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1巻
1-2
◆ ◇ ◆
それは、夏の早朝のまだ薄暗い時だった。
「大人しくしろ。騒ぐな」
突然、僕たちの部屋に見知らぬ男たちが押し入ってきた。
眠っていた僕とエリザベスは抵抗ができず、あっという間に手足を拘束されてしまう。
そして猿轡をはめられて、大きな袋に入れられた。
「ふぐ、ふぐふぐ!」
「よしよしっと。さっさと運び出すぞ」
「「おう」」
そんな男たちの声を聞きながら、僕とエリザベスは運ばれていく。
僕たちはどこに連れていかれるんだろう。
しばらくすると、馬の蹄のような音が聞こえてきた。
袋の中からだと、外の様子が分からない。
薄暗い袋の中、すぐそばにいるエリザベスは、泣いているのか体が震えている。
必死にもがくと、エリザベスのおでこに僕のおでこがぶつかった。
どうにか安心させてあげられないかといろいろ考え、いつもの魔力循環を行うことにした。
「大丈夫だよ」という思いを込めて魔力を送ると、彼女から「ありがとう」って言っているみたいな温かな魔力が返ってきた。
「おい、起きろ」
男の声で目を覚ます。いつの間にか眠ってしまっていたみたいだ。
袋から出され、拘束を解かれた。
あたりには森が広がっていて、細い道がずっと遠くまで続く。日はすでに高く昇っていた。
「お前らに恨みはないが、これも依頼でな」
スキンヘッドの男の後ろには、さらに数名の仲間らしき人たちがいた。
彼は他に何も言わず、仲間と共に馬車に乗り、僕とエリザベスを残して去っていった。
「……行ったね」
「そうだね、お兄ちゃん」
僕たちは、スキンヘッドの男が乗っていった馬車を見つめ、完全に見えなくなったところで魔法袋の中からゴソゴソと着るものや靴を出した。
着替える前にエリザベスを【生活魔法】で綺麗にしてあげる。
怖い目にあったからだろう、彼女はおもらしをしてしまったのだ。
「お兄ちゃん、着替えたよ」
「ちょっと待って……」
コップに水魔法で作った水を入れて渡し、エリザベスがコクコクと水を飲んでいる間に僕も着替えを済ませた。
「はい、ご飯だよ」
起きてから何も食べていないので、魔法袋に入れていたパンを出す。
「ありがとう! お兄ちゃんも食べよう」
森に捨てられたというのに、エリザベスはニコニコしている。
「お嬢、怖くないの?」
「本当はね、すっごく怖かったの。でも、お兄ちゃんが『大丈夫だよ』って伝えてくれたから、大丈夫になったよ」
食事が終わって、僕は気を引き締める。エリザベスと手を繋いで、ゆっくりと歩き始めた。
もちろん、馬車が去っていった方角とは反対の方向だ。
子どもだから歩く速度は遅いけど、それでも少しずつ進んでいく。
「あ、お兄ちゃん。あれって果物かな?」
しばらく歩いたところで、エリザベスが赤い木の実がなっている茂みを見つけた。
「ええっと……これは食べられるみたいだ」
僕が【鑑定】で調べると、《ベリー》と表示された。
やっぱり、食べ物は日本とほとんど変わらないみたいだ。
毒はないようなので、採れるだけ採って魔法袋にしまおう。
「甘いね!」
ベリーを一つ食べたエリザベスは、とても明るい笑顔を見せた。
僕も一粒食べてみる。よく考えたら、前世では甘いものなんてほとんど食べたことがなかった。
たくさん採れたから、数日は大丈夫だろう。
かなり幸先がいいスタートになったぞ。
その後も、僕とエリザベスは休みながら歩いていった。
「あ、今度は何かな?」
「うーんと……あれは《さくらんぼ》だ。食べられるみたいだよ」
木にさくらんぼがたくさん実っていた。
風魔法の【エアカッター】で高いところの実を落とす。二人で協力したら、いっぱい採れた。
こんな手つかずの森なら動物がいる気がするけど、【探索】を使っても今のところ反応がない。
歩いているとだんだん日が暮れてきた。
道を少し外れたところに開けた場所があったので、今日はここで休もう。
「よし、今から寝る場所を作るね」
ピカーッ。
「わあ、土のお家だ!」
今まで試したことはなかった土魔法を使い、窓がある小さな土のかまくらを作ったら、なんとかうまくいった。凸凹したところはあるけど、寝る分には困らないはず。
光魔法で明かりを灯しながら、夕ご飯を食べる。
