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第Ⅶ巻 沈風戦線 ― 声喰いの嵐(ボイス・イーター)
第3話 風喰いの命令者
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黒い霧が静かに裂けた。
それは爆ぜるような破壊ではなく、
誰かが幕を静かに払うような、丁寧で滑らかな動きだった。
霧の奥に、細い影が立っていた。
ネイラ――
そう“呼ばれている幹部体の一人”に似た輪郭。
だが、風がない。
音もない。
その影の周囲だけ、世界が沈黙を着ていた。
風は触れず、音は避け、
沈黙だけが彼女の衣となる。
エインは拳を握った。
沈黙が空気の密度を変え、そこが別の世界のように思えた。
完全整形が進んだ幹部体――
命令が風を模倣し、擬似的な“風の神格”へ組み立てた存在。
ティナが灯を抱きしめるようにして言った。
「あの人……ネイラ……?」
影がゆっくり顔を上げる。
柔らかい微笑。
だが、それは“優しさ”ではない。
ただ形として選ばれた“人間的な表情”だった。
影は、ティナを見るなり、わずかに眉を寄せた。
「……あなたは知らない。
名簿にない祈り。」
ティナは息を呑む。
初対面のはず。
なのに、まるで“観測したことのないデータ”を見るような反応。
(……面識がない。
なのに……どうして、見下ろすみたいに……)
エインがティナの前に出た。
「ティナは関係ない。
狙いは俺だろ。」
影のネイラは静かに頷く。
「ええ、エイン。
あなたは命令が欲している。
風を越えた“異物”として。」
その声は、完璧だった。
抑揚も呼吸も人間と変わらない。
だが――そこには“温度”がない。
ティナが灯を掲げると、影は一歩だけ後ずさった。
沈黙の膜が灯の周囲に波紋のような揺らぎを作る。
「……その灯。
風の祈りの代替。
興味深いわ。」
ティナの背筋が震える。
(知られてる……灯の作用まで……)
エインは影へ歩み出た。
「お前が風を奪ったのか。」
影のネイラは、やわらかな笑みを浮かべたまま答える。
「奪った?
違うわ。
風の祈りが弱かったから、“命令の方が勝った”だけ。
より強い律が世界を塗り替える……それだけのことよ。」
沈黙が草原に広がっていく。
草の色が、風の色を失い、灰へと落ちていく。
影のネイラは、息をするように手をかざした。
「風は死ぬ。
その死の上に、命令を敷く。
これが“整形工程”。
あなたが踏み込んだのは――その中心。」
エインの足元に黒いひび割れが走る。
そこから吹き上がるのは、風ではなく“沈黙の風”。
ティナの灯が必死に揺れる。
「風が……拒んでる……
ここで……死にたくないって……!」
影のネイラは微笑を深めた。
「なら、見届けなさい。
あなたの灯が、どこまで風の代わりになれるのか。」
そして――
影は、音もなく歩み出た。
その一歩で、草原の風が完全に掻き消えた。
世界は風の死へ向けて傾き始めた。
影のネイラが、また一歩、草原に足を置いた。
たったその一歩で――
大地から風の気配が抜け落ちた。
草が揺れない。
衣が翻らない。
ティナの髪すら微動だにしない。
世界が“動かなくなる”感覚だった。
ティナが灯を抱きしめ、震える声を漏らした。
「……風が……息を止めています……!」
影のネイラは表情ひとつ変えず、
沈黙の空気を纏ったまま、エインをじっと観察する。
「あなたは不思議ね、エイン。
命令にも祈りにも、どちらにも染まらない。」
エインは拳を握り、ネイラの足元を見据えた。
影が地面に触れているようで、実際には触れていない。
沈黙が持ち上がった“床”に立っているような、異常な立ち方。
「俺はどっちにも属してない。
お前らに取り込まれる気はない。」
影は微笑んだ。
「あら。
取り込もうなんて思っていないわ。」
ゆっくりと腕を伸ばし、指先で沈黙の霧をかき混ぜる。
「命令はあなたを“観測”しようとしているだけ。
理解して取り込むのではなく、
理解できないまま利用するために。」
その言葉に、ティナが息をのむ。
(……理解しないまま利用……
そんなこと……生き物に……?)
