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4章 港湾都市アイラ編
170話 迫る危機
「お~~~い、そっちはどうだ、いたか?」
「いんや、イノシシや鹿どころか、野犬すらいねえ、そっちは」
「こっちも、な~んもいねえ。おかしな事もあんなあ」
弓を──簡素な作りの、魔物を相手にするのは無理でも野生の動物を狩るには充分──担いだ2人の男がボヤキながら山を分け入る。
2人は麓の村の男達で、楽になった醤油製造のかたわら、周囲の治安維持と称して見回りという名の、獣の肉や皮を標的とした小遣い稼ぎに交代で行うのが村の中で習慣となっていた。
暦が12月を指し、色々と慌しかった今年も残り1ヶ月をきり、せめて新年は落ち着いて、そして多少贅沢に迎えたいと思う彼等に、不幸に見舞われる罪などどこにも無いだろう。
──まあ、日頃の行いが悪い者が悲劇に見舞われようと、不幸ではなく自業自得と言われるだろうが。
ともあれ、彼等はいつものように山へ分け入り、とりわけ今日は奥まで進むことでそれを見てしまった。
「──────!!」
「おい……あれって?」
2人が目にしたのは、こんな山奥には似つかわしくない数の集団、そしてある意味似つかわしい野卑た風貌の集団だった。
──盗賊団、その単語が浮かんだ頭に浮かんだ2人はその場に伏せて息を殺す。
街道や山道に住み着いた盗賊が交易商人や旅人が襲う、今年の後半から急に景気の良くなった第4都市群の各所で聞いた話である。
しかしその盗賊たちも、政都や他の都市から派遣された守備隊によってそのほとんどが捕縛されたはずである。
ほとんど……だとすれば目の前にいる奴等は生き残りだというのだろうか?
加えてこの場所は街道とも離れ、近道として通るような場所でもない。となれば奴等が何を目標として集まった集団なのか、議論の余地は無いだろう。
「おい……今すぐ戻って村の皆にこの事を知らせるぞ」
「そりゃ勿論だが……見つからねえかな?」
「そん時ゃ俺とオメエで競争だな、先に村に戻ってこの事を知らせた方が勝ちって事で」
「勝った方は、次の狩りの時に最初に狩った獲物を独り占め」
「おうよ」
「──────────────」
…………………………。
…………………………。
「──おい、今なにか動いたか?」
「あん? ウサギか何かだろ」
「そうだな──お~い、カシラぁ! そろそろッスかねえ?」
「そうだな、フゥ……お前等! そろそろ動く、気ぃ緩めんじゃねえぞ!?」
「「「ヘイ──!!」」」
リーダーの言葉に気合の入った声で答える彼等はしかし、その顔に浮かぶニヤケ面を隠すことは出来なかった。
これから起きる事への期待か、それとも別の理由か……ともかく、彼等の足取りはとても力強く、同時に軽やかだった──。
………………………………………………
………………………………………………
「今すぐ討伐隊を派遣すべきです!」
盗賊団の報を受けたアイラの行政府は朝から激論が交わされていた。
昨晩都市入り口の衛兵が保護した男は、村付近の山中に潜む怪しい集団を発見、救援要請に走ってきたらしく、今は詰所で休んでいる。
即座に役人の脳裏に浮かんだ言葉は
「またか……」
である。
これは先だっての「にわか盗賊」騒ぎについての言葉でもあり、目下直面している海竜騒動も解決を見ないうちから上がってきた問題に対してでもある。
──現時点で海竜はシンによって討伐されているのだが、今現在船は戻っておらず、そこにシンがいることすら知らない彼等は、自分達の苦肉の策が成功するのを祈るばかりで、その顛末を確認する事すら出来ない状態であった。
そしてなにより彼等が「またか」と言ったのは、その報告がもう5件目だったことだ。
「報告を受けているのは何れも政都より海岸側、つまりアイラ周辺という事になりますな」
「問題はその数だ! 数十人規模が報告にあるだけで5件、つまり最低で5集団ということだ。アイラの守備隊だけではとても対処しきれんぞ!?」
「加えて海竜の件も捨て置く訳にいかん、全てを盗賊どもに割くなど出来ようはずも無い!」
「報告の無いところはどうする? まさか便りが無いのは息災の証などと言うまいな?」
