71 / 86
第Ⅶ巻 沈風戦線 ― 声喰いの嵐(ボイス・イーター)
第4話 風死の胎動(前編)
しおりを挟む
沈黙が、刃のように世界を裂いた。
ネイラの影が溶ける。
次の瞬間、エインの視界の端で“結果だけ”が生まれる。
――右側の大地が、音もなく削げ落ちていた。
(来る──!)
エインは踏み込む。
炎核が脈動し、筋肉の線が黒鉄色に光を帯びる。
ガッ──!!
振り下ろされたネイラの手刀を、エインの前腕が受け止めた。
空気が砕けたように揺らぎ、沈黙がめくれる。
ネイラの瞳が無感情に細められる。
「反応速度の逸脱。……“風の死”への不適合が強化されてる」
「分析より拳の方が早いぞ」
エインの足が沈む。
地面にひびが走る。
次の瞬間――
爆ぜたのは沈黙そのものだった。
エインの拳が空間を殴りつける。
音はない。
だが、視界がねじれ、沈黙が砕け散った破片が白い粉のように舞った。
ネイラの身体が大きくのけぞる。
霧の鎧がひしゃげ、黒い波紋が背へ逃げる。
ティナが息を呑んだ。
「……今の……沈黙が……“剥がれた”……!」
エインは追撃に移る。
拳を引き、もう一撃を叩き込むために体を捻る。
だがネイラは影に沈むように消え――
エインの背後に“結果だけ”として現れた。
黒い指先が、エインの首筋へ触れかけていた。
「排除工程、再開」
エインは振り向けない。
その代わり――胸の炎核が一瞬、赤ではなく“白”に近い色で光る。
次の瞬間、
背中ごと《爆ぜた》。
どんッ!!
熱ではない。
“炎核の脈動そのもの”を壁のように反転させ、背後の空間に叩きつけた。
ネイラの影が捩じれ、二、三歩よろめく。
(……やはり。こいつ、ただの命令体じゃない)
ネイラの表情が初めて揺れた。
エインはゆっくりと振り返る。
拳を下ろし、沈黙に染まった地面を踏みしめる。
その足元だけが、橙の光を灯していた。
「“風の死”とやらに、俺は合わせない。
お前がどう命令しても、俺は――」
炎核が脈打つ。
沈黙が波打つ。
「風を殺すために造られたんじゃない。
灯を守るために、俺はここにいる。」
ティナの灯がふわりと強く揺れた。
薄い橙の光が、沈黙へ小さな亀裂を走らせる。
ネイラは短く息を吸い、感情のない声で告げる。
「なら証明させてあげる。
“祈りの灯”が消えるのが先か――
あなたの炎が沈黙に溶けるのが先か。」
沈黙が、嵐のように渦を巻いた。
沈黙の奔流が、風を食い千切るように押し寄せた。
黒い霧が一本の槍へと凝縮し、
まっすぐエインの喉元を貫こうと迫る。
(直線――速い……!)
エインは身を沈め、刃の軌道を紙一重で外す。
槍は後方の大地へ突き刺さり、
地面が“音もなく”崩壊した。
粉塵すら上がらない。
ただ欠落だけが残る。
ティナが思わず叫ぶ。
「エインっ! あれ、あたし……もし当たったら……!」
「当てさせない」
エインは短く返し、踏み込む。
ネイラは槍を引き抜き、影の靄に戻す。
瞬時にそれが無数の短刃へと散り、旋回しながらエインを囲んだ。
「排除工程、第二段階。
“沈黙散華(サイレンス・ブロッサム)”」
黒い花びらが咲くように、
無数の刃が四方からエインへ襲い掛かる。
エインの炎核が閃く。
全身の装甲が一瞬だけ膨張し――
轟ッ!!
拳が空を裂き、衝撃が円状に広がる。
沈黙の刃がまとめて弾き飛ばされた。
だが。
弾かれた刃が空中で“消え”、
次の瞬間、エインの足元から生えてきた。
(地中……!)
