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六・風光る青のデート
029. ずっと大好き
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からんころんとドアベルが鳴る。人生三度目の私だけれど、ここに来たのは初めてだ。
素敵な雰囲気のお店ねぇと惚けていると、ぐいっと親友に腕を引かれる。そうだ、拷問――ではなく、事情聴取をされるところなのだった。
「ちょっとフロイドさん! 昨日のは何よ?!」
「落ち着いて、マッダレーナさん。声が大きい」
私が無事に星夜寮に入った次の日。
レグルシウス国の学院でともに学び、同じ制度を使ってベガリュタル国に留学してきた友人のマッダレーナ・エリオントさんと、私は学院近くのカフェにお茶をしに来た。
興奮した様子のマッダレーナさんを宥めつつ、テーブル席へと腰かける。「昨日の」とは言わずもがな、私とイラリアの件であろう。
「貴女が無事にベガリュタル国に来られたと思って迎えに出たら、まあ大変! 人だかりの真ん中で聖女様とキッスをしていたじゃあありませんか!! あと髪どうしたの!?」
「マッダレーナさん、本当に落ち着いて。説明はするから。まず、その、えー……」
爛々とした菫色の瞳に見つめられ、私は気まずくなって視線を逸らす。マッダレーナさんは本当に親しい友人ではあるが、私のすべてを明かしているわけではない。
もちろん私がオフィーリア・ハイエレクタムであることを彼女は知らないし、私が聖女様ことイラリアと面識があったことも知らない。そう、だから。
昨日の私とイラリアの接触は、彼女にとっても私にとっても、予想外の出来事だった。
レグルシウス国の学院では聖女様に対して人並み以下の興味しか抱いていないふりをしておきながら、いざこちらに来たら、堂々と人前で彼女とキスを交わしてしまった私。
さすがに、あの場面を見られてなお「聖女様とは初対面です」と言うことはできないだろう。私はあまりにも自然に彼女のキスを受け止めてしまったから。
傍から見てどこまでわかるものなのかは知らないが、〝恋愛経験のないフロイド・グラジオラス〟に相応しい初々しさが感じられる光景だったとは、とても思えない。
「あの……イラリア、さんとは、実はあちらの国にいた時から、文通していた仲でして」
「ほぅ? あのフロイドさんが、実は聖女様と文通友だちだったと?」
「聖女様とお手紙のやりとりができるなんて夢みたいで、隠していたことは、みんなには申し訳なく思うのだけれど、恥ずかしくて言えませんでした……」
「フロイドさん。本気で言ってる?」
「…………」
本気じゃない。ほぼほぼ嘘っぱちだ。
ハイエレクタム公爵邸で暮らす王太子婚約者だった頃とは違って、隣国のグラジオラス家では身近な者から命や地位や矜持を脅かされる心配などなく、普段は比較的のほほんと暮らしていたから、嘘や人心掌握術の扱いが下手になっているのかもしれない。これは反省だ。
ぼろが出ないように今日のところは嘘は控えめにしておきたいところだが、この事実だけはきちんと言っておきたい。私は彼女を真っ直ぐに見つめて告げる。
「でも、キスした、のは、私からじゃないので。イラリアさんが、キスしてきただけです」
「――はぁ。まあ、いいわ。聖女様のことは、貴女にとって〝隠したいこと〟なんでしょう。もう聞かないでおいてあげる」
「ありがとう。マッダレーナさん」
「うん。それで、髪の毛はどうしちゃったのよ?」
私がオフィーリアであることを隠そうとする時と同じ気配を感じたのか、マッダレーナさんはイラリアの件についてこれ以上追及するのはやめてくれた。
本気で入ってほしくないと思われる領域には踏み込まない、それが私たちのグループでの暗黙の了解だった。
程よい距離感で仲良くできた、良い友人関係だったと思う。他の子たちは就職したり花嫁修業の真っ只中にあったりしているが、そのうちまた会えたらいいなと思う。
