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天使の羽

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「朱里と初めて会ったのは、俺が8歳の時だった。父親が突然赤ん坊を抱いて帰ってきたんだ。めちゃくちゃかわいかったよ。だけど―――朱里が本当の弟じゃないってことはすぐに分かった」
「どうして?」
「俺の母親はその3年前に俺の前から姿を消していた。普通に考えてあり得ないって思った。それに―――」
「それに?」

光輝くんはちらりと俺を見ると、また視線を戻した。
ちなみに、光輝くんは俺の近くの席に移動していた。
さすがに5メートルも距離があると話しにくい。

「・・・・あいつの背中に生えてたのは・・・・白い羽だったから」
「白い羽?って・・・・?」
「あいつは・・・・天使なんだよ」
「・・・・・・・・・は?」

ちょっと待て。
今度は天使?
でもさっき見た朱里の背中には、確かに黒い羽が・・・・
・・・・・黒い?
いや・・・・・・

「気づいたか?」

光輝くんが俺を見ていた。

「試験に合格して、あいつの背中の羽が生え変わった時・・・・俺は嫌な予感がしてたんだ。もちろん、黒にもいろいろあって真っ黒じゃない羽のやつだっている。けど朱里の羽は・・・・ただのグレーじゃない。根元が真っ白のグレーの羽なんだ。あの羽は、どんなに時間をかけても黒にはならない。白にもならないけどな」
「・・・・それって」
「正確に言えば、朱里は天使でも悪魔でもないものになったってことだ」
「朱里は・・・・これからどうなるの?」
「別にどうも。試験にはちゃんと合格したんだから悪魔としては一人前だ。だから何も問題はない。けど、あいつが純粋な悪魔ではないことは・・・・誰が見てもわかっちまう」

光輝くんの表情は複雑そうだった。

「・・・・朱里を連れてきたとき、父親は俺に全て話してくれた。俺はまだ子供だったけど、父親の話はちゃんと理解したつもりだ」





そもそも俺の母親が俺の前から姿を消したのは、父親と不仲になったわけでも子育てに疲れたわけでもなく(俺には乳母がいたので疲れるはずがなかった)、自分の妹の世話をするためだった。
朱里の母親は、俺の母親の妹だった。
病弱だったけれどとても美しい女悪魔だった。
病のせいで朱里の母親は静養のため悪魔界でも比較的空気の綺麗な場所で暮らしていたが、それでも病状は改善せず、姉妹は秘かに人間界で静養することにしたのだ。
悪魔が悪魔界以外へ行くことは許されていたけれどそれはあくまでも一時的な場合で、よその世界で暮らすことは許されていなかった。
だから、母親は父親にだけ真実を話し、俺には何も言わず姿を消したのだ。
それが朱里が生まれる3年前のことだった。
俺の母親はそれから3年間、悪魔界へ戻らず人間界で妹の看病をしていた。

その人間界で、朱里の母親は人間界へ遊びに来ていた天使―――朱里の父親と出会った。
2人はお互い一目で恋に落ちた。
そして、朱里の母親は朱里を身籠った。
だが、朱里の母親の体は出産に耐えることができる状態じゃなかった。
母親は朱里を生む前に、妊娠、そしておそらく自分が出産に耐えられないということを自分の姉に打ち明けた。
姉は子供を諦めるよう妹を説得したが、妹は朱里を生むことを諦めなかった。

人間界でこっそり朱里を出産した朱里の母親は、姉に朱里を託すと息を引き取った。
朱里の母親が死に、悲しみに暮れた朱里の父親は朱里を引き取ろうとしたが、天上界でそれが許されるはずもなく、朱里と会うことも許されず羽をもがれ下界へと追放された。

母は夫―――俺の父親に相談し、自分たちの子として悪魔界へこっそり連れて行こうとしたが、それは不可能だった。
隠しても、背中に小さな白い羽の生えた朱里は、悪魔界ではあまりにも異質な存在だった。
朱里を捨てなければ悪魔界へは戻ることを許さないと言われた俺の母だったが、妹の子である朱里を捨てることはどうしてもできず―――
結局、朱里を悪魔の子として父が育てることで朱里は悪魔界に来ることを許されたが、俺の母親は妹が天使との子を産んだ責任を取らされ、悪魔界に戻ることは許されなかった・・・・。





