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第四幕 ー魔境へのいざないー
八、陰陽師衆棟梁・佐々木猿之助
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「やめろ! こいつは味方やぞ!」
「我々は帝の命で参ったのだ!」
舜海と柊が声を上げながら、千珠を救わんと駆け寄る。しかし、問答無用とばかりに、破魔矢が再び雨のように降り注いだ。
千珠は宝刀でそれらを薙ぎ払うものの、数が多すぎて第二波を防ぎきれない。
「!」
刹那、千珠の回りに白い紙の鳥が無数に舞い降り、一瞬にして丸い壁を作り上げ、破魔矢から千珠を守った。
役目を終えた白い鳥は、ばらばらに千切れて千珠の足元にふわふわと落ちる。振り返ると、宇月が印を結んで膝をついていた。一瞬のために霊力を消耗している宇月を担いで、千珠は舜海たちのいる辺りまで後退する。
陀羅尼は高笑いを続けながら、陰陽師たちの並ぶ方へ四足で躍りかかると、蜘蛛の子を散らすように黒装束の男達を跳ね除けながら走り去ってゆく。
「また来るぞ! 鬼門を開けよ! 俺を魔境へ帰さぬ限り、どんどん人間を喰うぞ! あっははははっ」
霧の彼方に黒い影が消えゆくと、嘘のように霧は晴れ渡り、いつの間にか夜闇に染まった風景が現れた。
陰陽師の集団の中には、陀羅尼に蹴散らされて負傷した者もいたようである。鬼が去り、ようやく緊張感から解放された者達の声がわらわらと騒がしく、朝廷の衛士や陰陽師達がせわしなく動き回る。
千珠は、宝刀を体内に納めると、数珠を手首に巻き付ける。そして、陀羅尼の走り去った方角を、じっと暗闇の中見つめた。
「千珠、大丈夫か?」
舜海は千珠の手首から流れる血を見て、その手を取った。
「ああ、大事ない」
千珠はすっと手をひっこめる。その余所余所しい態度に、舜海は怪訝な表情を浮かべる。
「宇月、助かった」
千珠はへたりこんでいる宇月の側に跪くと、礼を言った。宇月は荒い息をしながら、微笑む。
「はい……あれくらいで、力を使い果たすとは、情けないでござんす」
「そんなことない。すごいんだな、お前」
千珠が宇月の肩を抱いて立ち上がらせていると、黒い直垂を身を包んだ陰陽師たちが、千珠と宇月、そばにいた舜海の周りを囲む。ざっと二十人はいるだろうか、皆が剣呑な目付きで三人を睨みつけている。
「!」
千珠が微かに見動ぎした途端、皆が弓をつがえ、その矢先をまっすぐに千珠に向けた。舜海は素早く、千珠たちを背中で囲うように前に出る。
「おいこら、どういうつもりや!」
「貴様、さっきの鬼の仲間であろう!」
一人の陰陽師が、千珠に向かって声を上げる。
「何を言うてんねん! こいつがお前らと帝守ったんやろうが!」
「ぬかせ! その異形な姿……それが何よりの証拠!」
「それに宇月! 何故こんな奴らと共にいるのだ! 貴様修行のために出雲におるはずであろう!」
また別の男の怒声を上げ、宇月はびくりと肩を揺らした。少し悔しげな表情で、かつての仲間たちを見上げる。
千珠はそんな宇月の横顔を見て「こいつらが、お前の仲間か」と問うた。宇月は、苦い顔で頷く。
「この人殺しが! 捕らえろ!」
「裏切り者!」
周囲を取り囲む陰陽師たちが、口々に千珠たちを罵る。舜海は奥歯を噛み、腰に帯びた刀に手を掛けようとした。
「やめないか!!」
凛とした声が響き、辺りは潮が引くようにしんとした。声の主を振り返ると、そこには険しい表情の千瑛が立っていた。
