文字の大きさ
大
中
小
67 / 1,396
5巻
5-3
「司祭様、シスターさん、おはようございます」
「うむ、おはよう。今年は子どもも多く、賑やかで何よりじゃ」
「そうですわね。こうして、子どもが元気よく明るく遊ぶ様子を見られるのはとてもいいことですわ」
僕が話しかけた司祭様とシスターさんも、スラちゃんとプリンを囲んで楽しそうな子どもたちを微笑ましく眺めていた。
ホーエンハイム辺境伯領は僕やリズが奉仕作業のたびに魔法で治療を行っていたので、他の地域に比べて子どもの生存率が高かったらしい。
僕たちとしては、いつも町の人にお世話になっている分、恩返しのつもりで一生懸命働いただけなんだけどね。
「そんなアレク様とリズ様の行動こそ、ノブレスオブリージュを体現しておりますよ」
司祭様はそう評してくれたものの、僕的にはまだまだだと思う。
しばらくして、司祭様が集まっているみんなに声をかけた。
「さあ、五歳の祝いの準備を始めよう。皆で準備をすれば、すぐに終わるぞ」
「「「はーい」」」
彼のかけ声で、子どもも大人も一斉に動き出す。
ホーエンハイム辺境伯領では、親だけではなく、主役である子どもも一緒に教会内を飾り付けることで五歳の祝いを盛り上げるらしい。
ティナおばあ様も護衛の近衛騎士と共に準備を手伝っている。僕たちも張り切って支度した。
ほどなくして、教会内の椅子や壁が綺麗な布や花などで装飾された。
特別感がますます高まり、子どもたちもニコニコしている。
儀式に参加する僕たち子どもは一か所に集まり、最終確認をする。
「これを羽織るんだよ」
「お兄ちゃん、ありがとー」
シスターさんからもらった白い布でできたローブをリズに渡す。
神聖な儀式だからか、子どもたちは純白のローブを羽織って儀式に参加するそうなのだ。僕もすでに羽織っている。
すべての子どもの準備が整い、それぞれの席に座ったところで……五歳の祝いが始まった。
「我が主なる神よ、女神よ。日々のご加護に感謝いたします。こうして多くの子どもが健やかに成長することができました。この世に生を受け五年の月日を無事に過ごしてきた子どもたちに、どうか祝福を」
司祭様が神様に子どもの成長を厳かに報告した。
もちろん、参列する僕たちも保護者たちも真剣に儀式の行方を見守る。
シスターさんが順番に子どもの名前を呼び、一人ずつ司祭様の前に誘導していく。
今度は、司祭様が祝福を与えてくださるらしい。
順に子どもたちが前に行き、いよいよ僕の番となった。
僕は司祭様のもとに歩いていき、姿勢を正す。彼はニコリとして僕の頭に手を置いた。
「神よ、女神よ。この者にどうか祝福を与えよ」
司祭様が祝福の言葉を唱えた。そばにいたシスターさんに促され、僕は席に戻る。
僕の隣にいたリズ、そしてエレノアやサンディも順に司祭様から祝福を受けた。
保護者席の大人たちは子どもが祝福を授かる様子を感慨深く見ており、中には思わず涙ぐんでいる女性もいた。きっと、こうして子どもが大きくなるまで、さまざまな苦労があったのだろう。
僕もリズも生まれてすぐに両親を亡くし、バイザー伯爵家のお屋敷に軟禁された。
けれど叔父夫婦に森へ捨てられてから多くの人と出会い、ついには僕たちの両親を知る、ヘンリー様やティナおばあ様と巡り合った。
今はとても幸せに暮らしているけど……本当にここまで波瀾万丈だったな。
すべての子どもが司祭様に祝福されると、五歳の祝いもいよいよハイライトだ。
僕たちは、シスターさんから色鮮やかな花を一輪ずつ受け取る。
「さあ、ご両親に『ありがとう』って感謝の気持ちを込めてお花を渡しましょうね」
「「「はーい」」」
シスターさんがニコッと笑って合図を出すと、花を受け取った子どもは一斉に保護者のところに向かっていく。
もちろん、僕とリズも。僕はティナおばあ様のところに歩み寄った。
リズは抱きかかえたスラちゃんと共に、ティナおばあ様のもとへ駆けていく。
「おばあちゃん、今までありがとー!」
「ふふ。リズちゃんこそ、こんなに大きく育ってくれてありがとうね」
ティナおばあ様は、花を片手に抱きついてきたリズをギュッと抱きしめた。
スラちゃんまでなぜか花を持っていて、リズと一緒にティナおばあ様にハグしている。
「ティナおばあ様、今まで僕のことを育ててくれてありがとうございます」
「アレク君は、こんな時でも律儀ね。私も、アレク君が大きくなってくれてとても嬉しいわ」
僕も、頭の上に乗せたプリンと共にティナおばあ様に抱きついた。
ティナおばあ様は目に涙を浮かべながら、リズごと僕のことを抱き返してくれた。
「エレノアは、王城に帰ったらアリアに『ありがとう』って伝えないとね。サンディも、時間を見つけてご両親のお墓に花を手向けに行きましょう」
「「はい!」」
ティナおばあ様は、エレノアとサンディにもにこやかに声をかけた。
サンディは現在、ティナおばあ様が保護者となっている。今度両親のお墓まいりに行って、成長を報告することになりそうだ。
ちらりと周囲を見やると、恥ずかしそうに花を渡している男の子や、お母さんに思いっきり抱きついている女の子がいた。
温かな光景を、司祭様とシスターさんが拍手して祝う。
「さあ、このあとはみんなが待ちに待った豪華なご飯が待っていますよ」
「「「やったー!」」」
花を渡し終わったタイミングを見計らって、シスターさんが子どもたちに話しかけた。
子どもたちは大喜びで、中には飛び跳ねている子もいる。
リズとスラちゃんも、両手を上げて喜んでいた。
「司祭様、【ゲート】を繋いでもいいですか?」
「うむ、やってくれ」
僕は、司祭様に確認してから【ゲート】を発動した。
場所は事前にヘンリー様から指定されていた屋敷に入る門の前。