今のところ議論は、
・報告のあった5ヶ所に向かって直ちに守備隊を総動員して早期解決に当たる。
・早期解決は賛成だがいくらかは海竜対策に残す。
・盗賊がまだいる可能性を考慮して守備隊を小集団に分けて巡回を行い、発見次第集結してそれを叩く。
この3案に絞られる。
今のところ、大軍をもって早期解決にあたれば、それを警戒した盗賊たちが諦める可能性もある。なにより集団戦闘なら守備隊に分があり相対的に被害も少なくなるとの見解で、最初の案が最も有力であった。
とはいえ、報告が上がったからと言って彼等がそこにいつまでもいる可能性は低く、いざ報告のあった村に着いた時、盗賊がそこに攻めて来る保証は無い。なにより助けを求めてきた者たちが盗賊を発見したのは3日前だ、すでに最悪の事態が起きている可能性もある。そのため、周囲をくまなく探索するほうが多少の被害には目を瞑ってでも現実的な方法を取るべきだとの意見もある。
海竜に関しては、それこそ策が成ったかどうか博打でしかないが、今もって海に異変が無い事を理由に楽観的な判断を下した。
討伐優先か周辺探査か、最終的にどちらの方法で行くかで現在は揉めている。
「──よろしいか?」
静かな、それでいて自信に満ちたクレイスの声は彼等の耳を打ち、全ての視線が彼に集中する。
「現在、漁村および海岸側の村から少なくない人数が姿を消しております。これは、海竜の起こした津波被害で命を落とした人数と比較してもかなりの開きがあります」
「まさか──」
「その可能性は高いかと……元より生活に困窮した時、別の仕事に就くよりも犯罪に手をそめる方を選んだ者達です、1度やった事をもう一度、たいした葛藤は無いでしょうし、その後に我等が恩赦を与えた事も、彼等の行動に拍車をかけている可能性があるかと」
「愚かな……唯々諾々と漁でも畑仕事でもしていればよいものを!」
ダン──!!
机に向かって叩きつける拳の強さは、そのまま役人達の気持ちを雄弁に語る。
怒りを押し殺しながら黙する彼等に向かって、クレイスは意外な言葉を吐く。
「いらぬ知恵を搾った結果でしょうが、これはこれでこちらにとって有利かと」
有利、この言葉に訝しげな表情を浮かべた何人かは声を上げる。
「有利? この状況のどこが有利だというのか、補佐官殿──!?」
「盗賊どもの勢力が増したどころか、地元の地形なども把握されたかもしれんのだぞ?」
クレイスに向かって非難という形でやり場の無い怒りをぶつける彼等に、しかしクレイスは涼しい顔で説明を続ける。
「──彼等も、自分達の中にも恩赦を貰えた者とそうでない者の違いは理解しているでしょう。ならば、いざ村を襲うにしてもその勢いは削がれるでしょうし、2~3人ほど斬り捨てればすぐに抵抗を止めるでしょう。これまでの事から見ても、数十人規模とはいえ8割以上は漁民・農民と考えれば、小集団で周囲の警戒に及んでもさして問題は無いかと」
そして発見すれば即座に連絡を入れて集結すればいい──自信をもって告げられたクレイスの案は一定の支持を得、会議を続けるもそれ以上の案を見出せず、最も現実的であるということで採用された。
ただちに守備隊の編成が行われ、その日の夜には最初の隊がアイラの門をくぐる。
守備隊が出立するのを見届けたクレイスは、報告、そして今後の展望を執政官に報告すべく廊下を歩く。
「──予定より早い、しかも山間部との連携も取れていないとは……所詮ゴロツキの寄せ集めでは、お預けも満足に出来ぬか」
吐き捨てるようにそう呟いたクレイスは、苛立ちを抑えるために一旦立ち止まり深呼吸をする、己の出した案が採用されたのに不機嫌な顔をしていては周りに不信を招きかねない。
クレイスは自分を納得させるように言葉を紡ぐ。
「予定通りなら村の襲撃がそのまま狼煙がわりだったのだが……まあよい、結果的に守備隊は分散させることが出来たし、素人集団と侮って小規模で本物と戦えば……」
予想される未来を思い、クレイスの顔に笑みが生まれる──が、次の瞬間にはまた暗い表情に変わる。
「──結局、こちらの結末を迎えるか……まあよい、当初の予定通りと思えば胸も痛まぬさ。なあ、タレイア──」
