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2巻
2-4
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町にもある空気循環システムなる魔道具が等間隔に配備されているので、呼吸の心配はしなくても良さそうだ。灯りもあったが、少し薄暗い。
「灯光」
四人分の、目に優しいダイニングライトの小さな玉を作り出して、歩を進める。
「タケル、お前は本当に高名な魔法使いではないのか!?」
小ぶりだが十分な光を放つそれを突きながらクレイが叫ぶ。こんなんで叫ばないでほしい。
「素材採取を生業としておりますー。っと、探査」
目の前に広がる岩の壁に、わずかに白の光の反応。しかし、状態の良い、含有量が豊富な鉱石だけを意識しようとすると光は消えてしまった。坑道入り口なんてこんなものだろう。
「タケル、今……貴殿は重複魔法を唱えたのか?」
「なにそれ知らない。はいはい次こっち行くよー」
「ピュイピュイ」
解読のおかげで、はじめて来た坑道なのに何度も通い慣れた道のような印象。こっちの道は行き止まりで、あっちからは光の反応が見られない。迷うことなくずんずんと先を進む。
「…………ワシの道案内、いらんかったかな」
「ふふふ。そう落ち込むことはない。アレでもタケルは鉱山に来るのがはじめてと申しておった。突然のことに対処しうるだけの能力はさすがに……」
「あ、その前に地点確保させてくれ」
坑道入り口からすぐのところに魔石を置く。位置がずれないように。
「地点確保、固定」
小さな魔石が合図とともに光る。この場所から決して動かないように固定魔法かけておけばかんぺ……
「今何をした!」
「今何をしたのじゃ!」
だから単独行動が気楽だったのになあ……
5 狭い場所で、戦闘開始!
地点を確保する理由は、ダンジョンから魔法で脱出するときの目印にするためだ。
ゲームとかではよくあるだろう? ボスを倒したあと、その場から一気に脱出する魔法。
来た道をいちいち戻るのは面倒だし、ビーのアクロバット飛行を味わうのは御免だし、何よりそう、時間を有効に活用するためだ。
徒歩四十分の道のりをタクシーで五分。それならば俺は、金を払ってタクシーに乗る。この場合、タクシーに乗るために金を浪費するのではなく、時間を金で買うと考える。そうして大人は汚くなって……いや、そうじゃない。
「時間って大事だよねー」
魔石を設置した理由を歩きながら説明すると、ブロライトは目を輝かせ、クレイストンは理解できないと目を瞬かせた。
二人の驚きっぷりを見ると、この世界にダンジョン脱出のための魔法は存在しないらしい。やらかしたあとで説明が面倒だったが、これは慣れてもらうしかない。
ちなみに坑道の入り口を地点したのにも理由がある。探査したときに、ここが入り口ですよとわかりやすいからだ。脳内に展開する地図でビーコンのように点滅しているので、その目印に向けて瞬間移動できるという。これはSF映画の知識を利用させてもらった。せっかく持っている空間術を利用しない手はない。
ただし、この転移門の魔法が利用できるのは、一地点につき一方通行の一回こっきり。しかも俺が同行しないと移動ができない。様々な場所に地点すればいいが、そのぶん魔石を作らなければならないのだ。意外に不便っちゃ不便。
「タケル! 貴殿は凄まじいな! 誰も思いつかぬだろうことを赤子の手を捻るように思いつき、屁のかっぱのように実現してしまう!」
「うん、称賛は嬉しいが例えが悪いな」
「素材採取を生業としている者は、皆そのような素晴らしき技を持つのか?」
「いや、他の素材採取家の仕事を俺は知らない。俺のは全部自己流」
この世界に一人落とされ、誰にも何も聞けず、すべて己の判断でやってきた。
とはいえ、そんな俺を手助けし、親切にしてくれたトルミ村やベルカイムの住人のおかげで、今の俺はあるとも言える。感謝は忘れませんよ。天狗になって身を滅ぼしていった前世の知人たちを反面教師とし、俺は謙虚に今日という日を着実に生きていくのだ。
「旦那、ここいらは少しだがイルドラが残っていると思うぜ」
ザンボ氏が、鉄鉱石が混じるイルドラ石の層をツルハシで叩く。
何の変哲もないただの岩の壁に過ぎない場所を示したので、クレイもブロライトも首をかしげている。俺にも魔法の力がなければ、ただの壁にしか見えなかっただろう。
「調査」
【鉄鉱石 ランクE】
【イルドラ石 ランク圏外】
【銀鉱石 ランク圏外】
壁を掘り続ければいくつかの塊が出てくるだろう。しかしランクが低い。他の種類の鉱石もあるようだが、取引できるようなものはないようだ。
「鉱脈としては少し反応が弱いな。もう少し先に行こう」
「ほっほう、旦那さすがだな。確かにこの場はあらかた採掘済みだ。試したようですまん」
「別にいいさ。ランクFの素材採取家なんて信用できるわけがないからな」
プライドの高い素材採取家ならば、こんなことをされたら不愉快になるかもしれない。が、俺には素材採取に関してプライドなど微塵もない。だって、全部魔法の恩恵なんだもの。
「ピュッ」
「……む」
「タケル、ザンボ、後ろに回れ。壁を背にしろ」
道なりに小一時間ほど進むと、頭上のビーが警戒警報を発令。と、同時にブロライトとクレイも異変を察知したようだ。二人とも凄いな。
「何か来るのか?」
「ヒイイッ! 先日来たとき、ここはまだモンスターが出てこなかったのに!」
俺は、怯えるザンボ氏を背後に隠し、無詠唱で探査を展開。