僕が魔法を発動するのを見て、「『双翼の天使』様の魔法は凄い」と呟く大人もいた。
「リズがいちばーん!」
「じゃあ、エレノアも行くの」
リズとスラちゃん、それにエレノアが【ゲート】をくぐっていく。他の子どもたちや保護者も次々と【ゲート】を通った。
最後に僕とプリンが【ゲート】をくぐり、無事に全員、ホーエンハイム辺境伯家の屋敷に到着。
なお、僕を含めた子どもたちはいまだに白いローブを羽織っている。これは五歳になった子に贈られるプレゼントなので、持ち帰っていいことになっているのだ。
とはいえ、さすがにこのまま食事をしたら、何かこぼしたり汚してしまったりしそうだ。僕たちは白いローブを脱ぎ、それぞれの保護者に預けた。
「おお、やっと来たな」
「みんな、おめでとう!」
ホーエンハイム辺境伯領の敷地の外にはたくさん町の人がいて、僕たちの到着を待っていた。
例年は子どもは商店街を歩きながらホーエンハイム辺境伯家の屋敷に向かう。本来なら、その道中で「おめでとう」と声をかけ、お祝いするらしい。
しかし、今年は闇ギルドや貴族主義派の貴族によるトラブルを警戒し、僕の【ゲート】で移動距離を短縮することになってしまった。
例年と違う形になったけど、せっかくだから……ということで、こうして町の人が集まってくれたみたい。僕たちを祝福するためにわざわざ来てくれたのは、凄く嬉しい。
「みんな嬉しそうな顔ね。こうして子どもたちの成長した姿を見届けられるのは、毎年私もとても喜ばしいわ」
屋敷の門の前に現れた僕たちを、ニコニコしたイザベラ様が出迎える。
町の人は「一番のお楽しみを楽しんできな!」と、屋敷の門をくぐる僕たちに手を振った。
やはりリズとスラちゃんが先頭でイザベラ様の後に続き、他の子どもたちも順に庭に入る。
そんな中、スラちゃんが【ワープ】を使って姿を消した。
これは僕の【ゲート】と同じ空間魔法の一種で、別の地点に転移することができる。
【ワープ】したスラちゃんは、どうやらある人を迎えに行っていたみたいで……
「あっ、ルーカスお兄ちゃん!」
「なんとか、僕も食事に間に合ったみたいだね」
王城にいたルーカスお兄様がやってきた。どうにか仕事を終え、駆けつけてくれたようだ。
残念ながら王家の大人たちはまだまだ公務が続くそう。エレノアの母親――アリア様はホーエンハイム辺境伯家に来られず、残念がっていたとのことだった。
それでも、エレノアは大好きな兄の登場でニコニコしていた。
ヘンリー様の屋敷の侍従がみんなを席に案内していく。僕とリズ、サンディは必然的にルーカスお兄様やアイビー様といった王家の面々と同じ席になった。
ミカエルも幼児用の席に座ってスタンバイしており、下ではオルトがちょこんとお座りしている。
使用人が出来立てホカホカの料理を持ってくるたびに、町の子どもたちは「おいしそうだ」と目を輝かせていた。
「ふふ、みんな料理に釘付けですのね。とても可愛いわ」
「『もう待ちきれない!』って気持ちが、よく伝わってくる顔だよね」
アイビー様とルーシーお姉様は、ソワソワうずうずする子どもたちを微笑ましそうに眺める。
期待いっぱいの子どもとは逆に、保護者は豪華な料理に少し怖気づいている様子だ。
今回の食事はすべて無料で、領主たるヘンリー様が手配している。
彼は司祭様やシスターさんと同じテーブルに座っており、あたりを見渡してうんうんと頷いていた。子どもがはしゃぎ、大人が震えるのは毎年恒例の光景なのかもしれない。
あまり待たせてはいけないので……ヘンリー様は飲み物が入ったグラスを手に立ち上がった。
前のめりになっていた子どもも、慌てて姿勢を正す。
「ゴホン。今日は五歳になる君たちが主役だ。今日まで育ててくれた両親に感謝しながら、思う存分料理を楽しんでくれ。では、乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
乾杯の合図で、子どもたちは一斉に目の前の料理を口にした。
とてもおいしいということは、子どもたちの満面の笑みが物語っている。
「お兄ちゃん、今日の料理は格別においしいね! おいしすぎてほっぺが落ちちゃいそうだよ!」
僕の隣に座るリズは、豪華な料理を食べていつも以上にテンションが高い。
僕もハンバーグを切り分けて頬張る。とても柔らかいのに肉汁が溢れておいしい。
ときどき両脇にいるリズとエレノアの口を拭いてあげながら、どんどんとお皿を空にした。
周囲にいる子どもの中にはハンバーグをお代わりしている子もいる。使用人は笑顔で対応していた。
ミカエルのためにも特別な料理が作られており、お世話が上手なスラちゃんは彼に小さく切り分けたハンバーグを食べさせてあげている。
「あーん……もぐもぐ。おいちー!」
それはミカエルも両手をあげて歓声を上げるほどのおいしさで、ヘンリー様の屋敷の料理人の腕は凄いと改めて感じた。
僕たち子どもに提供される料理は、最初から小さめにカットされており、とても食べやすい。
大人もホーエンハイム辺境伯家の料理に舌鼓を打っていて、あまりのおいしさにお代わりを頼む人もいた。
無事に食事を終え、子どもたちの何人かは庭で追いかけっこをしている。
僕の屋敷もヘンリー様の屋敷も庭がとても広いから、元気よく遊び回るにはうってつけだ。
ヘンリー様とイザベラ様は、元気よく走り回る子どもたちをニコリと微笑んで見つめていた。
オムツを替えたミカエルは、オルトと一緒に食後の運動をしている。アイビー様とルーシーお姉様が彼の面倒を見てくれていた。
僕とリズは、テーブルから様子を眺める。
そんな時、僕の屋敷からクロエさんが出てきた。
イザベラ様が座るテーブルに行き、彼女とそばにいたシスターさんに何か話している。