影のネイラはティナへ視線を向けた。
その目は優しさでも敵意でもなく、
どこまでも冷静な“評価”の目だった。
「あなたは……そうね。
本来なら風祈核の代替など務まらない。
でも、その灯だけは……命令の“邪魔”になる。」
ティナの灯が、影の視線に反応して強く揺れた。
灯を飲み込もうとする沈黙の圧が、ティナの足元へ迫る。
エインは迷わず前へ踏み出した。
沈黙が砕けた。
エインの足が沈黙へ触れた瞬間、
橙の光脈が広がり、風のない空間に“風の押し返し”のような乱れを生んだ。
影のネイラが、ほんのわずか瞳を見開いた。
「……押し返した?」
エインは応えずさらに踏み込む。
沈黙がはじけ、影の薄膜が後ろへ流れる。
「ティナを巻き込む気なら、止めるだけだ。」
影は小さくため息をつくように肩をすくめた。
その仕草だけは、ひどく人間らしい。
「止められないわ。
これは“風の死”という、世界の流れ。
個の力で抗える範囲じゃない。」
沈黙の霧が、ネイラの指先から広がる。
黒い花びらのように散り、
地面の色を消し、草原の線を塗りつぶす。
半径百メートル。
そのすべてが、風のない色へ変わる。
ティナの灯だけが橙色の島をつくっていた。
ネイラは視線を落とし、低く告げた。
「この領域は、もう“風の位相”を持っていない。
どれだけ祈っても、歌っても、風は戻らない。」
沈黙が一層深く降りる。
「風は死んだのよ。
ここから先は――命令だけが吹く。」
エインの拳がきしむ音だけが、沈黙の中に響いた。
「……勝手に殺すな。」
影はまた笑った。
だが、その笑みには
“哀れむ”でも“嘲る”でもない、ただ無機質な興味だけが宿っていた。
「じゃあ、確かめてみる?」
沈黙が波のようにエインへ迫る。
世界が風の死へ傾く中、
エインはただ一歩、前へ出る。
沈黙の波が押し寄せた。
轟音はない。
風切り音もない。
ただ、空間そのものが押しつぶされるような“重さ”だけが迫ってくる。
エインは一歩踏み込み、拳を突き出す。
ボンッ――と、空気が一瞬だけ膨張した。
炎核の脈動が腕を走り、
橙色の衝撃が沈黙を内側から破裂させた。
静寂が裂け、黒い霧が霧散する。
その衝撃に、ネイラの影が一歩だけ後退した。
「……押し返すなんて。
やっぱり異物ね。」
ネイラは穏やかな笑みのまま呟くが、
その目だけはわずかに細められていた。
エインは前進し続ける。
沈黙が割れ、炎がにじみ、風の死が押し返される。
「風を奪ったのが、お前なら……なおのこと止める。」
影が薄く揺れた。
その揺れは、風ではなく――
“命令の軌道修正”だった。
ネイラはゆっくり両手を広げる。
「止められると思っているの?
風はもう、命令に飲まれているのに。」
その言葉と同時に、
大地に刻まれた沈黙のひび割れが一斉に反転した。
黒い筋が跳ね上がり、
エインの足元から“拘束のように”絡みつく。
ティナが叫ぶ。
「エイン!!」
だがエインは動じず、踏み込む力でひび割れを砕く。
バキッ!
沈黙の構造が粉砕され、黒の粒子が宙へ散った。
ネイラの目がわずかに動く。
「拘束も効かない……?
命令の抵抗係数を超えるなんて……珍しいわ。」
ティナの灯が震えながら光を増す。
「……エインの炎……風の音を覚えてる……!」
その言葉にエインは一瞬だけまぶたを落とした。
(……ノイエル……
お前の“残響”が、まだ生きてるのか。)
胸の奥で、かすかな風の音が鳴る。
炎核の脈が、風の残響と共鳴する。
橙の光が、風の形を描くように伸びた。
ネイラが目を見開く。
「……風の……残り香?」
風がない世界で、
エインだけが“風の痕跡”をまとって立っている。
だから、沈黙が押し返される。
ネイラは理解したように微笑した。
「なるほど。
あなたは風の喪失を拒絶する“異物”……
だから命令は、あなたを排除したがる。」
影が再び広がり、沈黙が草原を侵す。
ネイラが静かに宣言する。
「排除工程――第一段階。
風祈核の代替破壊。
灯を、消す。」
ティナの顔が青ざめる。
灯が一気に揺れ、炎が小さくなる。
エインは即座にティナの前へ立つ。
「やらせるか。」
ネイラの目が細くなった。
「守るの?
