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風読み
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視界の中の月が霞む。感覚の鈍ったふくらはぎを擦りながら、重い足取りで郷屋敷への道を歩く。遠のきそうな意識を必死につかまえる。灯りを持たぬまま夜の山中を散々走りまわり、腕やひざには擦り傷ができていた。毎日身体のどこかに傷を作っては、治りかけたところにまた傷を重ねている。
仁親との鍛錬は常軌を逸していた。奥屋敷の庭先でひたすら打ち合う。しかし対等に打ち合えるはずもなく、ユキが打ち込んでは仁親がいなす、の繰り返しだ。何度打ち込んでもまともに一本とれず、かといって兵法の説明も助言も無い。言葉より身体で覚えろという方針らしいが、そもそもこの男に言葉を求めても無駄なのだと、花里姫がけらけら笑う。
ユキとて、郷守の端くれだ。基本的な剣術の型は、郷守になった当初に指南役から教わった。自分の体格や俊足を生かした攻め方も、由ノ進の手ほどきでそれなりに身につけている。平七との打ち合いでは、文字通り二人で打ち合っていた。そう、一本取ることも取られることもあったのだ。
しかし、というより当然のことだが、剣役の前では赤子も同然だった。そもそも獲物からして違う。ユキは木刀を、仁親は竹刀を握っている。郷守の鍛錬では、木刀が当たると大けがしかねないため、基本的に竹刀で打ち合っていた。慣れない木刀の重さに必死になりながら、ユキは何度仁親に突っ込んでも受け流され、最終的には地面に倒れるのだ。
郷守としてのお役目は、何一つ変わっていない。鍛錬場での修練も、郷屋敷周辺の見回りも、今までと同じようにこなしている。今までとの違いはこの後だ。午後の鍛錬の後は奥屋敷での打ち合い、加えて夜は屋敷裏にある山の中を走りこむ。眠っている他の郷守たちを起こさないよう、気配を消して郷守長屋に戻る。幸か不幸か、普段の鍛錬では誰もがユキを避けているため、傷を作ろうがへばっていようが、ユキの様子の変化に気が付く者はいない。
「ふふ、仁から一本取れそうかしら」
「お戯れを」
微笑む姫君と仏頂面の剣役。最初は秘密の修行に胸を高鳴らせていたユキだったが、あまりの過酷さに何度も音を上げそうになった。気合を発する声は枯れ、休みを知らない足はもつれ、木刀を握る手は血豆で滲み、重さと痛みに耐えながら気力だけでぶつかっていく。なんとか続いているのは、庭先で修行を見守る花里姫の存在があるからだ。郷の花を守りたいという意志が、ユキを突き動かしている。
今晩も、山を駆けてようやく屋敷に戻ってきたところだった。今宵は文句なしの満月。ちょうど、今日のような満月の日に初めて夜の山に放り込まれた。月明かりがあっても夜は夜、闇は闇。足場の悪い山道を駆けて無事でいられるはずがなかった。
ところが今日は、山中がいやに明るく感じた。今日だけではない。近頃、夜を暗いと思わなくなっていることに気が付いた。
奥屋敷の生け垣沿いに歩いていると、内側から声がかかった。
「風仁がお呼びだ、池のところに」
不寝番の刀守が、気の毒そうな顔を向けてきた。ユキが奥屋敷に顔を出すようになった当初は、なぜこんな子供に毎日お呼びがかかるのか不満げな様子だった刀守たちも、郷巡りの一件を聞きかじったらしい。毎夜山に放り込まれているのは、内通者と親しくしていた懲罰か何かだと認識しているようだった。流石に、元服前の子供が毎夜ふらふらになるまで山中を走らされている姿に胸が痛むようで、ここ最近は同情の目で見られることが多い。まさか、剣役直々に稽古をつけてもらっているとは夢にも思わないだろう。
庭園の奥、いつかと同じ池のほとりにその姿はあった。手には竹刀と木刀。まさか、という考えが疲れた頭をよぎる。
「だいぶ夜目がきくようになってきたようだな」
今宵は満月、闇に慣れた目には明るすぎるくらいだ。力いっぱいかかってこい、と言いながら木刀を寄越してくる。もはや力など残っていないに等しかったが、月夜の魔力が一種の高揚感を抱かせた。握りこんだ手に、緊張の汗が伝う。
はっ、と気合を発し、勢いよく右足を踏み出す。そのまま仁親に向かって突進する。いつもの如く受け流され、崩れた態勢を立て直す。諦めずにもう一度振りかぶるも、どういうわけか軽々と弾かれる。何度突っ込んでもはねのけられ、まるで風に抗いながら走っている心地だ。進もうとしても進まないもどかしさ。打ちたいのに一撃も入らない悔しさ。そんな恨めしい気持ちを込めて相手を見る。二つの蒼い光を捕らえたその瞬間、仁親の姿が夜風にとろけた。直後、腹部への衝撃。途端、視界に星が煌めいて、気が付けば夜空を仰いでいた。