すると、イザベラ様がこちらに向かって手招きした。
なんだろう? リズと一緒に行くと、イザベラ様がクロエさんの話の内容を教えてくれた。
「アレク君、リズちゃん。侍従のお姉さんたちの赤ちゃんがそろそろ生まれそうですって」
「「「「えー!?」」」」
思わぬ話を聞いて、僕とリズだけでなく、近くを通りかかったエレノアやルーカスお兄様まで驚きの声を上げた。
ついにハンナお姉さんとマヤお姉さんの赤ちゃんが生まれるのだと実感した。でも……同時に無事に生まれるのかなと不安にもなる。
心配が顔に出ていたのか、イザベラ様がすぐに言う。
「さすがに、アレク君とリズちゃんは幼いし、部屋に入れられないけど……スラちゃんならいいでしょう。念のため、治療要員として待機していてくれる? ソフィアや我が家の侍従が手伝っているから、心配はないわよ」
「おおー! スラちゃん、頑張ってね!」
イザベラ様から仕事を振られて、スラちゃんはなぜか綺麗な敬礼をした。
一緒にいたシスターさんも出産に立ち会ってくれるそう。リズの声援を受け、スラちゃんはクロエさんと共に屋敷の中へ入っていった。
これだけ万全な体制なら、きっと大丈夫なはず。
僕たちがソワソワしていると、ドーラおばちゃんが声をかけてきた。
「アレク君、何かあったのかい?」
「僕とリズを育ててくれたお世話係のお姉さんに、もう赤ちゃんが生まれそうなんです。スラちゃんも治療要員として駆けつけたので、きっと大丈夫だと思います。でも……」
「まあ、そうかい。あたしも、その二人のことは知っているよ。予定日が近いとは聞いていたけど、いよいよか」
ドーラおばちゃんはニカッと歯を見せ、僕の頭を撫でる。
彼女曰く、ホーエンハイム辺境伯領のシスターさんは助産が上手で有名だという。
「心配はいらないよ」と太鼓判を押してくれたので、僕は胸を撫で下ろした。
「赤ちゃんが生まれるの?」
「そーなの! リズ、とっても楽しみなんだ!」
いつの間にかリズの周りに五歳の祝いで仲良くなった子どもたちが集まっていて、みんなでワイワイ盛り上がっている。
アイビー様もやってきて、ルーカスお兄様と一緒に「ここは大丈夫だよ」と言ってくれたので、僕はティナおばあ様とプリンを連れて屋敷の中に入った
「ティナ様、アレク君。カミラたちも介助へ向かったし、こちらは万全の体制よ」
廊下を進んでいると、屋敷の中の警備を頼んでいたレイナさんが僕たちを迎えに来てくれた。
レイナさんは、花嫁修業の一環でお産の知識を身につけているみたい。あとで出産用の部屋に入るつもりなんだとか。
それに加えて、スラちゃんやカミラさんたちといった回復魔法を使えるメンバーも集結したとなれば、もう盤石の体制だ。
僕の屋敷には出産や育児に必要な道具はすべて揃っている。ティナおばあ様も問題ないというお墨付きだ。
ソワソワ、ソワソワ。
「「ああ、大丈夫かな……心配だ……」」
冷静な女性陣に対し、ハンナお姉さんとマヤお姉さんの旦那さんたちは、出産部屋の前をうろうろと落ち着きなく行ったり来たりしていた。
彼らは普段、僕の家の料理人と庭師として働いてくれているのだが……こんなに動揺している姿は初めて見た。
手伝えないから出産部屋に入るわけにもいかず、不安でどうしようもないのだろう。
大の男がうろうろとしていると、とても邪魔だ。二人はノラさんに「応接室へ移動していてください」と案内されていた。
「この調子なら心配いらないわよ。私たちも、ひとまず庭に戻りましょうか」
ティナおばあ様の判断で、僕は屋敷の庭に戻った。
パーティーももう終盤なので、空いたテーブルと椅子が順番に片付けられていっている。
様子を見に行ってきた僕たちが気になるのか、他の子どもと一緒にいたリズが駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん、ハンナお姉さんたちはどうだった?」
「スラちゃんもカミラさんたちも一緒にいてくれるって。順調みたいだよ」
「そーなんだ。赤ちゃんが生まれてくるの、とっても楽しみなんだ!」
リズは、赤ちゃんが生まれるのを今か今かと心待ちにしている。
そんなリズと一緒になって、赤ちゃんの誕生を楽しみにしている者がもう一人……
「ルーにーに、ルーねーね、あかちゃ!」
「そうだね。ミカエルもお兄さんになるんだな」
「男の子かな、女の子かな。どっちにしても、きっと可愛いだろうね」
ミカエルは椅子に座り、ルーカスお兄様とルーシーお姉様に一生懸命に話をしていた。
そんなニコニコ笑顔のミカエルの様子に、二人は目を細める。
司祭様も、侍従のお姉さんの赤ちゃんの誕生を待ち望んでいる様子だ。
「ふぉふぉふぉ、儂も赤ん坊が生まれたら祝福を授けてやらねばならぬな。なんせ、『双翼の天使』様を育てたお世話係の子なのじゃ」
「そ、そうですな……」
司祭様の隣に座るヘンリー様は、平静を装っているけれど少し心配しているようだ。
町の子どもたちや保護者の人たちも侍従のお姉さんの赤ちゃんの誕生を待っていたが……残念ながら、パーティーの終了時間となってしまった。
みんなはハンナお姉さんたちへのお見舞いの言葉を残し、残念そうに屋敷を後にしていく。それだけ、いつも僕とリズのことを気にかけてくれているんだね。
片付けもすべて終わり、ヘンリー様も屋敷に戻った。
彼の場合、だんだんとソワソワが隠せなくなり、たまたま僕たちの様子を見に来たイザベラ様に戦力外通告を受けて去っていったのだけれど。
ここに残ってくれた司祭様と、みんなで僕の屋敷の応接室に移動する。
司祭様は、これまたソワソワしている旦那さんたちを優しく諭していた。
「「まだかな? まだかな?」」
応接室のソファーに腰かけて、リズとエレノアはずっと部屋の外を気にしている。