あなた、祈りの子じゃないのに。」
「関係ない。」
炎核が脈動し、沈黙を押し返す衝撃がエインの足元へ走る。
ネイラはその光景を“興味深そうに”見つめた。
「……いいわ。
あなたの力、もう少し観測してあげる。」
沈黙が深く沈み、
黒い霧が渦を巻く。
ネイラがゆっくりと右手を上げた。
「風を喰う命令――始動。」
世界が、完全に静止した。
世界が止まった。
風は元々吹いていない。
だが今は、それ以上だ。
空気が揺れない。
砂が落ちない。
音が逃げ場を失い、ただ沈黙が積もる。
ネイラが掲げた右手――
その指先を中心に、沈黙の波紋が何層にも広がっていく。
ティナの灯が小さくかすれた光を上げた。
「……エイン……風が……全部……止められてる……!」
灯の橙がみるみる弱る。
エインは迷わず前へ出て、その光を庇うように身をかがめた。
炎核の脈動が走り、
エインの身体のまわりだけ、沈黙が“押し返される”。
ネイラはその様子を見て、柔らかく微笑んだ。
「やっぱり……あなたは“風の死”に適合しない。」
その声には、喜びも怒りもない。
ただ、観測結果を淡々と並べる学者のような静寂。
だが次の瞬間、その瞳だけがわずかに冷たく光った。
「だから――排除工程を続行する。」
沈黙が弾けた。
黒い霧が、鋭い刃の形をとってエインへ迫る。
音を削り、風を断ち、ただ“消すためだけ”に振るわれる命令の刃。
エインは足を踏み込み、
炎核の力を拳へ集める。
ガッ!!
衝撃が地面を割り、
霧の刃が弾け飛ぶ。
だが、砕け散った霧がそのままエインの背後へ回り込み、
薄い槍のように再形成される。
(……速い。)
命令は思考していない。
反応でもない。
最適化された“自動修正”が、エインの隙だけを狙う。
ティナが息を呑む。
「……命令が……“エインだけ”を消そうとしてる……!」
ネイラは微笑んだままだ。
「必要なのはあなたの除去だけ。
灯も、祈りも、風も――あとの処理はゆっくりでいい。」
刃の霧が再び軌道を変え、エインの脇腹を狙う。
エインは腕で受け流し、霧を破砕する。
バシュッ!!
霧が散り、沈黙の粉が草原へ雪のように降り積もった。
ネイラがゆっくりと目を伏せる。
「あなたが抵抗すればするほど、
風は死へ近づく。
まるで……祈りの反作用みたいに。」
ティナの肩が震え、灯が薄く揺れる。
「そんな……エインが戦うたびに……風が……!」
エインは振り返らない。
「ティナ。
俺の戦いは“風を殺す”ためじゃない。
お前の灯が、そう言ってる。」
灯がふっと強く揺れ、橙色が少し濃くなる。
ネイラは微笑を深めた。
「……面白い。
その灯、観測する価値があるわ。」
ティナが一歩後ろへ下がる。
ネイラの影が、すうっと地面を滑り、
エインとの距離を一気に詰めた。
音がない。
気配も流れない。
ただ“結果だけ”が目の前にある。
沈黙の中で、ネイラが静かに告げる。
「エイン。
あなたの炎――
風の死に寄り添えるか、試してあげる。」
沈黙が爆ぜた。
エインは拳を構え、ティナは灯を抱きしめる。
風のない世界で、
風を喰う命令者と、
風を拒む炎が、
ついに正面に立った。
それは爆ぜるような破壊ではなく、
誰かが幕を静かに払うような、丁寧で滑らかな動きだった。
霧の奥に、細い影が立っていた。
ネイラ――
そう“呼ばれている幹部体の一人”に似た輪郭。
だが、風がない。
音もない。
その影の周囲だけ、世界が沈黙を着ていた。
風は触れず、音は避け、
沈黙だけが彼女の衣となる。
エインは拳を握った。
沈黙が空気の密度を変え、そこが別の世界のように思えた。
完全整形が進んだ幹部体――
命令が風を模倣し、擬似的な“風の神格”へ組み立てた存在。
ティナが灯を抱きしめるようにして言った。
「あの人……ネイラ……?」
影がゆっくり顔を上げる。
柔らかい微笑。
だが、それは“優しさ”ではない。
ただ形として選ばれた“人間的な表情”だった。
影は、ティナを見るなり、わずかに眉を寄せた。
「……あなたは知らない。
名簿にない祈り。」
ティナは息を呑む。
初対面のはず。
なのに、まるで“観測したことのないデータ”を見るような反応。
(……面識がない。
なのに……どうして、見下ろすみたいに……)
エインがティナの前に出た。
「ティナは関係ない。
狙いは俺だろ。」
影のネイラは静かに頷く。
「ええ、エイン。
あなたは命令が欲している。
風を越えた“異物”として。」
その声は、完璧だった。
抑揚も呼吸も人間と変わらない。
だが――そこには“温度”がない。
ティナが灯を掲げると、影は一歩だけ後ずさった。
沈黙の膜が灯の周囲に波紋のような揺らぎを作る。
「……その灯。
風の祈りの代替。
興味深いわ。」
ティナの背筋が震える。
(知られてる……灯の作用まで……)
エインは影へ歩み出た。
「お前が風を奪ったのか。」
影のネイラは、やわらかな笑みを浮かべたまま答える。
「奪った?
