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第二章
27.病状説明(ムンテラ) (1)
しおりを挟む「──マーシュ先生。相談したいことがあります」
「おや、スミレ様。こんな時間までどうしたのですか?」
マーシュ先生は本日、王都を離れて周辺の小さな村へ出張診察をしていたらしい。
診療時間終了から2時間は経過していたが、アンナさんのことをすぐに相談したくて待っていた。
「アンナさんについてなんですが……」
「パン屋のアンナさんですね。私もあそこのパンは買ってますしアンナさんともよくお話をさせてもらってますね。
しかしその真剣な表情、アンナさんに何かありましたか?」
「ええ。実は……」
マーシュ先生に私の疑っているアンナさんの病名について話した。
もちろんこの世界では解明されていないし、マーシュ先生の記憶といままで読んだことがあるという資料では前例がないという。
──その病気とは、筋萎縮性側索硬化症|《ALS》。
簡単に言うと全身の筋肉が萎縮していき死に至る不治の病で、感染性は無く運動を司る神経の運動ニューロンに異常が生じてしまう病気だ。現代日本だけではなく現代の世界においても治療法はない。
そして、この病気の恐ろしいところは不治の病という事だけでは無い。
……ALSは、全身の筋力が徐々に低下していく。しかし、痛覚、触覚、感覚は低下することはなくそのまま残るのだ。
認知症併発や稀に低下する場合もあるが、比較的認知機能は保たれている方が多い。
つまり、“筋力が低下し寝たきりとなって身体が自由に動かせなくなっても意識はハッキリしている“状態になる病気。
……これは中々想像しずらい状況だろうが、ベット上で30分間大の字に寝て、手足を動かさずに待機して見ると簡単にではあるが体感ができる。
中々の苦痛である。これを私は楽だと言う人に出会ったことは無い。
それに加えて、このALSは呼吸筋機能が低下するため呼吸が出来なくなり死に至るので現代日本では人工呼吸器を装着する場合が多い。
延命の為、多くの方はこの処置を選ぶが……
喉を切り開き、管を入れ、管の刺激で痰が出て呼吸が苦しくて、身動きが取れない。
痛いのに動けない。
痛いのに伝えられない。
苦しいのに動けない。
苦しいのに、辛いのに、痛いのに……。
……そんな残酷な病気がALSだ。
「──なるほど。そのALSというものがアンナさんに疑われているという、スミレ様のいた世界に存在した病気ですか」
「そうです。私は医師では無いので確定診断が出来ませんが前の世界で看ていた患者さんと症状が酷似しています。恐らくこのまま病状が進むと嚥下機能は悪化し、構音障害という喋りにくくなる障害が生じます。そして、四肢の筋力低下を生じ動けなくなり、呼吸機能も低下していくと呼吸が困難となり……」
「治療法は無いのですね?」
「……はい。対症療法と経管栄養や人工呼吸器といった物を使用した延命のみになります」
現代日本には点滴治療で進行を遅らせるというのもあるが、この世界には点滴治療もないし、その薬品も私には作れない。仮に作れたとしても微かに進行を遅らせる程度なので、完全な治療薬とは言えない。
「確定できませんが、私が今まで関わってきたALSの方の初期症状と似ています。……アンナさんには時間がありません。症状を自覚してから1ヶ月程度と仰っていました。ALSは進行が早い方はとても早くあっという間に寝たきりになってしまいます」
「私も確定診断は出来ないですが、進行が早い疾患なので一刻も早く宣告をして残りの時間を有意義に使ってもらいたい……というのが本音です」
アンナさんが疑われるのは球麻痺型と言われるALSで、球麻痺症状(嚥下機能障害や構音障害のこと)が特徴的である。最も進行が早いと言われ、発症から3ヶ月以内に死亡する場合もあると言われている。
しかし、その“3ヶ月以内“というのは、現代日本での治療をフル活用した場合の話だ。人工呼吸器があればもう少し違うのだろうけど、ここはそんな物は存在しないし仮に使えたとしてもそれは僅かな延命処置でしかない。
「……明日、医師としてアンナさんに私から話してみましょう。私の知識で断定できる病ではありませんし、この世界で前例の記録がない疾患なので理解を得られるかどうか不明ではありますが……」
「すみませんお願いします。……私も同席しますので」
治癒魔法で怪我や体内の炎症の殆どが何とかなってしまうこの世界でも、病名は医師が診断するものらしく、アンナさんへの説明はマーシュ先生にお願いすることになった。
本当であれば言い出しっぺの私がきっちり責任を持って説明するべきだけど、私は異世界から召喚されてアンナさんは今現在前にいた世界で不治である病に罹患している可能性があります……だなんて、それこそ普通の人からしたら説得力は無くて信じて貰えるか分からないし巫女の存在はなるべく公には出来ないので仕方がないのだけれど、マーシュ先生に押し付けているようで罪悪感が募る。
──翌朝、アンナさんへ病状説明を行うこととなった。
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