「今は花里様の目がないからな」
成程、普段ユキにとどめを刺さないのは、姫君の御目汚しになるからというわけだ。あまりの力量差に、打ち据えるまでもないらしい。
握っていたはずの木刀は、いつの間にかユキの手を離れ、池の縁石のそばに転がっていた。仁親が、倒れたままのユキに竹刀の切っ先を向ける。
「これが真剣だったならば、お前は死ぬ。いま刀を振り下ろせばお前は息絶え、何も守れないまま終わる。……何があっても刀を離すな。立ち向かうことをやめるな。お前はこのひと月、何をしていた。これくらいで倒れるはずがないだろう」
珍しく口数の多い仁親の言に、ユキはありったけの力をこめて全身を奮い立たせる。冷えた木刀を拾い上げて再び構える。体中から蒸気が立ち上っているかのように、熱い。
「まだ、やれます。お願いします」
言われてみればその通りだった。毎日休みなく、他のどの郷守よりも修練を積んでいた。通常の鍛錬の後で重い木刀を振り回し、真っ暗な山中を走りこんだ。一度倒れたからといって、これで終わりにするほど心も体も弱くないはずだ。
何度も転がされ、そのたびに起き上がる。けれども決して手は離さない。鈍る腕を何度も振り上げる。そのうち月が雲に隠れ、あたりは本当に闇に包まれた。
「そろそろ終いだ。御祈りを終えた花里様を迎えなければならん」
ふう、と軽く息をつく仁親を見て緊張が緩んだか、ユキは膝からがっくり崩れ落ちた。
「当たり前だが、木刀は竹刀よりも重い。まともに打ち合えば、威力のある木刀が強い。お前の剣技が軽い故、竹刀でもやり返せる。お前に足りないもの、それを考えろ」
疲労で声が出ないため、下を向いたまま頷くユキ。無礼と承知しているが、もはや身体が言うことを聞かなかった。
「……気を付けて戻れよ」
そう言い残し、仁親は颯爽と立ち去って行った。
「おい、しっかりしろ」
どうやら気を失っていたらしい。声に目覚めて目をあけると、先ほどの不寝番の男がユキを見下ろしていた。
「風仁が、池のそばで寝ている者がいたら起こすようにと仰っていたが……お前、何をしでかしたんだ」
流石に痛めつけ過ぎたと思ったのか、近くにいた刀守に声を掛けておいてくれたようだ。
「いや、すまん。剣役のなさったことだ、俺の分際で聞いていいことじゃあない。兎に角、ここは姫君の奥屋敷。お前はさっさと郷守長屋へ戻れ」
どうやって帰ったのか覚えていない。次に目が覚めた時には、ユキは自分の薄い布団の上で朝陽を浴びていた。
流石に疲れていた。あれだけ際限なく動き回っていれば、当然、身体は悲鳴を上げる。重いのは瞼だけではない、全身が大岩になったようだ。既に大半の男たちは郷守長屋を後にし、鍛錬場へ向かっていた。朝餉を食べる気力もなく、重い身体に鞭打って起き上がると、戸に手をかける。
「随分痛めつけられた様だな」
戸を開けると、見慣れない男が立っていた。六尺は優に超えていそうな背丈を包むのは、光沢のある紺色の長衣、その袂には房状に結わえた白い飾り紐が垂れている。身なりからして郷守でも刀守でもないが、大きく逞しい体つきは武人を思わせた。
「その様子じゃ、どうせ使い物にならないだろう。今日は俺に付き合え」
ユキの後に郷守長屋から出てきた男たちは、不思議な光景に首をかしげながらも、厄介事に関わるのは御免とばかりに横を通り過ぎていく。
「俺も暇じゃあない。ここまで出向いたのは、お前に話があるからだ」
だからさっさとついて来い、と促されるまま、ユキは偉丈夫の後を追った。
足を引きずりながら、ユキは考えにふけっていた。雅やかな衣装を着た正体不明の偉丈夫は、戸を開けた瞬間に迷いなく声を掛けてきた。相手はユキの顔を知っていた。そしてユキも、どこかでこの顔を見たことがあると直感していた。
生け垣沿いにしばらく歩くと、ふいに立ち止まって振り返る。
「水責めの時は悪かったな」
しばし記憶を辿り、薄れゆく意識の中で見た光景にぶつかった。水車を取り囲む男たち。その中にいて、厳しい顔を向ける大男の姿。
「あ、あの時の……!」
ばつの悪そうな顔で詫びる目の前の男と、ユキを水車に縛り付けて詰問していた男が同一人物とは思えなかった。
「改めて、風読みの東吾だ」
さあ謝罪は済ませたぞ、と言わんばかりにがらっと表情を変える。胸を反らし、堂々とした態度で話を続ける。
「もっと早くお前に会いたかったのだが、生憎時間が取れなくてな。仁親から、あの時のお前の行動を聞いた。平七を止めようとしたことも」
