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 二部【幕間】一

103. 番外編〈未来編〉姉妹とお風呂

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*2023年2月にSNS等にて投稿したSS「風呂の日」に加筆


 ――負けた。幼女な義妹の「お願い。姉さま?」の可愛らしさに、完敗した。

「これ……バレたら私が怒られるのよ」
「大丈夫だいじょうぶ。バレなきゃ犯罪じゃない!」
「そもそも犯罪ではないと思うけどね??」
「えへへ。ちゅーしていい?」
「だめ」

 私が六歳、彼女が四歳だったある日のこと。
 継母やメイドたちに隠れて、こっそりと一緒にお風呂に入ったことがある。

「溺れないように、だっこしてて?」と小さすぎる腕にぎゅっとされて。肌のやわらかさとぬくもりにドキドキして。

 皆から疎まれている私が溺れるならまだしも、このハイエレクタム家の〝宝物〟である彼女が溺れたりしたら大事件だ。とても離すことなどできなかった。他意はない。

「――うふふふ、姉さまがいっぱい触ってくれて嬉しいー。きゃー」
「証拠隠滅をはかっているだけよ。調子に乗らないで」

 お風呂上がり。彼女の体や髪を丁寧に拭いて、着替えを手伝って。
 それだけのことに満面の笑みを見せる義妹はやっぱり可愛くて、ちょっとだけ腹が立った。

 あの人たちにバレたらという恐怖感と、肌を見せ合ってしまった羞恥心と――非日常特有の高揚感と貴女の可愛らしさに、私がどれだけ心乱されたか。心臓をうるさくさせていたか。

 頬の赤みと鼓動の音から見聞きできる程度にしか、貴女には伝わっていないだろうことが恨めしい。

 ――貴女が思うよりずっと、私はきっと、貴女に心を動かされている。



 それから十一年後――学生時代のこと。

「姉さまー! たまには一緒にお風呂に入りませんか?」
「嫌よ。絶対に破廉恥なことをされるもの」
「くっ、眠そうな時におねだりすれば、あわよくばと思ったのに……!」

 学生寮の私の部屋で。勉強する私の向かいに腰を下ろした彼女は、悔しそうに頬を膨れさせていた。

 こんな顔をしていても、なお可愛い。本人には「可愛い」なんて、めったに言ってあげないけれど。

「ひとりで入ってきなさい」
「むぅ。十年も会えなかったのだから、そのぶん甘やかしてくれてもいいのでは?」
「もう十年も経ったのだから、貴女も大人らしく成長していると思っていたわ。いつまでワガママ姫のつもりなの」
「むぅぅ。仕方ないですね。ひとり寂しく入ってきますよ」

 ぐすんぐすんと泣き真似をしながら、彼女は浴室へと姿を消した。が――

「すみませーん、髪紐をそっちに忘れましたー。優しい優しい姉さま、取ってくれませんかー?」
「……わざとなの?」

 ひとり呟き、机の上に堂々と置いてある髪紐を手に、私は浴室の扉へと近づく。ノックしてから「入るわよ」と告げ、扉を細く開けると――

「きゃっ」

 彼女に腕を引かれ、気づけば唇を奪われていた。


「…………もう。何をするの」
「〝大人らしく〟とおっしゃったのは姉さまですよ?」
「深くしてなんて、言ってない。口づけは、成長しなくても、いい」

 ――子どもの時にされたような〝ちゅー〟でも、まだドキドキしてしまうから。

 今みたいなキスでは、もたない。身も、心も。

「はい。髪紐」
「あ、ありがとうございます! 大好きです」
「貴女の、人の親切心に付け込んで不意打ちでキスしてくるところ。私は嫌いよ」
「でも、強引にしないとキスできないじゃないですか。『キスしていい?』って聞いても『だめ』って言われちゃいますし」
「……その姿でいつまでも突っ立っていたら、冷えるでしょう。早くお湯に浸かりなさい。じゃあね」
「あっ」

 彼女の腕から逃れ、急いで扉を閉める。勉強机に戻って、机の上に顔を突っ伏した。

 ――万が一にも、あの子にキスされてもいいって思っていても、よ。私の口から『いい』なんて言えないじゃない。恥ずかしすぎるもの。
 そういう雰囲気の時に、黙ってキスしてくれればいいのよ。馬鹿――なんて。こんな面倒くさい自分がいちばん嫌いだわ。

