宙(そら)に願う。

星野そら

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 ワイン片手に、レイモンドはコスモ・サンダーの宇宙艦に囲まれた時から、いままでの話をざっと語り終えた。

「ふむ。だいたいの話はわかった。それじゃあ、あんたがコスモ・サンダーの総督なのか」

 ランディは口に放り込んだステーキを飲み下して、レイモンドを真正面から見据えた。

「ん。成り行きでね」
「はあ~、成り行きね。成り行きで極東戦争を起こして、成り行きで総督に納まっちまったなんて、あんた以外のヤツが言ったら嘘つきだって決めつけただろうな」

 だが、ランディはレイモンドの言葉に嘘はないと確信していた。

「で? 朝も起きられないし、約束の時間は守らない。操縦席でぼおっとしているのが好きなあんたに、総督が務まるのかよ」

 一通り話し終えるまで、おとなしく聞き役にまわっていたアレクセイは、レイモンドがコスモ・サンダーの総督だと聞いても、顔色も変えずに軽口を叩くランディに感心した。

「ランディさんは、驚かないんですね」
「さんはいらない。ランディって呼んでくれ。いや、驚いてるよ。しかし、ニュースで阿刀野レイの名前を聞いた時の驚きに比べたら、ま、それも有りかなと思うぜ。
 あん時は思わずリュウに連絡して、レイは生きているのかって叫んだくらいだ。ただし、真面目にやってんのかなとも思う」
「失礼な! 俺だって、その気になれば、総督ぐらいできるよ」

 普通の男には、その気になったってできない。総督を務めるにはそれなりの器が必要なのである。

「その気になれば、ね。知っているよ。昔からあんたは、自然に人の上に立っていた。立つだけの威厳があった。冷たい瞳で睨み付けたら、みんな凍ってたしな。
 しっかし、ずっと闘いのモードじゃ、疲れないか?」
「闘いのモードってなんですか?」

 アレクセイが耳ざとく聞き返す。

「俺が勝手に命名したんだ。レイは操縦してるときはいつも、のんびり、ほんわか、リラックスの極致なわけだ。腕は抜群だから心配する必要はないんだけどな。
 それが、敵に囲まれるとかヤバいシーンになると、一瞬にして雰囲気が変わる。冷酷非情な闘う男って感じに。それを俺は闘いのモードと呼んでいた。人を指図するときは指揮官モードに名称変更だな。そうなると、レイは壮絶なくらい美しくなる。もちろん、恐くて誘いの言葉なんかかけられないが…」
「な~に、ふざけたこと言ってんの」
「いや、ほんとの話。だが…、闘いのモードは長く続かなくて、敵の囲みを破るとすぐに、疲れちゃったって脱力してた。けど総督だと、そうそうぼうっとしてられないんだろ?」
「そうなんだよね~。艦橋でくたっとした姿なんかさらしたら、毅然としていろって叱られる」

 レイモンドが言う。

「叱られる? 誰に?」

 もしかして、この男かと巡ってきた視線に、アレクセイは首を振る。

「とんでもない。僕には、総督を叱りつけることなんかできませんよ」
「ま、いいじゃない。それより、アーシャ。プライベートで食事をしているときに総督はやめてよ」
「それなら、なんとお呼びすればいいですか」
「……ん~」
 レイモンドは迷った。アーシャに、いやコスモ・サンダーのメンバーにレイモンドと呼び捨てられるのは、イヤだった。幼い頃から、マリオンが呼んでくれた名前だから。レイモンドは今でも、マリオンだけのものだから。
 それなら。

「レイでいいよ。コスモ・サンダーの仕事についているとき以外は、阿刀野レイに戻ることにしたから」
「そ、そう呼ばせていただいても、いいんですか!」
「いいから言ってるんじゃない」

 感激したアレクセイは、口の中で小さく呼んでみた。

「レイ」
「ん、なに?」
「あ、いえ。別に…」

 呼んでみただけなのだ。アレクセイの顔がほっと染まる。その様子をランディが興味深そうに眺めていた。そのシーンだけで、この男がレイモンドのことをどんな風に思っているかがランディにはわかってしまった。

「なあ、こいつは海賊たちに、いつも総督と呼ばせているのか」
「はいっ。ですから、名前を呼び捨てるなど畏れ多くて…」
「へえ~。レイ、海賊におそれられるなんて、どんな仕打ちしてるんだろうねえ」

 意地悪く言うのに、

「え~、俺が酷いことすると思う。やさしい男なんだからね」
「自分でいってりゃ、世話ないや」

 ぷっとふくれて文句を言うレイモンドを見て、ランディがはははっと笑った。

「あの、レイ…、が酷い仕打ちをするから恐くて従っているのではなく、もともとみなを従わせるだけの威厳があって、それに…」
「それに?」
「はい。僕は、レイが総督でいてくださるだけで、仕えられるだけでいいと思っています」