久々に聞く名前に、心臓が跳ねる。
「彼奴はしぶとかった。お前と同じ水車の刑や、その他色々と試してみたが、てんで口を割らなんだ」
何を色々試したのか気になったが、ユキは深追いしないことにした。
「それでもいくらかの手掛かりは掴めた。まず奴は黒夜叉集団の一味で間違いない。ここまではお前も知っての通りだが……」
姫君に謁見して以来、ユキがずっと気になっていたことを、この男は確定している事柄かのように話を進めていく。何か探りを入れられているのではないかと不安そうに見つめるユキを、東吾は首をかしげて見返す。
「なんだ、仁親から聞いていなかったのか」
「いや、そうかもしれないと高虎様がお話されていましたが、はっきりとそうだとは……」
何度か尋ねようとしたが、毎日はそれどころではなかった。一向に苦戦続きのユキに対し仁親は、気難しい顔をして有無を言わせず打ち込ませていた。とてもではないが、鍛錬に無関係な話題など切り出せる雰囲気ではなかった。
あいつらしいな、と小さく笑って東吾は話を続ける。仁親がユキに稽古をつける時、傍にはいつも花里姫がおわすのだ。事は郷の花を弑する者について、穢れを厭う郷の花に聞かせて良い話ではない。どうやら、ユキの知らないところで話はいくらか進んだようだった。
「お前が姫様にした話と、奴が微かに漏らした言葉から、我らはそう判断した」
やはり、平七はユキの村を襲った賊の一味だったのだ。
「お前も一応、事情を知る立場なのだ。耳に入れておいた方が良かろう。……姫様の守りとなるつもりなら、尚更」
“姫君の守り”、自分が目指すものが何であるか、その一言をユキは胸の中で反芻した。寝る間も惜しんで毎日厳しい修行に耐えているのは、何もできなかった過去の弱い自分と決別し、姫君を守るに足る力を身につけるためなのだと。
東吾曰く、平七はおそらく単身で潜入し、姫君に手をかけるつもりだったようだ。尤もその目論見は、仁親と東吾の策によって阻まれたが。それだけの大役を任され、且つ、責めを負っても口の堅い忠臣ぶりから、首領に近しい人物だったと考えられる。そして度重なる尋問――具体的な手段は濁されたが――の最中、平七は気になる言葉を残した。
「“我ら、血より強き結束、血より濃き闇黒、血より赤き猛火を以て必ずや花を枯らさん”とな」
くれぐれも他言無用で、と真剣な顔つきで東吾が念を押す。お前にだから話すのだ、そう言われてユキは誇らしいような、恥ずかしいような気持ちになり、自然と口元が緩む。
「ところで、仁親直々に剣術の指南を受けているらしいな。どうだ、上達のほどは」
痛いところを突かれたとばかり、一転して渋い表情になるユキ。
「さっぱりです。未だに一本も取れません。……おいら、剣は向いてないのかも」
東吾は豪快に笑いながら、あからさまに落ち込む少年の肩にその大きな手を置く。
「しょぼくれるな。あいつが強すぎるんだ」
武人のような見た目の武人でない男に励まされ、ユキはなんとも言えない気分になる。
「昨晩、初めて仁親殿に打たれました。」
「ほう」
興味深げな目線を投げる東吾。風が二人の間をひゅうっと流れる。朝露をのせた草木の間を静かに吹き抜けてゆく。万物に通じるとされる風読み、風を掌るという点においては仁親と似ているが、風の中に立つ姿は全く別の印象を抱かせる。仁親が、花を手折る者を寄せ付けぬ嵐のような旋風なら、東吾は花を撫でる穏やかな恵風だ。まだ知り合って間もないが、胸の内すべてを打ち明けてしまいたくなるような不思議な力がこの男にはあった。
「お前に足りないものは何か考えろ、と言われました。多分、強さとか才能とか技術とか、そういうものとは別に、おいらには何かが欠けているんです」
冷たい地面に転がる自分に、竹刀を突きつけた仁親。凍てつくような視線と声が、打たれた腹の痛みよりも堪えた。
「毎日毎日、こんなになるまで頑張っても全然追いつけない。今日こそ一本取ろうと思っても、全く歯が立たない」
ユキは、この数か月で別人のものになったようなボロボロの手を見つめる。まめだらけの痛々しい手を見て、東吾は在りし日のとある子供の姿を思い出した。
「あいつはあいつで、孝信様にしごかれたようだからな。今のお前の比ではないほどに」
孝信とは萌黄郷当主の弟であり、花里姫の許嫁だ。郷守たちが盛んに噂していたのをユキも耳にしたことがある。郷民からの信望厚く、男っぷりの良い剣豪だとか。
「齢五つを過ぎた頃から、朝も晩もなく修行漬けの生活だ。ずっと花里様の為に、強くなるために生きてきた。見ているこちらが逃げ出したくなるような過酷な修練を、弱音も吐かず重ねてきた」