百メートルくらい先のうねった角に、モンスターを示す黒点滅有り。真っすぐこちらを目指しているようだ。
「クレイ、ブロライト、種類はわからないが五匹こっちに向かっている」
「うむ、わたしも同じ見解じゃ。足音が複数あってわからぬが、これは……虫系のモンスターかもしれぬ」
狭い坑道内でクレイの槍は邪魔になる。よって、クレイは鉄の剣を手に構えた。
「俺は狭い場所で動き回るのは不得意だ。ブロライト、任せられるか」
「任されよう! タケル、以前にわたしにかけてくれた盾を今一度もらいたい!」
「了解。灯光も光量を増やすぞ」
少し広がった場所に移動し、隊形を整える。
正面にブロライト、続いてクレイ、ビーは俺の頭で警戒態勢。俺はザンボ氏とともに戦闘の邪魔にならないよう壁を背にして待機。ついでにブロライトが暴れて落盤とか起きても困るから、ここらへんの壁とかも強化しとくか。
「全員に盾展開、坑道の壁には結界展開しておく。ブロライト、暴れまくっても坑道は壊れないからな」
「それはありがたい!!」
「来るぞ!」
【ポイズンスパイダー ランクD】
体液がすべて猛毒の獰猛なモンスター。
暗く湿った場所を好み、群れで行動する。尻から飛ばす粘着力の高い糸にも毒性が宿るが、乾燥させれば毒気は抜け、強固なロープになる。
[備考]食用には不向き。眉間の瞳が弱点。体液は錬金術に使用可能。
黒い身体に紫と赤と黄色の毒々しい、いかにも毒持ってます的な風体の大蜘蛛がカサカサとやってきた。
うわい気持ちわりー。こんなの食いたいとも思わないって。
「ポイズンスパイダーか! 厄介じゃな!」
「ひいいいいいい!!」
ザンボ氏の悲鳴が坑道内に響き渡った。ドワーフの三倍は大きい蜘蛛だもんなあ。そりゃ悲鳴くらい上げるよな。
ジャンビーヤを両手に構えたブロライトも、多少怖気づいているらしい。
蜘蛛の脚は猛毒にまみれているので、ほんのかすり傷すら命に関わる。おまけにこの狭さでは、ブロライト本来の素早い動きは制限されてしまうだろう。しかも相手は五匹。
「ブロライト、今から蜘蛛の動きを止めるから、眉間の目を狙ってくれ」
「う、動きを止める?」
蜘蛛は尻をこちらに向け、糸を出す気まんまんだ。
高速で飛び出す糸で獲物を捕らえ、巣にお持ち帰りをしてゆっくりいただくらしい。この糸っていうのも素材として欲しいが、倒してから糸線を取り出せばいいだろう。
ともかく、どんなに素早くても動きを遅くしてしまえばいいんだ。
「行くぞー。行動停滞展開、ついでに状態異常防御展開」
行動停滞で完全に行動を止めることはできないが、魔力が少ない相手には効果抜群。蜘蛛たちは一瞬にしてその場で動けなくなる。
状態異常防御は予防措置。もし毒に侵された場合、魔法で解毒ができるかわからないからだ。
「タケル! 蜘蛛どもが止まっておるぞ!」
「今のうちに攻撃よろしく! あんまり長く持たないからな!」
「てえええーーーーいっ!」
アクロバティックなブロライトの戦い方は何度見ても恰好いい。
動きは派手だが、無駄が一切ない。魅せる戦闘っていうのだろうか。バク転、横転、後方抱え込み二回宙返り三回ひねりなんのその。
蜘蛛も負けじと応戦しているが、自分の身体が思うように動かない事態に相当困惑しているようだ。牙を剥いて襲いかかってくるが、ブロライトはひらりとかわして眉間を貫く。蜘蛛は悲鳴を上げる間もなく事切れた。
盾効果のおかげで飛び散る体液をも防いでいるんだが、そんな状況を、クレイが呆然と見つめている。
そういえば、まともに俺の支援魔法見るのはじめてだっけ。
自分で特攻するよりも、戦闘が得意なブロライトに行ってもらうほうが安全確実。ブロライトの類稀なる身体能力も不可欠だか、それにちょろっと協力する形でバフを撒く(魔法で能力向上などをかける)のが俺の戦い方。
単独ならもちろん俺自身で戦うが、複数で動いている場合、俺は完全に邪魔になる。連携して戦うなんて真似、やったことがないからだ。こういうのは戦闘のプロに任せたほうが良い。
素早い動きであっという間に五匹の蜘蛛を絶命させたブロライトが、飛び跳ねて喜んでいる。こういうところは可愛いんだよ。
「凄いのう、凄いのう! タケルのおかげで、わたしは何の憂いもなく飛び回ることができる!」
「盾に頼りすぎるとブロライト本来の動きを忘れてしまうから、そこは気をつけてくれな」
「そうじゃな!」
もともとブロライトは、盾などなくても回避能力が高い。
ブロライトから求められたとはいえ、しっかり展開しておいたのは、モンスターの返り血を浴びて臭くなってほしくないから……というなんとも利己的な理由もあったりするのです。あの子、モンスターの返り血や返り臓物、気にしないで浴びるんですよ。
いやもちろん、ブロライト嬢の綺麗な肌に傷をつけてもらいたくない、という理由もありましてね。
「ブロライト、子蜘蛛が来るぞ!」
クレイの叫びに再度警戒し、えっ、どこに? と辺りを見渡すが何も出てこない。しかし微かに、ほんの微かに音が聞こえる。
かさかさという音が。
なにこれ怖い。
ピンと張り詰めた空気の中、ぴちゃん、という水滴の音が響く。
「ヒッ!」
絶命したはずの巨大な蜘蛛の腹がわさっと動いた。ぼこぼこと内側から何かが飛び出そうとしている。
子蜘蛛って、そういう意味での子蜘蛛ですか。知りたくなかった。
蠢く蜘蛛の腹から何か出てくる。何か、ちっちゃくてわさわさしたのが絶対出てくる。
「ていっ!」
「キャアアアア!!」
今にも何かが出てくると思った腹を、ブロライトが思いきり踏んづけた。
ぐちょっとした体液が辺りに激しく飛び散る。それでも潰されなかった数百匹という子蜘蛛が、わらわらと飛び出た。