同じクラスメイトでも、ゲルト・ヒビスクスにだけは、もう二度と会いたくないけど。
「ゲルト様と、お見合いがあったの」
「え。あの男のお見合い相手ってフロイドさんだったの?!」
「うん。それで……断ろうとしたら、既成事実を作ればとか言い出したから、髪を切って逃げてきちゃった。『こんな女らしくない私のことは、妻にしたくないでしょう』って」
「うぅ、蜥蜴の尻尾切りじゃないんだから……! 無事で良かったけど! ショートヘアも似合ってるけど! あんなやつのために髪切ることないぃ……」
うっ、うっ、と泣き真似をしだしたマッダレーナさんの背中をさすり、私が彼女を慰めているような形になる。これはきっと彼女の優しさなのだろう。
彼女がこうして悲しみを露わにしてくれるおかげで、私も自分の気持ちに素直になることができる。
本当は、髪を切りたくなかった。旦那様と奥様のところに戻ったとき、すぐにでも泣き喚きたかった。
ずっと伸ばしていた髪を、自分で切ったのではあるけれど、なくしてしまったことが悲しかった。
「フロイドさん、知ってる? あの男、『長年想い続けてきた人がいるから、その人とのお見合いの場を最後にください』ってヒビスクス侯爵様たちに言ったんだって。追い出される前に侯爵家の力を利用して縁談まとめて、甘い蜜を吸おうとしたってこと」
「あら、そうだったのね。吸われなくて良かったわ」
「本当にね」
「そういうわけだから、私はこちらでは、イケメン騎士様らしい姿を貫くつもり。誰かに求婚されるのは、しばらく遠慮しておきたいの。言葉遣いも普段は変えることにする」
「なるほどねー」
ヒビスクス家は放蕩息子への最後の温情として、グラジオラス家に正式に婚約の打診をしてきたのだろう。
世間体や家の評判のことを鑑みれば追い出すべきクズ男でも、侯爵と夫人は親として、自分たちの息子にできる最後のこととして、想い人と幸せになれる機会を与えてやろうということだったのだと思う。
その息子がとんでもない嘘つきで、その相手のことなど、性欲処理器を兼ねた金づるだとしか思っていなかったことが悲しいところだが。
マッダレーナさんとのお喋りを終え、彼女と一緒に学院へと戻る。月光寮まで彼女を見送った後に、私は自分の星夜寮に戻った。
自分の部屋の扉を開け、一度閉める。何かおかしなものが見えた気がする。
もう一度開けると、やはり見間違いではなかった。私のベッドの上にイラリアが寝転んでいる。
「おかえりなさい! なんでドア開け閉めしてるんですか??」
彼女が私の部屋にいるのを他の人に見られるのは、なんとなくまずい気がして、私は部屋に入ると急いで扉を閉めた。
彼女が駆け寄ってきて、私の脱いだ上着をハンガーに掛けたり、鞄を受け取ってくれたりする。新妻にでもなったつもりだろうか。
「貴女こそ、なぜ勝手に部屋にいるのよ。私、鍵かけ忘れてた?」
「いいえ。私が勝手に合鍵を作っただけです。実は昨日、こっそり型を取っておきました!」
「犯罪者予備軍ね」
「えへへへっ、照れますね」
「褒めてない」
ピシャリと言い放つ私に、彼女はふいにキスをする。本当にキス魔な女だ。よく飽きないものだと感心さえする。
「ふふっ、可愛い」
「誰が」
「姉さまが」
「馬鹿を言わないで。どこがよ?」
「全部」
髪も短くスカートを穿いているわけでもない、いわゆる男装をしている状態の私のどこが「可愛い」と言うのか。やはりイラリアの考えはしばしば理解に苦しむ。
「フィフィ姉さま。大好き」
「貴女、私以外に好きな人はいないわけ?」
「うん。フィフィ姉さまのことだけが、ずっと大好き」
「……そう」
その「ずっと」は、いつからなのだろう。彼女が異世界でオトメゲームをしていた時から、という意味で違いないだろうか。
それなら、その〝オフィーリア〟は私ではないのに。
彼女の好意の対象は、異世界にいた頃から変わっていないのだろうか。彼女は今も、私のことを〝オフィーリア〟として見ているのだろうか。
