徳を積みたい鬼が俺を溺愛してくる

餡玉(あんたま)

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15、今、なんて……?

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 窓の外が、なんだか騒がしい。 

 小さな鳥の囀りとともに聞こえてくるのは、じいちゃんのでかい声と……。

「ん……」

 もぞ……とベッドから起き上がり、俺は腕を伸ばしてカーテンを開けた。窓を開けると、びゅうっと冴えた冬の朝の風が部屋の温度を一気に下げていく。身震いしながら首を伸ばして庭の方を見下ろしてみると、何やら大声で指示を出すじいちゃんと、箒を持った黒波の姿が……。

「おお……さっそく徳を積んでんのか」

 物珍しい光景がなんだか可笑しくて、俺は窓枠に肘をついてしばらく二人のやりとりを眺めていた。じいちゃんは「もっと隅々まで掃き掃除をしなさい! ほれ、落ち葉がこんなに溜まっとるだろう!」と溌剌と指示を出し、黒波は「はぁ? そんなところ誰も見ぃひんやろ」と心底めんどくさそうな声で言い返している。

 そして、今朝もきちんと人に変化している黒波である。ツノもないし、見たところ鉤爪も仕舞い込んでいるようだ。じいちゃんの着物と袴だから若干つんつるてんなところは否めないが、神職の白い装束も黒波にはなかなかサマになっていた。

 長い黒髪を高い場所でひとつに結わえ、仏頂面で庭を掃いている黒波に対して、じいちゃんも遠慮のない物言いだ。「庭の美しさが心の美しさに繋がるのだ! しっかり掃除せい!」と厳しい口調ながらも表情は明るい。

 これまでずっと二人暮らしだったこの家に新しいメンバーが現れたとあって、じいちゃんはどこか嬉しそうにも見える。……とはいえ、黒波は鬼だし、ここは神聖なる神社なのだが……。

「ま、いっか……。悪さはしないんだし、徳を積めば良い鬼になれるだろうし」

 鬼は鬼でも、人に悪さを働く悪鬼と、人の助けとなる行動をとる善鬼がいる。鬼を神として祀る神社もあるくらいなのだ。現世に蘇ってからこっち、黒波は何も悪さをしていないし、むしろ俺やじいちゃんを助けて妖を追い払うなど、善行を積んできた。それに……。

 ——……そうだ、昨日俺、黒波といちゃついて、そのまま寝ちゃったんだっけ……。

 しかも、最初は俺から手を出したんだ。うぶな反応を見せる黒波がなんだか可愛くて、やめられなくなって、その後は俺の方がもっと気持ちよくさせられてしまった。あんなにも甘く心地よい時間は初めてだった。情熱的に求められた上に、優しいぬくもりに包まれて……これまで経験したセックスなど目ではないくらい、俺は黒波の愛撫に酔いしれた。

 ——零士とはヤって帰るだけだったし、エッチの間も会話なんて一切なかったしな……。

 熱を秘めた黒波の金眼を思い出すたび、どきどきと胸が高鳴ってしまう。すると、そんな俺の熱視線に気づいたのか、黒波が顔を上げてこちらを見た。

「陽太郎、起きたんか」
「あっ……あ、うん。おはよう」
「朝からじじいがうっさいねん。起きたならお前も手伝え」
「了解。けど、俺は先に朝飯の準備だ」

 軽く手を上げて黒波に応じていると、じいちゃんが「うっさいとはなんじゃうっさいとは!」と怒る声が庭に響いた。

 なんだか平和な冬の朝である。



    +


 今日こそ真面目に講義を受けなくては……!! と心に決め、じいちゃんに黒波を託して俺は大学へ行ってきた。そろそろ冬休みが近いため、教授陣の気が緩み始めている気配はあるが油断はできない。それに、せっかく通わせてもらっている大学だ、学費の元はしっかり取っておかなくては気が済まない。

 黒波が現れてまだ数日だが、じいちゃんという理解者を得て、ようやく久しぶりに大学で一日を過ごせたような気がする。とはいえ、黒波がまともに神社の仕事を手伝えているのか、何事もなく過ごせているのかと気がかりで、そわそわと一日中落ち着かなかった。