「イヤアアア!!」
さっきから叫んでいるのは、俺です。
こういう、小さくてたくさん集まって蠢いているものを見るのは苦手なんだよ。蟻とかフジツボとか。しかも子蜘蛛は、黄色とか赤の蛍光色。不気味に光っているのが、更に気持ち悪い。
「こらタケル、お前も踏め!」
「嘘ぉ! だってプチって、プチって」
「噛まれれば皮膚が膨れ上がって、数日は痛みが引かぬぞ!」
梱包材のプチプチを指で押し潰すのとはわけが違う。足元で素早く動き回る子蜘蛛を跳ねながら潰す。その感触がなんとも言えない。
「旦那方ぁ! 奥からまた何か来てるぜ!」
震えるザンボが叫んだのと同時に、ブロライトが一瞬で警戒。ジャンビーヤを持ち直して構えた。
戦闘のたびにブロライトの全身が汚れる理由がわかった気がする。汚れなど気にしていたら、死ぬかもしれない。
「てええええいっ!」
だとしても真正面から敵の懐に突っ込み、顔面に返り血を浴びまくるのはやめてほしい。いくら盾の効果で薄皮一枚、汚れることがないと言っても、もう少し避けるとかできないかな。
蜘蛛に続いて現れた巨大ムカデのようなモンスターの胸を切り裂き、ブロライトは鮮やかに脚をもぎとった。
「ゴリラ……」
「なんじゃ?」
「イエナンデモ」
野性的でもあり、しかしあくまでも冷静にモンスターを倒すブロライトに感心しつつ、絶対に怒らせないようにしようと固く誓った。
「ひいいぃぃ……」
「ピュピュ~?」
「ザンボさん、もう大丈夫」
「ひっ? えっ? ……え? ポイズンスパイダーが五匹もいたんですよ? 更にブラッドペンドラまで。なのに、こんな早く?」
ザンボ氏がやっと顔を上げる。
そこには、絶命した大蜘蛛が五匹。飛び跳ねるブロライトが一人。クレイはクレイで何か言いたそうに俺を睨んでいる。うるさい、子蜘蛛は踏んづけたんだから完全に人任せじゃないだろう。
震える身体でやっと状況を判断したザンボ氏は、手を叩いて喜んだ。
「うおおおお! なんともー!」
「凄いよなあ。さすがエルフ」
「ふぉおおおお! なんとなんとー!」
「はいそれじゃあ回収」
そう言って俺は、大蜘蛛の死体を鞄の中にするすると入れていく。生き物は入れられないが、命を失ったものなら入れることができる。しかしこれを解体するには、専門の解体業者に任せないと毒が怖い。
ブロライトも心得たとばかりに巨大な蜘蛛を掴み、俺に手渡す。クレイもそれを見習い、二匹同時に掴んで差し出してきた。子蜘蛛は放置。
鞄に放り込みながら、俺は提案する。
「これは全部ブロライトの報酬でいいかな」
「ぬっ? 何を申す。貴殿らの援護がなければ勝利は困難であった。三等分で良いじゃろう」
「俺はただ見ていただけに過ぎぬ。タケルが良いと言うのだから、遠慮なくもらっておくがいい」
報酬の分配は揉め事の一つだと聞いていた。パーティーを組んで強敵に挑むのは良いが、誰がとどめを刺したのか、誰が一番多く切りつけたのか、そう主張し合うのが当たり前。信頼し合う仲間同士ならばそんなこともないだろうが、やはり人間、報酬に関してはシビアらしい。
そういう面倒なことが嫌だから俺はソロで動いていた。今回三人での行動に不安があったのは、報酬面でのことだけだった。
「クレイストンの恐ろしさに一瞬怯んだ蜘蛛もおったのじゃ。何もしておらんわけではなかろう?」
「……俺はそんなに恐ろしいのか? 毒蜘蛛よりも?」
なんと言うか、今更だけどこの二人いいな。
ここで、俺が俺がと主張してくるようなヤツとは、絶対に行動をともにできない。
「それじゃあ坑道内で退治したモンスター、全部ひっくるめて三等分にしよう。いちいち数を数えるのが面倒だからそれでいいよな」
「構わんぞ!」
「俺もできうる限り多く退治したいものだ」
毒蜘蛛が流した体液を清潔で跡形もなく消してやる。下手に毒が残っていて、誰かが触れたら大変だからな。
重さの変わらない鞄を抱え直し、先へ進む。何かが吹っ切れたザンボ氏が先頭に立ち、意気揚々と坑道の説明をしてくれた。
今進んでいる北坑道、通称玄武道は比較的新しい坑道とはいえ、十年の歴史がある。
ドワーフたちは身体こそ小さいが腕力は人並以上あり、ツルハシやノミ以外にも特製の採掘用魔道具を使って坑道を広く長く造る。そのため、俺やクレイのようにでかい身長でも背を屈めるほどではない。多種多様な種族が訪れても不便のないようにしたからとのこと。
リュハイ鉱山で鉱石採取をする冒険者は数多おり、広く門戸を開いている。そのほうが町の活性化にもつながり、儲かるらしい。
「鉱石は採取してもらえるし、滞在費なんかで金は落ちるしで一石二鳥なわけか」
「よくわかっているじゃないか旦那」
「ところで気づかなかったんだが、ヴォズラオに湯屋ってあるのか? 宿には小さい風呂しかないんだよ」
「湯屋かい? うーん、女用の風呂屋はあると思うが、男は風呂に入らないからなあ」
うげへ。
「何で湯屋なんだい?」
「俺は風呂に入るのが好きなんだ。クレイもだよな?」
「左様」
「風呂が好きな種族もいるわけだろう? せっかくはるばる来たドワーフの都市だっていうのに、湯屋が一つもないのは残念かなと思ってさ」
種族専用の宿も受付もあるのに、湯屋だけないのが不満なのだ。
「うううーむ、湯屋かあ」
「多種族を広く受け入れたいなら、湯屋は必要だと思う」
「そういやあ冒険者どもの中にもいたな。湯屋はないのかと聞いてくるヤツが」
習慣ではないが、あるのなら利用したいと思う者もいるだろう。
ベルカイムですら湯屋を利用する者がいたのだから、鉱山のあるここならなおさら需要はあるはず。
