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事例1 九十九人殺しと孤高の殺人蜂【プロローグ】

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「これも恒例になってますけど、中にはゴム製の模擬弾が詰めてあります。多少の怪我をする程度で済むことが大半ですけど、至近距離で撃った時に当たりどころが悪ければ死にますからね――。彼を殺してしまうことは、国家を揺るがしかねません。俺達の責任問題にもなりますから、くれぐれも気をつけて」

 中嶋が差し出したのは旧式のリボルバー。シリンダーには青色のゴムで作られた模擬弾が入っている。それを受け取ると、倉科は滅多に拳銃を仕舞うことのない形ばかりのホルスターに、それを仕舞った。

 刑事ドラマなどの影響のせいで、刑事は常に拳銃を所持しているというイメージが強いだろうが、実のところそんなことはない。むしろ、刑事という立場の人間は、拳銃を所持していない現場のほうが多い。

 制服警官は、交番勤務などで人の目に付きやすい場所で勤務することになるがゆえに、見せる警備として拳銃や警棒を常に装備している。普通の仕事に例えると営業の外回りのような仕事であるがゆえに、身なりもそれなりにしておかねばならないわけだ。一方、刑事を同じように例えるのであれば、内勤の事務員のようなもの。表立って動くことはないため、拳銃の所持もする必要がない。所持するのは、それが必要と思われる現場――多少なりとも危険性のある現場に向かう時だけである。

 ちなみに、ドラマなどでは刑事が上で、制服警官が下という妙な立場関係が描かれているが、それだって全くの嘘だ。警察は縦社会であり、階級社会だ。よって、制服警官の中には刑事より階級が上の人も多い。この場合、偉いのは当然ながら階級が上のほうということになる。もっとも、制服警官は新米が多いがゆえに、そのような描写がなされているのかもしれないだが。

「使わないで済むのなら、それが一番いい。問題は素直に彼が俺の話を聞いてくれるかだな」

 模擬弾が詰められているとはいえ、久方ぶりの拳銃の重みに、身が引き締まる思いだ。倉科は無意識にネクタイを締め直した。

「そこは倉科さんの交渉術次第ですね。あ、ちなみに頼まれていた書類一式は、独房の入り口に届けてありますので。もちろん検閲けんえつ済みですから、手土産に持って行ってやって下さい」

 ここへと持ち込む書類関係は、その性質上、一度検閲にかけられねばならない。機密の漏洩ろうえいを防止するためという名目はあるものの、彼に必要最低限以上の余計な情報を与えないことが主たる目的なのであろう。ここまでするなら、いっそのこと彼との接見も、おかみのお偉さんがするべきだ。検閲をするということは、現場の人間――彼と接見する倉科を信頼していないことになるのだから。
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