尋ねても良いのかもしれないが、彼女に好かれているか否かを私が気にしていると知られるのは、ちょっと嫌だった。
結局尋ねることができずに、私はひとりでまた悶々と悩むことになる。彼女が好きなのは、私か〝オフィーリア〟か。
「あ、そうだ。フィフィ姉さま。お風呂貸してください」
「お風呂? 自分の部屋で入りなさいよ」
「私の部屋、一番安い部屋なのでシャワールームないんです。お風呂屋さんに行くのもお金かかりますし……」
「貴女、お金に困ってるの?」
「お母様の浪費癖が直ってないんです。降爵されたときに財産も結構没収されて、お父様も小さな部署に飛ばされちゃったのに。
今じゃ私も働かないとやっていけない貧乏伯爵家……ってのは言い過ぎですけど、私が自分も少しは働かなきゃなって思うくらいの状況ですよー」
そう言ってイラリアは笑う。私が知らない間に、ハイエレクタム家もいろいろと変わってしまったらしい。
彼女の容姿の美しさは健在だが、言われてみればたしかに、衣服や小物はかつて公爵令嬢だった時よりも質素なように見える。
この十年間で変わってしまったのは、私だけではない。
「……なら、お風呂を借りにくるだけならいいわ。ちなみに、どこで働いているの?」
「ありがとう、姉さま。町のお花屋さんで働いてます。あ、部活もちゃんとやってますよ。姉さまの薬学研究部は私が受け継いでおります! ぜひ入部を!!」
「あら、そうなのね。じゃあまた入ろうかしら」
前の人生では、私の癒やしの場となっていた薬学研究部。私が設立した部活なので今の世界にはないかとも思っていたが、イラリアが立ててくれたと聞いて嬉しく思う。
ジェームズ先生は、元気にしているだろうか。そして――妹君は、無事に救えたのだろうか。直接に聞くのは憚られるが、ぜひとも知りたい。
ほどほどにお喋りをして彼女に風呂を貸した後、夜にはきちんと自分の部屋に帰ってもらった。
彼女は同じベッドで寝たそうだったが、学生寮の小さなひとり向けベッドにふたりで寝るのは狭すぎる。
そのうち完全に私の部屋に居座るようになりそうだなと思いつつ、私は眠りについた。
素敵な雰囲気のお店ねぇと惚けていると、ぐいっと親友に腕を引かれる。そうだ、拷問――ではなく、事情聴取をされるところなのだった。
「ちょっとフロイドさん! 昨日のは何よ?!」
「落ち着いて、マッダレーナさん。声が大きい」
私が無事に星夜寮に入った次の日。
レグルシウス国の学院でともに学び、同じ制度を使ってベガリュタル国に留学してきた友人のマッダレーナ・エリオントさんと、私は学院近くのカフェにお茶をしに来た。
興奮した様子のマッダレーナさんを宥めつつ、テーブル席へと腰かける。「昨日の」とは言わずもがな、私とイラリアの件であろう。
「貴女が無事にベガリュタル国に来られたと思って迎えに出たら、まあ大変! 人だかりの真ん中で聖女様とキッスをしていたじゃあありませんか!! あと髪どうしたの!?」
「マッダレーナさん、本当に落ち着いて。説明はするから。まず、その、えー……」
爛々とした菫色の瞳に見つめられ、私は気まずくなって視線を逸らす。マッダレーナさんは本当に親しい友人ではあるが、私のすべてを明かしているわけではない。
もちろん私がオフィーリア・ハイエレクタムであることを彼女は知らないし、私が聖女様ことイラリアと面識があったことも知らない。そう、だから。
昨日の私とイラリアの接触は、彼女にとっても私にとっても、予想外の出来事だった。
レグルシウス国の学院では聖女様に対して人並み以下の興味しか抱いていないふりをしておきながら、いざこちらに来たら、堂々と人前で彼女とキスを交わしてしまった私。
さすがに、あの場面を見られてなお「聖女様とは初対面です」と言うことはできないだろう。私はあまりにも自然に彼女のキスを受け止めてしまったから。
傍から見てどこまでわかるものなのかは知らないが、〝恋愛経験のないフロイド・グラジオラス〟に相応しい初々しさが感じられる光景だったとは、とても思えない。