「それから、朱里は俺の弟としてここで育った。で、朱里が成長し―――俺も悪魔として一人前になったころ、父親は母親と生きるために俺たちの前から消えたんだ。今どこで何をしているかは知らないけど・・・たぶん、2人で幸せに暮らしてるんじゃないかな」
「そう・・・・なんだ・・・・」

光輝くんの話は、ただの人間である俺にはすぐに理解するのが難しすぎる話だったけれど。
それでも、朱里がとても大切にされてきたんだということは理解できた。
天使と悪魔の血を引く朱里は、きっとここでは異端児なのだろう。
だけど、今の朱里の無邪気さ、素直さを見ればとても愛されて育ったんだということがわかる。
光輝くんにとって、朱里はきっととっても大切な存在。
それは弟してだけではなく・・・・

そして朱里にとっても、光輝くんは特別な存在だったんだよな、きっと・・・・

2人の関係を思い出し、また落ち込んで黙ってしまった俺を見て、光輝くんがふっと鼻で笑った。

「言っとくけど俺に罪悪感なんてねえから。俺は朱里が今も好きだし、これからだって抱きたいときに抱く」
「!!そんな―――!」
「ケイもそう思ってるよ、たぶんな。けど・・・・朱里はもう、俺たちには抱かれない」

光輝くんの表情が、突然影が差したように曇った。

「俺は朱里のことを愛していて・・・俺を慕ってくれた朱里を抱いた。躊躇はなかったよ。好きだから抱く。この悪魔界ではたとえ血が繋がっていても兄弟が結ばれることも珍しくないし」
「そうなの・・・・?」
「なんでもありなんだよ。相手が天使じゃなければ・・・・」
「でも、朱里は―――」
「あいつは、この世界に来た瞬間から悪魔だ。何の問題もない。そう思ってた。けどやっぱり・・・・どっか違ったんだろうな。あんたと出会ってからの朱里は、変わったよ」
「変わった?」
「ああ。特にあんたと別れてこっちに戻ってきてからは、俺にもケイにも笑顔を見せず、抱かれようともしない」
「!!」
「そんな風に一人だけを強く想って、その誰かのために自分の生き方まで変えるなんて、普通の悪魔ではありえない。悪魔は基本自分とその家族のためだったら何でもするけど、逆に他人のために自分を変えたりしない。そういう生き物なんだ」

1人だけを強く想って・・・・?
朱里が、俺のために自分を変えたってこと・・・・?

「この試験に合格したら、もう朱里が人間界に行くこともないと思ってたのに・・・・あいつは、あんたのそばにいたいとまで言い出しやがった」

光輝くんが苦々しげに言い、俺は驚いてその顔を見た。

「え・・・ほんとに?」
「俺があんたに俺やケイと朱里の関係を話し、あんたは傷ついた。それで、試験は終わったんだ。あんたが傷ついたことで朱里が人間を不幸にしたって認められた」
「朱里が話したわけじゃないけど、それは良かったんだ?」
「この悪魔界では力がものを言う。試験の合否を決定する審査委員会は俺のような力が優位のものに屈するし媚びへつらう傾向がある。だから、朱里に対する審査も甘いんだよ」
「めちゃくちゃだ」
「でも、そういうもんだから。朱里があんたを傷つけることなんて、できないだろうと思ったしな。あいつは優しすぎるから・・・。で、その試験に一度合格しちまえばその後また朱里があんたとよりを戻すのだって自由だ」

なるほど。
だから朱里は『試験終わったんだからいいじゃん』と言っていたのか・・・・。

「でも、俺は反対した。なんでだかわかるか?」
「・・・・悪魔が、人間界で暮らすことは禁じられてるって言ってたね・・・・」
「そう。遊びに行くくらいならいい。今回の試験みたいに特別に許可された場合とかな。でも、そこに移住はできない。このままお前らが付き合っても、お互い辛くなるだけだ。あんたは、そう思わないか?」

そう言って、光輝くんは俺をまっすぐに見つめた・・・・・。
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