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【一】九・幻に愛を、貴方に別れを

097. いざ魔法迷宮へ

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「私、オフィーリア・フロイド・リスノワーリュは誓います。選ばれし王女のひとりとして、正々堂々――」

 王太子決定の儀の日。

 私、オフィーリア第一王女、義弟のセルジオ第二王子、義兄のアルティエロ第三王子の三者は、神殿にて誓いを立てた。

 ――この順番からして、陛下の代の争いの名残を感じるわね。

 王太子候補のひとりめである私は、現国王陛下の異母妹から生まれた娘で、血縁としては陛下の姪にあたる。

 本来なら王女と呼ばれる立場にはならない私は、魔法社会から続く王室の古い決まりにより第一姫の座に上げられた。

 王家の血族に強大な魔力をもつ子が生まれた場合は、王子や王女として迎え入れる。かの者は王家に護られるとともに監視下に置かれる。それが古くからある決まりだった。

 強い血は、王家に組み入れる。王族に縁のない者がその血をもって生まれたときは、婚姻によってかの者を得る。近隣諸国の王家も同様のことをしている。

 現代でこの制度を持ち出されたのは、私が聖女として覚醒したからこそ。現代の魔法使いであればこそ。

 ――もしもイラリアがいなければ、私は、また〝王太子〟の伴侶になっていたのかしら。

 この世界では私が十年ほど行方不明になっていたからか、陛下からの執着は過去より強い気がする。これ以上厄介にはならないといいと願う。

 勇者や聖女の素質をもつ少年少女は平民の家に生まれることもあるが、どちらかといえば王侯貴族の家に生まれることが多い。それも、王家のこういった動きのためであろう。

 王太子候補のふたりめ、セルジオ第二王子は、現国王陛下と第二妃様との間に生まれた王子。廃太子であり第一王子であるバルトロメオの異母弟で、私にとって血縁上は従弟となる。

 彼の母君である第二妃様は、他国から嫁いでこられた王女様だ。セルジオ王子も、五歳頃から学院入学前まではかの国で過ごしていた。

 また、セルジオ王子は水の勇者であり、私たち聖女と同様、現代の魔法使いのひとりである。

 最後の王太子候補、アルティエロ第三王子は、現国王陛下と元王宮女官との間に生まれた王子。バルトロメオの異母兄であり、私にとって血縁上は従兄となる。

 今の王家の子のなかでは最も早くに生まれている彼だが、母親の立場や出生時の状況から長らく王子として扱われることなく、ゼアシスル伯爵家の養子としてアルベルトという名で育てられてきた。

 ゼアシスル家は王家に仕える侍女や侍従を多く輩出してきた家であり、アルベルトも一時はバルトロメオに仕える侍従をしていた。が、クーデター前には彼の元を離れ、事の後に第三王子の座についている。

 紫紺騎士の位をもつ武人でもある。婚約者はいない。前世の名はイオリといって、イラリアの前世の親友だった。あと〝オフィーリア〟推しだった。と。

 ――さあ、始まるわね。

 近くか、遠くか、どこかで同じような光景を見ているであろう兄弟王子のことを考えていると、始まりを告げる音がした。

 王城のとある場所で、私は、隣のイラリアの手をぎゅっと握る。

 ゆっくりと、誰に開けられるでもなく扉が開く。

 決戦の舞台は、城の地下深く――古代魔法に満ちた迷宮ダンジョンである。




「――いかにもファンタジー世界のダンジョンって感じですね」
「そう?」

 迷宮に這入ったイラリアは、明るく感心した声で言う。私たちの首元には、夢見花サクラの花びらを閉じ込めたおそろいのペンダントがぶらさがっていた。

 あの夜が明けた後、王都に帰ってから。彼女は私にそれを贈ってくれた。お守りです、と。

『なんとかなりますよ、姉さま』
『……ええ』

 そして一晩が経ち、今日である。

 大学院の実習期間は、王城に連れ去られ、王都を離れていた間に終わってしまった。そちらの処理は、王太子決定の儀の後にすることになっている。

 このゲーム――遊戯、あるいは試合――では、未来の王と妃の資質をはかるということで、婚約者の同伴が許されていた。

 私は国王陛下ご夫妻の御前で誓った婚約者のイラリアを、セルジオ王子は神に誓った婚約者のミナ姫を連れている。アルティエロ王子は、ひとりきりだ。

 それぞれ違う入口から迷宮へと足を踏み入れ、中央を目指す。そこには大剣があり、それを抜き取った者は力を得る――と、まるで勇者の覚醒時のような仕掛けがあるそうだ。

 剣を取れれば勝ち。生き残って早く中央に行ければいい。いかにも、強さを求める王家の地下施設らしい。

 古代魔法を動かすための魔力は、神殿の祈りの泉から供給されているようだ。この迷宮を開いたのも魔法社会の復活計画の一環と言え、私が力を捧げさせられていたのもこのため、と。