いつ森を抜けられるか分からないから、あの家で手に入れた食料はなるべく減らさないようにしたい。ひとまずベリーとさくらんぼを夕食にする。
食べ終わった後は、二人で毛布にくるまる。
「お嬢、今まで僕たちは名前で呼んでいなかったよね」
「うん……気になったけど、聞いたらいけない気がしたの」
さすがはエリザベスだ、とても頭がいい。
「僕の名前はアレクサンダー。これからは『アレク』って呼んでほしい。そして、お嬢の名前はエリザベスっていうんだ」
「エリザベス……ねえ、アレクお兄ちゃん。私のこと、これからは『リズ』って呼んでくれる?」
「分かったよ、リズ」
二人で抱き合いながら名前を呼び合った。
「なんだか新しい自分になったみたい!」
はしゃいでいたリズがやがて眠ったのを確認して、僕は明かりを消した。
こうして、旅の一日目が終わったのだった。
◆ ◇ ◆
「お兄ちゃん、アレクお兄ちゃん。何か変なのがいるよ!」
二日目の朝、僕はリズの叫び声で目が覚めた。
目を擦りながら窓の外を見ると、リズの指差す先で青くて丸っこい生き物がぴょんぴょんと跳ねていた。
リズと一緒に土のかまくらから出て、跳ねているものを【鑑定】してみる。
「面白いね、お兄ちゃん!」
「《ハイスライム》だって。僕たちを攻撃するつもりはないみたい」
【鑑定】によれば、『森の掃除屋』と呼ばれているスライムの中でも、ハイスライムはレアな魔物らしい。
一般的なスライム同様、果物から生物の死骸まで、なんでも吸収して栄養にする生態だそうだ。
いつの間にかリズが青いスライムに近づき、抱き上げている。
「リズ、なんだかとても嬉しそうだね?」
「うん! この子ね、私たちの仲間になりたいって言ってるもん!」
「スライムの言葉が分かるの? どうして?」
「うーん……なんとなく?」
なんだかはっきりしない感じだけど、リズって勘が鋭いからな……
もう一度【鑑定】してみると、なんとスライムに名前が付いていた。
「もしかして、この子に名前を付けた……?」
「そうだよ! ハイスライムだからスラちゃん!」
スライムが嬉しそうにぴょんぴょん跳ねているし、仲間にするのはいいんだけど……
二回目の【鑑定】で、あることに気がついた。
「さっきまで覚えてなかった風魔法が使えるようになっている……リズが名前を付けたから?」
【鑑定】には、「魔物を吸収したり、外部から刺激を受けたりすることで成長する」とある。
もしかしたら、リズの名付けが外部からの刺激として判定されたのかもしれない。
「本当? スラちゃん、凄い!」
リズのテンションが上がりまくり、スラちゃんも一緒になってふるふると震えていた。
きっと旅のお供ができて嬉しいのだろう。
「とりあえず、朝食にしようか」
「はーい」
昨日採ったベリーとパンを食べつつ、自分たちの体を【生活魔法】で綺麗にする。
スラちゃんにはベリーをあげた。
身の回りを整えた後は、土魔法で作った土のかまくらを壊して出発の準備完了。
今日もゆっくり歩いていこう。
ご機嫌なリズの手を引いて、森を進んでいく。
リズの頭の上には、スラちゃんが絶妙なバランスで乗っかっている……と、ここで僕の【探索】に引っかかった気配があった。
「【魔法障壁】を張ってくれる?」
「うん、任せて!」
リズが【魔法障壁】を張ると、茂みの中から五匹の狼が出てきた。【鑑定】によれば、ウルフという魔物で、人を襲うそうだ。
「お兄ちゃん、スラちゃんが『一緒に戦う』って!」
「よし、協力して倒そう!」
リズにはこのまま防御に徹してもらう。
「グルルル! ギャア!」
ウルフは一斉に襲いかかってきたが、リズの【魔法障壁】ですべて弾かれた。
さすがはリズだ、【魔法障壁】は僕よりうまいかもしれない。
「いくよ、スラちゃん!」
僕とスラちゃんで風の斬撃……【エアカッター】を使ってウルフを一頭ずつ倒していく。最後の一体を倒すと、リズが【魔法障壁】を解いた。
「ありがとう、リズ。おかげで怪我をしなかったよ」
「えへへ、スラちゃんもやったね!」
リズは僕にふにゃりと笑いかけると、スラちゃんをなでなでする。
僕は倒したウルフに近づいた。もしかしたら、毛皮が売れるかもしれない。
「スラちゃん、ウルフの血だけ吸収できる?」
試しにスラちゃんにお願いしたら、あっという間に血抜きをしてくれた。