「あの……イラリア、さんとは、実はあちらの国にいた時から、文通していた仲でして」
「ほぅ? あのフロイドさんが、実は聖女様と文通友だちだったと?」
「聖女様とお手紙のやりとりができるなんて夢みたいで、隠していたことは、みんなには申し訳なく思うのだけれど、恥ずかしくて言えませんでした……」
「フロイドさん。本気で言ってる?」
「…………」
本気じゃない。ほぼほぼ嘘っぱちだ。
ハイエレクタム公爵邸で暮らす王太子婚約者だった頃とは違って、隣国のグラジオラス家では身近な者から命や地位や矜持を脅かされる心配などなく、普段は比較的のほほんと暮らしていたから、嘘や人心掌握術の扱いが下手になっているのかもしれない。これは反省だ。
ぼろが出ないように今日のところは嘘は控えめにしておきたいところだが、この事実だけはきちんと言っておきたい。私は彼女を真っ直ぐに見つめて告げる。
「でも、キスした、のは、私からじゃないので。イラリアさんが、キスしてきただけです」
「――はぁ。まあ、いいわ。聖女様のことは、貴女にとって〝隠したいこと〟なんでしょう。もう聞かないでおいてあげる」
「ありがとう。マッダレーナさん」
「うん。それで、髪の毛はどうしちゃったのよ?」
私がオフィーリアであることを隠そうとする時と同じ気配を感じたのか、マッダレーナさんはイラリアの件についてこれ以上追及するのはやめてくれた。
本気で入ってほしくないと思われる領域には踏み込まない、それが私たちのグループでの暗黙の了解だった。
程よい距離感で仲良くできた、良い友人関係だったと思う。他の子たちは就職したり花嫁修業の真っ只中にあったりしているが、そのうちまた会えたらいいなと思う。
同じクラスメイトでも、ゲルト・ヒビスクスにだけは、もう二度と会いたくないけど。
「ゲルト様と、お見合いがあったの」
「え。あの男のお見合い相手ってフロイドさんだったの?!」
「うん。それで……断ろうとしたら、既成事実を作ればとか言い出したから、髪を切って逃げてきちゃった。『こんな女らしくない私のことは、妻にしたくないでしょう』って」
「うぅ、蜥蜴の尻尾切りじゃないんだから……! 無事で良かったけど! ショートヘアも似合ってるけど! あんなやつのために髪切ることないぃ……」
うっ、うっ、と泣き真似をしだしたマッダレーナさんの背中をさすり、私が彼女を慰めているような形になる。これはきっと彼女の優しさなのだろう。
彼女がこうして悲しみを露わにしてくれるおかげで、私も自分の気持ちに素直になることができる。
本当は、髪を切りたくなかった。旦那様と奥様のところに戻ったとき、すぐにでも泣き喚きたかった。
ずっと伸ばしていた髪を、自分で切ったのではあるけれど、なくしてしまったことが悲しかった。
「フロイドさん、知ってる? あの男、『長年想い続けてきた人がいるから、その人とのお見合いの場を最後にください』ってヒビスクス侯爵様たちに言ったんだって。追い出される前に侯爵家の力を利用して縁談まとめて、甘い蜜を吸おうとしたってこと」
「あら、そうだったのね。吸われなくて良かったわ」
「本当にね」
「そういうわけだから、私はこちらでは、イケメン騎士様らしい姿を貫くつもり。誰かに求婚されるのは、しばらく遠慮しておきたいの。言葉遣いも普段は変えることにする」
「なるほどねー」
ヒビスクス家は放蕩息子への最後の温情として、グラジオラス家に正式に婚約の打診をしてきたのだろう。
世間体や家の評判のことを鑑みれば追い出すべきクズ男でも、侯爵と夫人は親として、自分たちの息子にできる最後のこととして、想い人と幸せになれる機会を与えてやろうということだったのだと思う。
その息子がとんでもない嘘つきで、その相手のことなど、性欲処理器を兼ねた金づるだとしか思っていなかったことが悲しいところだが。
マッダレーナさんとのお喋りを終え、彼女と一緒に学院へと戻る。月光寮まで彼女を見送った後に、私は自分の星夜寮に戻った。
