなのにおかしいよな?病院から依頼されているのに、行っていないなんて。それで調べたんだよ、なぜかを」
ゴルドーはもう逃れられないと思った。その病院からの伝書を悪意を持って処分していた。それがこの、フォンベルト侯爵にバレている。
それならば少しでも罪を軽くしたかった。
「侯爵、それはわざとではないのです、他の処分する書類と一緒に―――」
「誰がお前の戯言を聞くといった?無駄な時間だと言ったはずだ。カムデン、この男の右耳を斬り落とせ」
「はっ」
侯爵家私兵長カムデンは、驚くほど素早くその耳のもとに移動し、その耳の持ち主が声を上げる間もなく、斬り落とした。
「あぁぁーっ!!痛いっ!痛いーっ!助けてくれっ…!うあぁっ!」
「黙らないと、左耳も斬り落とす」
「…ぐぅっ…!くっ…!」
ゴルドーは目に涙を浮かべ、フォンベルト侯爵を睨みつけた。
侯爵の後ろに立っていた副私兵長メルヴィルが、胸もとからハンカチを出し、カムデンに渡すと、カムデンは自身の剣を丁寧に拭いた。
いつでも反対の耳も斬り落とせるぞという目で、ゴルドーを見ながら。
「お前はユリアナを陥れるために、意図的に病院からの伝書を処分した。そのことで侍女の母親は、ユリアナの治療を受けられず死んだ。
そしてお前は、その傷心の侍女の心に毒を塗り込んだ。悪意が膨れ上がると、凄いもんだな?闇魔術が目覚めた」
ゴルドーは僅かに視線を下げると、自分の足元に、数分前には自分の身体にあったはずの耳を見た。
痛む傷口が、恐怖でさらにドクドクと痛みが増す。
「お前は学院時代に、私の妻に懸想していたそうだな?
我が妻もその事を忘れていたが、この度そういえばと思い出していたよ。何度か婚約の申し込みをしたそうだな。
だが私の美しい妻は言っていたよ。私より先に、お前からの婚約の申し込みがあっても、間違いなく断っていたと。成り金風情の、常に金をチラつかせるような下品な男は嫌だとね。
美しい我が妻が、正しく男を見る目を持っていて、改めてこの女性を妻にできて良かったと思ったよ。
しかしその妻を、私から奪われたとはな… どうしたらそのような思考になる?どうしたらお前のような、怖いくらいに思い込みが激しい、愚かな人間が出来上がるんだ?」
ゴルドーの隣に、同じように椅子に縛られ座っているゴルドー夫人が、夫に顔を向ける。
「あなた、どういうことですの?今も思っていると―――」
「黙れ。お前の発言も許していない。くだらない夫婦喧嘩の続きは、地獄でやれ」
ヒッ…!地獄…?とゴルドー夫人が悲鳴にならない声を上げ、呟いた。
「なんだ?ゴルドー夫人。お前に罪は無いと思っているのか?ほう、これは面白い、お前の発言を許す」
ゴルドー夫人は、濃い化粧で顔色はわからないが、歪めた顔で、
「フォンベルト侯爵様、わ、私は闇魔術については、何も知りませんでした。すべては夫と娘の仕業で、私には、その、地獄とは、その罰は重いのではと…」
フォンベルト侯爵はここで初めて表情を動かした。
「ほう、お前には何も罪がないだと?これは笑えるな。
お前らは自分の娘に何を教えた?
何一つまともな教育を受けさせなかった。激しく泣いて嫌がるからと、そんな子供をなだめ、根気強く学ばせることをせず、泣く娘が面倒だと思うお前たちの感情を優先させた。初等教育すら受けさせず、中等部にも行かせなかった。
その結果どうなった?