 それにしても、ずいぶんと大きく成長していた。何がとは言わないけれど。


 それから三年後――婚約者だった時のこと。


「これ以上は、のぼせてしまうから……。だ、脱水状態になるから。続きは後でっ、寝室で、しましょう……ね?」
「姉さま、お風呂でいちゃいちゃするのも好きでしょう?」
「……好き。だけど。でも、だめ。もうだめなの……」
「ふふふ、可愛い」
「貴女の方が可愛いでしょって、何度言えば――あっ」



 

 それから――

「今日の結婚式……とっても疲れましたけど、すごーく楽しかったですね!」
「そうね」
「お風呂ではゆっくりしましょうねー」
「……そうね」

 きっと今夜も〝ゆっくり〟できない。

「優しくしてね」といつものように言いながら、彼女と生きる幸せに浸る。

 今日もお風呂で、大好きな妻にキスされる――




 そして、





「――もうっ、逃げないの!」
「きゃっ」

 幼い少女を無事に捕まえ、私はほっと息をつく。

 いつかのイラリアも、お風呂上がりに、こんなふうにはしゃいでいたっけ。ちょっと昔のことを思い出す。

 あの日に初めて一緒に入浴してから、イラリアとはたくさん一緒にお風呂に入ってきた。

 いちゃいちゃしたり、話したり、たまに喧嘩したり。お風呂は彼女との関係を深める場所だった。

「走ったら危ないって、何度言ったらわかるのか……」
「えへへ、ごめんなさい、ママ」
「濡れたままだと風邪をひくわ、こっちにおいで」
「はーい!」

 小さな娘はにこにこと笑って、私の腕とタオルに包まれる。
 あちらにいるイラリアの腕には双子のもうひとりが捕まって、よしよしと優しく拭かれていた。

「こら、逃げたら『めっ』でしょー」
「きゃははっ、『めっ』だねー」

 母娘四人で一緒にお風呂に入ったのは、ちょっと久しぶり。私と彼女の忙しい立場は相変わらずだった。


 服を着てさっぱりした双子娘は、屋敷の廊下をとたとたと走りはじめる。

「まったく、誰に似たのかしら」
「へへ、私のせいですかね?」

 イラリアは私の腕にぎゅっと抱きついて、悪戯っぽく笑ってみせる。私は彼女の頭を撫で、共に娘たちを見守った。

「ドラコおにいたまー!」「にいたまー!」
 と、小さな姉妹は兄を呼ぶ。続いて、
「ユリアおねえたまー! 」「ねえたまー!」
 と、小さな姉妹は姉を呼んだ。

 向こうから並んで歩いてきた長男と長女は「おや」「あら」と立ち止まり、小さな妹たちを抱き上げる。

 長女ユリアにくっつくのは次女で、長男ドラコにくっつくのは三女だ。大体いつもそう。

「おにいたま、すきー」
「ねえたま、だいしゅきー」

 兄姉妹きょうだい仲がいいのは、何よりだ。この子たちは仲良くなれて、本当によかった。

 遠い昔のハイエレクタム家での記憶を抱え、各国の王子や皇子たちのゴタゴタも目の当たりにしてきた私は思う。

「――フィフィ姉さま」
「なぁに、イラリア――んっ」

 我が子を見つめていた私の視界に、あの子たちより大きく背の高いローズゴールドの頭がやってきた。

 妻は私にキスをして、にやりと笑う。

「もう、子どもたちの前なのに……」
「うふふ、ちゅーは毎日のように見られてるじゃないですか?」
「そうだけど、ね」
「もっかいしましょ! ちゅー」
「んっ」

「あははっ、母上と母さまは今日もラブラブですね」
「ちょっと、ドラコ、からかわないで」

「まあ、王と妃が冷えた関係であるよりはいいんじゃないかしら?」
「ユリアも、にやにやするのは止めて頂戴」

「うふふ、フィフィは恥ずかしがり屋さんですね」
「もうっ、あれもこれもイラリアのせいでしょ――」

 妻を隣に、子どもたちに囲まれて、私は今日も楽しく過ごしている。

 この子たちがすくすくと大きく成長していく姿を、彼女がゆっくりと老いていく姿を、どうか長く長く見守れますように。

 そう、切に願う。

 



 ――とある国の初代王と、彼女が愛した家族のお話。
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