そんな己の欲望をしれっと提案し、俺たちは順調に奥へと進んだ。
しばらく進むと、突然開けた場所に出た。
天然の鍾乳洞だと説明されたそこは、玄武の寝床、という場所らしい。
天井から地面から立派な鍾乳石が伸びており、足元には綺麗な水が湧いている。そんな広い空間になっていたので、ライトアップすれば観光名所にもなりそうな気がする。
この世界にはこんな見事な自然があちこちにあるから珍しくもないのだろうが、俺にとっては未だに非日常。どのくらいの歴史があるのだろうとか考えだすと時間も忘れて見入ってしまう。
地図の中ほどに位置するその場所で、俺たちは小休憩を取ることにした。空腹っぷりからするに、今は昼ごろだろう。
「タケル、タケルっ、昼飯にするのじゃろう?」
「そうだな。俺もビーも腹が減ったし」
「ピュイ!」
ブロライトには俺が作った飯を食べさせたことがある。キュリチ大河の手前で野宿したときに、毎度お馴染み肉すいとんスープ。これは美味い美味いと喜んでくれたのだ。
中身はアレだが、見た目はとびきりの美人。美人がほっぺた膨らませて豪快に食べ続ける様は、見ていて意外と気持ちのいいものだなと思ったんだよ。作り手としては、お上品にちょぼちょぼ食べられるよりよっぽどいい。
「なんだ。お前は飯を作ることができるのか?」
辺りを警戒していたクレイが驚きの声を上げる。意外そうな顔してこっち見んな。
いつもいつもベルカイムの屋台村で買ったものばかり食っていると思うなよ。俺はもともと自炊のほうが多かったんだから。
さてさて、鞄の中から取り出したのは、トルミ村の宿、料理長お手製の濃厚デミグラスっぽいソース。様々な食材や調味料を数日煮込んで出来上がるそのソースは、料理長の自慢。俺も一発で惚れこんで、何度も頭を下げ、大量の貢物をしまくって、大鍋いっぱいに作ってもらったのだ。
ロックバードとサーペントウルフの解体をクレイに頼み、その間に俺は副菜作り。肉を食うなら野菜も食うのが俺の主義。
マデウスには様々な野菜がある。日本の食文化のように彩りやバランスなどは気にしないが、野菜も食べないといけない、ということは知っているらしい。だから、ビタミン欠乏から発症する脚気などの病気になっている者は少ない。一部の偏食貴族には多いらしいけど。
「うん? タケルの旦那、何を作るんだい」
「鶏肉と狼肉の香味デミグラス焼きを野菜で巻いて食べる夏の足音イモを添えて」
「夏の足音? はあ?」
トルミ村の雑貨屋のおっさん、ジェロムが持っていけと無理やりよこした大皿を取り出し、前もって洗っておいた葉物を並べる。この葉っぱはレタスに似ている。
ベルカイムの屋台村で買っておいたふかしたイモと、赤いプチトマトのようなものを添えれば、下準備は完了。
クレイがさばいてくれた肉をまず茹でる。焼き時間を短縮させるためだ。じっくり焼いたほうが旨味が逃げなくていいんだけど、ここは味より時間を優先。
ある程度茹で上がった肉を取り出し、塩コショウ。熱したフライパンで一気に焼き上げ、余熱でデミグラスっぽいソースをかけたら出来上がりだ。
狭くない空間に甘辛いソースの匂いが一気に広がる。空腹に鞭を打つその匂いに、怪獣の鳴き声のような腹の虫が一匹、二匹、三匹。
「タケル、まだか? まだなのか?」
「あとちょっとお待ちなさいな。もうちょっと」
「ピュィィ、ピュ、ピュイイィ」
「ビー、ヨダレを俺の頭皮に浸み込ませんな? 汁モノはコンソメっぽいスープでいいだろう。これは大鍋に作っておいたのがあるから」
昨晩一人でこそこそと作っておいたのだ。どうせ坑道の中で食べることになるのだろうから、一品くらいは前もって作っておこうと。
これで一汁一菜。漬物も欲しいところなので、瓶詰めで買っておいたピクルスっぽいものを取り出して完成だ。
「アイテムボックスっていうのは……本当に便利なんだな」
ザンボが感心したように頷いて、俺の鞄をまじまじと見つめる。腹の虫をわめかせながら。
この濃厚なデミグラスのソースに少量の醤油を垂らしたいが、ないものは仕方がない。
最後に、四方に結界魔石を配置。これで見張り番は必要ないから、食べることに専念できる。
「灯光」
四人分の、目に優しいダイニングライトの小さな玉を作り出して、歩を進める。
「タケル、お前は本当に高名な魔法使いではないのか!?」
小ぶりだが十分な光を放つそれを突きながらクレイが叫ぶ。こんなんで叫ばないでほしい。
「素材採取を生業としておりますー。っと、探査」
目の前に広がる岩の壁に、わずかに白の光の反応。しかし、状態の良い、含有量が豊富な鉱石だけを意識しようとすると光は消えてしまった。坑道入り口なんてこんなものだろう。
「タケル、今……貴殿は重複魔法を唱えたのか?」
「なにそれ知らない。はいはい次こっち行くよー」
「ピュイピュイ」
解読のおかげで、はじめて来た坑道なのに何度も通い慣れた道のような印象。こっちの道は行き止まりで、あっちからは光の反応が見られない。迷うことなくずんずんと先を進む。
「…………ワシの道案内、いらんかったかな」
「ふふふ。そう落ち込むことはない。アレでもタケルは鉱山に来るのがはじめてと申しておった。突然のことに対処しうるだけの能力はさすがに……」
「あ、その前に地点確保させてくれ」
坑道入り口からすぐのところに魔石を置く。位置がずれないように。
「地点確保、固定」
小さな魔石が合図とともに光る。この場所から決して動かないように固定魔法かけておけばかんぺ……
「今何をした!」
「今何をしたのじゃ!」
だから単独行動が気楽だったのになあ……
5 狭い場所で、戦闘開始!