プリンまで、リズの頭の上でフニフニと体を揺らしていた……みんな少し落ち着こうね。
ソワソワ組を、ティナおばあ様とルーカスお兄様が苦笑しながら見守る。
「うみゅ……」
「ミカちゃん、眠いなら寝ていていいんですのよ」
「うーん、おきゆ……」
いつもはお昼寝の時間なのに、ミカエルは赤ちゃん見たさに頑張って起きているらしい。
アイビー様に抱っこされながら、こっくりこっくりと船を漕いでいた。
みんな待ちくたびれつつあった、その時だった。
「「オギャー、オギャー!」」
廊下から元気のいい赤ちゃんの声が聞こえ、みんなが一斉に応接室の扉のほうを向く。
うとうとしていたミカエルも思わずビクッと目を覚まし、きょろきょろと周囲を見渡した。
ガチャ。
「失礼します。ハンナさんとマヤさんのお子様が生まれましたよ。元気のいい女の子です」
「「「やったー!」」」
ほどなくしてクロエさんが応接室にやってきて、無事に赤ちゃんが誕生したと報告してくれた。
リズとエレノアがその場で飛び跳ねて喜びを全身で表現し、旦那さんたちは安堵の涙が溢れた様子で顔を覆う。
僕はというと……ティナおばあ様と共に、思わずホッと息をついていた。
いつでも赤ちゃんと対面できるように、こっそり応接室にいる全員の体を【生活魔法】で綺麗にしておく。
【生活魔法】は生活に根差した魔法で、今のようにいろいろなものをあっという間に綺麗にする魔法などが該当する。ただ、威力は僕よりもリズのほうが上なんだよね。
でも、何もしないよりはマシだ。
しばらくするとハンナお姉さんたちが部屋を移ったようで、僕たちに声がかかった。
いよいよ赤ちゃんを見せてもらうことに。
僕たちが部屋の前に着くと、ここまで案内してくれたシスターさんから事前注意があった。
「赤ちゃんが驚かないように、部屋の中では静かにしましょうね」
「「「はい!」」」
リズとエレノア、ルーシーお姉様が元気いっぱいな返事をしたので、シスターさんは苦笑いを浮かべる。
とはいえリズたちは言いつけをしっかり守るほうだし、部屋の中に入れば大丈夫だろう。
ということで、いよいよ赤ちゃんとのご対面だ。
シスターさんが扉を開ける。
部屋の中には、ハンナお姉さんとマヤお姉さんが休んでいるベッドが二台。その横に、小さなベビーベッドが二つ置かれていた。
リズたち三人が足音を殺し、静かにベビーベッドに近づいていく……さすがにそこまでしなくてもいいと思うよ。
そして、リズはワクワクした顔でベビーベッドを覗き込んだ。
「「あう?」」
「「「わあー、ちっちゃーい! 可愛いー!」」」
リズたちは、ベビー服を着た小さな赤ちゃんに目を奪われていた。三人とも、表情がニマニマと緩み切っている。早くも赤ちゃんの可愛らしさに心奪われた様子だ。
一方の赤ちゃんは、さすがにまだ何がなんだかよく分かっていないみたい。
「うう、よく頑張った……」
「ありがとう、ありがとうな……」
旦那さんたちは再び号泣。出産を終えた奥さんを労っている。
あまりにも旦那さんが泣いているので、逆にハンナお姉さんたちのほうが戸惑っていた。
「ミカエルも、赤ちゃんを見せてもらいましょうね。今日からあなたもお兄ちゃんよ」
「あい!」
ティナおばあ様がミカエルを抱っこし、赤ちゃんを見せた。
ミカエルはすっかり目が覚めたようで、まんまるの瞳で赤ちゃんを興味深そうに観察している。
「お義母様、出産って本当に大変ですのね。でも、神秘的で……とても感動しました」
「ふふ、そうよ。だからこそ、母親は我が子を大切に守ろうと思うのよ」
ソフィアさんはハンナお姉さんたちの出産に立ち会ってとても感銘を受けたらしく、まだ見ぬ我が子を慈しむかのように、自らのお腹を撫でている。
そんな義理の娘に、イザベラ様はニコリと笑顔を向けた。
「とてもめんこい子たちじゃのう。利発ないい子に育ちそうじゃ」
赤ちゃんたちへの祝福を終えた司祭様は、ニンマリとして二人を眺めている。
この部屋にいる全員が、みんな笑顔だ。赤ちゃんのおかげだな。
こうして、僕の屋敷に新しい家族が増えたのだった。
「うむ、おはよう。今年は子どもも多く、賑やかで何よりじゃ」
「そうですわね。こうして、子どもが元気よく明るく遊ぶ様子を見られるのはとてもいいことですわ」
僕が話しかけた司祭様とシスターさんも、スラちゃんとプリンを囲んで楽しそうな子どもたちを微笑ましく眺めていた。
ホーエンハイム辺境伯領は僕やリズが奉仕作業のたびに魔法で治療を行っていたので、他の地域に比べて子どもの生存率が高かったらしい。
僕たちとしては、いつも町の人にお世話になっている分、恩返しのつもりで一生懸命働いただけなんだけどね。
「そんなアレク様とリズ様の行動こそ、ノブレスオブリージュを体現しておりますよ」
司祭様はそう評してくれたものの、僕的にはまだまだだと思う。
しばらくして、司祭様が集まっているみんなに声をかけた。
「さあ、五歳の祝いの準備を始めよう。皆で準備をすれば、すぐに終わるぞ」
「「「はーい」」」
彼のかけ声で、子どもも大人も一斉に動き出す。
ホーエンハイム辺境伯領では、親だけではなく、主役である子どもも一緒に教会内を飾り付けることで五歳の祝いを盛り上げるらしい。
ティナおばあ様も護衛の近衛騎士と共に準備を手伝っている。僕たちも張り切って支度した。
ほどなくして、教会内の椅子や壁が綺麗な布や花などで装飾された。
特別感がますます高まり、子どもたちもニコニコしている。
儀式に参加する僕たち子どもは一か所に集まり、最終確認をする。
「これを羽織るんだよ」
「お兄ちゃん、ありがとー」
シスターさんからもらった白い布でできたローブをリズに渡す。