僕たちでは血抜きができないからとても助かった。
倒したウルフは、僕の魔法袋に入れる。
「リズ、怖くなかった?」
「大丈夫。お兄ちゃんとスラちゃんがいるもん!」
初めての戦闘でリズが怖い思いをしなかったか気になったけど、大丈夫だったみたい。
リズってかなり度胸があるよね。
とはいえ僕は心配なので、ギュッと手を握って再び歩き始めた。
しばらく進むと、リズが急に立ち止まった。
「あっ、あそこにピンク色の木の実がある」
リズが指差した先には、桃に似た実がなっている木があった。
高いところに実っているけど、また魔法を使って採ろう。
「風魔法で落としてみるね」
僕は【エアカッター】で枝を切り落とし、木の実をキャッチする。
【鑑定】すると《桃》と出た。
「この果物も食べられるよ。リズ、よく見つけたね」
「おお! じゃあスラちゃんも手伝おっか!」
リズは風魔法が使えない。
僕とスラちゃんで手分けして、木から桃を落とす。
「はい、どうぞ」
「ありがとう!」
皮を剥いて二人で半分こして食べると、甘い味が口の中に広がった。
スラちゃんにも少しあげたら、とても喜んでいた。
「スラちゃんがいると楽しいね」
やはりリズは心細い思いをしていたみたいで、明らかに元気がいい。
途中でまたベリーを見つけたり、ウルフを倒したりしながら少しずつ進んでいった。
「今日はここで休もうか」
夕方になったので、寝る場所を決める。
土魔法で、昨日よりもさらにしっかりした土のかまくらを作ったし、硬さも大丈夫。
桃とベリーを食べながら、明日に向けて準備をする。
いっぱい歩いたから、念のため、スラちゃんも含めて回復魔法をかけておく。
「お兄ちゃん、甘い果物がいーっぱいあるね!」
リズは魔法袋を覗いて、ニコニコしている。
今日はウルフが何回か現れたから、明日はもっと注意して進もう。
スラちゃんの寝る場所は僕たちの枕元で落ち着いたので、今日もリズと抱き合いながら夢の世界へ落ちていった。
◆ ◇ ◆
「うーん、いいお天気!」
森に捨てられて三日目。
土のかまくらの外に出ると、木々や地面がしっとり濡れている。
どうやら夜中に雨が降ったみたいだ。でもリズの言う通り、今はすっきり晴れている。
道もあまりぬかるんでいないので、歩くのには問題なさそう。
「出発!」
リズの元気な掛け声で、今日もてくてくと歩き出す。
たまにウルフが出てくるくらいで、【探索】を使っても他の魔物は出てこない。
森の中とはいえ、道を歩いているからなのかな?
どうかこのまま……なんて思っていたけど、そううまくはいかなかった。
「キシャーッ!」
「リズ、【魔法障壁】を準備して」
緑色の皮膚をした、僕たちよりも少し大きい魔物……ゴブリンだ。念のため【鑑定】したけど、ばっちり《ゴブリン》と表示されている。
こちらに対して敵意を見せていて、少なくとも十体はいる。早く倒さないとやられる。
「スラちゃん、いくよ……!」
そうスラちゃんに声をかけた時だった。
「嫌ぁ! 気持ち悪いよー!」
ズドーン、ズドーン、ズドーンッ!
目の前に光の矢……【ライトアロー】が降り注ぎ、あっという間にゴブリンが全滅した。
どうやらリズが光魔法で攻撃したみたいだ。
いつの間にこんな魔法が使えるようになったんだろう?
リズに獲物を取られたスラちゃんは、少し不満げにぴょんぴょんと跳ねている。
ゴブリンを再度【鑑定】すると、採れる素材はなく、討伐証は耳であると表示された。あいにく僕たちはナイフを持っていない。
「スラちゃん、【エアカッター】で耳を切るのを手伝ってくれる?」
スラちゃんに頼んだら、あっさりと耳を切り落としてくれた。
おまけに僕が耳を回収する間に、ゴブリンを丸ごと吸収している。
道に死体を放置するわけにもいかず、どうしようか悩んでいたから助かるな。
スラちゃんがすべてのゴブリンを吸収したのを確認して、また僕たちはてくてくと歩き出した。
「あっ、またベリーがなってるよ」
今日もリズがベリーを発見した。
魔法袋の中がだんだんベリーだらけになってきたぞ。
さらにさくらんぼも再び見つけたので、しばらくは飢えなくて済みそうだ。
たまに現れるウルフを倒しつつ進み、日が暮れてきたので寝る場所の準備を始めた。
ふふふ、土のかまくらもうまく作れるようになってきたぞ。
「うーん、ベリーはやっぱりおいしいね!」