その光景を思い出したのだろう。苦い顔で続ける。
「孝信様は、萌黄郷の始祖再来と謳われるほどの腕前だ。あいつはそれほどの剣の達人に鍛えられたんだ、身も心も並の強さではあるまい……われらとは、覚悟が違うのさ」
黙って話を聞くユキ。姫君を守るために強くなると、あの日その御前で誓った。どんなに厳しい修行にも耐えると決めた。その覚悟と、一体何が違うのだろうか。
「多くは言わんぞ。簡単に答えをくれてやっては、お前の為にならんからな」
だからこれからも励めよ、と元気づけてくれる。しばらくぶりに人に優しい言葉をかけられて、ユキは涙を流しそうになるのを上を向いて必死にこらえた。
照りつける日の光が、目頭を刺激する。泣き出さないうちにと、ユキは話題に他に逸らす。
「仁親殿から、風読みとは博識な御方とお聞きしました」
「中々わかっているじゃないか」
満足げな顔で応じる東吾。初対面の状況が悪かっただけで、こうして話してみれば気の良い男だ。
「東吾殿に会えたら聞きたいことがあったんです。青いお月さまの不思議とか、この郷に降る雪の話とか」
「ああ、そういうものに興味があるのか。どうだ、剣の修行なんぞやめて俺の下で学ぶか」
東吾の軽口を真に受けたユキは、飛び上がって必死に弁明する。
「とんでもない!これは鍛錬とは別で、その、知りたいだけで……。おいらが生まれた日は珍しく雪が降った、だから名前をユキにした。そう言われて育ったけんど、本当なのか知りたくって。だから、その……」
ユキの慌てふためく様が可笑しくて、東吾は笑いを堪えながら、片手をあげて制止する。
「わかっておる、わかっておる」
お互いにひと呼吸ついたことを確認すると、東吾がゆっくりと話し出した。
「夕月郷の南西、郷の境界近くに高砂山がある。その周辺の村では、数年に一度月が青く見えることがあるのだ。あのあたりは特殊な地形で、『山の息吹』と呼ばれる風が吹く。普通、青い光は散りやすく赤い光が人の目に届きやすいのだが、この『山の息吹』が曲者で、特定の方向と強さで吹いたとき、それが空気の性質を変化させることで光の流れが変わる。……あまりわかっていない顔をしているな」
風やら光やら空気やら、ユキには何が何やらだ。自然の理を意識して生きる風読みとは違い、剣の道を生きる者。普段弟子に説明する要領で話しても通じないのだと東吾は悟った。
「簡単に言えば、風の状態、大気の温度、月の高さ。それらの条件が揃ったときにおこる現象だ」
東吾はこれ以上易しく説明しようがなく、ユキはこの説明で納得するしかない。
「そしてもう一つの方だが。確かに、この常春の地で数十年に一度雪が降る」
「本当なんですね!」
自分の名づけ、すなわち自分が自分であることの一部を肯定され、笑顔がこぼれる。
「ああ。風読みが死ぬと、雪が降る」
少年の笑顔は一瞬で消えた。自分が生まれた日に消えた命がある、当たり前の話ではあるが、しかしそんなことは考えたこともなかった。
「お前が生まれた日は、先代が亡くなった日だ。……もう十三年経つのか」
しばらくは降らないだろうな、いや降っては困るが、と笑いを交えて話を続ける。
「風に愛された人間は、死んだときに風が泣く。雪は謂わば、風の涙だ。俺自身はもう、雪を見ることはないだろうな」
「ごめんなさい」
「何を謝ることがある。天地万有に興味を持つことは良いことだ。知りたいと思う欲を、失くしてはいかんぞ」
武芸でなく、学識でその身を立てる男らしい返しに、ユキはほっとする。
「名づけといえば、仁親の愛馬を知っておるか」
知っているも何も、ユキは以前その背に乗せてもらったことがある。“天翔馬”と呼ばれる名馬らしいが、残念ながらその走りっぷりはユキの知るところではない。もっとも、ユキが舟を漕いでいる間に発揮されてはいたのだが。
「はい、アマトのことですよね」
「知っておったか。あれは孝信様から賜ったものだ。名くらいつけてやれと姫様にせっつかれ、『天翔馬ならば、天翔でよい』などと適当に済ませおったのだ。比類なき駿足を駆る名馬に対し、なんとも芸のない!本当にあいつは、姫様に関わること以外はてんでおざなりでーー」
波長が合うのだろう。二人は日が昇りきるまで、和やかに会話を弾ませた。親しい兄貴分の由ノ進は遠く、近くにいる郷守たちには敬遠され、会うのは無口な仁親ばかり。人と話すことがユキの日常で希少となっているせいか、東吾と過ごす時間はユキにとって気の休まるひとときとなった。