 ――やはり、陛下のご命令ではなく、王子か王妃殿下の手引きだったのかしらね。あの酷使は。

 王妃殿下かな、とは思っている。腹の底が読めないお方。私に歪んだ感情を向けている、美しい方。バルトロメオの母。

 あれから、アルティエロ王子とは話していない。セルジオ王子とはちょっと話した。酔い潰れていたことは恥ずかしいですが元気です、と言っていた。

「ねえ、フィフィ姉さま」
「なぁに、イラリア」

 小型の魔獣をさっさと細剣で処理しつつ、イラリアに返事する。迷宮探索らしく、素材は収集しておくようにとも言われている。扉を開くのに必要になったりもするらしい。

 今日この日のために久しぶりに開いた迷宮であるから、ここはお遊びの施設らしくはない。魔物が棲み着いていて、なんだかごちゃごちゃしている。整っていない。

 それでもれっきとした魔法迷宮ではあるから、仕掛けは中のもので解けるようになっている。間違えなければ、閉じ込められて餓死したりもしない。

 正しく、強くあれば、死なない。

「これ、簡単すぎません?」
「私にとっては、そうね。紫紺騎士であり、聖女でもあるから。貴女も連れていることを考えると、私が最も有利なはずよ。他のみんなも知っていることね。――開いたわ」

 パズルを解いて扉を開け、ふたりで進む。集めた素材はイラリアの背負った鞄に入れている。

「フィフィ姉さまを勝たせる条件が揃ってるってこと、ですよね。ふつうに考えれば」
「認めたくないけど、そう。陛下は私を王太子にしたがっておいでだから、これにしたのでしょうね。でも、きっと、ゲームの勝利が王太子決定に直結するわけではないでしょう?」
「なぜ、そう思うんです?」
「剣を抜いただけで決まるなんて面白くないもの。それに、見たことがある気がするの――こんな光景を。初めて来たはずなのに、初めてじゃないような」

 たまに頭の中をちらつく、知らない光景。どれもこれも楽しいものではなかった。

「……あら? でも、もしかすると、魔獣の森と似ているだけかもしれないわね? レオンやお父様と行った森に、騎士の訓練、試合、あいつのクーデター……そういう記憶がごちゃまぜになっただけかも?」
「姉さまったら、お強くなりましたよね。喋っている間にあっさり倒しちゃってます、それ」
「あら、まあ」

 目の前には、魔法仕掛けの石騎士が倒れていた。

 対戦相手の騎士殿から魔法石を拝借し、石板に嵌める。また扉が開く。細い通路をてくてく歩く。

「まあ、ともかく。ここには魔素も多いから、私たちが力尽きることはなさそうよね。ミナ姫のこともセルジオ王子がしっかり守るだろうし……。心配なのは、アルティエロ王子のことかしら」
「あんなことがあったのに、あいつのことを心配しているんです? お優しいこと。あんなやつ、ちょっとくらい痛い目を見ればいいんですよ」
「貴女、彼は〝オフィーリア〟推しの同志ではなかったの? どうしてそんなに冷たいのよ」
「前世も、今世も、解釈違いで喧嘩してしまったからです。あれは変態ですよ、姉さま。近づかないでください。やばいです」
「彼のやばさには、もう、触れてしまった気がしているけど。――あら?」

 ちょっと広いところに出て、その先を見て首を傾げる。

 続く道は、二手に別れていた。

 どちらの道にも霧がもくもくと満ちていて、向こうが見えない。

「どちらかを選べということかしら?」
「どちらも見た目に違いはないですよね」

 ふたり一緒に観察する。どちらも同じに見える。

「右にしておきます?」
「そうね」

 ふたり一緒に進もうとしたところで、なんだか嫌な予感がした。

 ――これは、何?