違うわ。
風の祈りが弱かったから、“命令の方が勝った”だけ。
より強い律が世界を塗り替える……それだけのことよ。」
沈黙が草原に広がっていく。
草の色が、風の色を失い、灰へと落ちていく。
影のネイラは、息をするように手をかざした。
「風は死ぬ。
その死の上に、命令を敷く。
これが“整形工程”。
あなたが踏み込んだのは――その中心。」
エインの足元に黒いひび割れが走る。
そこから吹き上がるのは、風ではなく“沈黙の風”。
ティナの灯が必死に揺れる。
「風が……拒んでる……
ここで……死にたくないって……!」
影のネイラは微笑を深めた。
「なら、見届けなさい。
あなたの灯が、どこまで風の代わりになれるのか。」
そして――
影は、音もなく歩み出た。
その一歩で、草原の風が完全に掻き消えた。
世界は風の死へ向けて傾き始めた。
影のネイラが、また一歩、草原に足を置いた。
たったその一歩で――
大地から風の気配が抜け落ちた。
草が揺れない。
衣が翻らない。
ティナの髪すら微動だにしない。
世界が“動かなくなる”感覚だった。
ティナが灯を抱きしめ、震える声を漏らした。
「……風が……息を止めています……!」
影のネイラは表情ひとつ変えず、
沈黙の空気を纏ったまま、エインをじっと観察する。
「あなたは不思議ね、エイン。
命令にも祈りにも、どちらにも染まらない。」
エインは拳を握り、ネイラの足元を見据えた。
影が地面に触れているようで、実際には触れていない。
沈黙が持ち上がった“床”に立っているような、異常な立ち方。
「俺はどっちにも属してない。
お前らに取り込まれる気はない。」
影は微笑んだ。
「あら。
取り込もうなんて思っていないわ。」
ゆっくりと腕を伸ばし、指先で沈黙の霧をかき混ぜる。
「命令はあなたを“観測”しようとしているだけ。
理解して取り込むのではなく、
理解できないまま利用するために。」
その言葉に、ティナが息をのむ。
(……理解しないまま利用……
そんなこと……生き物に……?)