 アレクセイの謙虚さに、ランディはレイモンドのすごさを知る。

「あんただけか?」

 ランディは、鋭い突っ込みを入れる。

「いえ。コスモ・サンダーの男たちはみな、この人のためなら命を捨てる覚悟でいますし、この人を守るためだったら、どんなことでもするでしょう」

 敵艦隊に単身、突っ込むことだって。

「へえ~。慕われてるなあ、レイ」
「もう、やめてよ! あ~あ。アーシャなんか連れてくるんじゃなかった」
「前は美女にかしずかれてたけど、今は海賊たちにかしずかれてるってか? その光景を想像すると…」

 ぷぷっと吹き出し、見たくねえとつぶやく。

「ランディ!」
「いいじゃないか。俺もレイは人にかしずかれるのが似合うと思うよ」

 ランディの楽しげな表情に、レイモンドはふう、と大きなため息をついた。

「ね、軽口はこれくらいにしようよ。大切な話があるんだ。俺がいま、コスモ・サンダーの総督だってことを頭において答えてほしい」
「おっ、改まって。なんだ?」
「ランディに、コスモ・メタル社に来てほしいと思っている」

 レイモンドは直球を投げた。

「社長って言っても、阿刀野レイは飾りなんだ。俺には総督の仕事もあるし、企業勤めができるわけがない。だから、手伝ってくれない?」
「て、手伝えって、俺になにができるんだよ」
「ランディなら何でもできるよ。俺が苦手だった交渉とか、ぜんぶやってくれたじゃない」

 はあ、とランディはため息を吐いた。

「あのな。コスモ・メタル社は俺たちがやってたクーリエとは規模が違う」
「大丈夫だよ。ケイジ・ラダーだって支援してくれるし、コスモ・サンダーにはアーシャのほかにも有能な男たちがいる」
「コスモ・メタル社はコスモ・サンダーの会社なのか?」
「うん。簡単に言えばそうなんだ。俺はもう、海賊行為はしたくないし、させたくない。まっとうにみんなを食わせていきたいからってケイジ・ラダーに相談したらこうなった」
「こうなったって? コスモ・サンダーにラジン鉱脈の開発をまかせるって、か?」
「違うよ。あくまでもラジンの開発はとっかかり。俺は人が見つけた宝を横取りしたりしないよ。あれはメタル・ラダー社が見つけ出したんだ。メタル・ラダー社の大切な事業であり財源なんだ。俺たちは開発に関わるだけで、利益はメタル・ラダー社のもの」
「じゃあ…」
「俺は、宇宙を飛び回って、宝探しをやりたいと思っている。有望な鉱山や鉱脈、人が住める惑星、航路なんかを見つけて開発する。そのための知識と技術を、このラジン開発で覚えるんだ。経営手腕もね。
 で、俺は宝探しの担当だから、ランディに経営を担当してもらえれば、うれしい。ほらっ、ケイジ・ラダーに誘われてるって話したことがあっただろう? あの時、一緒に来てくれるっていったじゃない。やることは同じだよ。規模が少し大きくなったって思ってくれれば…」

 一緒に組んでクーリエをやっていたとき、そんな話を聞いた覚えはある。

「規模が少し大きくなったって、あの時は1,000人くらいだっただろう」

 それでも俺はおそれをなしたとランディは心の中でつけ加えた。

「コスモ・サンダーの構成員は…、この前のいさかいで減ったから3万人くらいだ。せっかく統一したのに、俺が命令を下せる組織にしたのに、また、略奪行為に逆戻りってのはいやなんだ。ね、手伝ってよ、ランディ」
「……」

 ねっ、と頼まれて、すぐにうなずける話ではないとランディは思った。レイモンドはともかく、自分にはそれだけの力がない。

「返事はいつまでに?」

 レイモンドは、ランディをじっと見つめたまま応えた。

「いますぐ。それにイエス以外の答は聞きたくない」
「あのなあ~。正直に言うよ、俺には自信がない」
「謙遜しなくても、大丈夫だから」
「どうして、大丈夫だなんて言えるんだ」
「俺はランディを知ってる」
「……、どうして俺なんだ?」
「不安なら、優秀な部下を付けるよ」
「その男の方が適任じゃないのか?」

 アレクセイを顎で指し示す。

「アーシャにはコスモ・サンダーで俺の代わりをやってもらわなくちゃならない。ランディしかいない」
「……」

 ランディは思い出した。レイモンドが言い出したら引かないことを。
 きっと、イエスと言うまで解放してもらえないだろう。
 レイモンドと争うのが面倒になった。それに、この男といるのは面白いのだ。いつでも、いつの間にか、なんとかなっていた。

「あ~あ。相変わらず一方的だし、頑固だな。仕方がない。できるかどうかわからないが、手伝ってやるよ」
「ありがと、その思い切りのよさが好きだよ、ランディ!」

 ランディはいやそうに眉をひそめた。だが、

「また、一緒に働けるね」

 と言われて、それはうれしいとランディは素直に思った。

「ああ、俺も楽しみだよ」
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