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第179話 果樹が村にやってきた

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 新年会の時、リードから有益な情報がもたらされた。果実の存在だ。野生の果実は入手が難しいが、栽培ならということで、種をエルフの里でもらうことに行くことにした。酒のこととなると、行動の早いミヤを連れ、途中、眷族と合流して、エルフの里に向かうことにした。

 いきなりの訪問だったが、ハイエルフのリリは快く受け入れてくれた。僕が、果実の種を譲ってくれるように交渉すると、すんなりと譲ってくれたのだ。これには僕は意外と思ったが、そうではないらしい。

 「わが君は、栽培が上手だと聞いているからの。この果実の栽培に成功したら、是非、果実を譲って欲しいのじゃ。そのためにタダで融通すると思ってくれて良い。それに、種を持っていたところで栽培できぬからな」
 それが分からないのだ。魔の森で生育しているのであれば、このエルフの里で失敗するはずがない。エルフ達は狩猟が得意で、農業が不得意というわけではない。里には、どこの場所にも畑が広がっており、そのどれもが立派な作物が育っている。前に食事を食べた時も、里の野菜はかなり美味しかったという記憶がある。そのエルフが失敗するというのは、なにか理由があるはずだ。僕は、事細かく、果樹の栽培について聞くことにした。しかし、僕は果樹の専門ではないが、特に問題があるようなところはなかった。これで、失敗するなら、野生の果樹など存在しないと思われるくらい、色々な角度から、様々な方法で試されているのだ。しかも、何百年とかけて。それでも失敗しているとなると、村に持っていっても失敗するのではないかという不安が込み上げてくる。

 「我が君、まぁ、そんなに気負うことはないぞ。失敗して当然なんじゃ。魔の森では色々と試したが、もしかするとそなたの村でやったら上手く行くかもしれんぞ。とにかく、試してみることじゃ」

 それもそうだな。とにかく、色々な条件で試してみるのがいいだろう。さっそく、村に帰ったら、苗作りをして植えてみるのが良さそうだ。僕は、妊娠しているリリを労り、僕らはすぐに村に戻ろうとすると、リリに呼び止められた。

 「まぁ、そんなに急がなくてもよかろう。それよりも、食事でも一緒にどうじゃ? ミヤもわが里の酒を飲んでいきたいじゃろ?」

 横で生唾を飲む音が聞こえたような気がした。ミヤも優雅に装っているが、リリには足元をしっかりと見られていたようだ。こうなっては仕方がないか。僕は、リリの食事の誘いを受けることにした。いつもながら、豪勢な食事に目を奪われてしまう。彩り豊かな野菜に、ちょっと不気味だが、味は最高に旨い肉、そして、ワインだ。これを是非、村でも再現したいものだ。この肉が手に入れば、いいな。

 「楽しんでもらえているようじゃな。実は、我が君に礼をしたくて、食事に誘ったんじゃ。例の魔法の使える男じゃが、とても重宝している。もっと欲しいところじゃが、欲を張っても仕方がないがの」

 なんとなく話を濁しているのは、ミヤがいるせいだろう。魔法の使える男とは、参謀のことだ。魔石を取り出すだけの存在となっているようだ。公国内では、参謀の犯した罪を考えれば、死罪も止むなしという意見もあったが、結局は、エルフの里で永遠に閉じ込められることになった。これほどの罰は考えられないだろう。それで、リリに喜んでもらえるのなら、僕としても嬉しい限りだ。

 僕は帰り際に、以前、リードが作った食料保管庫が完成したと言うので、それを受取り、村に戻ることにした。お土産に、ワインを数本くれたので、ミヤは上機嫌で僕と一緒に屋敷へと戻った。屋敷に戻ってから、僕はリードに食料保管庫を渡した。リードは一通り、家具を見た後、僕に戻し、大事に使ってください、と言ってきた。とりあえず、食料が痛まないということは、冷蔵庫のような位置づけで使うことにしよう。エリスに使い方を説明すると、かなり興奮した様子で、設置を懇願してきた。前々から、肉の保存に苦慮していたらしく、これで解消できるかもとかなり喜んでいた。でも、大して入らないから、失望しないと良いが。