地点を確保する理由は、ダンジョンから魔法で脱出するときの目印にするためだ。
ゲームとかではよくあるだろう? ボスを倒したあと、その場から一気に脱出する魔法。
来た道をいちいち戻るのは面倒だし、ビーのアクロバット飛行を味わうのは御免だし、何よりそう、時間を有効に活用するためだ。
徒歩四十分の道のりをタクシーで五分。それならば俺は、金を払ってタクシーに乗る。この場合、タクシーに乗るために金を浪費するのではなく、時間を金で買うと考える。そうして大人は汚くなって……いや、そうじゃない。
「時間って大事だよねー」
魔石を設置した理由を歩きながら説明すると、ブロライトは目を輝かせ、クレイストンは理解できないと目を瞬かせた。
二人の驚きっぷりを見ると、この世界にダンジョン脱出のための魔法は存在しないらしい。やらかしたあとで説明が面倒だったが、これは慣れてもらうしかない。
ちなみに坑道の入り口を地点したのにも理由がある。探査したときに、ここが入り口ですよとわかりやすいからだ。脳内に展開する地図でビーコンのように点滅しているので、その目印に向けて瞬間移動できるという。これはSF映画の知識を利用させてもらった。せっかく持っている空間術を利用しない手はない。
ただし、この転移門の魔法が利用できるのは、一地点につき一方通行の一回こっきり。しかも俺が同行しないと移動ができない。様々な場所に地点すればいいが、そのぶん魔石を作らなければならないのだ。意外に不便っちゃ不便。
「タケル! 貴殿は凄まじいな! 誰も思いつかぬだろうことを赤子の手を捻るように思いつき、屁のかっぱのように実現してしまう!」
「うん、称賛は嬉しいが例えが悪いな」
「素材採取を生業としている者は、皆そのような素晴らしき技を持つのか?」
「いや、他の素材採取家の仕事を俺は知らない。俺のは全部自己流」
この世界に一人落とされ、誰にも何も聞けず、すべて己の判断でやってきた。
とはいえ、そんな俺を手助けし、親切にしてくれたトルミ村やベルカイムの住人のおかげで、今の俺はあるとも言える。感謝は忘れませんよ。天狗になって身を滅ぼしていった前世の知人たちを反面教師とし、俺は謙虚に今日という日を着実に生きていくのだ。
「旦那、ここいらは少しだがイルドラが残っていると思うぜ」
ザンボ氏が、鉄鉱石が混じるイルドラ石の層をツルハシで叩く。
何の変哲もないただの岩の壁に過ぎない場所を示したので、クレイもブロライトも首をかしげている。俺にも魔法の力がなければ、ただの壁にしか見えなかっただろう。
「調査」
【鉄鉱石 ランクE】
【イルドラ石 ランク圏外】
【銀鉱石 ランク圏外】
壁を掘り続ければいくつかの塊が出てくるだろう。しかしランクが低い。他の種類の鉱石もあるようだが、取引できるようなものはないようだ。
「鉱脈としては少し反応が弱いな。もう少し先に行こう」
「ほっほう、旦那さすがだな。確かにこの場はあらかた採掘済みだ。試したようですまん」
「別にいいさ。ランクFの素材採取家なんて信用できるわけがないからな」
プライドの高い素材採取家ならば、こんなことをされたら不愉快になるかもしれない。が、俺には素材採取に関してプライドなど微塵もない。だって、全部魔法の恩恵なんだもの。
「ピュッ」
「……む」
「タケル、ザンボ、後ろに回れ。壁を背にしろ」
道なりに小一時間ほど進むと、頭上のビーが警戒警報を発令。と、同時にブロライトとクレイも異変を察知したようだ。二人とも凄いな。
「何か来るのか?」
「ヒイイッ! 先日来たとき、ここはまだモンスターが出てこなかったのに!」
俺は、怯えるザンボ氏を背後に隠し、無詠唱で探査を展開。
百メートルくらい先のうねった角に、モンスターを示す黒点滅有り。真っすぐこちらを目指しているようだ。
「クレイ、ブロライト、種類はわからないが五匹こっちに向かっている」
「うむ、わたしも同じ見解じゃ。足音が複数あってわからぬが、これは……虫系のモンスターかもしれぬ」
狭い坑道内でクレイの槍は邪魔になる。よって、クレイは鉄の剣を手に構えた。
「俺は狭い場所で動き回るのは不得意だ。ブロライト、任せられるか」
「任されよう! タケル、以前にわたしにかけてくれた盾を今一度もらいたい!」
「了解。灯光も光量を増やすぞ」
少し広がった場所に移動し、隊形を整える。
正面にブロライト、続いてクレイ、ビーは俺の頭で警戒態勢。俺はザンボ氏とともに戦闘の邪魔にならないよう壁を背にして待機。ついでにブロライトが暴れて落盤とか起きても困るから、ここらへんの壁とかも強化しとくか。
「全員に盾展開、坑道の壁には結界展開しておく。ブロライト、暴れまくっても坑道は壊れないからな」
「それはありがたい!!」
「来るぞ!」
【ポイズンスパイダー ランクD】