頭の悪い化け物を一人作り上げたのだ」
ゴルドー夫人は、顔を引きつらせ固まっていた。隣のゴルドーも、顔を強張らせている。
「その化け物が、私の愛する娘に何をしてくれたか。侯爵令嬢であり、聖人でもあるユリアナに対し、礼儀もマナーも知らない無礼な態度で暴言を吐き、ユリアナの婚約者である第三王子を誑かし、不貞をはたらき、そのおぞましい行為をユリアナに見せつけた。
闇魔術を掛け、魔力を奪ったことも言語道断、ここまででも十分に死罪に値する。
それとな、お前の伯爵家のメイドに聞いたが、恐らくお前の娘は妊娠しているだろうと言っていた」
ゴルドー夫婦の歪んでいた顔が、みるみる呆けた表情になっていく。
妊娠…?と、夫人が小声で呟く。
「まさかお前らの娘が純潔だとでも思っていたのか?何人もの下男を性欲処理の相手として雇い、気に入らなくなれば処分していたと、それも知らなかったのか?この親にしてこの子ありとは、まさにお前たちのことだな。
まともな教育もせず放置し、その上放し飼いにすれば、あちこちの野良犬と盛っているのも知らず、挙句、毛色のわからない子を妊娠している。
しかしそんなことは知ったこっちゃない。
私のユリアナから婚約者を奪い、闇魔術を掛け、しかもそのユリアナを断罪し、牢に入れようと企ている。なんの罪もない私の娘を、だ。
お前らの娘は、この世で最も惨忍な方法で殺してやる。簡単には死なせない。己の行いを悔いても尚、永遠に終わりのない苦痛を与える」
ゴルドーが、うぅっと唸るように声を出し、ガタガタと震えている。その目からは涙がこぼれた。
その様子をまったく気にすることなく、フォンベルト侯爵が続ける。
「そして、その化け物を作り出したお前らは、この度の件で最も重罪だ。
子供に教養を与え、日々教え育てることは、親になると決めたときに覚悟するものだ。
子供に必要な知識を与え、それを理解させる。人の役に立ち、社会の歯車の一つになる。
適切なマナーを習得し、社会の秩序を乱すことなく、他人を傷付けることがないように教育することは、結果、自身の子を守ることにもなる」
フォンベルト侯爵はゆっくりと足を組み替えた。
「お前たちは、泣いて嫌がり騒ぐからと、その娘を面倒に感じ、自身の子であるにもかかわらず、まったく教育せず、必要な教養もマナーも学ばせなかった。学習面が追いつかなくても、人に対する礼儀くらい教えられたはずだ。しかし、その役割すら怠った。
その結果、世にもおぞましい化け物が育った。それが、お前らの娘だ。言葉も通じなければ、己の世界だけが美しく、それが正解だと疑わない。
その化け物の被害者が、私の大切に育てた娘ユリアナだ。お前らだけは許さない。
安心しろ、お前らの娘だけに地獄の苦しみを与えるわけにはいかないからな?お前ら夫婦にはそれ以上の地獄を見せてやる」
椅子に縛られ、身動きが取れないので気が付かなかったが、ゴルドー夫人は気を失っていた。
「ゴルドー、そういえばお前の名は何だったかな?…あぁ、もうすぐにこの世から消え去るのか、それなら聞かなくてもいいな。
それでは失礼するよ、私の愛する美しい妻が、今日は早く帰ってきて欲しいと甘えていたからな。
ゴルドー、せいぜい苦しめ、その横にいるお前の妻と共に」
ゴルドーは頭の整理が追い付かず、フォンベルト侯爵が出て行ってしばらくしてから、自分の置かれた状況を理解した。
でも一番に耳に残ったのは、
『美しい妻が、今日は早く帰ってきて欲しいと甘えていたからな』
という言葉だった。
マリアンヌ、一度でいいから抱きたかった。
騎士に立てと言われ立つと、シャツの胸ポケットに、斬り落とされた右耳を入れられた。
目の前のソファーにドカッと座り、足をゆっくり組んだベンジャミン·フォンベルト侯爵は、目の前の縛られている男を見ると、その男の目を逸らすことなく優雅にお茶を飲んだ。
ゴルドー伯爵夫妻は、伯爵邸に突然訪れた第二王子ライナルト殿下に、呆気なく捕縛された。
そのまま王宮に連行されると、真っ直ぐ応接室に誘導され、そこにあった椅子と共に縛られた。
自分のこれからの運命は、薄々想像はついた。恐らく斬首による処刑だろう。
あの侍女に闇魔術を使うことを指示し、フォンベルト侯爵とその娘に地獄の苦痛を味合わせたかった。
闇魔術の本を拾ってきた従業員の男は、とっくに始末した。
口封じ出来たと思っていたら、あの野郎、酒場でペラペラと喋っていたとは…!