流石に午後の見回りはお役目に向かわねばと、楽しい時間を惜しみながら東吾と別れる。名残惜しそうに何度も振り返るユキを、東吾は笑顔で見送る。
「……なんたる巡りあわせか」
意味有り気に零れた呟きは、視線の先を歩く少年の耳に届くことはなかった。
仁親との鍛錬は常軌を逸していた。奥屋敷の庭先でひたすら打ち合う。しかし対等に打ち合えるはずもなく、ユキが打ち込んでは仁親がいなす、の繰り返しだ。何度打ち込んでもまともに一本とれず、かといって兵法の説明も助言も無い。言葉より身体で覚えろという方針らしいが、そもそもこの男に言葉を求めても無駄なのだと、花里姫がけらけら笑う。
ユキとて、郷守の端くれだ。基本的な剣術の型は、郷守になった当初に指南役から教わった。自分の体格や俊足を生かした攻め方も、由ノ進の手ほどきでそれなりに身につけている。平七との打ち合いでは、文字通り二人で打ち合っていた。そう、一本取ることも取られることもあったのだ。
しかし、というより当然のことだが、剣役の前では赤子も同然だった。そもそも獲物からして違う。ユキは木刀を、仁親は竹刀を握っている。郷守の鍛錬では、木刀が当たると大けがしかねないため、基本的に竹刀で打ち合っていた。慣れない木刀の重さに必死になりながら、ユキは何度仁親に突っ込んでも受け流され、最終的には地面に倒れるのだ。
郷守としてのお役目は、何一つ変わっていない。鍛錬場での修練も、郷屋敷周辺の見回りも、今までと同じようにこなしている。今までとの違いはこの後だ。午後の鍛錬の後は奥屋敷での打ち合い、加えて夜は屋敷裏にある山の中を走りこむ。眠っている他の郷守たちを起こさないよう、気配を消して郷守長屋に戻る。幸か不幸か、普段の鍛錬では誰もがユキを避けているため、傷を作ろうがへばっていようが、ユキの様子の変化に気が付く者はいない。
「ふふ、仁から一本取れそうかしら」
「お戯れを」
微笑む姫君と仏頂面の剣役。最初は秘密の修行に胸を高鳴らせていたユキだったが、あまりの過酷さに何度も音を上げそうになった。気合を発する声は枯れ、休みを知らない足はもつれ、木刀を握る手は血豆で滲み、重さと痛みに耐えながら気力だけでぶつかっていく。なんとか続いているのは、庭先で修行を見守る花里姫の存在があるからだ。郷の花を守りたいという意志が、ユキを突き動かしている。
今晩も、山を駆けてようやく屋敷に戻ってきたところだった。今宵は文句なしの満月。ちょうど、今日のような満月の日に初めて夜の山に放り込まれた。月明かりがあっても夜は夜、闇は闇。足場の悪い山道を駆けて無事でいられるはずがなかった。
ところが今日は、山中がいやに明るく感じた。今日だけではない。近頃、夜を暗いと思わなくなっていることに気が付いた。
奥屋敷の生け垣沿いに歩いていると、内側から声がかかった。
「風仁がお呼びだ、池のところに」
不寝番の刀守が、気の毒そうな顔を向けてきた。ユキが奥屋敷に顔を出すようになった当初は、なぜこんな子供に毎日お呼びがかかるのか不満げな様子だった刀守たちも、郷巡りの一件を聞きかじったらしい。毎夜山に放り込まれているのは、内通者と親しくしていた懲罰か何かだと認識しているようだった。流石に、元服前の子供が毎夜ふらふらになるまで山中を走らされている姿に胸が痛むようで、ここ最近は同情の目で見られることが多い。まさか、剣役直々に稽古をつけてもらっているとは夢にも思わないだろう。
庭園の奥、いつかと同じ池のほとりにその姿はあった。手には竹刀と木刀。まさか、という考えが疲れた頭をよぎる。
「だいぶ夜目がきくようになってきたようだな」
今宵は満月、闇に慣れた目には明るすぎるくらいだ。力いっぱいかかってこい、と言いながら木刀を寄越してくる。もはや力など残っていないに等しかったが、月夜の魔力が一種の高揚感を抱かせた。握りこんだ手に、緊張の汗が伝う。
はっ、と気合を発し、勢いよく右足を踏み出す。そのまま仁親に向かって突進する。いつもの如く受け流され、崩れた態勢を立て直す。諦めずにもう一度振りかぶるも、どういうわけか軽々と弾かれる。何度突っ込んでもはねのけられ、まるで風に抗いながら走っている心地だ。進もうとしても進まないもどかしさ。打ちたいのに一撃も入らない悔しさ。そんな恨めしい気持ちを込めて相手を見る。二つの蒼い光を捕らえたその瞬間、仁親の姿が夜風にとろけた。直後、腹部への衝撃。途端、視界に星が煌めいて、気が付けば夜空を仰いでいた。
「今は花里様の目がないからな」
成程、普段ユキにとどめを刺さないのは、姫君の御目汚しになるからというわけだ。あまりの力量差に、打ち据えるまでもないらしい。