夕食にベリーを食べたリズは嬉しそうだが、もうそろそろパンがなくなってしまいそうだ。
あとどのくらい歩けば森を抜けられるのだろう……明日なのか、それとももっと先なのか。
不安に襲われつつも、リズの頭を撫でながら眠りについた。
◆ ◇ ◆
「今日は曇りか……」
四日目の朝、空にはどんよりと雲が広がっていた。雨が降らないことを祈りたい。
「早めに準備して出発しよう」
「おー!」
跳びはねるスラちゃんと一緒に、元気よく拳を上げるリズ。
朝食をぱぱっと済ませて、今日もてくてくと森を進む。
「あっ、雨だよ!」
歩き始めてすぐ、ぽつぽつと雨が降ってきてしまった。
雨宿りを……と土のかまくらを作ろうとする僕の横で、リズが【魔法障壁】を展開する。
「お兄ちゃん、これで雨を防ごうよ!」
リズは【魔法障壁】を頭の上に作り出して、傘代わりにしていた。
「おー! その手があったね。凄いよ、リズ!」
頭を撫でてあげたら、リズはニコニコと笑い返す。
そして片手で抱いていたスラちゃんを頭に乗せて、僕と手を繋いできた。
「【魔法障壁】が雨を弾いてくれるから、雨でもへっちゃらだね」
「そうだね。でも道がぬかるんでいるから、転ばないようにちゃんと僕の手を掴んでいるんだよ」
雨の中、二人と一匹で仲良く歩いていく。
途中でまたゴブリンとウルフが現れたけど、しっかり倒して素材を回収した。
倒した魔物はスラちゃんが喜んで吸収していくので、僕も処分の手間が省けて大助かりだ。
「ふふーん、ふーん!」
謎の鼻歌を歌いながら、リズはとってもご機嫌だ。
しばらくして僕が【探索】を使うと、何かの気配が引っかかった。
「リズ、前から魔物が……って、あれ? 何か別の気配を追っかけていっちゃった……?」
「キャー!」
「誰か助けて!」
僕が呟くのとほとんど同時に、前方から女の子の悲鳴が聞こえてきた。
「お兄ちゃん、助けてあげないと!」
「うん、すぐに行こう!」
いつの間にか雨は止んでいた。濡れた森の道を、僕とリズは一生懸命に走る。
やがて、前方にたくさんのゴブリンと二人の女の子が見えてきた。
転んでしまったのか二人は地面に倒れていて、そこにゴブリンが襲いかかろうとしている。
「スラちゃん、体当たり!」
ドーン!
リズの指示で大きく跳躍したスラちゃんが、女の子に覆いかぶさっていたゴブリンを突き飛ばした。
「えーい!」
リズが【ライトアロー】を放ち、もう一人の少女を狙うゴブリンを倒す。
「はっ!」
僕は土の弾丸を撃つ【アースバレット】で、スラちゃんは【エアカッター】を繰り出してゴブリンたちを殲滅した。
あたりを【探索】したけど、もう他に敵はいなそうだ。
「お姉さんたち、大丈夫ですか?」
「うん……って、え、子ども?」
「それにスライムも一緒ですよ、エマ」
お姉さんたちはいきなり現れた僕とリズ、スラちゃんを見て、目を見開いた。
「子ども」って言われちゃったけど、お姉さんたちだって子どもじゃない?
見た感じ、多分、十歳前後だと思う。
「お姉ちゃん、リズが怪我を治してあげる!」
リズが回復魔法で治療している間に、僕とスラちゃんはゴブリンの死体を処理しておく。
「凄い、あっという間に治っちゃった」
「こんなに早く怪我を癒やせるなんて、教会の人よりも凄いです!」
驚いているお姉さんたちに、僕はコップを差し出した。
「よかったら、お水をどうぞ」
水を飲ませてあげると、だいぶ落ち着いてきたみたい。
「ありがとね、小さな魔法使いさんたち」
「助かりました」
お姉さんたちは口々にお礼を言って、僕とリズの頭を撫でる。
この二人、顔立ちがそっくりだ。気になって尋ねてみたら、双子なんだって。
ボブカットのお姉さんがエマさん、セミロングヘアのほうがオリビアさんだそうだ。
二人とも、武器としてナイフより大ぶりな短剣を持っている。
挨拶してくれたので、僕とリズ、ついでにスラちゃんも自己紹介する。
「それにしても、なんでここにいたんですか?」
うっ、オリビアさんが答えにくい質問をしてきた。
うーん、どうやって話そうかな。
「お兄ちゃんと一緒に、森に捨てられちゃったの」
あっ、リズが正直に答えちゃった。
「はあ……まただね」
「最近はよくありますね……」
エマさんが頭をかき、オリビアさんは困った顔をしている。よくあるってどういうこと?