反応と同時に跳躍。
黒い刃が地面から突き抜け、エインの片脚をかすめる。
金属音ではなく、
沈黙の“裂ける音” だけが広がった。
ティナが悲鳴を漏らす。
「エインっ、足……っ!」
エインは空中で体勢を立て直しながら答える。
「大丈夫だ。抉られてない」
傷口は薄く白く凍ったように沈黙している。
血すら出ない異様な切断痕だった。
ネイラが再び手を掲げる。
「観測完了。
あなたの反応速度は命令体の基準を逸脱。
なら――削るだけ。」
次の瞬間。
霧が“壁”のように立ち上がり、
その全てがエインへ向けて収束する。
真正面から押し潰す、
巨大な沈黙の奔流。
(受けて、押し返す。中途半端じゃ潰される)
エインは拳を握りしめ、
炎核を“胸いっぱいまで”燃え上がらせた。
全身が赤橙に光を帯びる。
ティナが震える声で叫ぶ。
「エイン……っ! 危ないよ……!!」
エインは答えず、ただ前へ踏み込む。
「来い。
それが命令なら――俺は、殴って破る。」
沈黙の奔流と拳がぶつかる。
深く、低い、世界そのものが悲鳴を上げるような衝撃。
地面が沈み込み、
沈黙の層が剥がれ、空気が一瞬だけ震えた。
ネイラの眉がわずかに動く。
「……押し返した?」
エインの足が、きしむ地面を踏みしめている。
拳の周囲だけ、沈黙が“ひび割れて”いた。
それはまるで――
風を殺す命令に、炎が穴を開けたような光景だった。
沈黙の塊が押し寄せる闇の中、
エインは一歩、ゆっくりと前に出た。
風のない世界で、その動きだけが“重さ”を持つ。
ネイラの瞳が、わずかに細められた。
「観測外……。あなた、まだ形を変えるの?」
エインは答えない。
息を吸い、胸の奥で炎核を開く。
カチリ と微かな音がし、
腕と脚の金属ラインが淡い橙の光を帯びた。
膝関節、前腕、肩装甲――
内部からせり上がる機構がわずかに重みを加え、
エインの体表に黒鉄の輪郭が広がっていく。
部分装甲展開――“殻”が息を吹き返す。
ティナの灯が小さく反応した。
「……エインの殻が……炎の色……」
エインの右腕の装甲が滑らかに変形し、
拳の周囲に“打撃用の加重機構”がせり出す。
左脚の装甲も連動し、地面を捉えるための杭のような形状へと変わる。
戦うための形。
殴り抜くための形。
ネイラは静かに呟いた。
「……祈りの殻。
あなたの炎核、まだ変質していくのね。」
エインの足が一度だけ地面を踏む。
揺れはない。風もない。
だがネイラだけが、その一歩に“抵抗”を感じていた。
「来る……」
沈黙の霧がわずかに波打つ。
エインは迷いなく踏み込んだ。
跳躍ではない。
風のない世界に合わせ、重心を“沈めて”進む。
力を一点集中させた、静かな突進。
ネイラは即座に反応し、
影の靄を刀身へと加工する。
「――削断工程、《風断(ブリーズカット)》」
黒い曲線を描きながら斬撃がエインに迫る。
その速さは風を模したもの。
ノマ=ルグの技を反転させ、風を殺す軌道へ変えた命令の斬撃。
エインは右腕を半身で前へ。
装甲が淡く光り、拳の周囲に炎の衝撃が纏う。
刃と拳が交差した瞬間、
世界が“ねじれたように”沈黙した。
ネイラの斬撃が、拳の衝撃に押し返される。
刃の軌道がわずかに乱れ、命令の線が切り離された。
「……っ……!」
ネイラの頬に削れた沈黙が散った。
「あなた……風の技じゃない。
炎だけでもない……これは……なに?」
エインは答えない。
拳を引き、もう一歩踏み込む。
ネイラは直感した。
“受けてはいけない”と。
影が一斉に立ち上がり、壁を作る。
風も音も持たず、ただエインを拒む壁。
エインは拳を握りしめ、
胸の炎核をわずかに押し上げるように息を吸った。
「どけ。」
言葉と同時に、拳が沈黙を割った。
壁にひびが入り、外殻を伝って割裂が走る。
風が戻るには足りないが、ティナの灯がふっと強く揺れた。