再び歩き出したクレイスの顔に、喜怒哀楽の表情は無かった──。
「いんや、イノシシや鹿どころか、野犬すらいねえ、そっちは」
「こっちも、な~んもいねえ。おかしな事もあんなあ」
弓を──簡素な作りの、魔物を相手にするのは無理でも野生の動物を狩るには充分──担いだ2人の男がボヤキながら山を分け入る。
2人は麓の村の男達で、楽になった醤油製造のかたわら、周囲の治安維持と称して見回りという名の、獣の肉や皮を標的とした小遣い稼ぎに交代で行うのが村の中で習慣となっていた。
暦が12月を指し、色々と慌しかった今年も残り1ヶ月をきり、せめて新年は落ち着いて、そして多少贅沢に迎えたいと思う彼等に、不幸に見舞われる罪などどこにも無いだろう。
──まあ、日頃の行いが悪い者が悲劇に見舞われようと、不幸ではなく自業自得と言われるだろうが。
ともあれ、彼等はいつものように山へ分け入り、とりわけ今日は奥まで進むことでそれを見てしまった。
「──────!!」
「おい……あれって?」
2人が目にしたのは、こんな山奥には似つかわしくない数の集団、そしてある意味似つかわしい野卑た風貌の集団だった。
──盗賊団、その単語が浮かんだ頭に浮かんだ2人はその場に伏せて息を殺す。
街道や山道に住み着いた盗賊が交易商人や旅人が襲う、今年の後半から急に景気の良くなった第4都市群の各所で聞いた話である。
しかしその盗賊たちも、政都や他の都市から派遣された守備隊によってそのほとんどが捕縛されたはずである。
ほとんど……だとすれば目の前にいる奴等は生き残りだというのだろうか?
加えてこの場所は街道とも離れ、近道として通るような場所でもない。となれば奴等が何を目標として集まった集団なのか、議論の余地は無いだろう。
「おい……今すぐ戻って村の皆にこの事を知らせるぞ」
「そりゃ勿論だが……見つからねえかな?」
「そん時ゃ俺とオメエで競争だな、先に村に戻ってこの事を知らせた方が勝ちって事で」
「勝った方は、次の狩りの時に最初に狩った獲物を独り占め」
「おうよ」
「──────────────」
…………………………。
…………………………。
「──おい、今なにか動いたか?」
「あん? ウサギか何かだろ」
「そうだな──お~い、カシラぁ! そろそろッスかねえ?」
「そうだな、フゥ……お前等! そろそろ動く、気ぃ緩めんじゃねえぞ!?」
「「「ヘイ──!!」」」
リーダーの言葉に気合の入った声で答える彼等はしかし、その顔に浮かぶニヤケ面を隠すことは出来なかった。
これから起きる事への期待か、それとも別の理由か……ともかく、彼等の足取りはとても力強く、同時に軽やかだった──。
………………………………………………
………………………………………………
「今すぐ討伐隊を派遣すべきです!」
盗賊団の報を受けたアイラの行政府は朝から激論が交わされていた。
昨晩都市入り口の衛兵が保護した男は、村付近の山中に潜む怪しい集団を発見、救援要請に走ってきたらしく、今は詰所で休んでいる。
即座に役人の脳裏に浮かんだ言葉は
「またか……」
である。
これは先だっての「にわか盗賊」騒ぎについての言葉でもあり、目下直面している海竜騒動も解決を見ないうちから上がってきた問題に対してでもある。
──現時点で海竜はシンによって討伐されているのだが、今現在船は戻っておらず、そこにシンがいることすら知らない彼等は、自分達の苦肉の策が成功するのを祈るばかりで、その顛末を確認する事すら出来ない状態であった。
そしてなにより彼等が「またか」と言ったのは、その報告がもう5件目だったことだ。
「報告を受けているのは何れも政都より海岸側、つまりアイラ周辺という事になりますな」
「問題はその数だ! 数十人規模が報告にあるだけで5件、つまり最低で5集団ということだ。アイラの守備隊だけではとても対処しきれんぞ!?」
「加えて海竜の件も捨て置く訳にいかん、全てを盗賊どもに割くなど出来ようはずも無い!」
「報告の無いところはどうする? まさか便りが無いのは息災の証などと言うまいな?」
今のところ議論は、
・報告のあった5ヶ所に向かって直ちに守備隊を総動員して早期解決に当たる。
・早期解決は賛成だがいくらかは海竜対策に残す。