 そして帰り道。
 颯爽と走らせていた自転車を『トモリバナ』の前で停め、俺は静司さんの店へ立ち寄った。昨日バイトを休んでしまったことについて、一言詫びを言うためだ。ちなみに、バイトを休む件についてはじいちゃんが連絡しておいてくれたらしい。

「静司さん、こんばんは!」

 いつもより少し早いようだが閉店準備を始めたところらしく、シャッターは半分閉まっている。シャッターをくぐって慣れ親しんだ店の中へ入った俺を、静司さんがにこやかに出迎えた。

「おや、陽太郎くん、なんだか機嫌がよさそうだね」
「え。そ、そうかな……」
「うん、なんだか顔色もいいし、肌艶もいいし……例の彼氏とうまくいってるってことかな?」

 なるほど、静司さんの中では、俺が『家に彼氏を連れ込んだ』というあたりで話の進展が止まっている。あながち間違いではないので、俺は曖昧に笑っておく。

「そんなのどうでもいいじゃん。昨日はすみません、急に休んで」
「いいさ。お祓いだったんだろ? 陽吾郎さんに聞いたけど、大変だったみたいだね」
「ええ、まぁ……」
「君はえらいね。人のためにちゃんと力を使って、やれることをきちんとこなす」
「まだまだ未熟者です。もうちょっとやれることが増えたらいいんだけどなあ」

 昨日、改めて痛感した力不足だ。これまでのようにはいかないことが今後起きた時、俺はどうやって悪いものを祓えばいいのだろう。師匠らしい師匠もいないため、若干先行き不安なところがあるのは事実なのだ。

 苦笑する俺を見つめて、静司さんはふと、低い声でこう言った。

「ところで……君は、あれがなんなのか、きちんと理解しているの?」
「え? あれって?」
「君が飼っている鬼のことだよ」

 耳元でそっと囁かれたその台詞を理解するまで数秒かかった。……俺はバッと顔を上げ、俺は咄嗟に静司さんから少し距離を取る。

「……えっ……? な、何言って」
「君からは鬼の匂いがぷんぷんする。まさかもう身体を許してしまったんじゃないだろうね」
「は…………は? 静司さん、何言ってんのかわかんないよ」

 じっと俺を見つめる静司さんの瞳には、普段の飄々とした穏やかさなど微塵も見当たらなかった。

 鋭く、俺の心の中に斬り込んでくるような伶俐な目つきだ。ゾッとして、背筋に冷たいものが走り抜ける。

 ——なんだ? なんなんだ? 黒波のこと……なんで、この人が知ってるんだよ。

 いくらじいちゃんでも、黒波のことを静司さんに漏らすとは考えにくい。しかもこの人は、俺の身体から鬼の匂いがすると言い切ったのだ。

 ごく普通に花屋を営んでいる人が、普通そんなことを言うだろうか。言うわけがないだろう。いくら俺の霊力のことやお祓いのことに理解があるといっても、常人が『鬼』なんて言葉を口にするなんて、普通はあり得ない。

「静司さん……あんた、何なの」

 声がかすかに震えてしまう。今、静司さんが身に纏っているのは、ほわっとした柔らかそうな黒いセーターと、細身のデニム。そして、『トモリバナ』のロゴが入ったグリーンのエプロン。全くいつも通りの衣服に身を包んだ静司さんの姿が、なぜだかすごく異様なものに見えてくる。

 ぶれのない視線で俺を見据える静司さんの全身から、ゆらりと陽炎のようなものがかすかに揺らめく。自分の目を疑って、二、三度瞬きをしてみたものの、それは確かに静司さんの体表を覆うように存在していて……。

「え……? な、なんで」

 思わずたじろいでしまった俺の声は、情けないほどに震えている。

 にぃ……と、静司さんは鋭く尖らせていた目を細め、唇を半月のように歪めた。




   









◇ここまでお読みいただきありがとうございます!次話更新まで、また数日お時間いただきます。
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