握っていたはずの木刀は、いつの間にかユキの手を離れ、池の縁石のそばに転がっていた。仁親が、倒れたままのユキに竹刀の切っ先を向ける。
「これが真剣だったならば、お前は死ぬ。いま刀を振り下ろせばお前は息絶え、何も守れないまま終わる。……何があっても刀を離すな。立ち向かうことをやめるな。お前はこのひと月、何をしていた。これくらいで倒れるはずがないだろう」
珍しく口数の多い仁親の言に、ユキはありったけの力をこめて全身を奮い立たせる。冷えた木刀を拾い上げて再び構える。体中から蒸気が立ち上っているかのように、熱い。
「まだ、やれます。お願いします」
言われてみればその通りだった。毎日休みなく、他のどの郷守よりも修練を積んでいた。通常の鍛錬の後で重い木刀を振り回し、真っ暗な山中を走りこんだ。一度倒れたからといって、これで終わりにするほど心も体も弱くないはずだ。
何度も転がされ、そのたびに起き上がる。けれども決して手は離さない。鈍る腕を何度も振り上げる。そのうち月が雲に隠れ、あたりは本当に闇に包まれた。
「そろそろ終いだ。御祈りを終えた花里様を迎えなければならん」
ふう、と軽く息をつく仁親を見て緊張が緩んだか、ユキは膝からがっくり崩れ落ちた。
「当たり前だが、木刀は竹刀よりも重い。まともに打ち合えば、威力のある木刀が強い。お前の剣技が軽い故、竹刀でもやり返せる。お前に足りないもの、それを考えろ」
疲労で声が出ないため、下を向いたまま頷くユキ。無礼と承知しているが、もはや身体が言うことを聞かなかった。
「……気を付けて戻れよ」
そう言い残し、仁親は颯爽と立ち去って行った。
「おい、しっかりしろ」
どうやら気を失っていたらしい。声に目覚めて目をあけると、先ほどの不寝番の男がユキを見下ろしていた。
「風仁が、池のそばで寝ている者がいたら起こすようにと仰っていたが……お前、何をしでかしたんだ」
流石に痛めつけ過ぎたと思ったのか、近くにいた刀守に声を掛けておいてくれたようだ。
「いや、すまん。剣役のなさったことだ、俺の分際で聞いていいことじゃあない。兎に角、ここは姫君の奥屋敷。お前はさっさと郷守長屋へ戻れ」
どうやって帰ったのか覚えていない。次に目が覚めた時には、ユキは自分の薄い布団の上で朝陽を浴びていた。
流石に疲れていた。あれだけ際限なく動き回っていれば、当然、身体は悲鳴を上げる。重いのは瞼だけではない、全身が大岩になったようだ。既に大半の男たちは郷守長屋を後にし、鍛錬場へ向かっていた。朝餉を食べる気力もなく、重い身体に鞭打って起き上がると、戸に手をかける。
「随分痛めつけられた様だな」
戸を開けると、見慣れない男が立っていた。六尺は優に超えていそうな背丈を包むのは、光沢のある紺色の長衣、その袂には房状に結わえた白い飾り紐が垂れている。身なりからして郷守でも刀守でもないが、大きく逞しい体つきは武人を思わせた。
「その様子じゃ、どうせ使い物にならないだろう。今日は俺に付き合え」
ユキの後に郷守長屋から出てきた男たちは、不思議な光景に首をかしげながらも、厄介事に関わるのは御免とばかりに横を通り過ぎていく。
「俺も暇じゃあない。ここまで出向いたのは、お前に話があるからだ」
だからさっさとついて来い、と促されるまま、ユキは偉丈夫の後を追った。
足を引きずりながら、ユキは考えにふけっていた。雅やかな衣装を着た正体不明の偉丈夫は、戸を開けた瞬間に迷いなく声を掛けてきた。相手はユキの顔を知っていた。そしてユキも、どこかでこの顔を見たことがあると直感していた。
生け垣沿いにしばらく歩くと、ふいに立ち止まって振り返る。
「水責めの時は悪かったな」
しばし記憶を辿り、薄れゆく意識の中で見た光景にぶつかった。水車を取り囲む男たち。その中にいて、厳しい顔を向ける大男の姿。
「あ、あの時の……!」
ばつの悪そうな顔で詫びる目の前の男と、ユキを水車に縛り付けて詰問していた男が同一人物とは思えなかった。
「改めて、風読みの東吾だ」
さあ謝罪は済ませたぞ、と言わんばかりにがらっと表情を変える。胸を反らし、堂々とした態度で話を続ける。
「もっと早くお前に会いたかったのだが、生憎時間が取れなくてな。仁親から、あの時のお前の行動を聞いた。平七を止めようとしたことも」
久々に聞く名前に、心臓が跳ねる。
「彼奴はしぶとかった。お前と同じ水車の刑や、その他色々と試してみたが、てんで口を割らなんだ」
何を色々試したのか気になったが、ユキは深追いしないことにした。
「それでもいくらかの手掛かりは掴めた。まず奴は黒夜叉集団の一味で間違いない。ここまではお前も知っての通りだが……」