 また何かが見えた。ちらついた。

「イラリア、待って、ちょっと手を離して」
「姉さま?」

 彼女を下がらせ、ひとり、どちらの霧にも手を触れてみる。何も起こらない。

「そっちの霧の手前、いえ、霧に触れるところまで行って」
「? はい」
「向こうの壁際まで下がっていて」
「はい」

 彼女は右へ、私は左へ。目に見える壁はないので、ふたりでひとつの道に進めそうにも思えるけれど……。

 ――ここが、わかれ目。

 なんとなく、察した。

「髪でいいかしら、届くかしら」

 ずいぶんと伸びた自分の髪を解き、背を向け、ぎりぎりまで〝そこ〟に近づいて――ふわり、彼女の道の方に髪を広がらせる。向こうの道の霧に、私の髪が触れる。

 すると。

「きゃっ!? 姉さま!!」

 ばちばち、と音がして。

「……やっぱりね」

 離れてから振り向くと、数本の髪の毛先が千切れ、地に落ちていた。

「姉さま、大丈夫です!?」
「ええ、平気よ」

 私は髪を結い直し、イラリアに告げる。

「どうやら、ここは一緒には進めない……。私たちは、道を分かれないといけない」
「他の道は……って、さっきの扉はもう開かなかったんですもんね。そっか、ここを進むしかない」
「そう。……ちょっとだけ、一瞬、あちらに戻りましょうか」
「はい」

 触れあっても阻まれないところまで戻り、彼女を抱きしめる。数ヶ月前までは眠っていた聖女を。私の大切なひとを。

「巻き込んで、ごめんなさい」
「いいの。私は、フィフィ姉さまの婚約者だから。婚約者として、一緒に来られて嬉しいよ」
「王の婚約者は、未来の妃は、女だから……。ここに武力は求められないでしょう。きっと試されるのは、私と貴女の心よ」
「幻術系統の試練ですかね」
「たぶん」
「――大丈夫ですよ、姉さま。平気です。ここの道は攻略したことないけど、前世のゲームはしてきてるもん。ダンジョンのことは知ってる。イオリにも聞いてるから。こちらの世界のお勉強もしてるから」
「向こうで待ってるわ」
「ふふ、案外、私が先に出れるかもしれませんよ?」

 ちゅっと口づけを交わして、笑いあって、

「じゃあ、またあとでね」
「はい、またあとで」

 互いを信じて、私たちは、進んだ。




 霧の中を抜けると、ぱっと明るくなる。見覚えのある場所に出る。

 ――ここ、は。

 たくさんの文字と情報であふれた部屋。隠し部屋。黒髪の少女〝ミレイ〟と出会った場所。そして、

「オフィーリア」
「……こんにちは。殿下」

 あの言葉――
 〝 俺は、オフィーリアが、初恋だった。〟
 が床に刻まれていた、そこは。

「バルトロメオ殿下」

 そこには、金髪に若葉の瞳のあの方がいた。

 私が初めて出会った時の彼を思わせる、彼がいた。

「ここは、もしや深層心理の世界でしょうか?」
「知らない」
「お子ちゃまのロメオ殿下には難しかったですか、そうですか」
「馬鹿にしているのか?」
「ふふっ、お久しぶりですね。バルトロメオ殿下――と言っても、貴方は離島にいるあの方とは違うのでしょうけれど。貴方は、あの方の記憶ですね」
「だから、知らないんだ」

 頬を膨れさせる彼は、今の私よりもうんと小さい。最後に見た彼よりも、ぜんぜん小さい。

 私は彼の目線に合わせるようにしゃがみこみ、訊いてみた。

「今、おいくつですか、殿下」
「ななつだ」
「七歳ですか。まだ小さくてかわいいですね」
「だから、馬鹿にするな!」
「馬鹿になどしておりませんよ」

 魔法迷宮で出会ったのは、七歳の姿をしたバルトロメオだった。

「うふふっ、かわいい……」
「だから……っ、おい、なぜ泣く!? 馬鹿!」

 泣いている自覚はなかったけれど、彼がものすごく驚いた顔をしているから。そのびっくりした顔が揺らいで見えるから。私は今、泣いているのだろう。

「やっぱり、今となっては、貴方のことを厭えません。子どもの貴方を、恨めません」
「なんだよ……気持ち悪い……」
「おくちの悪さは昔からですね。かつての私が子どもの頃から妹に意地悪をしていたように、貴方も」
「なんの話をしているんだ」
「私と、貴方は、似た者同士で。――やっと、今、やっと」

 どうしてバルトロメオのことが好きだったのか、わからなかった。ずっと不思議だった。

 ――私は、どうして、こんな男が好きだったのって。

 婚約を破棄された時か、イラリアを殺した時か、処刑された時か、二度目を始めた時か。私の心は、壊れてしまった。

「貴方に初恋を奪われた理由を、一度目の初恋の芯となる想いを、思い出せました。かつて妹を、聖女を殺した恋のことを」
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