神聖な儀式だからか、子どもたちは純白のローブを羽織って儀式に参加するそうなのだ。僕もすでに羽織っている。
すべての子どもの準備が整い、それぞれの席に座ったところで……五歳の祝いが始まった。
「我が主なる神よ、女神よ。日々のご加護に感謝いたします。こうして多くの子どもが健やかに成長することができました。この世に生を受け五年の月日を無事に過ごしてきた子どもたちに、どうか祝福を」
司祭様が神様に子どもの成長を厳かに報告した。
もちろん、参列する僕たちも保護者たちも真剣に儀式の行方を見守る。
シスターさんが順番に子どもの名前を呼び、一人ずつ司祭様の前に誘導していく。
今度は、司祭様が祝福を与えてくださるらしい。
順に子どもたちが前に行き、いよいよ僕の番となった。
僕は司祭様のもとに歩いていき、姿勢を正す。彼はニコリとして僕の頭に手を置いた。
「神よ、女神よ。この者にどうか祝福を与えよ」
司祭様が祝福の言葉を唱えた。そばにいたシスターさんに促され、僕は席に戻る。
僕の隣にいたリズ、そしてエレノアやサンディも順に司祭様から祝福を受けた。
保護者席の大人たちは子どもが祝福を授かる様子を感慨深く見ており、中には思わず涙ぐんでいる女性もいた。きっと、こうして子どもが大きくなるまで、さまざまな苦労があったのだろう。
僕もリズも生まれてすぐに両親を亡くし、バイザー伯爵家のお屋敷に軟禁された。
けれど叔父夫婦に森へ捨てられてから多くの人と出会い、ついには僕たちの両親を知る、ヘンリー様やティナおばあ様と巡り合った。
今はとても幸せに暮らしているけど……本当にここまで波瀾万丈だったな。
すべての子どもが司祭様に祝福されると、五歳の祝いもいよいよハイライトだ。
僕たちは、シスターさんから色鮮やかな花を一輪ずつ受け取る。
「さあ、ご両親に『ありがとう』って感謝の気持ちを込めてお花を渡しましょうね」
「「「はーい」」」
シスターさんがニコッと笑って合図を出すと、花を受け取った子どもは一斉に保護者のところに向かっていく。
もちろん、僕とリズも。僕はティナおばあ様のところに歩み寄った。
リズは抱きかかえたスラちゃんと共に、ティナおばあ様のもとへ駆けていく。
「おばあちゃん、今までありがとー!」
「ふふ。リズちゃんこそ、こんなに大きく育ってくれてありがとうね」
ティナおばあ様は、花を片手に抱きついてきたリズをギュッと抱きしめた。
スラちゃんまでなぜか花を持っていて、リズと一緒にティナおばあ様にハグしている。
「ティナおばあ様、今まで僕のことを育ててくれてありがとうございます」
「アレク君は、こんな時でも律儀ね。私も、アレク君が大きくなってくれてとても嬉しいわ」
僕も、頭の上に乗せたプリンと共にティナおばあ様に抱きついた。
ティナおばあ様は目に涙を浮かべながら、リズごと僕のことを抱き返してくれた。
「エレノアは、王城に帰ったらアリアに『ありがとう』って伝えないとね。サンディも、時間を見つけてご両親のお墓に花を手向けに行きましょう」
「「はい!」」
ティナおばあ様は、エレノアとサンディにもにこやかに声をかけた。
サンディは現在、ティナおばあ様が保護者となっている。今度両親のお墓まいりに行って、成長を報告することになりそうだ。
ちらりと周囲を見やると、恥ずかしそうに花を渡している男の子や、お母さんに思いっきり抱きついている女の子がいた。
温かな光景を、司祭様とシスターさんが拍手して祝う。
「さあ、このあとはみんなが待ちに待った豪華なご飯が待っていますよ」
「「「やったー!」」」
花を渡し終わったタイミングを見計らって、シスターさんが子どもたちに話しかけた。
子どもたちは大喜びで、中には飛び跳ねている子もいる。
リズとスラちゃんも、両手を上げて喜んでいた。
「司祭様、【ゲート】を繋いでもいいですか?」
「うむ、やってくれ」
僕は、司祭様に確認してから【ゲート】を発動した。
場所は事前にヘンリー様から指定されていた屋敷に入る門の前。
僕が魔法を発動するのを見て、「『双翼の天使』様の魔法は凄い」と呟く大人もいた。
「リズがいちばーん!」
「じゃあ、エレノアも行くの」
リズとスラちゃん、それにエレノアが【ゲート】をくぐっていく。他の子どもたちや保護者も次々と【ゲート】を通った。
最後に僕とプリンが【ゲート】をくぐり、無事に全員、ホーエンハイム辺境伯家の屋敷に到着。
なお、僕を含めた子どもたちはいまだに白いローブを羽織っている。これは五歳になった子に贈られるプレゼントなので、持ち帰っていいことになっているのだ。
とはいえ、さすがにこのまま食事をしたら、何かこぼしたり汚してしまったりしそうだ。僕たちは白いローブを脱ぎ、それぞれの保護者に預けた。
「おお、やっと来たな」
「みんな、おめでとう!」
ホーエンハイム辺境伯領の敷地の外にはたくさん町の人がいて、僕たちの到着を待っていた。
例年は子どもは商店街を歩きながらホーエンハイム辺境伯家の屋敷に向かう。本来なら、その道中で「おめでとう」と声をかけ、お祝いするらしい。
しかし、今年は闇ギルドや貴族主義派の貴族によるトラブルを警戒し、僕の【ゲート】で移動距離を短縮することになってしまった。
例年と違う形になったけど、せっかくだから……ということで、こうして町の人が集まってくれたみたい。僕たちを祝福するためにわざわざ来てくれたのは、凄く嬉しい。
「みんな嬉しそうな顔ね。こうして子どもたちの成長した姿を見届けられるのは、毎年私もとても喜ばしいわ」
屋敷の門の前に現れた僕たちを、ニコニコしたイザベラ様が出迎える。
町の人は「一番のお楽しみを楽しんできな!」と、屋敷の門をくぐる僕たちに手を振った。
やはりリズとスラちゃんが先頭でイザベラ様の後に続き、他の子どもたちも順に庭に入る。
