貴方たちの悪意は倍にしてお返しします

翡翠と太陽

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78.受け継がれる悪意

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 「なんでよっ!なんで私がこんな目に遭うのよぉ…!これも全部全部全部、あの女のせいよっ!」

 シャルルアンは、毎日10人前後の男たちの性処理に使われていた。
 その世話は、母であるゴルドー夫人だ。

 最初のうちは、自身の娘が受ける行為に耳を塞ぎ、目を反らしていたが、
 フォンベルト侯爵が、
 
 「お前の娘がさらに半年後にマナーと教養を身に付けてなかったとしても、10万リリン蓄えることができたら、王都に戻してやろう」
と言ってくれた。
 娘が男を一人相手をすれば、1リリンやると言って。

 10万リリン、果てしなく遠い金額だと思った。

 でも、今の自分の手を見つめた。

 つい最近まで白く潤いしなやかで、指には常に高価な指輪が何個も付いていた。

 今は…?
 指輪も取られ、娘の世話に、自分たちの食事や洗濯、掃除まで、なんで!?なんで私がやらないとならないの!?

 資産家の伯爵夫人として、手に入れられないものはなかった。

 学院時代に、なんとか親に頼み込み、幼馴染みでもあり、国内でも資産が有り余るほどのゴルドー伯爵家との婚約を結んだ。

 夫となったゴルドーは、同じ教室に好いた女がおり、何度となく婚約の打診をしていたが断られていた。

 良かった、結局、結婚するのはこの私よ。

 金持ちの伯爵夫人となり、お茶会を開くための屋敷を建て、パーティーを主催し、夜会を行うホールも建設した。

 招待する他の貴族夫人たちの羨望の眼差しが、最高に心地良かった。

 「皆さま見てくださる?希少な生地で作ったドレスですの」

 「海のある国でしか取れない宝石ですわ」

 ご婦人たちの、私に対する褒め言葉と、羨ましいと言うと言葉を聞く度に、生きている感じがして快感だった。
 私を褒めることもせず、いぶかしげな目で見る者は、二度とお茶会に招待しなかった。その上で、その者に不利になる噂をお茶会で流したりした。

 生まれた一人娘は、私によく似てそれは美しい娘だった。
 過去の聖人とよく似た風貌、もう間違いなく聖人だわ!

 しかし、商会を営む我が伯爵家には、様々な情報が入る。
 フォンベルト侯爵家の娘ユリアナは、学習も語学も堪能だと、その上マナーも素晴らしいと。

 腹の中で、イライラがくすぶった。
 我が娘と同じ日に生まれた、夫が何度も婚約の打診をした女の娘。

 その娘が優秀だと聞く度に、我が娘を見ると、さらにイライラが増した。

 マナー講師に、きちんと躾けるように高いお金を払っても、娘はイヤだと泣き喚き、その講師には、もっと幼い子供を指導する講師にした方が良いと言われた。

 もう!どっちもうるさいわ!
 お茶会やパーティーの準備で忙しいのに!
 子供のうちは、少しくらいマナーが悪くても、もう少し大人になったら直せるでしょ、だったらもう何もさせないでいいわ、泣き叫んでうるさいだけだもの。

 でも、王妃様のお茶会に行くと、やはりとんでもないことを引き起こした。

 王妃様から、正式に、
 次回からのお茶会には招待しない。稀に見る品性を疑う子供だ。マナーを身に着けさせなければ、初等部の入学手続きもさせない。他の子の迷惑となる。
 しかも、小動物を躊躇なく殺傷する気質には、幼い子でありながら恐怖すら感じる。そこはきちんと教育するようにと、我が伯爵家に通達があった。

 そんなこと!そんなことを言われたって…!なにか言えば泣き叫ぶこの娘、誰かどうにかしてよっ!


 その後も、フォンベルト侯爵の娘がますます優秀だという噂しか聞かず、その上、聖人だった。

 なんなの!?どうしてよ!?
 そのうちに、私の娘が聖人になるし、国王に並ぶ存在になるのだから、マナーや勉強もしなくても良いと思い、何もさせなかった。やっぱり泣き喚いてうるさいし。

 お茶会でも、我が娘が聖人かもしれないと、周りの夫人たちも絶対にそうよ!と言うから、ドレスも半年前から聖人として相応しいものを作らせたのに…!
 