 僕はとにかく、果樹だけが気がかりで、他のことが手に回りそうにない。だが、外は真冬。とても苗作りが出来るような環境ではない。そこで、考えついたのは土壌復活剤だ。これを以前使ったことがあるが、成長を著しく早める効果を確認したことがある。もしかしたら、果樹も急速に成長して、想定より早く収穫できるかもしれないし、そもそも、栽培に失敗した原因を解消してくれるかもしれない。

 僕は、いくつかの鉢を用意した。その鉢には、色々な場所の土をいれてある。魔の森の土でも、川近くの土、草原の土、森の中の土、その中でも様々な土質のもの、さらに、村の畑の土や屋敷裏の土などなど、考えられるだけの土をすべて集めたのだ。どれほど、この果樹に掛ける僕の期待の高さが分かってもらえるだろうか。

 その鉢全てに、土壌復活剤を一滴ずつ与え、種を慎重に播いていく。すると、一時間もするとそれぞれの鉢から芽が出てきて、大きくなっていくのが分かるほどの早さで成長していく。どの土も同じくらいの成長だ。このまま行けば、どれも栽培に成功しそうな雰囲気が出てくる。すると、苗が急速に弱り始めたのだ。これがエルフの里で失敗したというやつか、と思っていたが、そうではなく、ただの肥料切れだった。すっかり失念していた。

 次は、肥料を準備し、再び同じ作業を繰り返した。今度は、苗がそこそこ大きくなったところで肥料を与えると、そこから一段大きくなり、また肥料を与えるを繰り返すと、かなり立派な苗が出来上がった。ここまでで、特に問題はなさそうだ。さて、次は定植をしてみるしかないな。このまま、苗の状態にしておけば、鉢の中で根詰まりを起こしかねない。そうなれば、いずれ枯れてしまう。そうなる前に移植をしなければならない。

 僕は苗を持って、魔の森の畑に向かった。ここまで立派な苗になったのだから、きっと、畑に移植すれば根付いて、たわわな実を付けてくれるだろう。僕はそんな事を想像しながら、移植作業をしていった。移植作業が完了し、根付くまで細かく様子を見ることにした。最初のうちは特に問題がなさそうだ。しかし、時間が経つに従って、苗の勢いが落ちていき、終いには枯れ始めてしまった。ただ、これには苗作りの時に使った土の違いに差が出たのだ。もっとも長生きしたのが、屋敷裏の土。もっとも短かったのが、魔の森の森から取った土だ。そこで、リリが言っていたことを思い出した。

 そういえば、村の土で試すと良いかもしれないと言っていたが、本当にそうかもしれないな。だとすると、失敗の原因は……。僕は、再度、苗作りから始めた。今度は苗の土は、屋敷裏の土だけとした。土壌復活剤を使い、苗を作った。その間に、屋敷裏に簡単な雪よけを作り、その下に苗を植えることにしたのだ。もちろん、この時期に移植など成功するわけがない。土は凍っていて、とても根を伸ばせるような環境ではない。しかし、土壌復活剤もあることだし、物は試しにと植えてみることにした。

 すると、どうだろうか。移植した果樹は、すくすくと成長しだした。土からは太い根っこがむき出すほど、勢いが強い。数日もしないうちに、雪よけを簡単に破壊していってしまった。更に日数が経過すると、いつでも花が咲いてもおかしくないほど立派な樹木へと成長した。どうやら、一定の大きさになると、成長は鈍くなるようだ。土壌復活剤ありきだったが、成功したのだ。実が付くのは、春以降になるだろうが、まさか植えて、その年に収穫できるほど大きくなるとは想像もしていなかったな。春が本当に楽しみだ。

 やはり、考えにくいがエルフの里からもらってきた果樹は、魔の森の土を嫌うようだ。魔の森で取れた果樹だが、それが何故嫌うのか、それは実際に果樹がある場所に行ってみなければわからないことだろう。しかし、リリの助言のおかげで、立派な木に成長することが出来た。あとは、春以降、収穫が出来るかが問題となるが、こればかりは待つしかないだろう。

 それにしても、屋敷の裏が見事に果樹園と化してしまったな。あとは、村に果樹用の畑を作って、春までに同じ要領で移植をしていこう。
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