そんな中、スラちゃんが【ワープ】を使って姿を消した。
これは僕の【ゲート】と同じ空間魔法の一種で、別の地点に転移することができる。
【ワープ】したスラちゃんは、どうやらある人を迎えに行っていたみたいで……
「あっ、ルーカスお兄ちゃん!」
「なんとか、僕も食事に間に合ったみたいだね」
王城にいたルーカスお兄様がやってきた。どうにか仕事を終え、駆けつけてくれたようだ。
残念ながら王家の大人たちはまだまだ公務が続くそう。エレノアの母親――アリア様はホーエンハイム辺境伯家に来られず、残念がっていたとのことだった。
それでも、エレノアは大好きな兄の登場でニコニコしていた。
ヘンリー様の屋敷の侍従がみんなを席に案内していく。僕とリズ、サンディは必然的にルーカスお兄様やアイビー様といった王家の面々と同じ席になった。
ミカエルも幼児用の席に座ってスタンバイしており、下ではオルトがちょこんとお座りしている。
使用人が出来立てホカホカの料理を持ってくるたびに、町の子どもたちは「おいしそうだ」と目を輝かせていた。
「ふふ、みんな料理に釘付けですのね。とても可愛いわ」
「『もう待ちきれない!』って気持ちが、よく伝わってくる顔だよね」
アイビー様とルーシーお姉様は、ソワソワうずうずする子どもたちを微笑ましそうに眺める。
期待いっぱいの子どもとは逆に、保護者は豪華な料理に少し怖気づいている様子だ。
今回の食事はすべて無料で、領主たるヘンリー様が手配している。
彼は司祭様やシスターさんと同じテーブルに座っており、あたりを見渡してうんうんと頷いていた。子どもがはしゃぎ、大人が震えるのは毎年恒例の光景なのかもしれない。
あまり待たせてはいけないので……ヘンリー様は飲み物が入ったグラスを手に立ち上がった。
前のめりになっていた子どもも、慌てて姿勢を正す。
「ゴホン。今日は五歳になる君たちが主役だ。今日まで育ててくれた両親に感謝しながら、思う存分料理を楽しんでくれ。では、乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
乾杯の合図で、子どもたちは一斉に目の前の料理を口にした。
とてもおいしいということは、子どもたちの満面の笑みが物語っている。
「お兄ちゃん、今日の料理は格別においしいね! おいしすぎてほっぺが落ちちゃいそうだよ!」
僕の隣に座るリズは、豪華な料理を食べていつも以上にテンションが高い。
僕もハンバーグを切り分けて頬張る。とても柔らかいのに肉汁が溢れておいしい。
ときどき両脇にいるリズとエレノアの口を拭いてあげながら、どんどんとお皿を空にした。
周囲にいる子どもの中にはハンバーグをお代わりしている子もいる。使用人は笑顔で対応していた。
ミカエルのためにも特別な料理が作られており、お世話が上手なスラちゃんは彼に小さく切り分けたハンバーグを食べさせてあげている。
「あーん……もぐもぐ。おいちー!」
それはミカエルも両手をあげて歓声を上げるほどのおいしさで、ヘンリー様の屋敷の料理人の腕は凄いと改めて感じた。
僕たち子どもに提供される料理は、最初から小さめにカットされており、とても食べやすい。
大人もホーエンハイム辺境伯家の料理に舌鼓を打っていて、あまりのおいしさにお代わりを頼む人もいた。
無事に食事を終え、子どもたちの何人かは庭で追いかけっこをしている。
僕の屋敷もヘンリー様の屋敷も庭がとても広いから、元気よく遊び回るにはうってつけだ。
ヘンリー様とイザベラ様は、元気よく走り回る子どもたちをニコリと微笑んで見つめていた。
オムツを替えたミカエルは、オルトと一緒に食後の運動をしている。アイビー様とルーシーお姉様が彼の面倒を見てくれていた。
僕とリズは、テーブルから様子を眺める。
そんな時、僕の屋敷からクロエさんが出てきた。
イザベラ様が座るテーブルに行き、彼女とそばにいたシスターさんに何か話している。
すると、イザベラ様がこちらに向かって手招きした。
なんだろう? リズと一緒に行くと、イザベラ様がクロエさんの話の内容を教えてくれた。
「アレク君、リズちゃん。侍従のお姉さんたちの赤ちゃんがそろそろ生まれそうですって」
「「「「えー!?」」」」
思わぬ話を聞いて、僕とリズだけでなく、近くを通りかかったエレノアやルーカスお兄様まで驚きの声を上げた。
ついにハンナお姉さんとマヤお姉さんの赤ちゃんが生まれるのだと実感した。でも……同時に無事に生まれるのかなと不安にもなる。
心配が顔に出ていたのか、イザベラ様がすぐに言う。
「さすがに、アレク君とリズちゃんは幼いし、部屋に入れられないけど……スラちゃんならいいでしょう。念のため、治療要員として待機していてくれる? ソフィアや我が家の侍従が手伝っているから、心配はないわよ」
「おおー! スラちゃん、頑張ってね!」
イザベラ様から仕事を振られて、スラちゃんはなぜか綺麗な敬礼をした。
一緒にいたシスターさんも出産に立ち会ってくれるそう。リズの声援を受け、スラちゃんはクロエさんと共に屋敷の中へ入っていった。
これだけ万全な体制なら、きっと大丈夫なはず。
僕たちがソワソワしていると、ドーラおばちゃんが声をかけてきた。
「アレク君、何かあったのかい?」
「僕とリズを育ててくれたお世話係のお姉さんに、もう赤ちゃんが生まれそうなんです。スラちゃんも治療要員として駆けつけたので、きっと大丈夫だと思います。でも……」
「まあ、そうかい。あたしも、その二人のことは知っているよ。予定日が近いとは聞いていたけど、いよいよか」
ドーラおばちゃんはニカッと歯を見せ、僕の頭を撫でる。
彼女曰く、ホーエンハイム辺境伯領のシスターさんは助産が上手で有名だという。