体液がすべて猛毒の獰猛なモンスター。
暗く湿った場所を好み、群れで行動する。尻から飛ばす粘着力の高い糸にも毒性が宿るが、乾燥させれば毒気は抜け、強固なロープになる。
[備考]食用には不向き。眉間の瞳が弱点。体液は錬金術に使用可能。
黒い身体に紫と赤と黄色の毒々しい、いかにも毒持ってます的な風体の大蜘蛛がカサカサとやってきた。
うわい気持ちわりー。こんなの食いたいとも思わないって。
「ポイズンスパイダーか! 厄介じゃな!」
「ひいいいいいい!!」
ザンボ氏の悲鳴が坑道内に響き渡った。ドワーフの三倍は大きい蜘蛛だもんなあ。そりゃ悲鳴くらい上げるよな。
ジャンビーヤを両手に構えたブロライトも、多少怖気づいているらしい。
蜘蛛の脚は猛毒にまみれているので、ほんのかすり傷すら命に関わる。おまけにこの狭さでは、ブロライト本来の素早い動きは制限されてしまうだろう。しかも相手は五匹。
「ブロライト、今から蜘蛛の動きを止めるから、眉間の目を狙ってくれ」
「う、動きを止める?」
蜘蛛は尻をこちらに向け、糸を出す気まんまんだ。
高速で飛び出す糸で獲物を捕らえ、巣にお持ち帰りをしてゆっくりいただくらしい。この糸っていうのも素材として欲しいが、倒してから糸線を取り出せばいいだろう。
ともかく、どんなに素早くても動きを遅くしてしまえばいいんだ。
「行くぞー。行動停滞展開、ついでに状態異常防御展開」
行動停滞で完全に行動を止めることはできないが、魔力が少ない相手には効果抜群。蜘蛛たちは一瞬にしてその場で動けなくなる。
状態異常防御は予防措置。もし毒に侵された場合、魔法で解毒ができるかわからないからだ。
「タケル! 蜘蛛どもが止まっておるぞ!」
「今のうちに攻撃よろしく! あんまり長く持たないからな!」
「てえええーーーーいっ!」
アクロバティックなブロライトの戦い方は何度見ても恰好いい。
動きは派手だが、無駄が一切ない。魅せる戦闘っていうのだろうか。バク転、横転、後方抱え込み二回宙返り三回ひねりなんのその。
蜘蛛も負けじと応戦しているが、自分の身体が思うように動かない事態に相当困惑しているようだ。牙を剥いて襲いかかってくるが、ブロライトはひらりとかわして眉間を貫く。蜘蛛は悲鳴を上げる間もなく事切れた。
盾効果のおかげで飛び散る体液をも防いでいるんだが、そんな状況を、クレイが呆然と見つめている。
そういえば、まともに俺の支援魔法見るのはじめてだっけ。
自分で特攻するよりも、戦闘が得意なブロライトに行ってもらうほうが安全確実。ブロライトの類稀なる身体能力も不可欠だか、それにちょろっと協力する形でバフを撒く(魔法で能力向上などをかける)のが俺の戦い方。
単独ならもちろん俺自身で戦うが、複数で動いている場合、俺は完全に邪魔になる。連携して戦うなんて真似、やったことがないからだ。こういうのは戦闘のプロに任せたほうが良い。
素早い動きであっという間に五匹の蜘蛛を絶命させたブロライトが、飛び跳ねて喜んでいる。こういうところは可愛いんだよ。
「凄いのう、凄いのう! タケルのおかげで、わたしは何の憂いもなく飛び回ることができる!」
「盾に頼りすぎるとブロライト本来の動きを忘れてしまうから、そこは気をつけてくれな」
「そうじゃな!」
もともとブロライトは、盾などなくても回避能力が高い。
ブロライトから求められたとはいえ、しっかり展開しておいたのは、モンスターの返り血を浴びて臭くなってほしくないから……というなんとも利己的な理由もあったりするのです。あの子、モンスターの返り血や返り臓物、気にしないで浴びるんですよ。
いやもちろん、ブロライト嬢の綺麗な肌に傷をつけてもらいたくない、という理由もありましてね。
「ブロライト、子蜘蛛が来るぞ!」
クレイの叫びに再度警戒し、えっ、どこに? と辺りを見渡すが何も出てこない。しかし微かに、ほんの微かに音が聞こえる。
かさかさという音が。
なにこれ怖い。
ピンと張り詰めた空気の中、ぴちゃん、という水滴の音が響く。
「ヒッ!」
絶命したはずの巨大な蜘蛛の腹がわさっと動いた。ぼこぼこと内側から何かが飛び出そうとしている。
子蜘蛛って、そういう意味での子蜘蛛ですか。知りたくなかった。
蠢く蜘蛛の腹から何か出てくる。何か、ちっちゃくてわさわさしたのが絶対出てくる。
「ていっ!」
「キャアアアア!!」
今にも何かが出てくると思った腹を、ブロライトが思いきり踏んづけた。
ぐちょっとした体液が辺りに激しく飛び散る。それでも潰されなかった数百匹という子蜘蛛が、わらわらと飛び出た。
「イヤアアア!!」
さっきから叫んでいるのは、俺です。
こういう、小さくてたくさん集まって蠢いているものを見るのは苦手なんだよ。蟻とかフジツボとか。しかも子蜘蛛は、黄色とか赤の蛍光色。不気味に光っているのが、更に気持ち悪い。