ネイラの表情が初めて揺らぐ。
「命令……が、押されてる……?」
沈黙の壁が破れ、
エインの影がその向こうから現れる。
黒鉄の殻を纏い、
橙の光脈が脈動するその姿は――
“風を拒む炎ではなく、祈りを割る拳”のようだった。
沈黙の壁が砕け散った余韻の中、
ネイラは後退しながら、己の掌を見つめていた。
命律の霧が震えている。
彼女の制御を外れたように、波形が乱れていた。
「……命令が、揺れてる。
あなたの炎に……触れられたせい?」
エインは応えず、ただ歩みを進める。
殻に刻まれた橙の光が、鼓動のように一定のリズムを刻んでいた。
ティナが灯を胸元で抱きしめ、声を絞り出す。
「……どうして……こんなことを……!」
ネイラは首だけを少し傾けた。
その仕草は人間的なのに、
返ってくる声は“遠隔の命令”そのものだった。
「私は……風を殺すための外殻。
あなたたちの“祈りの風”は、命律波の形成を阻害する。
だから排除する。それだけ。」
ティナが唇を震わせる。
「そんな理由で……ノマ=ルグ全体を……!」
エインが一歩、ネイラへ踏み出す。
ネイラの影が広がり、背後に三つの黒い輪郭が浮かぶ。
まるで複数の命令者が同時に言葉を投げ込むように、
その身体が揺さぶられる。
「――整形工程、第三段階へ移行」
ネイラの声が三重に響く。
影が“縫い合わされるように”彼女の背に吸い込まれていく。
命令器として、完全な形へ変わる兆候。
ティナが息を飲む。
「……エイン、くるよ……!」
ネイラの周囲に沈黙が膨張し、
草原の色が吸い取られるように褪せていく。
エインは拳を下げ、構え直す。
殻の光脈が、まるで呼吸する炎のように強まり続けた。
次の瞬間――
ネイラが消えた。
空気も、影も揺れていない。
ただ存在が“結果だけ”移動している。
エインの右横へ。
刃が、音もなく振り下ろされた。
炎核が一拍強く脈動し、
エインの左腕装甲が即座に防御形へ変形する。
金属が伸び、刃を受け止める。
沈黙の衝撃が撞き合い――
ネイラが弾き返される。
彼女の足元の大地が薄く沈む。
「……対応速度、記録外。
観測値が……合わない……!」
影の輪郭のひとつが、彼女の背で形を崩した。
命令が“乱れた”証だ。
エインはその一瞬を逃さない。
踏み込み、拳を突き出す。
直線ではなく、沈黙の層を読んだ軌跡。
風がない世界で、炎の軌道だけが“揺らぎの筋”を描く。
ネイラは回避に移るが、遅い。
拳が彼女の肩をかすめ、
命令の外殻が一層、強制的に剥がれ落ちた。
沈黙の霧が散る。
ネイラが息を呑んだように見えた。
命令に沈むはずの瞳が、一瞬だけ“揺らいだ”。
「……いま、の……痛覚……?」
ティナの灯が微かに揺らぎ、
その揺れに、ネイラの視線が吸い寄せられる。
「その灯……風の死を……拒絶してる……?」
エインが静かに言った。
「ティナの灯は、お前らの命令じゃ消えない。
風は死なない。
お前がそれを殺す前に――俺が止める。」
ネイラの表情から“命令の無表情”が一瞬だけ外れた。
そして――
「……排除優先度、最大に変更」
背後の三つの影が完全に合流した。
命令の圧が跳ね上がる。
世界が、より深い沈黙へ落ちた。
ティナが灯を抱え、震えながら後退する。
「エインっ……もう、この沈黙……灯が……!」
エインは振り返らずに言う。
「大丈夫だ。
灯は……まだ、風を覚えてる。」
炎核の光が一段と強く灯る。
ネイラは無表情のまま、ただ告げる。
「――風の死を完成させる。
あなたから。」
二人の間の沈黙が裂け、
世界の色が消えていく中――
エインは拳を構え、
ネイラは影を従え、
戦いはさらに加速する。
ネイラの影が溶ける。
次の瞬間、エインの視界の端で“結果だけ”が生まれる。
――右側の大地が、音もなく削げ落ちていた。
(来る──!)