姫君に謁見して以来、ユキがずっと気になっていたことを、この男は確定している事柄かのように話を進めていく。何か探りを入れられているのではないかと不安そうに見つめるユキを、東吾は首をかしげて見返す。
「なんだ、仁親から聞いていなかったのか」
「いや、そうかもしれないと高虎様がお話されていましたが、はっきりとそうだとは……」
何度か尋ねようとしたが、毎日はそれどころではなかった。一向に苦戦続きのユキに対し仁親は、気難しい顔をして有無を言わせず打ち込ませていた。とてもではないが、鍛錬に無関係な話題など切り出せる雰囲気ではなかった。
あいつらしいな、と小さく笑って東吾は話を続ける。仁親がユキに稽古をつける時、傍にはいつも花里姫がおわすのだ。事は郷の花を弑する者について、穢れを厭う郷の花に聞かせて良い話ではない。どうやら、ユキの知らないところで話はいくらか進んだようだった。
「お前が姫様にした話と、奴が微かに漏らした言葉から、我らはそう判断した」
やはり、平七はユキの村を襲った賊の一味だったのだ。
「お前も一応、事情を知る立場なのだ。耳に入れておいた方が良かろう。……姫様の守りとなるつもりなら、尚更」
“姫君の守り”、自分が目指すものが何であるか、その一言をユキは胸の中で反芻した。寝る間も惜しんで毎日厳しい修行に耐えているのは、何もできなかった過去の弱い自分と決別し、姫君を守るに足る力を身につけるためなのだと。
東吾曰く、平七はおそらく単身で潜入し、姫君に手をかけるつもりだったようだ。尤もその目論見は、仁親と東吾の策によって阻まれたが。それだけの大役を任され、且つ、責めを負っても口の堅い忠臣ぶりから、首領に近しい人物だったと考えられる。そして度重なる尋問――具体的な手段は濁されたが――の最中、平七は気になる言葉を残した。
「“我ら、血より強き結束、血より濃き闇黒、血より赤き猛火を以て必ずや花を枯らさん”とな」
くれぐれも他言無用で、と真剣な顔つきで東吾が念を押す。お前にだから話すのだ、そう言われてユキは誇らしいような、恥ずかしいような気持ちになり、自然と口元が緩む。
「ところで、仁親直々に剣術の指南を受けているらしいな。どうだ、上達のほどは」
痛いところを突かれたとばかり、一転して渋い表情になるユキ。
「さっぱりです。未だに一本も取れません。……おいら、剣は向いてないのかも」
東吾は豪快に笑いながら、あからさまに落ち込む少年の肩にその大きな手を置く。
「しょぼくれるな。あいつが強すぎるんだ」
武人のような見た目の武人でない男に励まされ、ユキはなんとも言えない気分になる。
「昨晩、初めて仁親殿に打たれました。」
「ほう」
興味深げな目線を投げる東吾。風が二人の間をひゅうっと流れる。朝露をのせた草木の間を静かに吹き抜けてゆく。万物に通じるとされる風読み、風を掌るという点においては仁親と似ているが、風の中に立つ姿は全く別の印象を抱かせる。仁親が、花を手折る者を寄せ付けぬ嵐のような旋風なら、東吾は花を撫でる穏やかな恵風だ。まだ知り合って間もないが、胸の内すべてを打ち明けてしまいたくなるような不思議な力がこの男にはあった。
「お前に足りないものは何か考えろ、と言われました。多分、強さとか才能とか技術とか、そういうものとは別に、おいらには何かが欠けているんです」
冷たい地面に転がる自分に、竹刀を突きつけた仁親。凍てつくような視線と声が、打たれた腹の痛みよりも堪えた。
「毎日毎日、こんなになるまで頑張っても全然追いつけない。今日こそ一本取ろうと思っても、全く歯が立たない」
ユキは、この数か月で別人のものになったようなボロボロの手を見つめる。まめだらけの痛々しい手を見て、東吾は在りし日のとある子供の姿を思い出した。
「あいつはあいつで、孝信様にしごかれたようだからな。今のお前の比ではないほどに」
孝信とは萌黄郷当主の弟であり、花里姫の許嫁だ。郷守たちが盛んに噂していたのをユキも耳にしたことがある。郷民からの信望厚く、男っぷりの良い剣豪だとか。
「齢五つを過ぎた頃から、朝も晩もなく修行漬けの生活だ。ずっと花里様の為に、強くなるために生きてきた。見ているこちらが逃げ出したくなるような過酷な修練を、弱音も吐かず重ねてきた」
その光景を思い出したのだろう。苦い顔で続ける。
「孝信様は、萌黄郷の始祖再来と謳われるほどの腕前だ。あいつはそれほどの剣の達人に鍛えられたんだ、身も心も並の強さではあるまい……われらとは、覚悟が違うのさ」
