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第十一幕 虎と龍の過去

二 虎と龍の過去

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「美弥がお前のことをうっとりと見詰めておったぞ」



信玄さんの言葉に、私も幸村も顔を真っ赤にし、それを楽しむかのように信玄さんは喉をならし笑っている。


そのあと、二人と別れた私は自室へ戻ろうと歩みを進めていると、縁側に座る謙信さんの姿を見かけ声をかけた。



「何を見ていらっしゃるのですか?」

「桜の木をね……」



そこには、まだ花を咲かせていない桜の木が確かにある。

でも、その桜の木を見詰める謙信さんの横顔は、どこか悲しそうに見えた。



「あの、隣に座ってもよろしいですか?」

「ああ、構わないよ」



私は謙信さんの隣へと座ると、再び真っ直ぐに桜の木を見詰める謙信さんの横顔を見ていた。


やっぱり、何だか悲しそう……。



「昔話を聞いてもらってもいいだろうか」



その時突然謙信さんが声を発したため、私は慌てて謙信さんから視線を桜の木へと逸らした。



「はい!」



私が返事をすると、謙信さんはゆっくりと話始めた。

昔、ある武将と姫は恋に落ち、婚姻を結ぶことになっていた。

だが、姫が流行り病にかかり、結局二人は結ばれることはなく、それから数日後に姫は亡くなってしまった。



「悲しいお話ですね……」

「そうだね。結局武将に残ったものは、悲しみだけしかなかったのだから」



謙信さんは目を細目、先程よりも悲しそうに、苦しそうに、まだ咲かぬ桜の木へと視線を向けていた。

私は何も声をかけることができず、結局自室へと戻ってきてしまっていた。


こんなとき、何もできない自分が無力だと思い知らされる……。


それでも私は、私にできることをすることしかできない。

今私ができることは、まず信玄さんの心を癒すことだ。

謙信さんのこともほってはおけないけど、今はそっとしておくべきだと感じる。

絶対に謙信さんにも笑顔で過ごせるようになってもらいたいから、今は焦らず慎重にいかなければいけない。

何故かはわからない、でも、刻の言う難しいは、信玄さんのことだけじゃない気がする。



「幸村です」



いろんなことを頭で考えていたとき、襖越しに幸村の声が聞こえ返事をすると、信玄さんが私を呼んでいるらしく、幸村に案内され信玄さんの部屋へと向かった。



「幸村です。美弥様をお連れいたしました」

「入れ」



返事が聞こえると、私だけ部屋へと入り、信玄さんの前へと腰を下ろした。



「御苦労だった、下がっていいぞ」

「はっ!」



幸村は襖を閉めると立ち去ってしまい、部屋には私と信玄さんだけが取り残された。



「突然呼び出してすまなかったな」

「いえ。私にどういった御用だったのでしょうか?」

「少々確認をしたくてな。昨日言っていた、愛を知ってもらうと言うのは本気なのかと思ってな」

「昨日もハッキリとお伝えしましたが、私は本気です」

「ならいい」



その時、突然信玄さんは私の腕を掴むと、そのまま私を畳へと押し倒した。



「っ……何をなさるのですか!?」

「俺に愛を教えるのだろう?それが無駄だと言うことを教えてやろう」



まるで獲物を狩る虎のように、鋭く光る目は私を捉えている。

信玄さんが何故こんなことをするのかわからなくて、近付いてくる顔から逸らそうと横を向くが、もう片方の手で無理矢理向かされてしまう。



「愛を知っていながら、何故こんなことをするのですか!?」



数センチの距離となったとき、私はつい口に出してしまっていた。


これは幸村から聞いたことで、信玄さんには触れられたくないことのはずだ……。



「幸村から聞いたのだな」



悲しみを含んだ声に、私の胸が痛むのを感じる。

でも、心に封じてしまった愛をもう一度取り戻してもらうには、過去と向き合わなければいけない。

信玄さんは私の上から退き、私は起き上がると信玄さんへと視線を向けた。



「何故愛を教えることが無駄なんですか?愛を知っているのなら」

「貴様に何がわかる……。俺が愛したのはあいつだけだ!!あいつがいない今、愛など必要ない!!」



怒鳴るように言った言葉は、私に言っているのではなく、信玄さん自信に言っているように聞こえた。

守ってあげることができなかった悔しさ、愛する人を亡くした悲しみ。


その気持ちがわかるのは信玄さんだけで、私にはわかってあげられない、だけど……。


私は気付いたときには信玄さんを抱き締めていた。



「っ……!?何をしている」

「これ以上自分を攻めないでください!!信玄さんの気持ちを全て知ることはできません。それでも私は、信玄さんの支えになりたいんです。それに信玄さんには、すでに支えてくれる頼もしい家臣がいるではないですか」

「御館様!!」



私の言葉と同時に襖が勢いよく開かれ、幸村が部屋へと入ってきた。



「俺はもっと強くなり、御館様も、甲斐の国も支えられるような男になります!!」

「……そうだな、美弥の言う通りだ。過去の公開ばかりで、俺は回りが見えていなかったようだな」



そう言い信玄さんは喉を鳴らし笑うと、幸村の頭をわしゃわしゃと撫でた。

この笑顔を見ればわかる、もう信玄さんは大丈夫だと。



「だが、まさか美弥から支えたいなどと求婚されるとはな」

「へ……?ち、違いますから!支えになりたいとは言いましたがそう言う意味ではなくて!」



私が慌てて否定すると、信玄さんの楽しそうな笑い声が部屋に響き渡った。

信玄さんにからかわれながらも楽しい時を過ごしたあと、私は自室へ戻ろうと信玄さんの部屋を後にした。

部屋を出てすぐの廊下で声をかけられ振り返ると、そこには幸村の姿があった。



「私が襖の前にいたことを知っておられたのですね……」



私は信玄さんに押し倒されたとき、襖が微かに揺れたことに気づき、何故か私はその時幸村だと感じていた。
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