自分の部屋の扉を開け、一度閉める。何かおかしなものが見えた気がする。
もう一度開けると、やはり見間違いではなかった。私のベッドの上にイラリアが寝転んでいる。
「おかえりなさい! なんでドア開け閉めしてるんですか??」
彼女が私の部屋にいるのを他の人に見られるのは、なんとなくまずい気がして、私は部屋に入ると急いで扉を閉めた。
彼女が駆け寄ってきて、私の脱いだ上着をハンガーに掛けたり、鞄を受け取ってくれたりする。新妻にでもなったつもりだろうか。
「貴女こそ、なぜ勝手に部屋にいるのよ。私、鍵かけ忘れてた?」
「いいえ。私が勝手に合鍵を作っただけです。実は昨日、こっそり型を取っておきました!」
「犯罪者予備軍ね」
「えへへへっ、照れますね」
「褒めてない」
ピシャリと言い放つ私に、彼女はふいにキスをする。本当にキス魔な女だ。よく飽きないものだと感心さえする。
「ふふっ、可愛い」
「誰が」
「姉さまが」
「馬鹿を言わないで。どこがよ?」
「全部」
髪も短くスカートを穿いているわけでもない、いわゆる男装をしている状態の私のどこが「可愛い」と言うのか。やはりイラリアの考えはしばしば理解に苦しむ。
「フィフィ姉さま。大好き」
「貴女、私以外に好きな人はいないわけ?」
「うん。フィフィ姉さまのことだけが、ずっと大好き」
「……そう」
その「ずっと」は、いつからなのだろう。彼女が異世界でオトメゲームをしていた時から、という意味で違いないだろうか。
それなら、その〝オフィーリア〟は私ではないのに。
彼女の好意の対象は、異世界にいた頃から変わっていないのだろうか。彼女は今も、私のことを〝オフィーリア〟として見ているのだろうか。
尋ねても良いのかもしれないが、彼女に好かれているか否かを私が気にしていると知られるのは、ちょっと嫌だった。
結局尋ねることができずに、私はひとりでまた悶々と悩むことになる。彼女が好きなのは、私か〝オフィーリア〟か。
「あ、そうだ。フィフィ姉さま。お風呂貸してください」
「お風呂? 自分の部屋で入りなさいよ」
「私の部屋、一番安い部屋なのでシャワールームないんです。お風呂屋さんに行くのもお金かかりますし……」
「貴女、お金に困ってるの?」
「お母様の浪費癖が直ってないんです。降爵されたときに財産も結構没収されて、お父様も小さな部署に飛ばされちゃったのに。
今じゃ私も働かないとやっていけない貧乏伯爵家……ってのは言い過ぎですけど、私が自分も少しは働かなきゃなって思うくらいの状況ですよー」
そう言ってイラリアは笑う。私が知らない間に、ハイエレクタム家もいろいろと変わってしまったらしい。
彼女の容姿の美しさは健在だが、言われてみればたしかに、衣服や小物はかつて公爵令嬢だった時よりも質素なように見える。
この十年間で変わってしまったのは、私だけではない。
「……なら、お風呂を借りにくるだけならいいわ。ちなみに、どこで働いているの?」
「ありがとう、姉さま。町のお花屋さんで働いてます。あ、部活もちゃんとやってますよ。姉さまの薬学研究部は私が受け継いでおります! ぜひ入部を!!」
「あら、そうなのね。じゃあまた入ろうかしら」
前の人生では、私の癒やしの場となっていた薬学研究部。私が設立した部活なので今の世界にはないかとも思っていたが、イラリアが立ててくれたと聞いて嬉しく思う。
ジェームズ先生は、元気にしているだろうか。そして――妹君は、無事に救えたのだろうか。直接に聞くのは憚られるが、ぜひとも知りたい。
ほどほどにお喋りをして彼女に風呂を貸した後、夜にはきちんと自分の部屋に帰ってもらった。
彼女は同じベッドで寝たそうだったが、学生寮の小さなひとり向けベッドにふたりで寝るのは狭すぎる。
そのうち完全に私の部屋に居座るようになりそうだなと思いつつ、私は眠りについた。
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