「アレク君たちは知らないんだね。子どもが生まれた家は、その子が五歳になるまでに、教会に届け出をしないといけないの。ただ、届け出にはお金がかかるから……」
「子どもを育てられなくて幼いうちに捨ててしまうことがあるんです」
うーん、口減らしってことかな……僕たちがいた家は侍女を雇う余裕があったから、きっと事情が違うけど、なかなか衝撃的な話だ。
エマさんたちは、まだ知り合ったばかりでどんな人たちか分からない。
捨てられた詳しい経緯を尋ねられると面倒なので、黙っておこう。
「そうだったんですね」
「大変だったね、二人とも」
エマさんが話をしながら、僕とリズの頭を撫でる。
「ねえ、オリビアお姉ちゃん。町ってここから近い?」
「私たちが来た町のこと? しばらく歩けば着きますよ、リズちゃん」
「そうなんだ……お兄ちゃん、やっと森を出られるね!」
「よかったら案内してあげようか?」
エマさんの提案に、僕たちは頷いた。
僕と、頭の上にスラちゃんを乗せたリズを挟んで、エマさんとオリビアさんが手を繋いでくれる。
「では、行きましょう」
オリビアさんの案内で、僕たちは歩き出した。
それは、夏の早朝のまだ薄暗い時だった。
「大人しくしろ。騒ぐな」
突然、僕たちの部屋に見知らぬ男たちが押し入ってきた。
眠っていた僕とエリザベスは抵抗ができず、あっという間に手足を拘束されてしまう。
そして猿轡をはめられて、大きな袋に入れられた。
「ふぐ、ふぐふぐ!」
「よしよしっと。さっさと運び出すぞ」
「「おう」」
そんな男たちの声を聞きながら、僕とエリザベスは運ばれていく。
僕たちはどこに連れていかれるんだろう。
しばらくすると、馬の蹄のような音が聞こえてきた。
袋の中からだと、外の様子が分からない。
薄暗い袋の中、すぐそばにいるエリザベスは、泣いているのか体が震えている。
必死にもがくと、エリザベスのおでこに僕のおでこがぶつかった。
どうにか安心させてあげられないかといろいろ考え、いつもの魔力循環を行うことにした。
「大丈夫だよ」という思いを込めて魔力を送ると、彼女から「ありがとう」って言っているみたいな温かな魔力が返ってきた。
「おい、起きろ」
男の声で目を覚ます。いつの間にか眠ってしまっていたみたいだ。
袋から出され、拘束を解かれた。
あたりには森が広がっていて、細い道がずっと遠くまで続く。日はすでに高く昇っていた。
「お前らに恨みはないが、これも依頼でな」
スキンヘッドの男の後ろには、さらに数名の仲間らしき人たちがいた。
彼は他に何も言わず、仲間と共に馬車に乗り、僕とエリザベスを残して去っていった。
「……行ったね」
「そうだね、お兄ちゃん」
僕たちは、スキンヘッドの男が乗っていった馬車を見つめ、完全に見えなくなったところで魔法袋の中からゴソゴソと着るものや靴を出した。
着替える前にエリザベスを【生活魔法】で綺麗にしてあげる。
怖い目にあったからだろう、彼女はおもらしをしてしまったのだ。
「お兄ちゃん、着替えたよ」
「ちょっと待って……」
コップに水魔法で作った水を入れて渡し、エリザベスがコクコクと水を飲んでいる間に僕も着替えを済ませた。
「はい、ご飯だよ」
起きてから何も食べていないので、魔法袋に入れていたパンを出す。
「ありがとう! お兄ちゃんも食べよう」
森に捨てられたというのに、エリザベスはニコニコしている。
「お嬢、怖くないの?」
「本当はね、すっごく怖かったの。でも、お兄ちゃんが『大丈夫だよ』って伝えてくれたから、大丈夫になったよ」
食事が終わって、僕は気を引き締める。エリザベスと手を繋いで、ゆっくりと歩き始めた。
もちろん、馬車が去っていった方角とは反対の方向だ。
子どもだから歩く速度は遅いけど、それでも少しずつ進んでいく。
「あ、お兄ちゃん。あれって果物かな?」
しばらく歩いたところで、エリザベスが赤い木の実がなっている茂みを見つけた。
「ええっと……これは食べられるみたいだ」
僕が【鑑定】で調べると、《ベリー》と表示された。
やっぱり、食べ物は日本とほとんど変わらないみたいだ。
毒はないようなので、採れるだけ採って魔法袋にしまおう。
「甘いね!」
ベリーを一つ食べたエリザベスは、とても明るい笑顔を見せた。
僕も一粒食べてみる。よく考えたら、前世では甘いものなんてほとんど食べたことがなかった。
たくさん採れたから、数日は大丈夫だろう。
かなり幸先がいいスタートになったぞ。
その後も、僕とエリザベスは休みながら歩いていった。
「あ、今度は何かな?」
「うーんと……あれは《さくらんぼ》だ。食べられるみたいだよ」
木にさくらんぼがたくさん実っていた。
風魔法の【エアカッター】で高いところの実を落とす。二人で協力したら、いっぱい採れた。
こんな手つかずの森なら動物がいる気がするけど、【探索】を使っても今のところ反応がない。