「こらタケル、お前も踏め!」
「嘘ぉ! だってプチって、プチって」
「噛まれれば皮膚が膨れ上がって、数日は痛みが引かぬぞ!」
梱包材のプチプチを指で押し潰すのとはわけが違う。足元で素早く動き回る子蜘蛛を跳ねながら潰す。その感触がなんとも言えない。
「旦那方ぁ! 奥からまた何か来てるぜ!」
震えるザンボが叫んだのと同時に、ブロライトが一瞬で警戒。ジャンビーヤを持ち直して構えた。
戦闘のたびにブロライトの全身が汚れる理由がわかった気がする。汚れなど気にしていたら、死ぬかもしれない。
「てええええいっ!」
だとしても真正面から敵の懐に突っ込み、顔面に返り血を浴びまくるのはやめてほしい。いくら盾の効果で薄皮一枚、汚れることがないと言っても、もう少し避けるとかできないかな。
蜘蛛に続いて現れた巨大ムカデのようなモンスターの胸を切り裂き、ブロライトは鮮やかに脚をもぎとった。
「ゴリラ……」
「なんじゃ?」
「イエナンデモ」
野性的でもあり、しかしあくまでも冷静にモンスターを倒すブロライトに感心しつつ、絶対に怒らせないようにしようと固く誓った。
「ひいいぃぃ……」
「ピュピュ~?」
「ザンボさん、もう大丈夫」
「ひっ? えっ? ……え? ポイズンスパイダーが五匹もいたんですよ? 更にブラッドペンドラまで。なのに、こんな早く?」
ザンボ氏がやっと顔を上げる。
そこには、絶命した大蜘蛛が五匹。飛び跳ねるブロライトが一人。クレイはクレイで何か言いたそうに俺を睨んでいる。うるさい、子蜘蛛は踏んづけたんだから完全に人任せじゃないだろう。
震える身体でやっと状況を判断したザンボ氏は、手を叩いて喜んだ。
「うおおおお! なんともー!」
「凄いよなあ。さすがエルフ」
「ふぉおおおお! なんとなんとー!」
「はいそれじゃあ回収」
そう言って俺は、大蜘蛛の死体を鞄の中にするすると入れていく。生き物は入れられないが、命を失ったものなら入れることができる。しかしこれを解体するには、専門の解体業者に任せないと毒が怖い。
ブロライトも心得たとばかりに巨大な蜘蛛を掴み、俺に手渡す。クレイもそれを見習い、二匹同時に掴んで差し出してきた。子蜘蛛は放置。
鞄に放り込みながら、俺は提案する。
「これは全部ブロライトの報酬でいいかな」
「ぬっ? 何を申す。貴殿らの援護がなければ勝利は困難であった。三等分で良いじゃろう」
「俺はただ見ていただけに過ぎぬ。タケルが良いと言うのだから、遠慮なくもらっておくがいい」
報酬の分配は揉め事の一つだと聞いていた。パーティーを組んで強敵に挑むのは良いが、誰がとどめを刺したのか、誰が一番多く切りつけたのか、そう主張し合うのが当たり前。信頼し合う仲間同士ならばそんなこともないだろうが、やはり人間、報酬に関してはシビアらしい。
そういう面倒なことが嫌だから俺はソロで動いていた。今回三人での行動に不安があったのは、報酬面でのことだけだった。
「クレイストンの恐ろしさに一瞬怯んだ蜘蛛もおったのじゃ。何もしておらんわけではなかろう?」
「……俺はそんなに恐ろしいのか? 毒蜘蛛よりも?」
なんと言うか、今更だけどこの二人いいな。
ここで、俺が俺がと主張してくるようなヤツとは、絶対に行動をともにできない。
「それじゃあ坑道内で退治したモンスター、全部ひっくるめて三等分にしよう。いちいち数を数えるのが面倒だからそれでいいよな」
「構わんぞ!」
「俺もできうる限り多く退治したいものだ」
毒蜘蛛が流した体液を清潔で跡形もなく消してやる。下手に毒が残っていて、誰かが触れたら大変だからな。
重さの変わらない鞄を抱え直し、先へ進む。何かが吹っ切れたザンボ氏が先頭に立ち、意気揚々と坑道の説明をしてくれた。
今進んでいる北坑道、通称玄武道は比較的新しい坑道とはいえ、十年の歴史がある。
ドワーフたちは身体こそ小さいが腕力は人並以上あり、ツルハシやノミ以外にも特製の採掘用魔道具を使って坑道を広く長く造る。そのため、俺やクレイのようにでかい身長でも背を屈めるほどではない。多種多様な種族が訪れても不便のないようにしたからとのこと。
リュハイ鉱山で鉱石採取をする冒険者は数多おり、広く門戸を開いている。そのほうが町の活性化にもつながり、儲かるらしい。
「鉱石は採取してもらえるし、滞在費なんかで金は落ちるしで一石二鳥なわけか」
「よくわかっているじゃないか旦那」
「ところで気づかなかったんだが、ヴォズラオに湯屋ってあるのか? 宿には小さい風呂しかないんだよ」
「湯屋かい? うーん、女用の風呂屋はあると思うが、男は風呂に入らないからなあ」
うげへ。
「何で湯屋なんだい?」
「俺は風呂に入るのが好きなんだ。クレイもだよな?」
「左様」