 ただ泣き喚くだけの、聖人ではなかった美しい娘。
 しかし、その娘が、なんとあのユリアナの婚約者、第三王子と親密だという噂を聞いた。

 その時は、口角が上がりっぱなしだった。
 そうよシャルル、あの女の娘から婚約者を奪うことが、美しいだけのお前にできることよ。

 そのことには、一切の無関心を貫き、シャルルの好きなようにさせた。上手く第三王子と婚約を結び直すのよ。そして、あの女とその娘の悲嘆した表情を見たいわ…!

 それを望んだ結果、私はここにいる。

 雑巾のような生地の服を着て、爪の間は汚れ、手はボロボロで傷だらけ。
 美しく手入れされた自慢の髪は、男のように切り落とされてしまった。

 どうして?どうしてなの!?
 この愚かな娘のせいで、私の、私の優雅で贅沢な日々をすべて奪われてしまった。

 しかも、この娘は、どこぞの男かわからない、汚らわしい平民の男の子供を出産したのだ。

 なんておぞましいの!?
 純潔をいとも簡単に散らしていたなんて、恥辱に恥辱を重ね、それなのにそのことに平然とした顔をしている。考えられない…!

 どのみち、王家との繋がりは持てなかっただろう。純潔ではないことなんて、調べればすぐにわかるのだ。

 そして、聖人であるユリアナに、重罪を犯した。
 あのフォンベルト侯爵の娘にだ。

 噂では聞いていた。
 フォンベルト侯爵の怒りに触れた罪人は、簡単には死ねない。
 それなら、溺愛している家族に危害を加えたら、簡単に死ねないどころではないだろうと。

 娘は、その逆鱗に触れた。
 貴族としてのマナーも知識も無いため、決して許されることのない域まで、侯爵を激怒させてしまった。

 無い左手を見る。
 傷口は綺麗に治り、痛むこともない。それは聖人ユリアナの作った薬だと言って塗られたから。

 同じ日に生まれ、同じ16歳のユリアナと娘。

 ユリアナは、斬り落とされた手の傷を一瞬で治す薬を開発し、国民のために役立てている。

 一方、我が娘はどうだろう。
 こうなった現状を、自分で作り上げた結果であることも、未だに理解できない哀れな娘。

 なにかあれば喚き散らし、泣き叫べば、物事が解決する環境だった。

 それを作ったのは、私たち親だ。

 今さら悔いても、この娘にあと数ヶ月で、ユリアナのような貴族令嬢の見本のようなマナーは無理だろう。

 半年前に、あれ程言ったのに、あの瞬間だけ、フォンベルト侯爵の前だけ我慢しろと。
 私の言う通りに繰り返して覚えさせ、なんとか侯爵の前では体裁良くできたのに、ユリアナを見た途端、狂犬のように言葉を発し、襲い掛かろうとした。

 我が娘だが殺してやりたかった。
 ここで上手く行けば、また王都に戻れると思っていたのに…!

 フォンベルト侯爵から聞き、初めて娘が何人もの下男と交わっていた事を知った。
 それなのに、ここでの男の相手を拒むのだ。

 「いやよっ!なんで何人もの男の相手をしなくちゃいけないのよっ!汚くて臭くて気持ち悪い男ばかりよ!?お母様は、私にそんな男の相手をしろって言うの!?」
 
 「シャルル、貴女はすでにもう何人もの男の相手をしてるじゃない?今さら何よ、それがまた続くだけでしょ?場所が変わっただけで、やることは同じよ?
 さあ、今日は9人並んでるわ、早く寝台に横になりなさい」