「そなたら一体何を見ていたのだ! あの鬼を退けたのは、そこにおる千珠どのであろう! 帝の命を受け、御所の護りになるべくここに参られたのだ!」
千瑛は三人の元に歩み寄ると、陰陽師たちの輪を退けた。輪の中心に立つ千瑛は、普段からは伺い知れぬような厳しい表情を浮かべて、陰陽師たちをぐるりと見回す。
「離れろ、この三人は帝の御前にお連れする」
陰陽師たちはざわめき、ぼそぼそと口々に「帝が妖の力を借りるだと……我々というものががありながら、どこの馬の骨とも知れぬ鬼の力を?」「神祇省もそれを許すのか……?」と囁き合った。
千瑛は、そんな男たちを鋭い目線で射竦める。
「この方々は、先の戦を終焉に導いた青葉国の方々である。そんなことも知らぬのか。大方、自分たちの身の保身にばかり明け暮れ、大局を見逃したのであろう」
と、冷たく言い放った。
「やれやれ、手厳しいお言葉ですな」
一人の男が、陰陽師の群れの中から前に出てきた。さっと周りの者たちが道を開け、四十がらみの大男が姿を現した。
大きな鷲鼻の目立つ、厳しい面構えの男であった。抜き身のような鋭い目つきには、堂々たる風格があり、篝火に照らされたその顔には、悠然とした笑みを浮かべている。
「確かに、部下たちに何も伝えておらなんだ私も悪かった。しかし、今まで神祇省のもとで都の守りとなって来た我々に、そのような言葉もなかろう」
千瑛はその男を見ると、何やら物言いたげにしつつも、目を細める。
「そうだな、言い過ぎた。非礼は詫びよう。しかし、何の功績もないまま今に至り、多くの死者を出しているのも事実。この方々は、帝直々にご指名を受けておいでなのだ」
「左様か。それならば何も言うまい。お前たち、引き揚げるぞ。到着の遅れた我らにも非がある。しかし、宇月!」
鋭い声で名を呼ばれた宇月は、びくっと身体を震わせた。硬い顔で、その鷲鼻の男を見据える。
男は太い眉を怒らせて、蔑むような目線を宇月に注いでいる。
「都には戻るなと申し伝えたはずだ。何故ここにいる? 何故こいつらといる?」
「父の墓参りに戻ろうとして、何が悪いのでござんすか」
宇月は震える声でそう言い返すが、鷲鼻の男は白けたような表情を浮かべて鼻で笑う。
「ふん、先代の妾の子が、墓参りとは笑わせる。今まで情けで置いてやっていたのだ、裏切りとは言わぬ。そちらでせいぜい尽くすのだな」
「……言われなくとも、そうしているでござんす」
「はっ! 恥知らずな女め。行くぞ」
黒装束の陰陽師を引き連れ、その男は袖を翻して闇へ消えていった。
「宇月、お前」
舜海は、悔しげな表情で陰陽師の集団を見ている宇月に掛けかけた言葉を、戸惑ったように止めた。
「話は後でござんす」
厳しい声で、宇月はそう呟く。千珠と舜海は、顔を見合わせて口をつぐんだ。
間もなく承明門から神祇省の数人の役人たちが現れ、千瑛の背後にずらりと並ぶと、皆が揃って千珠たちに一礼をした。
「大変、失礼を致しました」
「いや、ええねんけど……。千瑛どの、なかなかはっきり物を言わはるんやな。びっくりしたで」
舜海がそう言うと、千瑛は険しい表情から普段の温和な表情に戻り、苦笑を浮かべた。
「あの男は陰陽寮の棟梁・佐々木猿之助。棟梁があの男に変わってから、我々との関係が少し微妙になっていてね。彼らはひたすら強い権力を求めているため、我らの下で仕事をすることを良しとしていないのだ」
「へぇ……確かに、我の強そうな顔してたな」
舜海が腕組みをしながらそう言うと、千瑛は苦笑しつつ肩をすくめた。
「まったくもって、付き合いづらい男でね」
「千珠どの、さぁ中へ」
