はぐれ三匹ぶらり旅

かじや みの

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一話 腐れ縁の始まり 金の山は三匹を誘う

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(あたしって、なんてお人よしなんだろ)

 茶店の縁台で、握り飯を頬張っている侍を見ながら、おえんはため息をついた。

 よくあることなのか、親父は心得ていて、おえんが全部を言わなくても、飯を用意してくれた。

 でも、夢中で食べている横顔を見ていると、ほっこりした。
 人が食べているのを見るのが好きなのだ。
 だから、小料理屋をやろうと思ったのだ。

 侍は、笠をとって顔をさらしている。
 旅のせいで少し汚れているが、外に出たことがあるのかと思うほど、透き通るような白い肌だ。
 これが女子なら、どこかのお姫様がお城から抜け出してきたといった風情だ。

「ねえ、どこから来たの?」

 侍は美味しそうに握り飯に齧り付いたまま、おえんを見る。
 まるで小動物のような愛らしさに、胸がキュンとする。

「江戸」
「そう。あたしと同じね。で、どこまで行くの? 一文なしで」

 急に詮索を始めたおえんに、探るような目になったが、すぐに目をそらして、遠くをみた。

「国に帰る」
「遠いの?」
「遠い。一文なしでは無理か・・・」

 肩を落とした。

「そうだよな」
 もぐもぐと口を動かしながらも項垂れている。

「一文なしで旅をしようなんて、無茶よ。江戸に帰ったら?」
「嫌だ」
 即答だった。

「どんな事情があるのか知らないけど、野垂れ死しちゃったら元も子もないでしょうよ」

「死んでも帰らぬ」
 怒ったように言った。
 腹が膨れたせいか、口調も眼差しもしっかりしてきた。

「訳ありなのね。でも旅を甘く見ちゃダメよ。そう言うあたしも初めての旅なんだけどさ」
 弟を諭すような気分になっている。たぶん、おえんの方が年上だろう。

「どこへ行くんだ?」
「あたし? まあ、ちゃんと決めてはいないんだけど、とりあえず伊勢にでも行こうかなって。ほら、言うじゃない。一生に一度はお伊勢参りって」
 初めての旅でも、比較的易しそうだと思った。

「そうなんだ。気楽なもんだな」
「悪かったわね。国って、伊勢より向こうなの?」
「向こうだ」
「そう。京よりも?」
「ああ」

 それは遠い。完全に西国だ。

「やっぱり無理よ」

 伊勢までは、乞食でも行けるが、その先は・・・。

「だろうな」
 苦しげな表情になって、考えている。
「おれも実は行ったことがない」
「国なのに?」
「ああ。江戸で生まれて、江戸で育った」
「だったら、尚更帰った方がいいわ」
「・・・」

「おじさん、お勘定ここに置くわね。握り飯の分も」
「いやいや、ねえさん、餅の分だけでいいから」
「でも、あたしが言い出したことだから、とっといて」
 ここは気前よく出すものは出した。

「あたしは行くわね。旅の一座を探さないと」
 本街道を外れてきたのはそういうことだ。

「すまなかったな」
 そう言う侍は、おえんを見ていない。
 少し後ろ髪が引かれる気がしたが、立ち上がる。
「あたしはおえん。お侍さんは? 袖擦り合うも他生の縁って言うじゃない」
 名前だけでも聞いておこうと思って名乗った。

「縁のえんか。おれは・・・うさ・・・」
 と言いかけたが、その先をなかなか口にしなかった。
「うさ?」
「うさき・・・宇佐木、亮輔」
「え? うさぎさん?」
 思わず頭の上で手を耳のように立ててみる。
「違う! 宇佐八幡のうさに木だ」
 さっと赤面してただす様子がおかしくて笑ってしまった。
「笑うな」



 そのとき、おえんの後ろを、風が駆け抜けた。

 振り向いて、風が通った方をみると、女の子が走っている。
 後ろ姿がみるみる遠ざかっていった。

 まるで、何かに追われているかのようだ。

 はたして、女の子が来た方向をみると、こちらに向かって走ってくる者たちがいる。

「どけどけえ!」

 六尺棒を持った役人の手先らしい一団が、後を追って、駆け抜けていく。

「ちょっとなんなのよ!」

 乱暴に押されて文句を言った。

「あの子、何かやったのかしら」

 気になって、走って行った方をのび上がるように見た。

 宇佐木が立ち上がり、刀を腰に差している。

「親父、世話になったな」

 おもむろに歩き出す。

「ちょっと、うさぎの旦那? 江戸はあっち・・・」

 おえんには、あの一団を追って行ったように見えた。
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