「風呂が好きな種族もいるわけだろう? せっかくはるばる来たドワーフの都市だっていうのに、湯屋が一つもないのは残念かなと思ってさ」
種族専用の宿も受付もあるのに、湯屋だけないのが不満なのだ。
「うううーむ、湯屋かあ」
「多種族を広く受け入れたいなら、湯屋は必要だと思う」
「そういやあ冒険者どもの中にもいたな。湯屋はないのかと聞いてくるヤツが」
習慣ではないが、あるのなら利用したいと思う者もいるだろう。
ベルカイムですら湯屋を利用する者がいたのだから、鉱山のあるここならなおさら需要はあるはず。
そんな己の欲望をしれっと提案し、俺たちは順調に奥へと進んだ。
しばらく進むと、突然開けた場所に出た。
天然の鍾乳洞だと説明されたそこは、玄武の寝床、という場所らしい。
天井から地面から立派な鍾乳石が伸びており、足元には綺麗な水が湧いている。そんな広い空間になっていたので、ライトアップすれば観光名所にもなりそうな気がする。
この世界にはこんな見事な自然があちこちにあるから珍しくもないのだろうが、俺にとっては未だに非日常。どのくらいの歴史があるのだろうとか考えだすと時間も忘れて見入ってしまう。
地図の中ほどに位置するその場所で、俺たちは小休憩を取ることにした。空腹っぷりからするに、今は昼ごろだろう。
「タケル、タケルっ、昼飯にするのじゃろう?」
「そうだな。俺もビーも腹が減ったし」
「ピュイ!」
ブロライトには俺が作った飯を食べさせたことがある。キュリチ大河の手前で野宿したときに、毎度お馴染み肉すいとんスープ。これは美味い美味いと喜んでくれたのだ。
中身はアレだが、見た目はとびきりの美人。美人がほっぺた膨らませて豪快に食べ続ける様は、見ていて意外と気持ちのいいものだなと思ったんだよ。作り手としては、お上品にちょぼちょぼ食べられるよりよっぽどいい。
「なんだ。お前は飯を作ることができるのか?」
辺りを警戒していたクレイが驚きの声を上げる。意外そうな顔してこっち見んな。
いつもいつもベルカイムの屋台村で買ったものばかり食っていると思うなよ。俺はもともと自炊のほうが多かったんだから。
さてさて、鞄の中から取り出したのは、トルミ村の宿、料理長お手製の濃厚デミグラスっぽいソース。様々な食材や調味料を数日煮込んで出来上がるそのソースは、料理長の自慢。俺も一発で惚れこんで、何度も頭を下げ、大量の貢物をしまくって、大鍋いっぱいに作ってもらったのだ。
ロックバードとサーペントウルフの解体をクレイに頼み、その間に俺は副菜作り。肉を食うなら野菜も食うのが俺の主義。
マデウスには様々な野菜がある。日本の食文化のように彩りやバランスなどは気にしないが、野菜も食べないといけない、ということは知っているらしい。だから、ビタミン欠乏から発症する脚気などの病気になっている者は少ない。一部の偏食貴族には多いらしいけど。
「うん? タケルの旦那、何を作るんだい」
「鶏肉と狼肉の香味デミグラス焼きを野菜で巻いて食べる夏の足音イモを添えて」
「夏の足音? はあ?」
トルミ村の雑貨屋のおっさん、ジェロムが持っていけと無理やりよこした大皿を取り出し、前もって洗っておいた葉物を並べる。この葉っぱはレタスに似ている。
ベルカイムの屋台村で買っておいたふかしたイモと、赤いプチトマトのようなものを添えれば、下準備は完了。
クレイがさばいてくれた肉をまず茹でる。焼き時間を短縮させるためだ。じっくり焼いたほうが旨味が逃げなくていいんだけど、ここは味より時間を優先。
ある程度茹で上がった肉を取り出し、塩コショウ。熱したフライパンで一気に焼き上げ、余熱でデミグラスっぽいソースをかけたら出来上がりだ。
狭くない空間に甘辛いソースの匂いが一気に広がる。空腹に鞭を打つその匂いに、怪獣の鳴き声のような腹の虫が一匹、二匹、三匹。
「タケル、まだか? まだなのか?」
「あとちょっとお待ちなさいな。もうちょっと」
「ピュィィ、ピュ、ピュイイィ」
「ビー、ヨダレを俺の頭皮に浸み込ませんな? 汁モノはコンソメっぽいスープでいいだろう。これは大鍋に作っておいたのがあるから」
昨晩一人でこそこそと作っておいたのだ。どうせ坑道の中で食べることになるのだろうから、一品くらいは前もって作っておこうと。
これで一汁一菜。漬物も欲しいところなので、瓶詰めで買っておいたピクルスっぽいものを取り出して完成だ。
「アイテムボックスっていうのは……本当に便利なんだな」
ザンボが感心したように頷いて、俺の鞄をまじまじと見つめる。腹の虫をわめかせながら。
この濃厚なデミグラスのソースに少量の醤油を垂らしたいが、ないものは仕方がない。
最後に、四方に結界魔石を配置。これで見張り番は必要ないから、食べることに専念できる。
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