ユリアナに闇魔術を掛けたところまでは上手くいったのに、あの侍女め、裏切りやがったのか。
「ゴルドー、随分と恐ろしいことをしてくれたな?私の愛する娘に」
ベンジャミン·フォンベルトは穏やかな微笑みを浮かべていた。このベンジャミンの微笑みが殊更に恐ろしかった。
学院時代から、飄々として何を考えているのか分からない男だった。
誰とでも適度に距離を置いて、特定の者とだけ親しくすることもなく、揉め事を起こすこともなかった。
「いや、ベンジャミン、その久しぶりだな。あれは私の指示ではない。あの侍女が、勝手にやったことだ。私が、そんな恐ろしいことをするわけがない」
ゴルドーのこめかみに冷たい汗が流れる。
「何か勘違いしていないか?誰がお前に私の名を呼んで良いと許可した?お前は私の友人でもなければ、同僚でもない。さっきまで、顔も忘れていた、たまたま同級生だっただけの男だ。ああ、同級生だけではないな、罪人の、というのも付け加えないとな?ハハハ!」
心臓が感じたことのない拍動を繰り返し、呼吸も意識しないとできないような息苦しさを感じる。
「す、すまない。フォンベルト…侯爵、私は誓ってあなたを害するようなことはしていない…!」
フォンベルト侯爵は、ふんっと鼻で笑うと、
「ゴルドー、お前が私や私の愛する娘に何をしたか、何をしようとしたか、それを今ここで弁明する必要はない。お前の明らかな罪を、していないなどと言うお前のくだらない戯言を聞くくらい、無駄な時間はない」
この部屋に入って来た時から浮かべている穏やかな微笑みはそのままだが、瞳には、目の前の愚かな男を射殺すような怒りが含まれている。
「で、ですがっ、実際に魔術を使ったのは、あの侍女でございます」
「そうだな、それは間違いない。私もその事実を聞いた時は、その女がどうすれば、もう殺してくれと泣き叫ぶような始末の仕方をしようか、考えたよ。でもな、人の話は聞いてみるものだ」
そう言うと、フォンベルト侯爵はまたゆっくりとお茶の入ったカップを持ち上げ、口に付けた。そのカップ越しに目の前の男を見る視線は、殺してやると言っているとしか思えなかった。
「街の病院の院長から聞いたんだよ。聖人に治療の依頼をしたが、来れないときがあるようだ、討伐や救護院での仕事がお忙しいのでしょうと。
そんなはずはない、ユリアナは病院の依頼には必ず行っていた。
それに、討伐が長引くときは、事前に病人の家に行き、治療をしてから討伐に行っていた。それも無償でだ。陛下にも許可を取っていた。
我が娘の慈愛の精神は素晴らしいだろ?自分の時間を犠牲にし、病人の治療をするのだぞ?しかも無償でだ。本当に愛おしい優秀な娘だよ。お前もそう思うだろ?
それなのにおかしいよな?病院から依頼されているのに、行っていないなんて。それで調べたんだよ、なぜかを」
ゴルドーはもう逃れられないと思った。その病院からの伝書を悪意を持って処分していた。それがこの、フォンベルト侯爵にバレている。
それならば少しでも罪を軽くしたかった。
「侯爵、それはわざとではないのです、他の処分する書類と一緒に―――」
「誰がお前の戯言を聞くといった?無駄な時間だと言ったはずだ。カムデン、この男の右耳を斬り落とせ」
「はっ」
侯爵家私兵長カムデンは、驚くほど素早くその耳のもとに移動し、その耳の持ち主が声を上げる間もなく、斬り落とした。
「あぁぁーっ!!痛いっ!痛いーっ!助けてくれっ…!うあぁっ!」
「黙らないと、左耳も斬り落とす」
「…ぐぅっ…!くっ…!」
ゴルドーは目に涙を浮かべ、フォンベルト侯爵を睨みつけた。
侯爵の後ろに立っていた副私兵長メルヴィルが、胸もとからハンカチを出し、カムデンに渡すと、カムデンは自身の剣を丁寧に拭いた。
いつでも反対の耳も斬り落とせるぞという目で、ゴルドーを見ながら。
「お前はユリアナを陥れるために、意図的に病院からの伝書を処分した。そのことで侍女の母親は、ユリアナの治療を受けられず死んだ。
そしてお前は、その傷心の侍女の心に毒を塗り込んだ。悪意が膨れ上がると、凄いもんだな?闇魔術が目覚めた」
ゴルドーは僅かに視線を下げると、自分の足元に、数分前には自分の身体にあったはずの耳を見た。
痛む傷口が、恐怖でさらにドクドクと痛みが増す。
「お前は学院時代に、私の妻に懸想していたそうだな?