 「お母様!?私はあなたの娘なのよ!?そんなこと、なんで言えるのよっ!」

 娘の戯言は聞こえないふりをして、男を部屋に招き入れ、無理矢理を娘を寝台に運んでもらう。

 聖人ユリアナから魔力を奪い、いっときは老婆のような姿だったが、王都から届く薬を少しずつ飲ませると、徐々に美しい、私の娘らしくなってきた。

 そうでなくては、娘の人気が出ない。このような性欲処理の部屋は他にも二部屋あるのだから、娘の人気が出ないと、1リリンも2リリンも損をしてしまうわ。

 泣き叫ぶ娘の声は、幼い頃から聞いていたからもう慣れている。
 そう思いながら、その部屋の戸を閉めた。

 シャルルアンは、母親が助けてくれないとわかると、部屋に来る男たちに抵抗したが、この地で働く男に敵うわけがない。

 一日に何人もの男の相手をさせられた。

 どうしてよ… どうして?私が何をしたの!?

 リチャードと交わって、あの女からリチャードを奪ってやった。
 あの女が泣いてるかもしれないと思うと、嬉しくて嬉しくて毎日本当に楽しくて幸せだった。

 リチャードも、私に夢中だった。

 あの女の魔力も奪ってやった。あの魔力を初めて使った時、神にでもなった気分だった。

 あの女と何かと比べられ、憎くて憎くて仕方のなかったユリアナから、すべてを奪って、何もかも上手くいくと思っていたのに!

 あんなに美しい私が、怖いほど醜くなって、挙げ句の果てに、こんなところに送られて、男たちの掃き溜めにされている。

 私は悪くない!
 私は、悪くないのよっ!
 だって誰も、教えてくれなかったじゃない!
 人の婚約者を奪ったらダメって、人の魔力を奪ったらダメって!
 ちゃんと勉強しないとダメって!
 誰も教えてくれないから、悪いのよ!
 だから私は悪くない!絶対に悪くないのっ!!


 それから十数年経っても、シャルルアンは、実の母親に売られるように、この地で男のたちの相手をした。

 そのシャルルアンが、男一人に1リリン稼いだお金は、母親がすべて使っていた。
 未開拓の地に月に一度来る商人から、果物やお菓子を買い、一人で食べていたのだ。

 てっきり貯蓄していると思っていたゴルドーは、その妻の所行に激怒し、普段自分がされているように妻を殴った。気が付いた時には、妻は動かなくなっていた。

 なんてことをしてしまったのだ、我を忘れて、妻を、妻を…
 
 それからゴルドーは、何もできなくなった。食事も取れず、水も飲めなくなった。
 こんな娘でも、我が娘を残して逝くのはつらかった。次に会うのは地獄か…


 お父様もお母様もいない、私はどうすればいいの?
 なんで先に死んでしまうの?誰が私のお世話をするのよ!?

 部屋の戸を開けると、メイドのような人が歩いていた。
 
 「食べ物と水を持ってきて」

 そのメイドはすごくイヤな顔をした。

 「欲しいものがあれば、お願いしますって言うんだよ!持ってきてください、お願いしますって。アンタ口の聞き方も知らないのかい!?欲しいものを、紙に書いてあの箱に入れておきな!」

 お願いします…?私がなんであんなメイドみたいな女にお願いしないといけないのよ!?

 でも、食べ物も水もないと困る、昨日から何も口にしていない。

 紙に欲しいものを書こうと思った。すると、字がわからなかった。
 今までは、口で言えば良かったから。紙に字を書くなんて、最後にしたのはいつ…?

 『お前も少しだけ我慢してお勉強をしていれば、少しだけ我慢してマナーや教養を身に着けていたら、こちら側にいたかも知れないのにね、残念ね?』
 
 あの女…!くそっ…!くそ…
 もう出ないと思った涙がこぼれた。

 その後、シャルルアンを世話する者もおらず、衰弱し始めた女のところに来る男たちもいなくなった。

 亡き者となったシャルルアンが発見されたのは、10日経ったあとだった。

 そのシャルルアンの亡骸は、先に亡くなったゴルドー夫妻と同じ場所に埋葬され、その後にリチャードもシャルルアンの埋葬された場所に一緒に埋められた。

 そこには墓標も何もなく、ただ草が生い茂るだけの場所となった。


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