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第一章

4話 交流

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「ねえ、きい!」

高鷲たかすが教室を去った後すぐに黄色髪の少女ーあかりは、席を離れて黄緑色の髪の少年ーきいの元へ駆け寄った。

「どうしたの?あかり」

きいは首を傾げた。きいはきゅるんとした瞳を意図的に作って、あかりと視線を交わす。彼は自分が一番可愛く見える角度を分かっていた。その仕草を見て思わず可愛いとあかりは声を漏らしたのをきいは聞き逃さない。心の中で笑みを溢す。

二人が親しげに話しているのは、入学式が終わった後あかりときいは少し会話を交わしていたからだ。式が終わった後、教室へと向かっていたきいは、突然後ろから「可愛い子発見!」と謎の叫びをあげた少女に抱きつかれた。その少女があかりだったのだが、戸惑いつつも話してみるとクラスが一緒で波長が合ったので、仲良くなったというわけだ。

「どうしたの?じゃないよ!あの子、超かわいいくない!?」

きいはあかりの目線の先を辿る。クラスメートが各々席を立って初めましての挨拶を交わしている教室の中で、一人静かに席に座っている銀髪の少女ーふうの姿。きいは彼女を入学式の時から気に留めていた。一人だけ別格の雰囲気を放つ美人とも可愛いとも言える絶妙な顔立ちの少女。他の人も彼女のことが気になっているような素振りを見せていて、男女問わず周りの話題のほぼ全てが彼女の話だった。もうファンクラブくらいできたのではないだろうかー。

きいはあかりに深く同意するように頷いた。

「それ、ボクも思ってた。入学式の時から芸能人くらいーいや、それ以上に可愛い子いるなあって」
「話しかけにいこーよ!!」
「え、いいけど……」

あかりに半ば強引に席を立たされて、腕を引っ張られながらきいはふうの席へとあかりと共に向かう。声をかけられた時にも感じたことだが、あかりは少々強引すぎるほどフレンドリーな部類の人間らしい。きい自身も割と遠慮なく人に話しかけに行くタイプではあるが、あかりは距離の詰め方が尋常ではない。

「ねえねえ!えっと、白石ーふうちゃんだよね!?」

ふうは丁度席を立ったところで、あかりはふうの机に手を置いて、上目遣いでふうの顔を覗き込む。ふうは少し戸惑ったように一瞬瞳を揺らしたが、すぐに頷く。さらりと揺れた銀髪が外から差し込んでいた光に反射して輝く。

「うん。ふうでいいよ」

あかりは太陽のようににこっと笑って自分の胸に手を当てる。

「おっけー!自己紹介はしたと思うけど、あたしは知多あかり!あかりでいいよ!」
「ボクはきい。藤江きいだよ」

きいはあかりの横に立って控え目に自己紹介を済ませる。

「あかりにきい、よろしくね」

ふうはきいとあかりと視線を合わせて、微笑んだ。
その天使とも女神ともとれるような微笑にきいは見惚れる。とても完璧な微笑み。それでいて不自然さも違和感も感じられない。天性のものなのか、はたまた自然に見えるよう努力を重ねたのかーそれはきいにも分からなかった。

「え、かわいすぎ……じゃなくてっ!これから寮、行くよね?」

隣のあかりもその微笑にあてられていたようで、漏れた言葉を訂正しつつ、彼女は首を傾げた。

「うん。二人も行くところ?」
「そうなんだっ!良かったら一緒に行かない?」

ふうは頷いた。ふわりと銀髪が揺れる。

「やったあ!じゃあ早速レッツゴー!」

あかりはこぶしを突き上げて二人を先導する。

「何か結構唐突でごめんね?」

前を軽やかな足取りで歩くあかりの後ろ姿を見つつ、ふうの隣を歩いていたきいは苦笑しながら手を合わせた。クラスメートのほぼ大半が友達を作ろうと勤しんでいた中、ふうにはその素振りは見られなかった。一人が好きなタイプなのかもしれない、という危惧があった。そうだとしたらとても申し訳ないという気持ちがあった。

「全然大丈夫だよ。きいとあかりは昔からの知り合い?」

ふうは笑った。その笑顔に嘘は見られない。
あかりの勢いに押されて嫌々というわけでは無さそうでとりあえずきいはほっとした。

「いやいや!ボクもあかりとは今日の朝知り合ったばっかりなんだ。あの勢いに押されて、今こんな感じ。まだお互いの事も全く知らないよ」

きいは首をふるふると振った。まだあかりについて何も知らないのに、彼女は昔からの友人であるかのように振る舞っている。壁という概念がないのだろう。

「これから知っていけばいいんだよっ!二人は、ここに知り合いとかいる?」

きいの言葉を聞いていたらしく、あかりはくるっと回転して満面の笑みを浮かべる。

「ボクはいないかな~」
「私も」

あかりは後ろ歩きをしながら話を続けた。

「やっぱそうだよね。全国から集まってるし、筆記と能力査定と言えどもここの試験結構難関ってことで有名だもんね」

きいは頷く。

「まあエジャスターって一番人気の仕事だし給料も高い上にある程度何かに優れた能力を持っている人は目指すことができるから試験を難しくするのは理解できるかもね」
「でもあたし達はその難関を突破してこうやって夢への一歩を踏み出せたんだよっ!しかもあたし達は見習いの中でも上位12人のエリートクラス!一緒にこれから頑張ろう!」