エインは踏み込む。
炎核が脈動し、筋肉の線が黒鉄色に光を帯びる。
ガッ──!!
振り下ろされたネイラの手刀を、エインの前腕が受け止めた。
空気が砕けたように揺らぎ、沈黙がめくれる。
ネイラの瞳が無感情に細められる。
「反応速度の逸脱。……“風の死”への不適合が強化されてる」
「分析より拳の方が早いぞ」
エインの足が沈む。
地面にひびが走る。
次の瞬間――
爆ぜたのは沈黙そのものだった。
エインの拳が空間を殴りつける。
音はない。
だが、視界がねじれ、沈黙が砕け散った破片が白い粉のように舞った。
ネイラの身体が大きくのけぞる。
霧の鎧がひしゃげ、黒い波紋が背へ逃げる。
ティナが息を呑んだ。
「……今の……沈黙が……“剥がれた”……!」
エインは追撃に移る。
拳を引き、もう一撃を叩き込むために体を捻る。
だがネイラは影に沈むように消え――
エインの背後に“結果だけ”として現れた。
黒い指先が、エインの首筋へ触れかけていた。
「排除工程、再開」
エインは振り向けない。
その代わり――胸の炎核が一瞬、赤ではなく“白”に近い色で光る。
次の瞬間、
背中ごと《爆ぜた》。
どんッ!!
熱ではない。
“炎核の脈動そのもの”を壁のように反転させ、背後の空間に叩きつけた。
ネイラの影が捩じれ、二、三歩よろめく。
(……やはり。こいつ、ただの命令体じゃない)
ネイラの表情が初めて揺れた。
エインはゆっくりと振り返る。
拳を下ろし、沈黙に染まった地面を踏みしめる。
その足元だけが、橙の光を灯していた。
「“風の死”とやらに、俺は合わせない。
お前がどう命令しても、俺は――」
炎核が脈打つ。
沈黙が波打つ。
「風を殺すために造られたんじゃない。
灯を守るために、俺はここにいる。」
ティナの灯がふわりと強く揺れた。
薄い橙の光が、沈黙へ小さな亀裂を走らせる。
ネイラは短く息を吸い、感情のない声で告げる。
「なら証明させてあげる。
“祈りの灯”が消えるのが先か――
あなたの炎が沈黙に溶けるのが先か。」
沈黙が、嵐のように渦を巻いた。
沈黙の奔流が、風を食い千切るように押し寄せた。
黒い霧が一本の槍へと凝縮し、
まっすぐエインの喉元を貫こうと迫る。
(直線――速い……!)
エインは身を沈め、刃の軌道を紙一重で外す。
槍は後方の大地へ突き刺さり、
地面が“音もなく”崩壊した。
粉塵すら上がらない。
ただ欠落だけが残る。
ティナが思わず叫ぶ。
「エインっ! あれ、あたし……もし当たったら……!」
「当てさせない」
エインは短く返し、踏み込む。
ネイラは槍を引き抜き、影の靄に戻す。
瞬時にそれが無数の短刃へと散り、旋回しながらエインを囲んだ。
「排除工程、第二段階。
“沈黙散華(サイレンス・ブロッサム)”」
黒い花びらが咲くように、
無数の刃が四方からエインへ襲い掛かる。
エインの炎核が閃く。
全身の装甲が一瞬だけ膨張し――
轟ッ!!
拳が空を裂き、衝撃が円状に広がる。
沈黙の刃がまとめて弾き飛ばされた。
だが。
弾かれた刃が空中で“消え”、
次の瞬間、エインの足元から生えてきた。
(地中……!)