影のネイラはティナへ視線を向けた。
その目は優しさでも敵意でもなく、
どこまでも冷静な“評価”の目だった。
「あなたは……そうね。
本来なら風祈核の代替など務まらない。
でも、その灯だけは……命令の“邪魔”になる。」
ティナの灯が、影の視線に反応して強く揺れた。
灯を飲み込もうとする沈黙の圧が、ティナの足元へ迫る。
エインは迷わず前へ踏み出した。
沈黙が砕けた。
エインの足が沈黙へ触れた瞬間、
橙の光脈が広がり、風のない空間に“風の押し返し”のような乱れを生んだ。
影のネイラが、ほんのわずか瞳を見開いた。
「……押し返した?」
エインは応えずさらに踏み込む。
沈黙がはじけ、影の薄膜が後ろへ流れる。
「ティナを巻き込む気なら、止めるだけだ。」
影は小さくため息をつくように肩をすくめた。
その仕草だけは、ひどく人間らしい。
「止められないわ。
これは“風の死”という、世界の流れ。
個の力で抗える範囲じゃない。」
沈黙の霧が、ネイラの指先から広がる。
黒い花びらのように散り、
地面の色を消し、草原の線を塗りつぶす。
半径百メートル。
そのすべてが、風のない色へ変わる。
ティナの灯だけが橙色の島をつくっていた。
ネイラは視線を落とし、低く告げた。
「この領域は、もう“風の位相”を持っていない。
どれだけ祈っても、歌っても、風は戻らない。」
沈黙が一層深く降りる。
「風は死んだのよ。
ここから先は――命令だけが吹く。」
エインの拳がきしむ音だけが、沈黙の中に響いた。
「……勝手に殺すな。」
影はまた笑った。
だが、その笑みには
“哀れむ”でも“嘲る”でもない、ただ無機質な興味だけが宿っていた。
「じゃあ、確かめてみる?」
沈黙が波のようにエインへ迫る。
世界が風の死へ傾く中、
エインはただ一歩、前へ出る。
沈黙の波が押し寄せた。
轟音はない。
風切り音もない。
ただ、空間そのものが押しつぶされるような“重さ”だけが迫ってくる。
エインは一歩踏み込み、拳を突き出す。
ボンッ――と、空気が一瞬だけ膨張した。
炎核の脈動が腕を走り、
橙色の衝撃が沈黙を内側から破裂させた。
静寂が裂け、黒い霧が霧散する。
その衝撃に、ネイラの影が一歩だけ後退した。
「……押し返すなんて。
やっぱり異物ね。」
ネイラは穏やかな笑みのまま呟くが、
その目だけはわずかに細められていた。
エインは前進し続ける。
沈黙が割れ、炎がにじみ、風の死が押し返される。
「風を奪ったのが、お前なら……なおのこと止める。」
影が薄く揺れた。
その揺れは、風ではなく――
“命令の軌道修正”だった。
ネイラはゆっくり両手を広げる。
「止められると思っているの?
風はもう、命令に飲まれているのに。」
その言葉と同時に、
大地に刻まれた沈黙のひび割れが一斉に反転した。
黒い筋が跳ね上がり、
エインの足元から“拘束のように”絡みつく。
ティナが叫ぶ。
「エイン!!」
だがエインは動じず、踏み込む力でひび割れを砕く。
バキッ!
沈黙の構造が粉砕され、黒の粒子が宙へ散った。
ネイラの目がわずかに動く。
「拘束も効かない……?
命令の抵抗係数を超えるなんて……珍しいわ。」
ティナの灯が震えながら光を増す。
「……エインの炎……風の音を覚えてる……!」
その言葉にエインは一瞬だけまぶたを落とした。
(……ノイエル……
お前の“残響”が、まだ生きてるのか。)
胸の奥で、かすかな風の音が鳴る。
炎核の脈が、風の残響と共鳴する。
橙の光が、風の形を描くように伸びた。
ネイラが目を見開く。
「……風の……残り香?」
風がない世界で、
エインだけが“風の痕跡”をまとって立っている。
だから、沈黙が押し返される。
ネイラは理解したように微笑した。
「なるほど。
あなたは風の喪失を拒絶する“異物”……
だから命令は、あなたを排除したがる。」
影が再び広がり、沈黙が草原を侵す。
ネイラが静かに宣言する。
「排除工程――第一段階。
風祈核の代替破壊。
灯を、消す。」
ティナの顔が青ざめる。
灯が一気に揺れ、炎が小さくなる。
エインは即座にティナの前へ立つ。
「やらせるか。」
ネイラの目が細くなった。
「守るの?