あかりはその場で一回転して太陽みたいな笑顔を二人に向けた。

まだ会ったばかりの三人。お互いにほとんど名前以外知らない。それでも、あかりの明るさに釣られてきいとふうは笑みをこぼした。

「そうだね」
「一緒に頑張ろう」

しばらく三人は他 主に互いを知る為の質問のし合いを中心に他愛もない会話を続けた。

「そういえば、きいって何でエジャスター目指したの?」
「え?あー、うん。そうだな……家族を守るため、かな」

あかりの質問に、きいは若干言葉を濁して答えた。何となく歯切れが悪い返答だったが、あかりは気にする様子を見せずに
「そっかー、いい目標だねっ」
と目を細め、どこか遠くを見つめてはにかんだ。

「あかりの方はどうなの?」

きいは先を行くあかりの背中に問いかけた。

「え、あたし?あたしは……」

あかりは自分の理由も聞かれるとは思っていなかったのか、言葉を詰まらせた。

「うーん、憧れの人……が目標、かなあ~」

こちらもまた、歯切れの悪い回答。

「へ~憧れか。いいんじゃない?」

ただきいもまた、それを気にせず、同意するように深く頷いた。
ふうはそんなきいの横顔とあかりの背中を順番に見つめていた。

「ふうは……」
とあかりがふうのヒーローを目指した理由を聞こうとすると、気が付けば寮の三階のふうの部屋の前についていた。

「あ、ついちゃったね。きいは二階だよね?」
「うん」
「三階までついてきてくれてありがとう」

ふうはきいに礼を言う。

「気にしないでよ。夕食の時間になったらあれだし、いったんボクは部屋に行くね」
「了解!私も荷物沢山あるから行くねっ。ふう、また今度聞かせてっ!」
「うん、またあとでね」

三人は一旦解散した。

ー・-・-・-・-・-・-・-・-・

「君は寮行かないの?」

クラスのほぼ全員が寮へと向かった。教室に残っているのは施錠の為に残っていた亮輔と、ずっと机を見つめている綾人の二人。
先程まで沙知が残っていて施錠は自分がしようかと提案してくれたが、高鷲に直接頼まれていたことに加え、女の子に任せるのはどうかと思って丁重に断ったところだ。
二人になっても一向に動く気配を見せない綾人に亮輔は声をかけた。

「……寝てた……」

どうやら机を見つめていたわけではなく、寝てしまっていたようだ。前髪で目が隠れていたせいで気が付かなかった。いつから寝ていたのかは気になるところではあるが、亮輔は散策はせずに「そうなんだね」と短く返答して戸締りを始めた。綾人は立ち上がってゆっくりと歩き出していた。彼の後を追って亮輔は教室を出る。……と教室を出たところで綾人は立ち止まり、振り返った。

「……鍵」

そういって手を差し出してきた。単語しか言っていないが亮輔はすぐにその言葉の意味を理解し、首を振った。

「いや、俺が頼まれたし大丈夫だよ」

かちゃり

亮輔は鍵を閉めた。その間も綾人はその背後に無言で立っている。

「えーっと……」

亮輔は戸惑いながら綾人を見る。前髪に隠れた目が自分の事を捉えているように思えた。

「俺のせいで、待たせた……」

少しの間があって綾人はそう言った。
亮輔は目を見開いて、すぐに微笑みを向けた。

ーなるほどね。

「じゃあ、一緒に行こう」

綾人は意味が分からないという風に僅かに首を傾げた。

「そうすれば俺も君……操馬くんも互いに気を使わなくて済むからさ」

綾人はその提案の意図が分かったようで頷いて歩き出した亮輔についてくる。

職員室に行く間も、どうせ向かう方向は同じだからと一緒に行った寮への道も二人は一言も言葉を交わさなかった。
綾人があまり会話を得意とするタイプではないと悟った亮輔はあえて会話をしなかったからだ。初対面の相手に対しては趣味とかを色々聞くのがセオリーなのだろうが、それが苦手な人もいる。その亮輔の判断は正しかったようで、会話こそしなかったものの二人の間に流れていた空気は気まずいものでは決してなかった。

「ついてきてくれてありがとう」

寮に入って、2階に上がるとにこやかな笑顔を亮輔は綾人に向けた。

「……」

綾人は無言だったが、僅かに頭を下げた気がした。そして、すぐそこにあった部屋に入った。

綾人を見送ると、亮輔も自分の部屋に向かう。

男女別の出席番号順に振り当てられた部屋のため、綾人の部屋は階段から一番近く、亮輔の部屋は一番遠くにある。
歩いてく途中、六つの部屋の前を通ったが、どの部屋からも物音が聞こえた。男子は全員自分の部屋で荷物整理をしているようだ。夕食の時間がはじまるまで後二時間。それまでに全て終わらせようと亮輔は急ぎ足で部屋に入っていった。

ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

「それでは第一回女子会を開催しまーすっ!」

ベッドに腰掛ける黄髪の少女ーあかりは高らかに宣言して、こぶしを上に突き上げる。

夕食は一組全員が同じテーブルに集まったが、ほとんど会話がなく終わってしまった。個人では会話を試みるものもいたが、全体で話すのは流石に緊張するようで一組全員で話をすることはなかった。

そこであかりは親睦を深めようと入浴が終わり次第女子に自分の部屋に集まるように声をかけた。そういうわけで、一組の女子全員が、あかりの部屋に集合していた。

寮の部屋は7畳程の広さのワンルーム。勉強机とシングルベッドだけが備え付けられていた。シンプルな部屋だが、ベッドはとてもふかふかであるし、そこから自分好みに飾りつけていくのが醍醐味だ。

あかりはピンクを基調とした部屋作りをしていた。苺の柄が施された枕と掛け布団。ビビットピンクのハートのクッションがベッドの上に一つと、床に一つ。床には大きな淡いピンクのハート型のカーペットが置かれてある。一番のメインポイントはアンティーク調のドレッサーである。

「いえーい!」

あかりに便乗するように、その隣に腰掛けている桃髪の少女ー花も軽快な声を出した。

「……それで?何をするの?明日能力検査あるし、早く寝たいんだけど」

ピンクのハート形のカーペットの上に体操座りをしている紫髪の少女ー繋けいが冷たい視線をあかりに送る。あかりが誘った時は嫌だ、面倒臭いなどと言っていたがなんだかんだ言って来てくれたらしい。

「親睦会をしたいって言ってたよね?」

繋の右隣で同じように座っている銀髪の少女ーふうが首をかしげる。

「私も対策とか色々考えたいので今日は早めに切り上げてくれると助かります」

繋の左隣で背筋を伸ばして正座をしている橙髪の少女ー沙知が眼鏡をくいっと上げて言う。

「みんな釣れないな~。ま、でも明日が大切…ってのは分かるし今日は顔合わせ程度にしておこっか。ーってわけで!趣味を教えて!ちなみにあたしは、おしゃれすることだよっ。色々アレンジしたりするのが好きだから、この部屋も結構こだわったんだっ。それじゃあ花ちゃんから!」

あかりはビシッと隣にいた花を指さした。

「趣味か~。園芸とか好きかも~。あとは、ふわふわしたものをもふもふするのも好きだよ~」

花は指を顎に当てて斜め上を見つめながらのんびりとした声で答えた。

「はい、次っ」

あかりは答えを聞くなり、すぐさま花の横にいる沙知を指さす。

「え、私ですか!?」
「そうだよ!次はさっちゃんの番!ほらほら、みんな帰りたがってるんだから早く早く!」
「え、えと…」

必死で趣味を探している様子の沙知の横で、

「焦らなくていいから」

と繋がため息交じりに言いながらジト目であかりを見た。早く帰りたいのが分かっているなら、さっさと解散すればよかったのにと言いた気な目だが、あかりはその視線をあえてスルーした。

「趣味と言えるかわかりませんけど、分析したり戦術を考えてそれを指揮するのは好きかもしれないです」
「なんかすごいっ!じゃあ、次!」

薄っぺらい感想を述べて沙知は次を促す。あかり本人は本当に趣味なんて聞きたいわけではなくて、ただみんなが話す機会を作ろうとしているだけのつもりだ。それを他の四人も気が付いているのだろうが、ゆっくり話す暇も与えず、薄っぺらい感想を述べて終わり、テンポ良く進めていくのであれば一層の事ないほうがいいのではないか…とメッセージ性のある視線があかりに降り注ぐ。

「……ない。はい、次」

繋は少しの沈黙の後ぼそっと呟いてふうに視線を流した。

「あーえっと、私もない、かな……」

ふうは苦笑いをした後、申し訳なさそうにごめんね、と言った。

「むぅ……。二人してないなんて……!まあ、無いものはしょうがないか!ーよし、皆言い終わったところだし、第一回女子会はこれにて終了します!」

唐突に始まって、突然終わった。ふう達は呆気に取られたように動かない。

「何々!?みんなどーしたのっ。早く寝たいんでしょっ!?」

さあみんな帰った帰ったと追い出しを始めるあかりを繋は睨んだ。

「自分勝手すぎでしょ……」
「ん?何か言ったー?」
「いや、別に」

全員が部屋を出ると、あかりは手を振りながら
「また近々第二回を開催するから、よろしくねっ!」
とにこやかに言った。

「わーい、楽しみにしてるね~」
「また呼んでね」
「私の事はもう二度と呼ばないでよね」
「わ、割と楽しかったです。……次も、待ってます」

それぞれ感想を口にして部屋へと戻っていった。あかりも手を振り続けて、全員が部屋に入ったのを確認すると自身も部屋に戻っていった。

ー当初考えていた程には盛り上がらなかったけど、これを機にみんな仲良くなれるはずっ。あれ、あたし結構いいコトしたんじゃないっ!?

とあかりは一人誇らしげに眠りについた。
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