・盗賊がまだいる可能性を考慮して守備隊を小集団に分けて巡回を行い、発見次第集結してそれを叩く。
この3案に絞られる。
今のところ、大軍をもって早期解決にあたれば、それを警戒した盗賊たちが諦める可能性もある。なにより集団戦闘なら守備隊に分があり相対的に被害も少なくなるとの見解で、最初の案が最も有力であった。
とはいえ、報告が上がったからと言って彼等がそこにいつまでもいる可能性は低く、いざ報告のあった村に着いた時、盗賊がそこに攻めて来る保証は無い。なにより助けを求めてきた者たちが盗賊を発見したのは3日前だ、すでに最悪の事態が起きている可能性もある。そのため、周囲をくまなく探索するほうが多少の被害には目を瞑ってでも現実的な方法を取るべきだとの意見もある。
海竜に関しては、それこそ策が成ったかどうか博打でしかないが、今もって海に異変が無い事を理由に楽観的な判断を下した。
討伐優先か周辺探査か、最終的にどちらの方法で行くかで現在は揉めている。
「──よろしいか?」
静かな、それでいて自信に満ちたクレイスの声は彼等の耳を打ち、全ての視線が彼に集中する。
「現在、漁村および海岸側の村から少なくない人数が姿を消しております。これは、海竜の起こした津波被害で命を落とした人数と比較してもかなりの開きがあります」
「まさか──」
「その可能性は高いかと……元より生活に困窮した時、別の仕事に就くよりも犯罪に手をそめる方を選んだ者達です、1度やった事をもう一度、たいした葛藤は無いでしょうし、その後に我等が恩赦を与えた事も、彼等の行動に拍車をかけている可能性があるかと」
「愚かな……唯々諾々と漁でも畑仕事でもしていればよいものを!」
ダン──!!
机に向かって叩きつける拳の強さは、そのまま役人達の気持ちを雄弁に語る。
怒りを押し殺しながら黙する彼等に向かって、クレイスは意外な言葉を吐く。
「いらぬ知恵を搾った結果でしょうが、これはこれでこちらにとって有利かと」
有利、この言葉に訝しげな表情を浮かべた何人かは声を上げる。
「有利? この状況のどこが有利だというのか、補佐官殿──!?」
「盗賊どもの勢力が増したどころか、地元の地形なども把握されたかもしれんのだぞ?」
クレイスに向かって非難という形でやり場の無い怒りをぶつける彼等に、しかしクレイスは涼しい顔で説明を続ける。
「──彼等も、自分達の中にも恩赦を貰えた者とそうでない者の違いは理解しているでしょう。ならば、いざ村を襲うにしてもその勢いは削がれるでしょうし、2~3人ほど斬り捨てればすぐに抵抗を止めるでしょう。これまでの事から見ても、数十人規模とはいえ8割以上は漁民・農民と考えれば、小集団で周囲の警戒に及んでもさして問題は無いかと」
そして発見すれば即座に連絡を入れて集結すればいい──自信をもって告げられたクレイスの案は一定の支持を得、会議を続けるもそれ以上の案を見出せず、最も現実的であるということで採用された。
ただちに守備隊の編成が行われ、その日の夜には最初の隊がアイラの門をくぐる。
守備隊が出立するのを見届けたクレイスは、報告、そして今後の展望を執政官に報告すべく廊下を歩く。
「──予定より早い、しかも山間部との連携も取れていないとは……所詮ゴロツキの寄せ集めでは、お預けも満足に出来ぬか」
吐き捨てるようにそう呟いたクレイスは、苛立ちを抑えるために一旦立ち止まり深呼吸をする、己の出した案が採用されたのに不機嫌な顔をしていては周りに不信を招きかねない。
クレイスは自分を納得させるように言葉を紡ぐ。
「予定通りなら村の襲撃がそのまま狼煙がわりだったのだが……まあよい、結果的に守備隊は分散させることが出来たし、素人集団と侮って小規模で本物と戦えば……」
予想される未来を思い、クレイスの顔に笑みが生まれる──が、次の瞬間にはまた暗い表情に変わる。
「──結局、こちらの結末を迎えるか……まあよい、当初の予定通りと思えば胸も痛まぬさ。なあ、タレイア──」
再び歩き出したクレイスの顔に、喜怒哀楽の表情は無かった──。
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