はぐれ三匹ぶらり旅

かじや みの

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一話 腐れ縁の始まり 金の山は三匹を誘う

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 矢守源斎は、草の中にうずくまっていた。

 総髪の浪人風体である。

 草むしりではない。
 一本一本丁寧に抜いて、土を払い、ざるに乗せていく。

 食い詰め浪人が草を食糧にしようとしているようにも見えるかもしれない。

 ここは道端の草むらだ。
 人が見たら変に思うかもしれないが、もう慣れている。

 ふと人の気配が気になって、顔を上げると、女の子が息を切らして草の中を走っていき、地蔵堂の陰に隠れるのが見えた。

 かくれんぼか?と思いながら、草摘みに戻る。

 子供のやることにいちいち構っていられない。

 だが、大人はそうもいかない。

 しばらくすると、無遠慮な足が、草を踏み躙って、源斎の前に立った。

「おい、子供を見なかったか。どっちへ行った?」

 この先で道が二手に分かれている。

「汚ねえ足をどけろ。せっかくの草が台無しだ」
 顔を上げずに言った。

「隠すとためにならんぞ」
 六尺棒を、しゃがんだままの源斎の顔の下に差し入れて、草を突いた。
「雑草だろ。どこにでも生えているではないか。食べるにも事欠く浪人風情が」
 ご丁寧に、目の前の草をこれ見よがしに踏んでくれる。

 源斎は、ざるをそっと置くと、六尺棒を掴んだ。

「どけろと言っている」

 掴んだ六尺棒を、無造作にひき、奪い取ると、棒を押し出して役人を突いた。

「あ!」

 後ろに倒れた仲間を、他の者が呆気に取られて見ていた。
 手出しができないほど鮮やかな動きだ。

 敵わないと見たのか、源斎が立っただけで、逃げ腰になり、泡を吹いて倒れている仲間を担いで離れた。

「忘れ物だ」
 六尺棒を役人の手元まであやまたずに放って、去っていくのを見送った。



 地蔵堂の裏に、源斎の荷物が置いてある。

「おじさん、強いんだね」
 果たして、十歳くらいの女の子が地蔵堂の裏に回った源斎を見上げた。
「何をやらかしたのか知らんが、今はまだ出ない方がいい」
「ねえ、おじさん」
 女の子は、追われていたことなど忘れたかのように、目をキラキラさせていた。
 源斎が役人を追い払ったところを見ていたのだ。
「おじさん、お医者なんでしょ? あたいと一緒に村に来てくれない? お願い」
 手を合わせて拝んだ。
 源斎の荷物の中身を勝手に見たのだろう。

「おじさんが来てくれたら、きっと、みんな喜ぶし、変に思われないでしょ?」
 この子は、目端がきいて油断ならない。
 くるくるとよく動く瞳が、大人のように人の心を読もうとしている。
「お医者も村に呼べなくて、みんな困ってるから」
「悪事には加担できんが」
「悪いことなんてしてないよ」
 急に怒ったようにムッとした。
「いなくなったおとっつぁんを探していただけなのに、捕まえる方がおかしいよ」

「何がおかしいって?」
 柔らかい草が、足音を消したようで、囲まれたことに気がつかなかった。
 女の子との会話に気を取られていたこともあるだろう。

「すばしっこいやつだ」
「きゃっ!」
 女の子の後ろから近づいた役人が、首根っこを捕まえるように、襟を掴んだ。

 女の子の言うことが正しければ、悪意があるのは役人の方だ。

「おっと」
 動こうとした源斎の体に縄がかかる。
 さすがに捕り方だけあって、素早かった。
 女の子の言うことが正しいのだ。

「おじさん!」

 女の子を盾に取られたら、何もできない。

 じっとしているうちに、きつく縛られてしまった。

「おじさんは関係ないでしょ! おとっつぁんを返して!」

 暴れるが、役人はびくともしない。

 と、思ったら、うっとうめいて膝をついた。

 倒れた役人の後ろから、深編笠を被った侍が現れた。

「女の子に乱暴するとは、どういう了見だ」

「なんだ、貴様は! お代官様に逆らうのか」
 源斎を縛った役人が言い放つ。

「代官?」
 笠の中で、首を捻っているようだ。
「代官といえども、子供を追うなどもってのほかだろ」

 まるで、追うのが役人かどうかなどどうでもよくて、何者でも女の子を追いかける方が悪だと最初から決めつけているようだ。

「手向かうとお縄にするぞ」
「できるものならな」

 侍は刀を差してはいるが、抜いていない。
 さっきは手刀を首元に見舞ったらしい。
 女の子が近くにいることを意識しているのか、刀を振り回したがる輩とは違うようだ。

 源斎は、侍の腕前を見るつもりで大人しくしていた。

「女の子をおいて大人しく引き上げるなら、何もしない」
 と笠を外して役人に言っている。
 優男だ。

 素直に帰るわけがない。
「大人しくするのは貴様だ」

 役人は源斎を放って、六尺棒で侍に向かう。
 若いと見て、侮っている。

 隙をみて、女の子が源斎のそばに寄ってきた。

 侍は、倒れている役人が持っていた棒を拾って、無造作に振る。

 良く言えば奔放。悪く言えば無茶苦茶な振り方に、唖然とした。
 型も何もない。
 まるで、弁慶が戦場で薙刀を振るうような大胆な動きで、役人たちを叩くように打ちのめし、気絶させていく。

 役人たちも、その動きを予測できないようだった。
 棒の扱いは慣れているはずなのに、ほとんど応戦できていなかった。

 侍は棒を使ったことがないのかもしれない。

 はたして、本人は嬉しそうに棒を握って、
「これが棒か・・・面白いな」
 と言っている。

「ちょっと、あなたたち、早く逃げないと、また来ちゃうわよ!」
 道で、旅姿の女が声を張り上げていた。
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