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第2話 騎士の決意
しおりを挟む私室に戻り、扉を閉める。
静寂が押し寄せてくる。外の喧騒が嘘のように遠い。
窓から見える夕暮れの空が、血のように赤い。
守れなかった。
結局、何もできなかった。
机の上には剣が置いてある。騎士団長として授けられた、誇り高き剣。だが今の私には、何の価値もない。
彼女を守れなかった剣に、何の意味があるのだろう。
椅子に座る。頭を抱える。処刑台での光景が脳裏に焼き付いて離れない。
彼女の最期の表情。諦めと、それでもどこか穏やかだった横顔。
私は群衆の中で、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
五年前を思い出す。
初めて彼女を見たのは、王宮の庭園だった。花々に囲まれて笑う彼女は、まるで春の女神のようだった。その日から、私の心は彼女に奪われた。
けれど、私は平民出身の騎士。彼女は公爵令嬢。いずれ王族に嫁ぐ身分。
届くはずがない。
それでも、遠くから見守ることはできた。彼女が幸せであれば、それでいいと思っていた。
王子との婚約が決まった時、胸が張り裂けそうだった。だが彼女は幸せそうに微笑んでいた。ならば、それでいい。そう自分に言い聞かせた。
結婚式の日も、私は警備の任に就いていた。誰よりも近くで、誰よりも遠い場所から、彼女の晴れ姿を見ていた。
だが、王宮での彼女の表情は日に日に曇っていった。
王子は彼女を愛していなかった。それは誰の目にも明らかだった。政略結婚。国のための道具。彼女はそう扱われていた。
何度、声をかけようと思ったことか。何度、手を差し伸べようと思ったことか。
けれど、できなかった。
身分が違う。立場が違う。私には、彼女に何もしてあげられることなどなかった。
そして一年前、あの告発。
捏造だとすぐに分かった。証拠は全て不自然だった。けれど王は彼女を切り捨てることを選んだ。国のために。
私は調査を申し出た。真実を明らかにすると。
だが、却下された。
騎士団長としての立場を利用して、もっと強く主張すべきだった。命令に背いてでも、真実を暴くべきだった。
けれど、私は従った。
騎士として、王の命に従った。
そして今日、彼女は処刑された。
私は何もできなかった。
立ち上がり、剣を手に取る。
冷たい金属の感触。この剣で、どれだけの敵を倒してきたことか。どれだけの人を守ってきたことか。
だが、最も守りたかった人を、守れなかった。
窓の外を見る。星が瞬き始めている。
ふと、昔読んだ本を思い出す。古い伝承。時を超える魔法の話。
もし、もう一度やり直せるなら。
もし、時を戻せるなら。
今度こそ、彼女を守る。身分など関係ない。立場など関係ない。この命に代えても、必ず。
剣を胸に当てる。
騎士として、これは許されない行為だ。だが、もう騎士である必要はない。
彼女のいない世界に、意味などない。
けれど、もし。
もし本当に、時を超えられるのなら。
次こそ、必ず。
彼女を、守る。
今度こそ、この想いを、伝える。
剣を握る手に力を込める。
許してくれ。
だが、諦められない。
刃を、胸に突き立てる。
激痛。
視界が白く染まっていく。
意識が遠のく。
最期に浮かんだのは、彼女の笑顔。
初めて見た、あの日の笑顔。
次こそ。
必ず。
世界が、光に包まれた。
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