反応と同時に跳躍。
黒い刃が地面から突き抜け、エインの片脚をかすめる。
金属音ではなく、
沈黙の“裂ける音” だけが広がった。
ティナが悲鳴を漏らす。
「エインっ、足……っ!」
エインは空中で体勢を立て直しながら答える。
「大丈夫だ。抉られてない」
傷口は薄く白く凍ったように沈黙している。
血すら出ない異様な切断痕だった。
ネイラが再び手を掲げる。
「観測完了。
あなたの反応速度は命令体の基準を逸脱。
なら――削るだけ。」
次の瞬間。
霧が“壁”のように立ち上がり、
その全てがエインへ向けて収束する。
真正面から押し潰す、
巨大な沈黙の奔流。
(受けて、押し返す。中途半端じゃ潰される)
エインは拳を握りしめ、
炎核を“胸いっぱいまで”燃え上がらせた。
全身が赤橙に光を帯びる。
ティナが震える声で叫ぶ。
「エイン……っ! 危ないよ……!!」
エインは答えず、ただ前へ踏み込む。
「来い。
それが命令なら――俺は、殴って破る。」
沈黙の奔流と拳がぶつかる。
深く、低い、世界そのものが悲鳴を上げるような衝撃。
地面が沈み込み、
沈黙の層が剥がれ、空気が一瞬だけ震えた。
ネイラの眉がわずかに動く。
「……押し返した?」
エインの足が、きしむ地面を踏みしめている。
拳の周囲だけ、沈黙が“ひび割れて”いた。
それはまるで――
風を殺す命令に、炎が穴を開けたような光景だった。
沈黙の塊が押し寄せる闇の中、
エインは一歩、ゆっくりと前に出た。
風のない世界で、その動きだけが“重さ”を持つ。
ネイラの瞳が、わずかに細められた。
「観測外……。あなた、まだ形を変えるの?」
エインは答えない。
息を吸い、胸の奥で炎核を開く。
カチリ と微かな音がし、
腕と脚の金属ラインが淡い橙の光を帯びた。
膝関節、前腕、肩装甲――
内部からせり上がる機構がわずかに重みを加え、
エインの体表に黒鉄の輪郭が広がっていく。
部分装甲展開――“殻”が息を吹き返す。
ティナの灯が小さく反応した。
「……エインの殻が……炎の色……」
エインの右腕の装甲が滑らかに変形し、
拳の周囲に“打撃用の加重機構”がせり出す。
左脚の装甲も連動し、地面を捉えるための杭のような形状へと変わる。
戦うための形。
殴り抜くための形。
ネイラは静かに呟いた。
「……祈りの殻。
あなたの炎核、まだ変質していくのね。」
エインの足が一度だけ地面を踏む。
揺れはない。風もない。
だがネイラだけが、その一歩に“抵抗”を感じていた。
「来る……」
沈黙の霧がわずかに波打つ。
エインは迷いなく踏み込んだ。
跳躍ではない。
風のない世界に合わせ、重心を“沈めて”進む。
力を一点集中させた、静かな突進。
ネイラは即座に反応し、
影の靄を刀身へと加工する。
「――削断工程、《風断(ブリーズカット)》」
黒い曲線を描きながら斬撃がエインに迫る。
その速さは風を模したもの。
ノマ=ルグの技を反転させ、風を殺す軌道へ変えた命令の斬撃。
エインは右腕を半身で前へ。
装甲が淡く光り、拳の周囲に炎の衝撃が纏う。
刃と拳が交差した瞬間、
世界が“ねじれたように”沈黙した。
ネイラの斬撃が、拳の衝撃に押し返される。
刃の軌道がわずかに乱れ、命令の線が切り離された。
「……っ……!」
ネイラの頬に削れた沈黙が散った。
「あなた……風の技じゃない。
炎だけでもない……これは……なに?」
エインは答えない。
拳を引き、もう一歩踏み込む。
ネイラは直感した。
“受けてはいけない”と。
影が一斉に立ち上がり、壁を作る。
風も音も持たず、ただエインを拒む壁。
エインは拳を握りしめ、
胸の炎核をわずかに押し上げるように息を吸った。
「どけ。」
言葉と同時に、拳が沈黙を割った。
壁にひびが入り、外殻を伝って割裂が走る。
風が戻るには足りないが、ティナの灯がふっと強く揺れた。
ネイラの表情が初めて揺らぐ。
「命令……が、押されてる……?」
沈黙の壁が破れ、
エインの影がその向こうから現れる。
黒鉄の殻を纏い、
橙の光脈が脈動するその姿は――
“風を拒む炎ではなく、祈りを割る拳”のようだった。
沈黙の壁が砕け散った余韻の中、
ネイラは後退しながら、己の掌を見つめていた。
命律の霧が震えている。
彼女の制御を外れたように、波形が乱れていた。
「……命令が、揺れてる。
あなたの炎に……触れられたせい?」
エインは応えず、ただ歩みを進める。