あなた、祈りの子じゃないのに。」
「関係ない。」
炎核が脈動し、沈黙を押し返す衝撃がエインの足元へ走る。
ネイラはその光景を“興味深そうに”見つめた。
「……いいわ。
あなたの力、もう少し観測してあげる。」
沈黙が深く沈み、
黒い霧が渦を巻く。
ネイラがゆっくりと右手を上げた。
「風を喰う命令――始動。」
世界が、完全に静止した。
世界が止まった。
風は元々吹いていない。
だが今は、それ以上だ。
空気が揺れない。
砂が落ちない。
音が逃げ場を失い、ただ沈黙が積もる。
ネイラが掲げた右手――
その指先を中心に、沈黙の波紋が何層にも広がっていく。
ティナの灯が小さくかすれた光を上げた。
「……エイン……風が……全部……止められてる……!」
灯の橙がみるみる弱る。
エインは迷わず前へ出て、その光を庇うように身をかがめた。
炎核の脈動が走り、
エインの身体のまわりだけ、沈黙が“押し返される”。
ネイラはその様子を見て、柔らかく微笑んだ。
「やっぱり……あなたは“風の死”に適合しない。」
その声には、喜びも怒りもない。
ただ、観測結果を淡々と並べる学者のような静寂。
だが次の瞬間、その瞳だけがわずかに冷たく光った。
「だから――排除工程を続行する。」
沈黙が弾けた。
黒い霧が、鋭い刃の形をとってエインへ迫る。
音を削り、風を断ち、ただ“消すためだけ”に振るわれる命令の刃。
エインは足を踏み込み、
炎核の力を拳へ集める。
ガッ!!
衝撃が地面を割り、
霧の刃が弾け飛ぶ。
だが、砕け散った霧がそのままエインの背後へ回り込み、
薄い槍のように再形成される。
(……速い。)
命令は思考していない。
反応でもない。
最適化された“自動修正”が、エインの隙だけを狙う。
ティナが息を呑む。
「……命令が……“エインだけ”を消そうとしてる……!」
ネイラは微笑んだままだ。
「必要なのはあなたの除去だけ。
灯も、祈りも、風も――あとの処理はゆっくりでいい。」
刃の霧が再び軌道を変え、エインの脇腹を狙う。
エインは腕で受け流し、霧を破砕する。
バシュッ!!
霧が散り、沈黙の粉が草原へ雪のように降り積もった。
ネイラがゆっくりと目を伏せる。
「あなたが抵抗すればするほど、
風は死へ近づく。
まるで……祈りの反作用みたいに。」
ティナの肩が震え、灯が薄く揺れる。
「そんな……エインが戦うたびに……風が……!」
エインは振り返らない。
「ティナ。
俺の戦いは“風を殺す”ためじゃない。
お前の灯が、そう言ってる。」
灯がふっと強く揺れ、橙色が少し濃くなる。
ネイラは微笑を深めた。
「……面白い。
その灯、観測する価値があるわ。」
ティナが一歩後ろへ下がる。
ネイラの影が、すうっと地面を滑り、
エインとの距離を一気に詰めた。
音がない。
気配も流れない。
ただ“結果だけ”が目の前にある。
沈黙の中で、ネイラが静かに告げる。
「エイン。
あなたの炎――
風の死に寄り添えるか、試してあげる。」
沈黙が爆ぜた。
エインは拳を構え、ティナは灯を抱きしめる。
風のない世界で、
風を喰う命令者と、
風を拒む炎が、
ついに正面に立った。
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『ふむ…朔夜殿だけ分からずじまいか。だが、異世界から来た者達よ、期待しておるぞ!』
王族も前の4人が上位のジョブを引いた物だから、俺の事はどうでも良いらしい。
まぁ、その方が気楽で良い。
そして正義は、リーダーとして皆に言った。
「魔王を倒して元の世界に帰ろう!」
正義の言葉に3人は頷いたが、俺は正義に言った。
「魔王を倒すという志は立派だが、まずは魔物と戦って勝利をしてから言え!」
「僕達には素晴らしい加護の恩恵があるから…」
「肩書きがどんなに立派でも、魔物を前にしたら思う様には動けないんだ。現実を知れ!」
「何よ偉そうに…アンタだったら出来るというの?」
「良いか…殴り合いの喧嘩もしたことがない奴が、いきなり魔物に勝てる訳が無いんだ。お前達は、ゲーム感覚でいるみたいだが現実はそんなに甘く無いぞ!」
「ずいぶん知ったような口を聞くね。不知火は経験があるのか?」
「あるよ、異世界召喚は今回が初めてでは無いからな…」
俺は右手を上げると、頭上から光に照らされて黄金の甲冑と二振の聖剣を手にした。
「その…鎧と剣は?」
「これが証拠だ。この鎧と剣は、今迄の世界を救った報酬として貰った。」
「今迄って…今回が2回目では無いのか?」
「今回で7回目だ!マジでいい加減にして欲しいよ。」
俺はうんざりしながら答えた。
そう…今回の異世界召喚で7回目なのだ。
いずれの世界も救って来た。
そして今度の世界は…?
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ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
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スキルも2つしか残っていない。
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