と、壮年の神祇官の一人が千珠を中へと促す。千珠は頷き、一行はその男に続いて内裏へと進んだ。
「我々は帝の命で参ったのだ!」
舜海と柊が声を上げながら、千珠を救わんと駆け寄る。しかし、問答無用とばかりに、破魔矢が再び雨のように降り注いだ。
千珠は宝刀でそれらを薙ぎ払うものの、数が多すぎて第二波を防ぎきれない。
「!」
刹那、千珠の回りに白い紙の鳥が無数に舞い降り、一瞬にして丸い壁を作り上げ、破魔矢から千珠を守った。
役目を終えた白い鳥は、ばらばらに千切れて千珠の足元にふわふわと落ちる。振り返ると、宇月が印を結んで膝をついていた。一瞬のために霊力を消耗している宇月を担いで、千珠は舜海たちのいる辺りまで後退する。
陀羅尼は高笑いを続けながら、陰陽師たちの並ぶ方へ四足で躍りかかると、蜘蛛の子を散らすように黒装束の男達を跳ね除けながら走り去ってゆく。
「また来るぞ! 鬼門を開けよ! 俺を魔境へ帰さぬ限り、どんどん人間を喰うぞ! あっははははっ」
霧の彼方に黒い影が消えゆくと、嘘のように霧は晴れ渡り、いつの間にか夜闇に染まった風景が現れた。
陰陽師の集団の中には、陀羅尼に蹴散らされて負傷した者もいたようである。鬼が去り、ようやく緊張感から解放された者達の声がわらわらと騒がしく、朝廷の衛士や陰陽師達がせわしなく動き回る。
千珠は、宝刀を体内に納めると、数珠を手首に巻き付ける。そして、陀羅尼の走り去った方角を、じっと暗闇の中見つめた。
「千珠、大丈夫か?」
舜海は千珠の手首から流れる血を見て、その手を取った。
「ああ、大事ない」
千珠はすっと手をひっこめる。その余所余所しい態度に、舜海は怪訝な表情を浮かべる。
「宇月、助かった」
千珠はへたりこんでいる宇月の側に跪くと、礼を言った。宇月は荒い息をしながら、微笑む。
「はい……あれくらいで、力を使い果たすとは、情けないでござんす」
「そんなことない。すごいんだな、お前」
千珠が宇月の肩を抱いて立ち上がらせていると、黒い直垂を身を包んだ陰陽師たちが、千珠と宇月、そばにいた舜海の周りを囲む。ざっと二十人はいるだろうか、皆が剣呑な目付きで三人を睨みつけている。
「!」
千珠が微かに見動ぎした途端、皆が弓をつがえ、その矢先をまっすぐに千珠に向けた。舜海は素早く、千珠たちを背中で囲うように前に出る。
「おいこら、どういうつもりや!」
「貴様、さっきの鬼の仲間であろう!」
一人の陰陽師が、千珠に向かって声を上げる。
「何を言うてんねん! こいつがお前らと帝守ったんやろうが!」
「ぬかせ! その異形な姿……それが何よりの証拠!」
「それに宇月! 何故こんな奴らと共にいるのだ! 貴様修行のために出雲におるはずであろう!」
また別の男の怒声を上げ、宇月はびくりと肩を揺らした。少し悔しげな表情で、かつての仲間たちを見上げる。
千珠はそんな宇月の横顔を見て「こいつらが、お前の仲間か」と問うた。宇月は、苦い顔で頷く。
「この人殺しが! 捕らえろ!」
「裏切り者!」
周囲を取り囲む陰陽師たちが、口々に千珠たちを罵る。舜海は奥歯を噛み、腰に帯びた刀に手を掛けようとした。
「やめないか!!」
凛とした声が響き、辺りは潮が引くようにしんとした。声の主を振り返ると、そこには険しい表情の千瑛が立っていた。
「そなたら一体何を見ていたのだ! あの鬼を退けたのは、そこにおる千珠どのであろう! 帝の命を受け、御所の護りになるべくここに参られたのだ!」
千瑛は三人の元に歩み寄ると、陰陽師たちの輪を退けた。輪の中心に立つ千瑛は、普段からは伺い知れぬような厳しい表情を浮かべて、陰陽師たちをぐるりと見回す。