歩いているとだんだん日が暮れてきた。
道を少し外れたところに開けた場所があったので、今日はここで休もう。
「よし、今から寝る場所を作るね」
ピカーッ。
「わあ、土のお家だ!」
今まで試したことはなかった土魔法を使い、窓がある小さな土のかまくらを作ったら、なんとかうまくいった。凸凹したところはあるけど、寝る分には困らないはず。
光魔法で明かりを灯しながら、夕ご飯を食べる。
いつ森を抜けられるか分からないから、あの家で手に入れた食料はなるべく減らさないようにしたい。ひとまずベリーとさくらんぼを夕食にする。
食べ終わった後は、二人で毛布にくるまる。
「お嬢、今まで僕たちは名前で呼んでいなかったよね」
「うん……気になったけど、聞いたらいけない気がしたの」
さすがはエリザベスだ、とても頭がいい。
「僕の名前はアレクサンダー。これからは『アレク』って呼んでほしい。そして、お嬢の名前はエリザベスっていうんだ」
「エリザベス……ねえ、アレクお兄ちゃん。私のこと、これからは『リズ』って呼んでくれる?」
「分かったよ、リズ」
二人で抱き合いながら名前を呼び合った。
「なんだか新しい自分になったみたい!」
はしゃいでいたリズがやがて眠ったのを確認して、僕は明かりを消した。
こうして、旅の一日目が終わったのだった。
◆ ◇ ◆
「お兄ちゃん、アレクお兄ちゃん。何か変なのがいるよ!」
二日目の朝、僕はリズの叫び声で目が覚めた。
目を擦りながら窓の外を見ると、リズの指差す先で青くて丸っこい生き物がぴょんぴょんと跳ねていた。
リズと一緒に土のかまくらから出て、跳ねているものを【鑑定】してみる。
「面白いね、お兄ちゃん!」
「《ハイスライム》だって。僕たちを攻撃するつもりはないみたい」
【鑑定】によれば、『森の掃除屋』と呼ばれているスライムの中でも、ハイスライムはレアな魔物らしい。
一般的なスライム同様、果物から生物の死骸まで、なんでも吸収して栄養にする生態だそうだ。
いつの間にかリズが青いスライムに近づき、抱き上げている。
「リズ、なんだかとても嬉しそうだね?」
「うん! この子ね、私たちの仲間になりたいって言ってるもん!」
「スライムの言葉が分かるの? どうして?」
「うーん……なんとなく?」
なんだかはっきりしない感じだけど、リズって勘が鋭いからな……
もう一度【鑑定】してみると、なんとスライムに名前が付いていた。
「もしかして、この子に名前を付けた……?」
「そうだよ! ハイスライムだからスラちゃん!」
スライムが嬉しそうにぴょんぴょん跳ねているし、仲間にするのはいいんだけど……
二回目の【鑑定】で、あることに気がついた。
「さっきまで覚えてなかった風魔法が使えるようになっている……リズが名前を付けたから?」
【鑑定】には、「魔物を吸収したり、外部から刺激を受けたりすることで成長する」とある。
もしかしたら、リズの名付けが外部からの刺激として判定されたのかもしれない。
「本当? スラちゃん、凄い!」
リズのテンションが上がりまくり、スラちゃんも一緒になってふるふると震えていた。
きっと旅のお供ができて嬉しいのだろう。
「とりあえず、朝食にしようか」
「はーい」
昨日採ったベリーとパンを食べつつ、自分たちの体を【生活魔法】で綺麗にする。
スラちゃんにはベリーをあげた。
身の回りを整えた後は、土魔法で作った土のかまくらを壊して出発の準備完了。
今日もゆっくり歩いていこう。
ご機嫌なリズの手を引いて、森を進んでいく。
リズの頭の上には、スラちゃんが絶妙なバランスで乗っかっている……と、ここで僕の【探索】に引っかかった気配があった。
「【魔法障壁】を張ってくれる?」
「うん、任せて!」
リズが【魔法障壁】を張ると、茂みの中から五匹の狼が出てきた。【鑑定】によれば、ウルフという魔物で、人を襲うそうだ。
「お兄ちゃん、スラちゃんが『一緒に戦う』って!」
「よし、協力して倒そう!」
リズにはこのまま防御に徹してもらう。
「グルルル! ギャア!」
ウルフは一斉に襲いかかってきたが、リズの【魔法障壁】ですべて弾かれた。
さすがはリズだ、【魔法障壁】は僕よりうまいかもしれない。
「いくよ、スラちゃん!」
僕とスラちゃんで風の斬撃……【エアカッター】を使ってウルフを一頭ずつ倒していく。最後の一体を倒すと、リズが【魔法障壁】を解いた。
「ありがとう、リズ。おかげで怪我をしなかったよ」
「えへへ、スラちゃんもやったね!」
リズは僕にふにゃりと笑いかけると、スラちゃんをなでなでする。
僕は倒したウルフに近づいた。もしかしたら、毛皮が売れるかもしれない。
「スラちゃん、ウルフの血だけ吸収できる?」
試しにスラちゃんにお願いしたら、あっという間に血抜きをしてくれた。
僕たちでは血抜きができないからとても助かった。
倒したウルフは、僕の魔法袋に入れる。
「リズ、怖くなかった?」