殻に刻まれた橙の光が、鼓動のように一定のリズムを刻んでいた。
ティナが灯を胸元で抱きしめ、声を絞り出す。
「……どうして……こんなことを……!」
ネイラは首だけを少し傾けた。
その仕草は人間的なのに、
返ってくる声は“遠隔の命令”そのものだった。
「私は……風を殺すための外殻。
あなたたちの“祈りの風”は、命律波の形成を阻害する。
だから排除する。それだけ。」
ティナが唇を震わせる。
「そんな理由で……ノマ=ルグ全体を……!」
エインが一歩、ネイラへ踏み出す。
ネイラの影が広がり、背後に三つの黒い輪郭が浮かぶ。
まるで複数の命令者が同時に言葉を投げ込むように、
その身体が揺さぶられる。
「――整形工程、第三段階へ移行」
ネイラの声が三重に響く。
影が“縫い合わされるように”彼女の背に吸い込まれていく。
命令器として、完全な形へ変わる兆候。
ティナが息を飲む。
「……エイン、くるよ……!」
ネイラの周囲に沈黙が膨張し、
草原の色が吸い取られるように褪せていく。
エインは拳を下げ、構え直す。
殻の光脈が、まるで呼吸する炎のように強まり続けた。
次の瞬間――
ネイラが消えた。
空気も、影も揺れていない。
ただ存在が“結果だけ”移動している。
エインの右横へ。
刃が、音もなく振り下ろされた。
炎核が一拍強く脈動し、
エインの左腕装甲が即座に防御形へ変形する。
金属が伸び、刃を受け止める。
沈黙の衝撃が撞き合い――
ネイラが弾き返される。
彼女の足元の大地が薄く沈む。
「……対応速度、記録外。
観測値が……合わない……!」
影の輪郭のひとつが、彼女の背で形を崩した。
命令が“乱れた”証だ。
エインはその一瞬を逃さない。
踏み込み、拳を突き出す。
直線ではなく、沈黙の層を読んだ軌跡。
風がない世界で、炎の軌道だけが“揺らぎの筋”を描く。
ネイラは回避に移るが、遅い。
拳が彼女の肩をかすめ、
命令の外殻が一層、強制的に剥がれ落ちた。
沈黙の霧が散る。
ネイラが息を呑んだように見えた。
命令に沈むはずの瞳が、一瞬だけ“揺らいだ”。
「……いま、の……痛覚……?」
ティナの灯が微かに揺らぎ、
その揺れに、ネイラの視線が吸い寄せられる。
「その灯……風の死を……拒絶してる……?」
エインが静かに言った。
「ティナの灯は、お前らの命令じゃ消えない。
風は死なない。
お前がそれを殺す前に――俺が止める。」
ネイラの表情から“命令の無表情”が一瞬だけ外れた。
そして――
「……排除優先度、最大に変更」
背後の三つの影が完全に合流した。
命令の圧が跳ね上がる。
世界が、より深い沈黙へ落ちた。
ティナが灯を抱え、震えながら後退する。
「エインっ……もう、この沈黙……灯が……!」
エインは振り返らずに言う。
「大丈夫だ。
灯は……まだ、風を覚えてる。」
炎核の光が一段と強く灯る。
ネイラは無表情のまま、ただ告げる。
「――風の死を完成させる。
あなたから。」
二人の間の沈黙が裂け、
世界の色が消えていく中――
エインは拳を構え、
ネイラは影を従え、
戦いはさらに加速する。
0
あなたにおすすめの小説
器用貧乏な赤魔道士は、パーティーでの役割を果たしてないと言って追い出されるが…彼の真価を見誤ったメンバーは後にお約束の展開を迎える事になる。
アノマロカリス
ファンタジー
【赤魔道士】
それは…なりたい者が限られる不人気No. 1ジョブである。
剣を持って戦えるが、勇者に比べれば役に立たず…
盾を持ってタンクの役割も出来るが、騎士には敵わず…
攻撃魔法を使えるが、黒魔道士には敵わず…
回復魔法を使えるが、白魔道士には敵わず…
弱体魔法や強化魔法に特化していて、魔法発動が他の魔道士に比べて速いが認知されず…
そして何より、他のジョブに比べて成長が遅いという…
これは一般的な【赤魔道士】の特徴だが、冒険者テクトにはそれが当て嵌まらなかった。
剣で攻撃をすれば勇者より強く…
盾を持てばタンクより役に立ち…
攻撃魔法や回復魔法は確かに本職の者に比べれば若干威力は落ちるが…
それを補えるだけの強化魔法や弱体魔法の効果は絶大で、テクトには無詠唱が使用出来ていた。
Aランクパーティーの勇者達は、テクトの恩恵を受けていた筈なのに…
魔物を楽に倒せるのは、自分達の実力だと勘違いをし…
補助魔法を使われて強化されているのにもかかわらず、無詠唱で発動されている為に…