「離れろ、この三人は帝の御前にお連れする」
陰陽師たちはざわめき、ぼそぼそと口々に「帝が妖の力を借りるだと……我々というものががありながら、どこの馬の骨とも知れぬ鬼の力を?」「神祇省もそれを許すのか……?」と囁き合った。
千瑛は、そんな男たちを鋭い目線で射竦める。
「この方々は、先の戦を終焉に導いた青葉国の方々である。そんなことも知らぬのか。大方、自分たちの身の保身にばかり明け暮れ、大局を見逃したのであろう」
と、冷たく言い放った。
「やれやれ、手厳しいお言葉ですな」
一人の男が、陰陽師の群れの中から前に出てきた。さっと周りの者たちが道を開け、四十がらみの大男が姿を現した。
大きな鷲鼻の目立つ、厳しい面構えの男であった。抜き身のような鋭い目つきには、堂々たる風格があり、篝火に照らされたその顔には、悠然とした笑みを浮かべている。
「確かに、部下たちに何も伝えておらなんだ私も悪かった。しかし、今まで神祇省のもとで都の守りとなって来た我々に、そのような言葉もなかろう」
千瑛はその男を見ると、何やら物言いたげにしつつも、目を細める。
「そうだな、言い過ぎた。非礼は詫びよう。しかし、何の功績もないまま今に至り、多くの死者を出しているのも事実。この方々は、帝直々にご指名を受けておいでなのだ」
「左様か。それならば何も言うまい。お前たち、引き揚げるぞ。到着の遅れた我らにも非がある。しかし、宇月!」
鋭い声で名を呼ばれた宇月は、びくっと身体を震わせた。硬い顔で、その鷲鼻の男を見据える。
男は太い眉を怒らせて、蔑むような目線を宇月に注いでいる。
「都には戻るなと申し伝えたはずだ。何故ここにいる? 何故こいつらといる?」
「父の墓参りに戻ろうとして、何が悪いのでござんすか」
宇月は震える声でそう言い返すが、鷲鼻の男は白けたような表情を浮かべて鼻で笑う。
「ふん、先代の妾の子が、墓参りとは笑わせる。今まで情けで置いてやっていたのだ、裏切りとは言わぬ。そちらでせいぜい尽くすのだな」
「……言われなくとも、そうしているでござんす」
「はっ! 恥知らずな女め。行くぞ」
黒装束の陰陽師を引き連れ、その男は袖を翻して闇へ消えていった。
「宇月、お前」
舜海は、悔しげな表情で陰陽師の集団を見ている宇月に掛けかけた言葉を、戸惑ったように止めた。
「話は後でござんす」
厳しい声で、宇月はそう呟く。千珠と舜海は、顔を見合わせて口をつぐんだ。
間もなく承明門から神祇省の数人の役人たちが現れ、千瑛の背後にずらりと並ぶと、皆が揃って千珠たちに一礼をした。
「大変、失礼を致しました」
「いや、ええねんけど……。千瑛どの、なかなかはっきり物を言わはるんやな。びっくりしたで」
舜海がそう言うと、千瑛は険しい表情から普段の温和な表情に戻り、苦笑を浮かべた。
「あの男は陰陽寮の棟梁・佐々木猿之助。棟梁があの男に変わってから、我々との関係が少し微妙になっていてね。彼らはひたすら強い権力を求めているため、我らの下で仕事をすることを良しとしていないのだ」
「へぇ……確かに、我の強そうな顔してたな」
舜海が腕組みをしながらそう言うと、千瑛は苦笑しつつ肩をすくめた。
「まったくもって、付き合いづらい男でね」
「千珠どの、さぁ中へ」
と、壮年の神祇官の一人が千珠を中へと促す。千珠は頷き、一行はその男に続いて内裏へと進んだ。
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