「大丈夫。お兄ちゃんとスラちゃんがいるもん!」
初めての戦闘でリズが怖い思いをしなかったか気になったけど、大丈夫だったみたい。
リズってかなり度胸があるよね。
とはいえ僕は心配なので、ギュッと手を握って再び歩き始めた。
しばらく進むと、リズが急に立ち止まった。
「あっ、あそこにピンク色の木の実がある」
リズが指差した先には、桃に似た実がなっている木があった。
高いところに実っているけど、また魔法を使って採ろう。
「風魔法で落としてみるね」
僕は【エアカッター】で枝を切り落とし、木の実をキャッチする。
【鑑定】すると《桃》と出た。
「この果物も食べられるよ。リズ、よく見つけたね」
「おお! じゃあスラちゃんも手伝おっか!」
リズは風魔法が使えない。
僕とスラちゃんで手分けして、木から桃を落とす。
「はい、どうぞ」
「ありがとう!」
皮を剥いて二人で半分こして食べると、甘い味が口の中に広がった。
スラちゃんにも少しあげたら、とても喜んでいた。
「スラちゃんがいると楽しいね」
やはりリズは心細い思いをしていたみたいで、明らかに元気がいい。
途中でまたベリーを見つけたり、ウルフを倒したりしながら少しずつ進んでいった。
「今日はここで休もうか」
夕方になったので、寝る場所を決める。
土魔法で、昨日よりもさらにしっかりした土のかまくらを作ったし、硬さも大丈夫。
桃とベリーを食べながら、明日に向けて準備をする。
いっぱい歩いたから、念のため、スラちゃんも含めて回復魔法をかけておく。
「お兄ちゃん、甘い果物がいーっぱいあるね!」
リズは魔法袋を覗いて、ニコニコしている。
今日はウルフが何回か現れたから、明日はもっと注意して進もう。
スラちゃんの寝る場所は僕たちの枕元で落ち着いたので、今日もリズと抱き合いながら夢の世界へ落ちていった。
◆ ◇ ◆
「うーん、いいお天気!」
森に捨てられて三日目。
土のかまくらの外に出ると、木々や地面がしっとり濡れている。
どうやら夜中に雨が降ったみたいだ。でもリズの言う通り、今はすっきり晴れている。
道もあまりぬかるんでいないので、歩くのには問題なさそう。
「出発!」
リズの元気な掛け声で、今日もてくてくと歩き出す。
たまにウルフが出てくるくらいで、【探索】を使っても他の魔物は出てこない。
森の中とはいえ、道を歩いているからなのかな?
どうかこのまま……なんて思っていたけど、そううまくはいかなかった。
「キシャーッ!」
「リズ、【魔法障壁】を準備して」
緑色の皮膚をした、僕たちよりも少し大きい魔物……ゴブリンだ。念のため【鑑定】したけど、ばっちり《ゴブリン》と表示されている。
こちらに対して敵意を見せていて、少なくとも十体はいる。早く倒さないとやられる。
「スラちゃん、いくよ……!」
そうスラちゃんに声をかけた時だった。
「嫌ぁ! 気持ち悪いよー!」
ズドーン、ズドーン、ズドーンッ!
目の前に光の矢……【ライトアロー】が降り注ぎ、あっという間にゴブリンが全滅した。
どうやらリズが光魔法で攻撃したみたいだ。
いつの間にこんな魔法が使えるようになったんだろう?
リズに獲物を取られたスラちゃんは、少し不満げにぴょんぴょんと跳ねている。
ゴブリンを再度【鑑定】すると、採れる素材はなく、討伐証は耳であると表示された。あいにく僕たちはナイフを持っていない。
「スラちゃん、【エアカッター】で耳を切るのを手伝ってくれる?」
スラちゃんに頼んだら、あっさりと耳を切り落としてくれた。
おまけに僕が耳を回収する間に、ゴブリンを丸ごと吸収している。
道に死体を放置するわけにもいかず、どうしようか悩んでいたから助かるな。
スラちゃんがすべてのゴブリンを吸収したのを確認して、また僕たちはてくてくと歩き出した。
「あっ、またベリーがなってるよ」
今日もリズがベリーを発見した。
魔法袋の中がだんだんベリーだらけになってきたぞ。
さらにさくらんぼも再び見つけたので、しばらくは飢えなくて済みそうだ。
たまに現れるウルフを倒しつつ進み、日が暮れてきたので寝る場所の準備を始めた。
ふふふ、土のかまくらもうまく作れるようになってきたぞ。
「うーん、ベリーはやっぱりおいしいね!」
夕食にベリーを食べたリズは嬉しそうだが、もうそろそろパンがなくなってしまいそうだ。
あとどのくらい歩けば森を抜けられるのだろう……明日なのか、それとももっと先なのか。
不安に襲われつつも、リズの頭を撫でながら眠りについた。
◆ ◇ ◆
「今日は曇りか……」
四日目の朝、空にはどんよりと雲が広がっていた。雨が降らないことを祈りたい。
「早めに準備して出発しよう」
「おー!」
跳びはねるスラちゃんと一緒に、元気よく拳を上げるリズ。
朝食をぱぱっと済ませて、今日もてくてくと森を進む。
「あっ、雨だよ!」
歩き始めてすぐ、ぽつぽつと雨が降ってきてしまった。
