つらじろ仔ぎつね

めめくらげ

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泣きながら起き上がり、あたりを見回す。当然いつものベッドの上で、となりには大和が眠っている。
電光表示の時計を見ると、時刻は午前二時。いけない、仕事・・・と焦ったが、そういえば今夜は休みで、テレビの洋画を見終わってから、さっき大和と一緒にベッドに入ったではないか。疲れているなと思った。だからまたうなされたのだ。

「………また起きちゃったの?」

大和が低くかすれた声で聞く。どうやらいま飛び起きたせいで、大和まで目覚めたらしい。

「うん……ごめん。起こした」

大和もむくりと起き上がる。

「水飲む?」

「飲もうかな」

「ちょっと待ってて」

「ごめんね」

クロがときどき不安定になるのを知っているから、こうなると大和はかいがいしく世話を焼いてくれる。眠りながら泣いているのを見て、きっととんでもない悪夢が持病なのだろうと笑ってはいたが、心の片隅ではなにかのっぴきならぬものを感じ取っているのかもしれない。

大和も、かつての恋人であった平八のように、黒服のクロを見てすぐにキツネだと見破った男である。人間の中ではとびきりするどい眼力の持ち主で、クロは百年ぶりにまたしても正体を見抜かれたのだ。

「磨耗してるな」

大和が冷たい水の入ったグラスを手渡しながら言った。

「神経にこたえるから、夜勤はあんまり長いことやらないほうがいい。うちの会社で事務仕事でもやったらどうだい?」

「……そうだね。社長に聞いてみようかな」

「それかさ、金の心配はいらないから、仕事やめなよ。したくなったらまた復帰すりゃいい。あんまり贅沢な生活はさせられないけど、俺に収入があるうちは君の好きにしろよ」

「プロポーズみたい」

まだ潤む目で、クロが微笑む。

「プロポーズ以外に聞こえるの?」

「いきなり、こんなところですること?」

「君ならそれでも俺のことをフらないと思って」

「さあね。わかんないよ」

半分飲んでからグラスを置き、大和にしがみつくように抱きついた。

「あんまり人間を好きになんてなりたくないんだけどね。だってどうせ、僕より早く死んじゃうんだもん」

「ははは、もう死ぬことの心配か」

「死んでからも会えるならいい。でも死んだら巡りあうことはまずないから。人間にも僕らにも、死の別れだけは平等だ」

「それが普通さ。だから生きてることはとってもいいことと思えるんじゃないか」

「大和、貴方たちの人生はとっても短いよ。だからもっと慎重になった方がいい。僕では子どもも産めないし、ふつうの奥さんみたいに人前に出ることもできない。そういう不便はきっと、年を取ったときに頻々と顔をだすようになる」

「前の旦那さんはそうだったの?」

「……口にはしないけど、真意はわからない。死んでもずっとわかんないままさ。もしイヤでも逃げなかったんだとしたら、僕にしばられていたんじゃないかな」

「君は彼の愛を疑うのかい」

「違う……でもずっと心配だった」

「だとしたら、しばられていたのは君の方さ。彼は最後まで君のことを大事にしてくれたんだろ。恩に報いたくて、いらぬ心配が今日まで君をがんじがらめにしてるだけだ。俺だったら死んだあとにまでそんなこと思われたくない。もしダメになることがあったとしても、それは人間の男女とおんなじ理由だよ」

「でも、いつかもし貴方の前にいい女の人が現れたとしたら、僕にはやっぱり勝ち目はないよ」

「勝ち負けじゃないだろう」

「ねえ、そしたらそのときはちゃんと言ってくれ。怒ったり泣いたりしないよ」

「君はときどき、そういうところがバカだよな」

大和がクロの身体を力強く抱きしめ、いつものように髪や背中を撫でた。

「俺は頭も身体も同時進行なんだ。もし君との生活に不安を感じてたんなら、とっくに同棲解消してるよ。君はもう少し人間を信頼しろ。君らからすれば人間は脆くてひ弱な生き物だろうけど、赤ん坊とは違うんだ。ひとりの男としてクロのことをいつも考えてる。……前の人も、今の俺も、おんなじだよ」

「…………」

言葉の代わりに、抱擁で返した。その翌日クロは社長に打診をはかり、年内は仕事を続けるが、社長の庇護下から大和のもとへ移ることとなった。

平八が、「この子を俺にください」と社長に手をついた日のことを思い出す。
社長はそのときとおんなじ笑顔を浮かべ、「よかったな」と嬉しそうに腕を組みながらうなずいた。
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