黙って話を聞くユキ。姫君を守るために強くなると、あの日その御前で誓った。どんなに厳しい修行にも耐えると決めた。その覚悟と、一体何が違うのだろうか。
「多くは言わんぞ。簡単に答えをくれてやっては、お前の為にならんからな」
だからこれからも励めよ、と元気づけてくれる。しばらくぶりに人に優しい言葉をかけられて、ユキは涙を流しそうになるのを上を向いて必死にこらえた。
照りつける日の光が、目頭を刺激する。泣き出さないうちにと、ユキは話題に他に逸らす。
「仁親殿から、風読みとは博識な御方とお聞きしました」
「中々わかっているじゃないか」
満足げな顔で応じる東吾。初対面の状況が悪かっただけで、こうして話してみれば気の良い男だ。
「東吾殿に会えたら聞きたいことがあったんです。青いお月さまの不思議とか、この郷に降る雪の話とか」
「ああ、そういうものに興味があるのか。どうだ、剣の修行なんぞやめて俺の下で学ぶか」
東吾の軽口を真に受けたユキは、飛び上がって必死に弁明する。
「とんでもない!これは鍛錬とは別で、その、知りたいだけで……。おいらが生まれた日は珍しく雪が降った、だから名前をユキにした。そう言われて育ったけんど、本当なのか知りたくって。だから、その……」
ユキの慌てふためく様が可笑しくて、東吾は笑いを堪えながら、片手をあげて制止する。
「わかっておる、わかっておる」
お互いにひと呼吸ついたことを確認すると、東吾がゆっくりと話し出した。
「夕月郷の南西、郷の境界近くに高砂山がある。その周辺の村では、数年に一度月が青く見えることがあるのだ。あのあたりは特殊な地形で、『山の息吹』と呼ばれる風が吹く。普通、青い光は散りやすく赤い光が人の目に届きやすいのだが、この『山の息吹』が曲者で、特定の方向と強さで吹いたとき、それが空気の性質を変化させることで光の流れが変わる。……あまりわかっていない顔をしているな」
風やら光やら空気やら、ユキには何が何やらだ。自然の理を意識して生きる風読みとは違い、剣の道を生きる者。普段弟子に説明する要領で話しても通じないのだと東吾は悟った。
「簡単に言えば、風の状態、大気の温度、月の高さ。それらの条件が揃ったときにおこる現象だ」
東吾はこれ以上易しく説明しようがなく、ユキはこの説明で納得するしかない。
「そしてもう一つの方だが。確かに、この常春の地で数十年に一度雪が降る」
「本当なんですね!」
自分の名づけ、すなわち自分が自分であることの一部を肯定され、笑顔がこぼれる。
「ああ。風読みが死ぬと、雪が降る」
少年の笑顔は一瞬で消えた。自分が生まれた日に消えた命がある、当たり前の話ではあるが、しかしそんなことは考えたこともなかった。
「お前が生まれた日は、先代が亡くなった日だ。……もう十三年経つのか」
しばらくは降らないだろうな、いや降っては困るが、と笑いを交えて話を続ける。
「風に愛された人間は、死んだときに風が泣く。雪は謂わば、風の涙だ。俺自身はもう、雪を見ることはないだろうな」
「ごめんなさい」
「何を謝ることがある。天地万有に興味を持つことは良いことだ。知りたいと思う欲を、失くしてはいかんぞ」
武芸でなく、学識でその身を立てる男らしい返しに、ユキはほっとする。
「名づけといえば、仁親の愛馬を知っておるか」
知っているも何も、ユキは以前その背に乗せてもらったことがある。“天翔馬”と呼ばれる名馬らしいが、残念ながらその走りっぷりはユキの知るところではない。もっとも、ユキが舟を漕いでいる間に発揮されてはいたのだが。
「はい、アマトのことですよね」
「知っておったか。あれは孝信様から賜ったものだ。名くらいつけてやれと姫様にせっつかれ、『天翔馬ならば、天翔でよい』などと適当に済ませおったのだ。比類なき駿足を駆る名馬に対し、なんとも芸のない!本当にあいつは、姫様に関わること以外はてんでおざなりでーー」
波長が合うのだろう。二人は日が昇りきるまで、和やかに会話を弾ませた。親しい兄貴分の由ノ進は遠く、近くにいる郷守たちには敬遠され、会うのは無口な仁親ばかり。人と話すことがユキの日常で希少となっているせいか、東吾と過ごす時間はユキにとって気の休まるひとときとなった。
流石に午後の見回りはお役目に向かわねばと、楽しい時間を惜しみながら東吾と別れる。名残惜しそうに何度も振り返るユキを、東吾は笑顔で見送る。
「……なんたる巡りあわせか」
意味有り気に零れた呟きは、視線の先を歩く少年の耳に届くことはなかった。
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