雨宿りを……と土のかまくらを作ろうとする僕の横で、リズが【魔法障壁】を展開する。
「お兄ちゃん、これで雨を防ごうよ!」
リズは【魔法障壁】を頭の上に作り出して、傘代わりにしていた。
「おー! その手があったね。凄いよ、リズ!」
頭を撫でてあげたら、リズはニコニコと笑い返す。
そして片手で抱いていたスラちゃんを頭に乗せて、僕と手を繋いできた。
「【魔法障壁】が雨を弾いてくれるから、雨でもへっちゃらだね」
「そうだね。でも道がぬかるんでいるから、転ばないようにちゃんと僕の手を掴んでいるんだよ」
雨の中、二人と一匹で仲良く歩いていく。
途中でまたゴブリンとウルフが現れたけど、しっかり倒して素材を回収した。
倒した魔物はスラちゃんが喜んで吸収していくので、僕も処分の手間が省けて大助かりだ。
「ふふーん、ふーん!」
謎の鼻歌を歌いながら、リズはとってもご機嫌だ。
しばらくして僕が【探索】を使うと、何かの気配が引っかかった。
「リズ、前から魔物が……って、あれ? 何か別の気配を追っかけていっちゃった……?」
「キャー!」
「誰か助けて!」
僕が呟くのとほとんど同時に、前方から女の子の悲鳴が聞こえてきた。
「お兄ちゃん、助けてあげないと!」
「うん、すぐに行こう!」
いつの間にか雨は止んでいた。濡れた森の道を、僕とリズは一生懸命に走る。
やがて、前方にたくさんのゴブリンと二人の女の子が見えてきた。
転んでしまったのか二人は地面に倒れていて、そこにゴブリンが襲いかかろうとしている。
「スラちゃん、体当たり!」
ドーン!
リズの指示で大きく跳躍したスラちゃんが、女の子に覆いかぶさっていたゴブリンを突き飛ばした。
「えーい!」
リズが【ライトアロー】を放ち、もう一人の少女を狙うゴブリンを倒す。
「はっ!」
僕は土の弾丸を撃つ【アースバレット】で、スラちゃんは【エアカッター】を繰り出してゴブリンたちを殲滅した。
あたりを【探索】したけど、もう他に敵はいなそうだ。
「お姉さんたち、大丈夫ですか?」
「うん……って、え、子ども?」
「それにスライムも一緒ですよ、エマ」
お姉さんたちはいきなり現れた僕とリズ、スラちゃんを見て、目を見開いた。
「子ども」って言われちゃったけど、お姉さんたちだって子どもじゃない?
見た感じ、多分、十歳前後だと思う。
「お姉ちゃん、リズが怪我を治してあげる!」
リズが回復魔法で治療している間に、僕とスラちゃんはゴブリンの死体を処理しておく。
「凄い、あっという間に治っちゃった」
「こんなに早く怪我を癒やせるなんて、教会の人よりも凄いです!」
驚いているお姉さんたちに、僕はコップを差し出した。
「よかったら、お水をどうぞ」
水を飲ませてあげると、だいぶ落ち着いてきたみたい。
「ありがとね、小さな魔法使いさんたち」
「助かりました」
お姉さんたちは口々にお礼を言って、僕とリズの頭を撫でる。
この二人、顔立ちがそっくりだ。気になって尋ねてみたら、双子なんだって。
ボブカットのお姉さんがエマさん、セミロングヘアのほうがオリビアさんだそうだ。
二人とも、武器としてナイフより大ぶりな短剣を持っている。
挨拶してくれたので、僕とリズ、ついでにスラちゃんも自己紹介する。
「それにしても、なんでここにいたんですか?」
うっ、オリビアさんが答えにくい質問をしてきた。
うーん、どうやって話そうかな。
「お兄ちゃんと一緒に、森に捨てられちゃったの」
あっ、リズが正直に答えちゃった。
「はあ……まただね」
「最近はよくありますね……」
エマさんが頭をかき、オリビアさんは困った顔をしている。よくあるってどういうこと?
「アレク君たちは知らないんだね。子どもが生まれた家は、その子が五歳になるまでに、教会に届け出をしないといけないの。ただ、届け出にはお金がかかるから……」
「子どもを育てられなくて幼いうちに捨ててしまうことがあるんです」
うーん、口減らしってことかな……僕たちがいた家は侍女を雇う余裕があったから、きっと事情が違うけど、なかなか衝撃的な話だ。
エマさんたちは、まだ知り合ったばかりでどんな人たちか分からない。
捨てられた詳しい経緯を尋ねられると面倒なので、黙っておこう。
「そうだったんですね」
「大変だったね、二人とも」
エマさんが話をしながら、僕とリズの頭を撫でる。
「ねえ、オリビアお姉ちゃん。町ってここから近い?」
「私たちが来た町のこと? しばらく歩けば着きますよ、リズちゃん」
「そうなんだ……お兄ちゃん、やっと森を出られるね!」
「よかったら案内してあげようか?」
エマさんの提案に、僕たちは頷いた。
僕と、頭の上にスラちゃんを乗せたリズを挟んで、エマさんとオリビアさんが手を繋いでくれる。
「では、行きましょう」
オリビアさんの案内で、僕たちは歩き出した。
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