「心配はいらないよ」と太鼓判を押してくれたので、僕は胸を撫で下ろした。
「赤ちゃんが生まれるの?」
「そーなの! リズ、とっても楽しみなんだ!」
いつの間にかリズの周りに五歳の祝いで仲良くなった子どもたちが集まっていて、みんなでワイワイ盛り上がっている。
アイビー様もやってきて、ルーカスお兄様と一緒に「ここは大丈夫だよ」と言ってくれたので、僕はティナおばあ様とプリンを連れて屋敷の中に入った
「ティナ様、アレク君。カミラたちも介助へ向かったし、こちらは万全の体制よ」
廊下を進んでいると、屋敷の中の警備を頼んでいたレイナさんが僕たちを迎えに来てくれた。
レイナさんは、花嫁修業の一環でお産の知識を身につけているみたい。あとで出産用の部屋に入るつもりなんだとか。
それに加えて、スラちゃんやカミラさんたちといった回復魔法を使えるメンバーも集結したとなれば、もう盤石の体制だ。
僕の屋敷には出産や育児に必要な道具はすべて揃っている。ティナおばあ様も問題ないというお墨付きだ。
ソワソワ、ソワソワ。
「「ああ、大丈夫かな……心配だ……」」
冷静な女性陣に対し、ハンナお姉さんとマヤお姉さんの旦那さんたちは、出産部屋の前をうろうろと落ち着きなく行ったり来たりしていた。
彼らは普段、僕の家の料理人と庭師として働いてくれているのだが……こんなに動揺している姿は初めて見た。
手伝えないから出産部屋に入るわけにもいかず、不安でどうしようもないのだろう。
大の男がうろうろとしていると、とても邪魔だ。二人はノラさんに「応接室へ移動していてください」と案内されていた。
「この調子なら心配いらないわよ。私たちも、ひとまず庭に戻りましょうか」
ティナおばあ様の判断で、僕は屋敷の庭に戻った。
パーティーももう終盤なので、空いたテーブルと椅子が順番に片付けられていっている。
様子を見に行ってきた僕たちが気になるのか、他の子どもと一緒にいたリズが駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん、ハンナお姉さんたちはどうだった?」
「スラちゃんもカミラさんたちも一緒にいてくれるって。順調みたいだよ」
「そーなんだ。赤ちゃんが生まれてくるの、とっても楽しみなんだ!」
リズは、赤ちゃんが生まれるのを今か今かと心待ちにしている。
そんなリズと一緒になって、赤ちゃんの誕生を楽しみにしている者がもう一人……
「ルーにーに、ルーねーね、あかちゃ!」
「そうだね。ミカエルもお兄さんになるんだな」
「男の子かな、女の子かな。どっちにしても、きっと可愛いだろうね」
ミカエルは椅子に座り、ルーカスお兄様とルーシーお姉様に一生懸命に話をしていた。
そんなニコニコ笑顔のミカエルの様子に、二人は目を細める。
司祭様も、侍従のお姉さんの赤ちゃんの誕生を待ち望んでいる様子だ。
「ふぉふぉふぉ、儂も赤ん坊が生まれたら祝福を授けてやらねばならぬな。なんせ、『双翼の天使』様を育てたお世話係の子なのじゃ」
「そ、そうですな……」
司祭様の隣に座るヘンリー様は、平静を装っているけれど少し心配しているようだ。
町の子どもたちや保護者の人たちも侍従のお姉さんの赤ちゃんの誕生を待っていたが……残念ながら、パーティーの終了時間となってしまった。
みんなはハンナお姉さんたちへのお見舞いの言葉を残し、残念そうに屋敷を後にしていく。それだけ、いつも僕とリズのことを気にかけてくれているんだね。
片付けもすべて終わり、ヘンリー様も屋敷に戻った。
彼の場合、だんだんとソワソワが隠せなくなり、たまたま僕たちの様子を見に来たイザベラ様に戦力外通告を受けて去っていったのだけれど。
ここに残ってくれた司祭様と、みんなで僕の屋敷の応接室に移動する。
司祭様は、これまたソワソワしている旦那さんたちを優しく諭していた。
「「まだかな? まだかな?」」
応接室のソファーに腰かけて、リズとエレノアはずっと部屋の外を気にしている。
プリンまで、リズの頭の上でフニフニと体を揺らしていた……みんな少し落ち着こうね。
ソワソワ組を、ティナおばあ様とルーカスお兄様が苦笑しながら見守る。
「うみゅ……」
「ミカちゃん、眠いなら寝ていていいんですのよ」
「うーん、おきゆ……」
いつもはお昼寝の時間なのに、ミカエルは赤ちゃん見たさに頑張って起きているらしい。
アイビー様に抱っこされながら、こっくりこっくりと船を漕いでいた。
みんな待ちくたびれつつあった、その時だった。
「「オギャー、オギャー!」」
廊下から元気のいい赤ちゃんの声が聞こえ、みんなが一斉に応接室の扉のほうを向く。
うとうとしていたミカエルも思わずビクッと目を覚まし、きょろきょろと周囲を見渡した。
ガチャ。
「失礼します。ハンナさんとマヤさんのお子様が生まれましたよ。元気のいい女の子です」
「「「やったー!」」」
ほどなくしてクロエさんが応接室にやってきて、無事に赤ちゃんが誕生したと報告してくれた。
リズとエレノアがその場で飛び跳ねて喜びを全身で表現し、旦那さんたちは安堵の涙が溢れた様子で顔を覆う。
僕はというと……ティナおばあ様と共に、思わずホッと息をついていた。
いつでも赤ちゃんと対面できるように、こっそり応接室にいる全員の体を【生活魔法】で綺麗にしておく。
【生活魔法】は生活に根差した魔法で、今のようにいろいろなものをあっという間に綺麗にする魔法などが該当する。ただ、威力は僕よりもリズのほうが上なんだよね。
でも、何もしないよりはマシだ。
しばらくするとハンナお姉さんたちが部屋を移ったようで、僕たちに声がかかった。
いよいよ赤ちゃんを見せてもらうことに。
