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第一幕 可笑しな戦国時代

六 可笑しな戦国時代

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「俺はお前を拾った、ならばお前はすでに俺の物だ」



無茶苦茶な理屈に少しでも信長様が優しいなんて思った自分がバカだったと思えてしまう。



「なんと言われようと、私は貴方の物になんてなりませんしなった覚えもないですから」

「物ごときが、俺に従わぬと言うのか?」



冷たく射竦められ、恐怖を感じながらも私は信長様から視線を逸らさず真っ直ぐに見据える。

すると、顎を掴んでいた手が放され、私は思いきって信長様に尋ねる。



「信長様は、人を愛さないのですか?愛でたい人はいないのですか?」

「そんな者はおらぬ。それに、そんな者、俺には必要のないものだ」

「人を愛し愛でることは、必要だからするのではありません!大切な人に出逢えたとき、そうしたいと自分で感じるものなんです!!」

「そんなもの、俺は知らぬ」



冷たい瞳で言われた言葉は私の胸に重く響き、やっぱり愛をわかってもらうなんてできないのだろうかと顔を伏せてしまいそうになる。



「用がすんだのなら自室へ戻れ」

「ッ……」



冷たい声音で言われた言葉に、今何を言っても信長様には届かないのだと感じ、私は部屋を出て俯きながら廊下を歩く。

今の私に何か出来ることはないのか考えてみても何も浮かばず、どうしたらいいのか私にはわからなくなってしまう。



「また会ったね」

「え……?」



突然声をかけられ俯いていた顔を上げると、目の前には家康さんの姿がある。



「こんなところでそんな暗い顔をして、どうしたんだい?」

「それが……。ある人に、愛をわかってほしいんですけど、なかなかわかってもらえなくて、どうしたらいいのかわからなくなってしまって……」

「う~ん。僕も愛って言うのはよくわからないけど、その人は愛を知らないんだよね?なら、すぐにわかってもらうなんて難しいんじゃないのかな?」

「え……?」



家康さんに言われた言葉で思い出してみれば、私は信長様に愛をわかってほしくて、人を大切に思う気持ちをわかってほしくて、信長様の気持ちを考えていなかったかもしれないと気づく。



「焦ることはないよ。ゆっくり時間をかけて、知ってもらえばいいんじゃないかな?人も同じだよ、すぐに相手のことを理解するなんてできるわけないんだよ」



私は、いつの間にか愛をわかってもらおうと焦っていたのかもしれない。

私が何を言ったって、愛を知らない人にとってはただの言葉でしかなくて、愛がなんなのかなんてわかるわけがないのだから。



「家康さん、ありがとうございます!私、ゆっくり時間をかけてわかってもらえるように頑張ります!」

「うん!元気が出たみたいでよかったよ」



何だか、家康さんの優しい笑顔を見ていたら、こっちまで癒される気がするから不思議だ。



「では、私はこれで失礼します」

「何処へ行くんだい?」

「自室が何処にあるのかわからないので、秀吉さんに聞きに行こうかなと……」



一瞬家康さんは目を丸くすると、吹き出すように笑い出した。



「あははッ!自分の部屋がどこか忘れちゃうなんて、君ってやっぱり可愛らしいね」

「っ……!」



恥ずかしさで顔から火が出そうになると、そんな私に気づいた家康さんが目に浮かぶ涙を掬い取りながら口を開く。



「ごめんね、いきなり笑ったりして。あまりに可愛らしかったからついね。美弥ちゃんの部屋なら、僕が知ってるから一緒に行こうか」

「本当ですか!?よろしくお願いします!」



家康さんに案内をしてもらえることになり、家康さんが歩く後ろを着いていくと、無事自室の前まで戻ることができた。



「秀吉さんと信長様のお部屋の場所まで教えていただいたのに、部屋まで送っていただきありがとうございました」

「気にしないで、僕は美弥ちゃんと一緒に話せて楽しかったから」



優しく微笑まれると、何だか安心して、つい口がほころんでしまう。



「じゃあ、僕はそろそろ失礼するね」

「はい。ありがとうございました」



家康さんの背を見送った後、私は自室へと入ると畳へと座った。

家康さんにはゆっくり時間をかけて頑張る、なんて言っちゃったけど、まずは皆のことを知るところからだ。

まだ私は、昨日この世界に来て、信長様や秀吉さんと出会ったばかりだ。

それに、まだお話ししていない武将の方もいる。

今は愛を知ってもらうことよりも、皆のことを知りたくて、知らなくちゃいけないと思った。

でも、部屋に閉じこもりっぱなしじゃどうにもならないし、どうすれば皆を知ることができるのだろうかと考える。



「美弥、いるか」

「はい」



襖の向こうから声が聞こえ、居住まいを正し返事をすると、襖が開き秀吉さんが中へと入ってくる。



「ほら、昼餉を持ってきたぞ」

「ありがとうございます」



私の前に置かれた美味しそうな料理を見て、私はあることを思い付いた。



「秀吉さん、今日の皆様の夕餉を、私に作らせていただけませんか?」

「どうしたんだ急に?信長様からは何も言われてねぇんだし、お前がする必要はねぇだろ」

「そうかもしれませんけど、少しでも皆さんの為に何かしたいんです!」



このままじっとしていたって、行動しなきゃ何も始まらない。

料理なら、武将の皆さんの好みも聞けるし、皆のことが少しはわかるかもしれない。



「はぁ……仕方ねぇな。信長様と厨の女中には、俺から伝えといてやるよ」

「ありがとう、秀吉さん!」

「信長様も食うんだ、不味い料理なんて出すんじゃねぇぞ」



笑みを浮かべながら、秀吉さんはヒラヒラと手を振り、部屋を出ていってしまった。
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