我が妻もその事を忘れていたが、この度そういえばと思い出していたよ。何度か婚約の申し込みをしたそうだな。
だが私の美しい妻は言っていたよ。私より先に、お前からの婚約の申し込みがあっても、間違いなく断っていたと。成り金風情の、常に金をチラつかせるような下品な男は嫌だとね。
美しい我が妻が、正しく男を見る目を持っていて、改めてこの女性を妻にできて良かったと思ったよ。
しかしその妻を、私から奪われたとはな… どうしたらそのような思考になる?どうしたらお前のような、怖いくらいに思い込みが激しい、愚かな人間が出来上がるんだ?」
ゴルドーの隣に、同じように椅子に縛られ座っているゴルドー夫人が、夫に顔を向ける。
「あなた、どういうことですの?今も思っていると―――」
「黙れ。お前の発言も許していない。くだらない夫婦喧嘩の続きは、地獄でやれ」
ヒッ…!地獄…?とゴルドー夫人が悲鳴にならない声を上げ、呟いた。
「なんだ?ゴルドー夫人。お前に罪は無いと思っているのか?ほう、これは面白い、お前の発言を許す」
ゴルドー夫人は、濃い化粧で顔色はわからないが、歪めた顔で、
「フォンベルト侯爵様、わ、私は闇魔術については、何も知りませんでした。すべては夫と娘の仕業で、私には、その、地獄とは、その罰は重いのではと…」
フォンベルト侯爵はここで初めて表情を動かした。
「ほう、お前には何も罪がないだと?これは笑えるな。
お前らは自分の娘に何を教えた?
何一つまともな教育を受けさせなかった。激しく泣いて嫌がるからと、そんな子供をなだめ、根気強く学ばせることをせず、泣く娘が面倒だと思うお前たちの感情を優先させた。初等教育すら受けさせず、中等部にも行かせなかった。
その結果どうなった?
頭の悪い化け物を一人作り上げたのだ」
ゴルドー夫人は、顔を引きつらせ固まっていた。隣のゴルドーも、顔を強張らせている。
「その化け物が、私の愛する娘に何をしてくれたか。侯爵令嬢であり、聖人でもあるユリアナに対し、礼儀もマナーも知らない無礼な態度で暴言を吐き、ユリアナの婚約者である第三王子を誑かし、不貞をはたらき、そのおぞましい行為をユリアナに見せつけた。
闇魔術を掛け、魔力を奪ったことも言語道断、ここまででも十分に死罪に値する。
それとな、お前の伯爵家のメイドに聞いたが、恐らくお前の娘は妊娠しているだろうと言っていた」
ゴルドー夫婦の歪んでいた顔が、みるみる呆けた表情になっていく。
妊娠…?と、夫人が小声で呟く。
「まさかお前らの娘が純潔だとでも思っていたのか?何人もの下男を性欲処理の相手として雇い、気に入らなくなれば処分していたと、それも知らなかったのか?この親にしてこの子ありとは、まさにお前たちのことだな。
まともな教育もせず放置し、その上放し飼いにすれば、あちこちの野良犬と盛っているのも知らず、挙句、毛色のわからない子を妊娠している。
しかしそんなことは知ったこっちゃない。
私のユリアナから婚約者を奪い、闇魔術を掛け、しかもそのユリアナを断罪し、牢に入れようと企ている。なんの罪もない私の娘を、だ。
お前らの娘は、この世で最も惨忍な方法で殺してやる。簡単には死なせない。己の行いを悔いても尚、永遠に終わりのない苦痛を与える」
ゴルドーが、うぅっと唸るように声を出し、ガタガタと震えている。その目からは涙がこぼれた。
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子供に教養を与え、日々教え育てることは、親になると決めたときに覚悟するものだ。
子供に必要な知識を与え、それを理解させる。人の役に立ち、社会の歯車の一つになる。
適切なマナーを習得し、社会の秩序を乱すことなく、他人を傷付けることがないように教育することは、結果、自身の子を守ることにもなる」
フォンベルト侯爵はゆっくりと足を組み替えた。
「お前たちは、泣いて嫌がり騒ぐからと、その娘を面倒に感じ、自身の子であるにもかかわらず、まったく教育せず、必要な教養もマナーも学ばせなかった。学習面が追いつかなくても、人に対する礼儀くらい教えられたはずだ。しかし、その役割すら怠った。
その結果、世にもおぞましい化け物が育った。それが、お前らの娘だ。言葉も通じなければ、己の世界だけが美しく、それが正解だと疑わない。
その化け物の被害者が、私の大切に育てた娘ユリアナだ。お前らだけは許さない。
安心しろ、お前らの娘だけに地獄の苦しみを与えるわけにはいかないからな?お前ら夫婦にはそれ以上の地獄を見せてやる」
椅子に縛られ、身動きが取れないので気が付かなかったが、ゴルドー夫人は気を失っていた。
「ゴルドー、そういえばお前の名は何だったかな?…あぁ、もうすぐにこの世から消え去るのか、それなら聞かなくてもいいな。
それでは失礼するよ、私の愛する美しい妻が、今日は早く帰ってきて欲しいと甘えていたからな。
ゴルドー、せいぜい苦しめ、その横にいるお前の妻と共に」
ゴルドーは頭の整理が追い付かず、フォンベルト侯爵が出て行ってしばらくしてから、自分の置かれた状況を理解した。
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