僕たちが部屋の前に着くと、ここまで案内してくれたシスターさんから事前注意があった。
「赤ちゃんが驚かないように、部屋の中では静かにしましょうね」
「「「はい!」」」
リズとエレノア、ルーシーお姉様が元気いっぱいな返事をしたので、シスターさんは苦笑いを浮かべる。
とはいえリズたちは言いつけをしっかり守るほうだし、部屋の中に入れば大丈夫だろう。
ということで、いよいよ赤ちゃんとのご対面だ。
シスターさんが扉を開ける。
部屋の中には、ハンナお姉さんとマヤお姉さんが休んでいるベッドが二台。その横に、小さなベビーベッドが二つ置かれていた。
リズたち三人が足音を殺し、静かにベビーベッドに近づいていく……さすがにそこまでしなくてもいいと思うよ。
そして、リズはワクワクした顔でベビーベッドを覗き込んだ。
「「あう?」」
「「「わあー、ちっちゃーい! 可愛いー!」」」
リズたちは、ベビー服を着た小さな赤ちゃんに目を奪われていた。三人とも、表情がニマニマと緩み切っている。早くも赤ちゃんの可愛らしさに心奪われた様子だ。
一方の赤ちゃんは、さすがにまだ何がなんだかよく分かっていないみたい。
「うう、よく頑張った……」
「ありがとう、ありがとうな……」
旦那さんたちは再び号泣。出産を終えた奥さんを労っている。
あまりにも旦那さんが泣いているので、逆にハンナお姉さんたちのほうが戸惑っていた。
「ミカエルも、赤ちゃんを見せてもらいましょうね。今日からあなたもお兄ちゃんよ」
「あい!」
ティナおばあ様がミカエルを抱っこし、赤ちゃんを見せた。
ミカエルはすっかり目が覚めたようで、まんまるの瞳で赤ちゃんを興味深そうに観察している。
「お義母様、出産って本当に大変ですのね。でも、神秘的で……とても感動しました」
「ふふ、そうよ。だからこそ、母親は我が子を大切に守ろうと思うのよ」
ソフィアさんはハンナお姉さんたちの出産に立ち会ってとても感銘を受けたらしく、まだ見ぬ我が子を慈しむかのように、自らのお腹を撫でている。
そんな義理の娘に、イザベラ様はニコリと笑顔を向けた。
「とてもめんこい子たちじゃのう。利発ないい子に育ちそうじゃ」
赤ちゃんたちへの祝福を終えた司祭様は、ニンマリとして二人を眺めている。
この部屋にいる全員が、みんな笑顔だ。赤ちゃんのおかげだな。
こうして、僕の屋敷に新しい家族が増えたのだった。
感想 306
あなたにおすすめの小説
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
婚約者が心酔している盲目の聖女は私ですが
オトナシマソラ血を見ると倒れてしまうため、目隠しをして治療をしていたら「盲目の聖女」と呼ばれるようになってしまった聖女セレナ。
幼馴染の婚約者アレンは、セレナ=盲目の聖女だと気づかず、彼女を冷遇し婚約破棄を言い出す。
婚約を解消したセレナは、過保護な神官見習いのルカに溺愛され、新たな道を歩むことに。一方、夜会でついに真実を知った元婚約者はすべてを失い絶望するが、もう手遅れで……。血が苦手な訳あり聖女の逆転ラブストーリー
※本作品はになろうにも掲載しています小説家
捨てられた赤ちゃんを拾ったら、創世神様でした。世界を救うより、お父さんを幸せにしたいそうです
由香山で捨てられていた赤ちゃんを拾い、家族として育てることを決めた青年。
その日から、枯れた大地は実り、病は癒え、伝説のもふもふ神獣たちが次々と家へ集まってくる。
実はその赤ちゃんの正体は、この世界を創った創世神だった。
「いっぱい育ててくれてありがとう。今度は私がお父さんを幸せにする番だよ。」
これは、神様が初めて手に入れた”家族”との、優しくて温かな奇跡の物語。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
私を追い出した結果、飼っていた聖獣は誰にも懐かないようです
天宮有 子供の頃、男爵令嬢の私アミリア・ファグトは助けた小犬が聖獣と判明して、飼うことが決まる。
数年後――成長した聖獣は家を守ってくれて、私に一番懐いていた。
そんな私を妬んだ姉ラミダは「聖獣は私が拾って一番懐いている」と吹聴していたようで、姉は侯爵令息ケドスの婚約者になる。
どうやらラミダは聖獣が一番懐いていた私が邪魔なようで、追い出そうと目論んでいたようだ。
家族とゲドスはラミダの嘘を信じて、私を蔑み追い出そうとしていた。
水魔法しか使えない私と婚約破棄するのなら、貴方が隠すよう命じていた前世の知識をこれから使います
黒木 楓 伯爵令嬢のリリカは、婚約者である侯爵令息ラルフに「水魔法しか使えないお前との婚約を破棄する」と言われてしまう。
異世界に転生したリリカは前世の知識があり、それにより普通とは違う水魔法が使える。
そのことは婚約前に話していたけど、ラルフは隠すよう命令していた。
「立場が下のお前が、俺よりも優秀であるわけがない。普通の水魔法だけ使っていろ」
そう言われ続けてきたけど、これから命令を聞く必要もない。
「婚約破棄するのなら、貴方が隠すよう命じていた力をこれから使います」
飲んだ人を強くしたり回復する聖水を作ることができるけど、命令により家族以外は誰も知らない。
これは前世の知識がある私だけが出せる特殊な水で、婚約破棄された後は何も気にせず使えそうだ。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
【流血】とある冒険者ギルドの会議がカオスだった件【沙汰】
一樹とある冒険者ギルド。
その建物内にある一室、【会議室】にてとある話し合いが行われた。
それは、とある人物を役立たずだからと追放したい者達と、当該人物達との話し合いの場だった。