怪我が少ないのも自分達が強いからと勘違いをしていた。
そしてそんな自信過剰な勇者達は、テクトを役立たずと言って追い出すのだが…
テクトは他のパーティーでも、同じ様に追い出された経験があるので…
追放に対しては食い下がる様な真似はしなかった。
そしてテクトが抜けた勇者パーティーは、敗走を余儀無くされて落ち目を見る事になるのだが…
果たして、勇者パーティーはテクトが大きな存在だったという事に気付くのはいつなのだろうか?
9月21日 HOTランキング2位になりました。
皆様、応援有り難う御座います!
同日、夜21時49分…
HOTランキングで1位になりました!
感無量です、皆様有り難う御座います♪
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
優の異世界ごはん日記
風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。
ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。
未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。
彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。
モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ
翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL
十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。
高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。
そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。
要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。
曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。
その額なんと、50億円。
あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。
だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。
だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
無自覚に世界最強だった俺、追放後にチートがバレて全員ざまぁされる件
fuwamofu
ファンタジー
冒険者団から「役立たず」と追放された青年リオ。
実は彼のスキル《創造》は、世界の理を作り替える最強の能力だった。
追放後、孤独な旅に出るリオは、自身の無自覚な力で人々を救い、国を救い、やがて世界の中心に立つ。
そんな彼の元には、かつて彼を見下していた美少女たちが次々と跪いていく──。
これは、無自覚に世界を変えてしまう青年の、ざまぁと覇道の物語。
異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~
夏見ナイ
ファンタジー
過労死したプラントエンジニアの俺が転生したのは、剣と魔法の世界のド貧乏な貴族の三男、リオ。石鹸すらない不衛生な環境、飢える家族と領民……。こんな絶望的な状況、やってられるか! 前世の知識を総動員し、俺は快適な生活とスローライフを目指して領地改革を開始する!
農業革命で食料問題を解決し、衛生革命で疫病を撲滅。石鹸、ガラス、醤油もどきで次々と生活レベルを向上させると、寂れた領地はみるみる豊かになっていった。
逃げてきた伯爵令嬢や森のエルフ、ワケありの元騎士など、頼れる仲間も集まり、順風満帆かと思いきや……その成功が、強欲な隣領や王都の貴族たちの目に留まってしまう。
これは、ただ快適に暮らしたかっただけの男が、やがて“近代化の父”と呼ばれるようになるまでの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる